第193話 同時多発破滅フラグ

 王城の階段だけあって、流石に街中の建物とは訳が違う。石材であっても表面は見事に滑らかで、まるで元いた世界の階段みたいだ。


 だからなのか、ほんの少しだけ非日常感が薄れて、冷静な心を取り戻した。今の俺は明らかに力んでいる。気負い過ぎている。


 まるで、初めて警備員として現場に向かった時のような心境。あの時は視野が狭くなり過ぎて、自分でもどうしていいかわからなかった。それと同時に、心から望んでいた仕事でもなかったから、これが生涯の仕事になるなんて自覚はこれっぽっちもなくて、自分が自分じゃないみたいな感覚もあった。


 今の自分と何処か似ていた気がする。


 だったら何も恐れる事ぁないんだ。ヒーラーとの戦いだってこれが初めてって訳じゃない。


 俺は紛れもなく凡人だ。だから緊張で動悸が速くなるのも、息苦しくなるのも、足が重く感じるのも、喉がカラカラなのも、全部仕方がない。完璧にやれないのもやむを得ない。思い描いた通りにならないのはご愛敬だ。


 そんな事を自分に言い聞かせている間に、一階と思しきフロアに出た。


 幸い、階段周辺に人の気配はない。地下から上がってきた瞬間を目撃されれば流石に怪しまれるからな。こんな状況だけど、運に見放されている訳じゃなさそうだ。


 廊下はかなり広く、天井も高い。宮殿みたいに壁には等間隔で凹凸があって、出っ張ってる部分には燭台が設置されている。近くに扉は……ないみたいだな。


 差し当たっての目的はヒーラーを籠絡して情報を得る事だ。真面目に警備してるような奴を懐柔するのは難しいから、出来れば何処かでサボってるような奴が好ましい。上の階にはヤバいヒーラーがいそうだから、このフロアで探してみよう。


 にしても広いな。街中の公道ほどじゃないけど、10人以上は楽に並べそうなくらいの幅。俺一人がポツンといるのが不自然に思えて仕方ない。


 床には絵に描いたようなレッドカーペットが遥か先まで伸びている。ただ、明らかに埃が目立つ。しばらく無人で、ヒーラーに占拠されて以降も掃除なんかされてないだろうから、当然と言えば当然か。


 にしても……このままずっと誰にも会わずに端まで行けば、地下牢への階段まで行けるんじゃないか? それならそれで願ったり叶ったりなんだけど――――


「そこの貴様ァァァ!!」


 ……なんて取らぬ狸の皮算用してるから見つかるんだ。いや見つかるのは想定内だから良いんだけど。


 こっちに向かってやって来るそのヒーラーに心当たりは……ない。角刈りでゴツい身体の中年オヤジだ。この世界に来る前の俺だったら、初見でヒーラーなんてとても思えなかっただろうな。


「ここに入って来たという事はァァァ!! エルリアフ様の【イクスパーチ】で完全回復したに違いなァァァい! キッチリ回復料を支払って貰うよォォォ!?」 


 声がデカい。しかもやたら反響する。


 でも所詮それだけの事。声がデカくて角刈りのマッチョなんて、とてもヒーラーとは思えないくらい無個性だよね。こりゃモブヒーラーだな。しかも使いっ走りみたいな事してるし。


 っていうか、そんな事はどうでもいい。重要なのは――――


「エルリアフって、この城の周辺にパーチを使ってるヒーラー?」


「当ォォォ然ッッッ!! あの方のォォォ!! イクスパーチはァァァ!! 世界一ィィィ!!!」


 ……ヒーラーにしちゃ平凡だけど、地味にこの大声至近距離で聞き続けるのはキツいな。本当何処をどう切り取っても害悪だなヒーラーは。


 とはいえ、いきなり予想以上の収穫。まさかこんな簡単に名前が判明するとは。勿論、名前を知ったからってすぐにどうこう出来る訳でもないけど……取り敢えず、この迂闊過ぎるアホヒーラーは懐柔できそうな雰囲気だ。


「その宝石は回復料の頭金と思って良いんだなァァァ!?」


 アホでもそれくらいは見当がついたか。敢えて相手に見えるくらい多めに宝石を作って貰っておいたのは、そういう判断をして貰う為だ。これなら問答無用で攻撃される心配はない。金には目がない連中だからな。


「察しが良いな。実は俺、新しく王様になったアイザックの昔の仲間なんだ。奴が偉くなったって聞いて、借金覚悟で会いに来たんだよ。他にも同じ目的で来てる奴いるだろ?」


「いたねェェェ!! 武闘家の女だったァァァ!! ソイツは特例で回復料免除されてるってェェェ!!」


 どうやら読み通り、既にアイザックと接触済みらしいな。


 って事は……ミッチャ、更にはチッチも同様かもしれない。もしチッチがアイザックと合流した上で俺達に協力してるのなら、彼女はスパイって可能性もある訳か。


「他にはいなかったか?」


「知らなァァァい!! それより回復料払ってェェェ!!」


 チッ、確証までは得られなかったか。


 まあ良い。要はこいつを買収すりゃ良いんだ。買収って普通、相当悪い事する時の言葉だけど、相手がヒーラーだと良心なんて1mmたりとも動かないな。


「その回復料、エルリアフってヒーラーに届けるのか?」


「まァァァねェェェ!! それがオレっちの役目ェェェ!!」


 だったら――――


「なんで届けるの? 届けなかったら自分の物になるのに」


「えェェェ!?」


「黙ってればこの宝石、全部アンタの物になるんだけど? どうする?」


 後は、このヒーラーが誘いに乗るかどうか。果たして――――


「お前それマジで言ってんの?」


 急に早口! しかもトーン低っく! あと無駄にイケボだな!


「そんな事したら俺殺されるじゃん。エルリアフ様って七餓人の中でも別格なんだよ? 回復して貰えるからってあんな目に遭いたくないよ」


 さっきまでのアホ一直線って感じの口調から一転、ごく普通の人になったな。キャラ作ってたのか。


 にしても、幾らなんでも普通過ぎる。こいつまさか……


「もしかしてアンタ、ヒーラーじゃないのか?」


「そりゃそうだろ。誰が好んで変人の確変みたいな連中の仲間入りすんだよ。スパイだよスパイ。ヒーラー監視係。そういう話あったろ? それが俺。ヒーラーになったフリして潜入捜査してんの。これ内緒な」


 ……確かにあったな、そんな話。ラヴィヴィオが街から出て行く時だったか。各ギルドの諜報員で結成された合同の調査隊が監視を継続するって話だった。


 でも――――


「スパイがスパイって自白する訳ないだろ! バカにしてんのか!」


「あーっ! しまった! やーこいつは迂闊だったなー」 


 腹立たしい話だけど……会話のノリで気付けてしまった。外見は勿論、性別も声も全然違うのに。


「何でお前がここにいるんだよ、怪盗メアロ」


「げげっ嘘! なんで!? なんでバレんの!?」


「馴れ馴れしさの波動が一致したからだよ」


「なんだそりゃ! うっわー……マジか。こんなムサい奴に化けてバレるのマジショック……」


 割と本気で落ち込んだ様子を見せながら、角刈りマッチョ男は一瞬でグニャグニャになり、やがて俺の知る怪盗メアロ――――要するにメスガキの姿になった。


 にしても、変身解除の過程キモかったな……ゆめにっきに出てきそう。


「今の、実在する人間なんだろ? 誰?」


「商人ギルドのギルマスが連れてるボディガードな。名前は知らん」


 ……そんな奴いたっけ? あいつら全員チンピラ軍団って感じで遭遇するから、個人はイマイチ記憶に残らないんだよな。


「そいつがヒーラー監視係ってのは本当なの?」


「まーな。こんなムサいのに変装するのは嫌だったけど、ヒーラーに化けるよりはマシだからな……こいつに成り済まして色々調べてたんだよ」


 その途中で俺を発見したもんだから、茶化しに来たのか。相変わらずフリーダムな奴……


「でも納得いかないなー。馴れ馴れしさの波動とか訳わかんねー事でバレるとか」


「そもそも最初から変だったろ。待ち構えていたみたいにこっちの知りたい情報ベラベラ話すし」


「チェーッ。折角粋なヒントの出し方したのに」


 こっちはこっちで、俺一人でどうにかするって息巻いてたのに全部台無しだよ畜生。


 でもこの際、俺の満足感はもうどうでも良い。重要なのは、こいつがリスクを冒してまでこの城に潜入している事実だ。


 それはつまり――――


「このままだと街が滅ぶ。だから特別、ちょっとだけ手を貸す事にしたんだよ」


「やっぱり、それくらいヤバい状況なのか」


「まーな。あの根暗王が全権握ってるのも、ラントヴァイティルが関わってるのも、十三穢を保管してるこの城にヒーラー連中が集まってるのも、全部ヤバい。三つとも完全に破滅フラグだ」


 あらためてシャレにならないな……同時多発破滅フラグかよ。


「最初の二つはなんとなく納得できるけど、十三穢とヒーラーについてはイマイチわからん。なんで破滅フラグなんだ?」


「我も詳しくは知らんけど、ラヴィヴィオのヒーラーの中には刃物に性的興奮を覚える輩がいるんだってよ。もしそいつが十三穢を汚そうものなら、街は一瞬で消し飛ぶぞ」


 ……どういう事だ? 確か十三穢って魔王討伐の為に作られた強力な武器のなれの果て、じゃなかったっけ?


「元々、魔王を倒せる特別製の武器だった物が魔王に穢された状態になってるのが十三穢だ。それが汚されたら穢れが増幅して巨大な負の力が暴走するんだよ」


「そういうものなのか」


「そういうものだ。だから我がわざわざ時間作って、そのヤバいヒーラーを特定に来たんだよ」


 怪盗メアロはこの街を愛していると公言して憚らない。だから、その行動原理は理解できる。その割に、積極的にヒーラーと戦おうとはしてなかったけど。幾ら怪盗でもヒーラーと直に関わるのは嫌なのか。


「で、特定は出来たのか?」


「さっき名前言ったろ。そいつ」


 パーチを使ってる奴と同一って事か? 確か……エルリアフだっけ。名前はなんか自然の力で戦う正統派のエルフっぽいのに、ヒーラーの中でも屈指の変態なのね……


「そいつ潰そうと思って探してるんだけど、全然見つかんねーの。腹立つわー」


「お前、もしかして探すの下手なの? 怪盗なのに」


「ンな訳あるか! 我が手こずるくらい厄介なんだよ! イクスパーチ使ってるから絶対この城の中にいる筈なのに、何処にもいないっておかしいだろ!」


 憤慨する怪盗メアロの声が廊下に響き渡る。さっきまでは一応、ヒーラーに扮していたスパイの声だったからまだ良かったけど、地声だとマズいんじゃ――――


「侵入者かァ~~~!? 侵入者だなァ~~~!? さあ回復だァ! 回復させろォ! 回復させろってェ!」


 やっぱり見張り役のヒーラーにバレちまったじゃん! 今の声の感じだとかなり近いぞ!


「どうすんだよ。見つかっちまったじゃねーか」


「フン。我を誰だと思ってる。世界的名怪盗のメアロちゃんだぞ」


 名探偵みたく言うな!


 でもこの余裕なら、何か手立てが……


「怪盗はな……見つかったらすぐ逃げーーーーる! じゃーな!」


「はあ!? お前マジか!?」

 

 こっちの糾弾なんて聞く気もなく、怪盗メアロは縮地とスティックタッチを駆使してあっという間にいなくなった。


 なんて奴だ……若干馴れ合い気味になってたからすっかり油断しちまった。やっぱあいつは不倶戴天の敵だ。次会ったら絶対とっ捕まえてやる。


 でも今はそれどころじゃない。駆けつけて来たヒーラーをどうにかしないと……


「おッなんだァ? 見かけた事あるツラだと思ったら……こいつァ良い」


 ……今の声とイントネーション、こっちも聞き覚えがある。


 まさか……


「とんだ再会になったなァ、小僧。カーッカカカカカカ!」


 近付いて来るそのヒーラーの姿に、思わず戦慄が走る。


 直角三角形の眉、鷲鼻に四白眼、そして裂けそうなほどのデカい口。紫の司祭服と金髪ウルフカットのコントラストが相変わらず目に優しくない。


 ラヴィヴィオのギルマス……ハウクだ。


 勝手に一階にいるのは雑魚ヒーラーだけと思い込んでいた。RPG脳が悪い意味で先入観になっていたのかもしれない。


「テメェには随分煮え湯を飲まされたからなァ……四天王の半分を切り崩された上に、こっちの計画まで潰されちまった。その落とし前、付けさせて貰うぜェ~~~」


 完全な逆恨みも良いところだけど……それより俺、ヒーラー軍にそんな認識されてんの? マイザーやっつけたのはシキさんだし、エアホルグを屠ったのはオネットさんなんだけどな……


「まずは全身ズタズタに引き裂いて、それから回復だァ。まずは腹をいっぱいにしねェとなァ~~~」


「……」


 私怨まであるとなると、この宝石の買収は不可能だ。


 だったら――――先手必勝。


 向こうが攻めて来る前に……宝石を投げる!


「……っと。随分気前が良いじゃねェか。これがテメェの武器かァ~~~?」


 受けられても黙って投擲!


「おいおい慌てるなよォ。勿体ないじゃねェか。こいつァ総額幾らだァ~?」


 投げる! 投げる! 投げる! 投げる! 投げる!


「おいテメ……あたッ! コラちょっと待ちやがれ! 一体幾つ持ってやが……がッ!?」


 奴の両手が宝石でいっぱいになったところで、ようやく狙い通り頭部に直撃した。


 ただの石ころなら回避に徹したんだろうけど、宝石だからつい掴もうとしてしまう。金にがめついヒーラーの習性が功を奏した。


 とはいえ、宝石の投擲だけで倒せるような相手じゃない。目的は隙を作る事。そして――――


「出でよペトロ! お望みの強敵だ!」


 俺が契約した中で唯一の武闘派精霊、ペトロ先輩を喚ぶ為だ。


「ヘッ! まァまァ良い身体してる敵じャねェか! せいぜいオレを楽しませろや!」


「この小僧ォ……精霊使いだったのかッ!」


 召喚直後からバッキバキの目をしていたペトロパイセンに若干恐怖を覚えつつも、なんとか戦闘態勢は整った。


 後はどうにかここを凌いで、一旦始祖の所に戻れれば、エルリアフってヒーラーについての情報が得られるかも――――



「二対一は感心せぇへんなあ。ワイも混ぜてや」



 !?


 今の声は……


「ガイツハルス!」


「覚えてくれてておおきに」


 こいつ……何時の間に後ろに……!


 速度重視のステータスに調整したコレットならまだしも、俺がスピードで奴に対抗できる筈もない。そして今は、俺を助けてくれる味方もいない。


「ほな、サイナラ」


 絶体絶命の危機がすぐ目の前に迫っていた。


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