第191話 髭剃王の正体

 ここは――――


「髭剃王グリフォナルの店じゃん!」


 思わず叫んでしまうくらい、俺にとっては馴染みの店。足繁く通っているから外観どころか周辺の施設まで覚えている。間違いようがない。


 ……嘘だろ? ここがメイメイの隠れ家? だってどう考えたって客じゃねーもの。女性に髭剃りなんて必要ないし、髭剃りに付き添う人間なんている訳ゃないからな……


 待てよ。


 だったら、メイメイと会ってたゴツい男って……髭剃王なのか? あの女……我らが至宝、髭剃王を籠絡しやがったのか?


 いや落ち着け俺。彼はそこまでガチムチじゃない。引き締まった身体はしているけど、少なくともゴツいって表現には該当しない体格だ。間違いなく別人だろう。


 私情を抜きにしてに考えたら、この店は単なる髭剃店じゃなかったって解釈するしかない。よくよく考えたら、髭剃り専門店ってやっぱ変だよな。なんかノリで自然に受け入れてたけど。


 どうする……? 常連客なんだし、ここは何も知らないフリして入ってみるか? でもこの時間帯は昼休憩で営業時間外なんだよな。扉にもその旨を告げる札が下がってるし。


 それに万が一、モーショボーの尾行がバレていたら、中で迎え撃たれてしまうかもしれない。そうなると俺一人じゃ対応は不可能。あのアバターみたくボコボコにされるのがオチだ。かといって、メイメイがペトロ先輩より強いとも思えないし……精霊にどうにかしてもらうのは難しい。


 一人で解決できればそれがベスト。でもここで見栄を張っても仕方ない。下手打ったら今までの苦労が水の泡だし、慎重になるべきだ。一旦ギルドに戻って、手の空いてるギルド員に――――


「あら、そこにいらっしゃるのはギルドマスターではありませんか。私めを覚えていらっしゃいますか?」


「へ?」


 通行人に突然声を掛けられて不審者みたいな反応をしてしまった。


 ふと声のした方に振り向くと、見覚えのある顔。この女性は確か……


「メンヘル……?」


「はい。その節はお世話になりました」


 ロリコンのグラコロ、首狩り族のシデッスと同期の元ギルド員かつ元ヒーラー。女性だけど幼女好きで常時アヘ顔という、スペックだけならウチでも屈指の変態だったけど、中身は割と普通の人。真のヤベー奴であるタキタ君に監禁されて精神が崩壊寸前だった彼女を解放すべくクビにしたんだった。


 心なしか、当時より大分血色が良いように見える。アヘ顔でもなくなってるし、恐怖体験を経てまともな人間になったのかもしれない。


「実はこの度、再就職しまして」


「ほうほう。一体どこに?」


「ヒーラーに返り咲きました」


 WOW! これはなるはやでグッバイ宣言しないと!


「あ、誤解しないで欲しいのですが、この街を出て行ったラヴィヴィオの所属ではありません。それに幼女愛を無闇に語るのも野暮だと知りました。私めは生まれ変わったのです。幼女愛を前面に出せば、また彼がやって来ます。彼はいけません。この世ならざるものです。彼が近付いて来るあらゆる要素を抹消しなければ、私めの人生は崩壊してしまいます」


 なんかタキタ君の扱いが名前を呼んではいけないあの人みたくなってんな。でも無理もない。数日ほど人形化させられていたみたいだしな。そりゃ精神も壊れるわ。


「現在は街に残っている数名の同士と共に、新たなヒーラーギルド【チマメ組】を結成しました」


「待て待て待て待て! どういう経緯でそのギルド名になったんだよ!」


「全員の名前の頭文字を付けただけですが……チッチのチ、マイザーのマ、そして不肖私め、メンヘルのメです」


 ……OH。


 なんてこった。こいつチッチ親子と組んだのか。また面倒な集団が一つ増えやがった。


 それでも、ヒーラーの中では随分まともな部類なんだよな、こいつら……会話が通じるだけでもストレスが全然違う。まとものハードル低すぎてホッチキスの針くらいになってるけど。


「何にしても、そういう可愛い雰囲気の名前はお前等には全然似合わないからやめとけ」


「少々引っかかる物言いですが、恩人の助言なので素直に聞き入れておきます。明日の朝会で改名を提案しておきますね」


 恩売っておいて良かった。


「あら、あちらにいらっしゃるのは……」


 ん? あれは……シデッスか。そう言えばあいつ、今日の警邏担当だったな。


 どうやらこっちに気付いたらしく、足早に近付いて来る。久々の同期の再会だけど、何か嫌な予感しかしないな……


「貴様は我が元同僚ではないかッ! その首たたっ斬ってくれるわッ!」


 案の定、挨拶がてらの殺害予告。でも完全に予想通りだったからツッコむ気にもならない。


「相変わらずですね。そう簡単にこの首を渡す訳にはいきません。私めには帰る場所が出来ました。幼女の純粋培養にしか興味がなかった私めを、彼女たちは暖かく迎え入れてくれたんです。その信頼を裏切るくらいなら、例え元同僚であっても容赦しません」


 いや……なんで目が合って五秒で殺し合い始めてるんだよ。どっちが勝っても身体バラバラになってそう。カマキリとスズメバチの決闘かよ。


「なんか確執でもあったの?」


「確執ではなく人としての侮蔑です。その男を生かしていたら、私めの運命の幼女が首を奪われてしまいかねませんので」


「笑止ッ! 女子供の首に価値など見出せぬわッ! まして善人などに一片の興味などないッ!」


「いいえ。貴方は確実にやります。だって幼女って愛らしいですもの。その首を綺麗なまま保存して、一生自室に飾っておくに決まっています」


 何この会話……聞いてるだけで具合が悪くなってくる。一刻も早くここから立ち去りたい。でもそういう訳にもいかないジレンマ。最悪のタイミングで最悪の連中と遭遇しちまったな……


 いや。でもこれは――――利用できるかも。


「わかったわかった。お前等がお互いを認められないのはよっくわかった。ここは上司の顔を立てて、俺に勝負を預けてくれ」


「むう……まあ良かろう」


「では、一体どのように決着を?」


 天然じゃなく人工サイコの二人は、一応言えばわかってくれる。その点だけは幸いだった。


「この店の中にお尋ね者がいるみたいなんだ。そいつを先に見つけた方が勝ち。これでどうだ?」


 正直、この二人を護衛役として連れて行くのは抵抗あるけど、戦力的には申し分ない。シデッスは確かレベル55の元冒険者だからメイメイより上だし、借金背負わされる心配のないヒーラーは心強い。


 問題は――――


「納得いかぬッ! 首を取れぬのなら勝負の意味なしッ!」


「お尋ね者が幼女なら謹んでお受けしますが、そうでないのなら拒否します」


 どうやって納得させるか。メイメイは幼女じゃないし、幾ら憎らしい相手でも首を取らせる訳にもいかない。


 となると……


「そのお尋ね者、マイザーの娘チッチの元仲間なんだ」


「むうッ!? マイザーだとッ!? 有名でッ! 嫌われていてッ! 誰も捕まえられないッ! まさに我が輩の理想とする首級よッ! 奴の情報が得られるならば良しッ!」


「そういう事なら話は別です。協力させて頂きます」


 紆余曲折はあったけど、一応やる気にはなったらしい。自分で手を汚さず周辺の人々に動いて貰うファンネル作戦成功。ビットって言うよりビットコイン並に不安定だけど、まあ良い。


「それじゃレディー、ゴー!」


「ぬうううッ! 負けてなるものかッ!」


「チッチの仲間は私めが助けます!」


 凄い勢いで入って行った。これがファンネルを飛ばす人気者の気持ちか。なんだろうな。若干の罪悪感しかない。ファンネルの数が少ないからか? それとも知り合いだからか?


 っていうか……なんか静かだな。あの二人が突入したんだから、もうちょっと騒ぎが起こってもいいだろうに。


 まさか……やられちゃった訳じゃないよな?


 もしそうならペトロ先輩案件だ。でも、幾らなんでもあの精霊を偵察には使えない。後でシメられそうだし。


 ここは覚悟を決めて、自分で入って行くしかないだろう。正直怖いけど、ビビってたって何も始まらない。


「すみませーん。どなたかいらっしゃいますかー?」


 店内に入って声掛けしてみるも、返事はない。髭剃王は留守なのか。


 まさか……メイメイ達がここを隠れ家にする為に殺っちまったんじゃ……


「シデッス! メンヘル! そっちはどうなってる!?」


 大声で呼んでみた――――にも拘わらず返事がない。


 嘘だろ? やられちゃったのか?


 もう希望的観測で判断できる段階じゃない。シデッスがメイメイにそう簡単に不覚を取るとは思えないし、もう一人のゴツイ男に倒されたのかもしれない。


 もしそうなら、俺一人でどうこう出来る相手じゃない。かといって、俺が指示して行かせた二人を見殺しに出来る筈もない。


 ここはもうペトロ先輩を喚ぶしか――――



『今日は随分と千客万来のようだ』



 ……!?


 今の声は……髭剃王!


 渋みの強いあの声を間違える筈がない。でも、奧から聞こえたにしてはやたら耳に響く……!


 これまで何度か、似たような感覚を味わった事はあった。聖噴水を元に戻せと命じてきた声や、刺された時に聞こえて来た声。でもそれらとも少し違う。


 一番近いのは……アイザックの所信表明演説。確か音声拡聴魔法を使ってたんだよな。あの時の声に似ている。


「髭剃王! 貴方なんですか!?」


『そう言う君は常連の……残念だな。君が敬意を示してくれているのは感じていた。良き関係を築いていたと思ったのだが』


「それは光栄ですけど、姿も見せないで声だけで対応ってのは、あんまりじゃないですか?」


『生憎、人間相手の接客は苦手分野でね』


 ……何だよ、今の。過去にずっと人間以外と接していた、としか受け取れないんだけど……


「貴方は……何者なんですか?」


『ただの仲介人だ。それ以上を知る必要もあるまい。君はもう――――』



 不意に、視界が閉ざされる。


 つい今まで店内の見慣れた風景が広がっていたのに、今は真っ暗だ。何も見えない。瞼を閉じてはいないのに、一切の光がない完全な闇に包まれた。


 まさか俺……殺されたのか? 今の一瞬で?


 実際、視界が消失しただけじゃない。身体の感覚がない。手を動かそうとしても、手がない。足も。声も出せない。瞬きも。呼吸すらも出来ない。


 でも不思議だ。こんな状態なのに、意識はやたらハッキリしている。


 髭剃王が最後に言った言葉も、しっかりと覚えている。



『君はもう、この街の住民ではなくなるのだから』



 殺意しか感じられない言葉だった。そう考えると、やっぱり二度目の死亡が濃厚だ。そしてまた魂を神サマみたいな存在に回収されたんだろうか。


 ……ちくしょう。


 万全を期したつもりだったのに、結果的には軽率な行動だった。自分の知ってる店だった事で、警戒感が薄れてしまった。


 一人で死ぬのならまだしも、シデッスやメンヘルまで巻き込んでしまった。最悪だ。こんな事になるなんて……


 いやでも冷静に考えたら、あいつ等いない方が街の治安の為には良くね? 首狩り族とペドフィリアが普通に彷徨いてる街ってヤバいだろ。


 そうか。俺の第二の人生は、奴等をこの街から排除する為にあったのか――――



「。。。。。。多分違う」



 うおっ!?


 今の眠そうな声……まさか……


「始祖!」


「。。。おうおう。。。名前で呼べよう。。。名前で」

 

 なんか憤慨された。声に緊張はないけど。


 このやり取りにも既視感がある。間違いない。ヒーラーの始祖を自称していたあのミロだ。って事は、ここは王城なのか。


「また死にかけた俺の魂を避難させてくれたのか?」


「。。。違う。。。お前ちゃんがこのお城に飛ばされただけ。。。最近そういうの多くて迷惑千万」


 へ?


「。。。私人見知り。。。お前ちゃん知ってる奴だったから。。。着地点ちょこっと変えて来て貰った」


 ……あの髭剃王の店からこの城に強制転移させられたって訳か?


 そんな芸当、怪盗メアロくらいしか――――


 いや待て。つい先日、同じ目に遭った奴を知ってるじゃん! 


 まさか、コレットも今の俺と同じように王城に飛ばされたのか……?


 って事は、髭剃王の正体って……



「。。。このままだと。。。アインシュレイル城下町。。。滅ぶよ?」



 そのミロの言葉が大袈裟でも脅しでもない事は、即座に理解できた。


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