第192話 始祖ちゃんマジ始祖
髭剃王の正体が、コレットを何処かに飛ばしたアンノウン――――かどうかはわからないけど、同じスキルないし魔法を使えるのは間違いない。同種のモンスターとも考えられる。
『生憎、人間相手の接客は苦手分野でね』
いずれにせよ、本人のこの発言と合わせて考えたら……モンスターの可能性もかなりありそうだ。
人間に化けたモンスターが街中に堂々と忍び込んでいるのは、先のヒーラー騒動でも明らかになっていたから、今更驚きはない。でも自分の生活圏にまで及んでいるとなると、いよいよって感じる。このままじゃミロの言うように街が滅びかねない。
ただ、ハッキリしない事が一つある。
髭剃王は聖噴水が効果を失う前から店を構えていた。あのタイミングで侵入したモンスターが彼に化けたのか、それ以前から棲み着いていたのか……
「ミロ、髭剃王グリフォナルって知ってる? 本名じゃなくて、そう呼ばれている別人だと思うけど」
「。。。知ってる。。。人間と魔物の仲介役をやってる。。。人間とモンスターのダブル」
……え? 純粋なモンスターじゃなくてハーフなの?
それなら聖噴水トラブル以前からアインシュレイル城下町に居着いていたとしても不思議じゃない。モンスターの血が半分だけなら、聖噴水の効力を受け付けないかもしれないし。
にしても……人間とモンスターの間に生まれた子か。ハーフエルフをはじめ異種族間の子供ってファンタジー系のゲームや漫画じゃありふれてるけど、現実として突きつけられると結構想像力をかき立てられるな。
あの外見が純粋に彼本来のものなら、人間と見た目はなんら変わりない。まあ人型じゃなけりゃそもそも子供作る事自体が不可能だろうし、それは当然なんだけど……なんつーか、アレだな。なんかエロいな異種族間のそういうのって。そこに辿り着くまでの過程とか想像すると、うぉぉ……って感じになるよね。
「。。。気持ち悪い波動を感じる」
「いや別に何も考えてないけど?」
「。。。このすっ惚け野郎。。。でも今はどうでもいいや。。。それよりお前ちゃんこれからどうするの。。。?」
そうだよ、それが問題だ。取り敢えず現状を整理しよう。
現在、この王城には王族がいない。あらためて考えるまでもなく異常事態だ。ただ、王族連中はずっと前から魔王城近隣のこの城を出て行く為の画策ばかり錬って政治には余り関心が向いていなかったらしい。何の為の王制だって話だけど、恐らく政に関してはもっと安全な場所に住んでいる高貴な身分の方々に実権を握らせていたんだろう。
だから今すぐこの国がムチャクチャになるって事はないだろうけど……アイザックとヒーラー軍がこのまま王族と名乗り続ければ話は別だ。完全にクーデターが成功した状況だし、既にアイザックは所信表明演説まで行っている。大混乱は避けられない。
アインシュレイル城下町ギルドは、この街の平和を守る為のギルド。混乱の元凶を絶つのが俺達の役目だ。謀反人アイザックの野郎をひねり潰す必要がある。
けれど、事はそう簡単じゃない。ヒーラー軍に制圧されたこの王城は、奴等の手によって巨大な回復スポットと化している。中に入ろうとすれば強制的に回復させられる為、ヒーラーからの借金が物凄い勢いで増えていくだろう。万が一、アイザックの即位が公式なものと認定されている場合、その借金は国家が認める正式なものになる。仮にアイザック達を鎮圧できても、その記録は残ってしまう。お役所仕事が融通利かないのはどの世界でも同じだろうしな。
だから回復スポットを解除する方法を模索していたところだったけど……髭剃王グリフォナルによって強制的に王城へ転移させられちまった。だけど、ヒーラーの始祖ミロによって本来の着地点よりもズレた所に転移したらしい。
アイザックの話が本当なら、行方不明になっていたコレットの身柄は奴が確保している。となると、俺みたくコレットも王城に強制転移させられた可能性が極めて高い。俺の直前にいなくなったシデッスとメンヘルも同様だろう。恐らく地下牢にでも転移していると思われる。
一足先に髭剃王の店を訪れていたメイメイは……この現状から察するに、既にアイザックと合流しているのは間違いなさそうだ。髭剃王の力で王城に転移すべく店を訪れたと考えるのが妥当だろう。なら一緒にいたというゴツイ男も協力者で間違いない。人間か、人間に化けたモンスターかは定かじゃないが。
以上、これまでのあらすじでした。
要するに、今の俺は幸か不幸か望んでいた王城への侵入を果たした訳だ。
ただし不慮の事故だったから当然、仲間達には知らせていない。完全孤立状態。救助も期待できない。
俺一人で一体何が出来る……?
この異世界に来て、これまで幾つかの事件やトラブルを解決してきた実績はあるけど、それは全部仲間あっての事。コレットやティシエラにも随分助けられたし、ギルド員抜きで達成できた依頼なんて一つもない。俺の数少ない武器、調整スキル自体が他人を活かすっていう味方ありきの能力だから、余計に仲間の存在が不可欠だ。
いや……違うな。依存していた、ってのが正しいのかも知れない。何しろこの街でレベル18ってのは最底辺。周囲のフィールドを彷徨くモンスターの大半が絶対に勝てない相手。そんな自分の置かれた環境を客観視して、強くなるって選択肢は早々に捨てたからな。
それ自体は、間違いだとは思っていない。異世界に来たんだから最強の力を手に入れて無双する、なんてのは夢想に過ぎない。ここは俺の理想を叶えてくれる場所じゃないし、前世の不甲斐なかった自分へのアンチテーゼでもない。違う世界に転生したって事実だけがここにある。
俺がこの第二の人生で達成したかったのは、自分らしさを見つける事。そして虚無の14年間に一切手にできなかった友達や仲間、絆を手に入れる事だ。
それは紛れもない事実。
でも、だから仲間に頼るのは当然……って甘えも多分にあった。
今はそれが出来ない。誰にも甘えられない。敵の懐に飛び込んでしまった以上、噛みつくも逃げ出すも自分次第だ。
これからどうする?
答えは――――決まってる。
「街を守る為に、出来る限りの事をする」
流石に、常駐するヒーラー軍を倒してアイザックと一騎打ちに持ち込む、なんて大言は吐けない。でも折角敵の本拠地に潜り込んだのに、何もせず逃げ帰る事だけを考える訳にはいかない。
それに、今の俺には精霊折衝もある。これだけ『俺一人でやるしかあるまい』って息巻いておいて結局精霊頼りかよ、ってツッコまれる心配もない。ツッコんでくる相手いないからね。フハハ!
「。。。それくらい謙虚で良いと思う。。。お前ちゃん弱いし。。。」
やめて始祖ォ! それ自虐なら全然良いけど他人に言われると凹むやつ!
「まあそうなんだけど、切り札はちゃんとあるんだ」
敵に触れて調整スキルを使いステータスを弄れば、実質無力化が可能。触れるまでが難しいんだけど、触れちまえばこっちのものだ。
問題は回復スポットの件だけど、今の俺には体力が回復したって実感が全くない。って事は、回復スポット化してるのはせいぜい外壁周辺までで、中は違うんだろう。そりゃそうだ。外にいる街の住民を脅す為の処置なんだから、城の周辺だけで十分その役目は果たせる。それ以上の面積にパーチを使うのは単なるMPの無駄でしかない。
「。。。おおお。。。なんか燃える展開。。。」
「部外者みたいな物言いだけど、協力してくれるんだよな? じゃなきゃ、俺をここに引っ張った意味がない」
会話と思考整理に夢中になっていた所為で、今の自分の状態やこの場所が城内の何処なのかを全く理解できていない。まずはその説明を受けよう。
「。。。ふっふっふ。。。わかってるじゃん。。。あいつら追い出す為に。。。お前ちゃんには協力してもらう。。。」
「ヒーラーも追い出すの? 始祖って事は、奴等は子孫なんでしょ?」
「。。。あ。。。あ。。。全然知らない子達です。。。」
始祖にまで他人の振りされるヒーラー共……今更だけど終わってんな。
「。。。あいつら嫌。。。生理的に無理。。。早くここから追い出したい。。。」
「だったら、知ってる事全部教えて貰えないか? そもそも今の俺って身体あんの? ずっと視界真っ暗だけど」
「。。。それは大丈夫。。。ただ暗いだけ。。。」
え?
……そう言われた途端、背中や四肢に触覚が戻って来た。俺、寝かされてたのか。
そもそも声が聞こえるんだから聴覚はとっくに復活してたんだよな。思い込みで感覚が麻痺してたのかもしれない。
「。。。ここは王城の地下にある御遺体安置所。。。広いし涼しいからお気に入り。。。」
「何ィーーーーーーッ!?」
マジかよ怖っわ! でもその割に変な臭いとかはしてないような……
「。。。今は使われてないから大丈夫。。。あと私ヒーラーだから消臭も万全。。。」
ヒーラーって死臭も消せるんかい! いやこの人は始祖だから例外なんだろうけど……
「。。。ヒーラー共はここに敵が忍び込んでるなんて知らない。。。だから不意打ちは出来るかも。。。」
「とは言っても多勢に無勢だからな……せめて敵の戦力がわかれば作戦立てられるんだけど」
アイザックと一緒にヒーラー軍が押し寄せた、って情報は入ってるけど、どれくらいの規模の戦力を差し向けて来たのかは不明。残りのラヴィヴィオ四天王やラヴィヴィオ七餓人が来てたらちょっと俺一人ではどうにも出来そうにない。
普通に考えて、敵の城を乗っ取った直後に国王を一人にしておくとは思えない。戦闘力の高い護衛を付けているだろう。上手くアイザックを挑発すれば一騎打ちに持ち込めるかもしれないけど、奴だって相当な猛者。真正面から戦っても勝ち目はない。
となると、この状況で俺がすべき事は……コレット達の救助と脱出経路の確保、そして可能なら回復スポットの消滅だ。
パーチを使って回復スポットを作ったヒーラーが恐らくこの城内にいる。そいつを無力化できれば、一気に戦況は有利に傾く。そして俺にはそれが出来る。調整スキルで魔法力やMPの源たる知覚力を最低値にすれば、回復魔法は殆ど使えなくなる筈だ。
「今パーチを使ってるヒーラーが何処にいるとか、わかる?」
「。。無理。。。始祖は何でも屋じゃねーし。。。」
割とそういうイメージあったけど、実際の始祖は違うらしい。
「なら王城に何人くらいヒーラーがいるかはどう?」
「。。。それなら楽勝。。。総勢47名。。。」
多いな……いや、普通の軍勢なら破格の少なさなんだけど、ヒーラーがこの人数だとウンザリっつーか、手の施しようがないレベルじゃないか? そこそこ見張りに回せる人数だし、迂闊に出て行ったらすぐ見つかりそうだ。
「ちなみに、ここから地下牢って繋がってる?」
「。。。繋がってない。。。一旦一階に上がらないと無理。。。」
マジか……それだとコレット達との合流もままならないな。
いずれにしても、このままだとお手上げだ。どうにかしてヒーラー達の情報をゲットしないと。
……その方法がない訳じゃない。リスクは伴うけど、一応やりようはある。
「わかった。取り敢えずヒーラーと接触を図ってみる。ここを拠点代わりにしても良いのかな?」
「。。。それは良いけど。。。出て行って一瞬で捕まらない。。。?」
「多分大丈夫だと思う。あと、護身用のこん棒はここに置かせて貰うな」
「。。。武器を。。。? 別に良いけど。。。」
「助かる。これ持ってたら警戒されるからな」
そう答えつつ、アルテラのペンダントで生命力の一部を魔法力に変換。召喚するのは――――
「出でよカーバンクル!」
「またか。そう何度も気安く喚び出されるのは不本意極ま……」
「そういうのいいから。俺の唾液をどんどん宝石にして」
「む、むう……まあ約束した以上は助力するが」
本当は血液を宝石化する方が赤い色ともマッチしてカッコ良いんだろうけど、生憎自傷癖はないし身が持たない。とはいえ、唾液を何度も出すのも楽じゃない。
でも俺にはこういう時の切り札がある。パンだ。俺を楽しませてくれる最高のパン達を思い出せ。ジュエルベリージャムパン、モーモクプパン、ガランジェパン、肉パン、卵パン、三蜜パン……おお、涎が止めどなく溢れてくる。
「……なんと。このカーバンクルの力をここまで連続で引き出すとは……これがやり甲斐というものか」
幸い、リスが小躍りして協力してくれたお陰で、俺の手の中には20を超える赤い宝石が収まった。
これを使って……ヒーラーを懐柔する!
確証はないけど、この城には恐らくメイメイが出入りしている。って事は、ヒーラー以外の人間がいてもそこまで不自然じゃない。それに俺は一応アイザックの元仲間。その経歴とこの宝石を利用すれば籠絡は可能だ。何しろヒーラーは金にがめつい連中ばかりだからな。
「。。。やり口が詐欺師。。。最低。。。」
「ヒーラーにだけは言われたくない」
「。。。がーん。。。論破された。。。しょぼーん」
なんか始祖が凹んでるけど、構ってる暇はない。この宝石が唾液に戻る前にヒーラーを見つけないと。
「そんじゃ行って来る……って、真っ暗で出入り口わからねぇ!」
「。。。明るくなーれ。。。」
覇気のない声でミロがそう唱えると、一瞬で部屋が明るくなった。スゲー! 始祖ちゃんマジ始祖!
安置所らしく、俺が寝ていた所以外にも幾つものベッドが並んでいたけど、幸いにも御遺体や白骨の姿は一つもない。そもそも王城に安置所ってのも変な話だけど……魔王軍とバチバチやり合っていた時代の名残なんだろうか。
扉はすぐに見つかった。割と近い位置だ。
「じゃ、あらためて行って来ます」
「。。。うーい」
やる気のない声に背中を押され、特攻隊の気分で安置所を出て階段を上る。
たった一人で敵陣に向かうのは、初めてこの異世界に来て冒険者になって、フィールドへと向かったあの日以来だ。
勿論、恐怖や緊張はある。何せ相手はあのヒーラー共だ。呼吸は荒いし心臓はバクバク。脚も震えているかもしれない。
だけど。
不思議と――――悪い気分じゃなかった。
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