第190話 まさか圧巻とはな……

 記憶喪失……というより記憶障害の状態からは脱したメイメイは、凄まじい勢いで肉料理を平らげ続け、ようやく一段落した今は露骨にバツの悪そうな顔をしている。あれだけ下に見ていた俺から施しを受けた事を恥じているんだろう。


「ふぅ……やっと落ち着いた。人間って何日も食べないと身体がどんどん冷えるんだね。人ってこんなふうに死んでいくんだって実感したもん」


「何日食べてなかったんだ?」


「今日で12日目」


 ……は?


「いやいやいや。死ぬ死ぬ。そんな食わなかったら人間死ぬから」


「そうなのよね……何で生きてるのか自分でもわかんないもん。あ、でも雨水や川の水は飲んでたけどね」


 ああ、そういう事ね。


 確か人間の身体は、水分を一切補給しなかったら数日で命を落とす筈。逆に水さえ飲めれば、他に何も食べなくても1ヶ月以上生きていられるって聞いた事ある。そう考えると一応、12日って数字は非現実的ってほどじゃない。


 それでも、本当に12日も食べてなかったら、とてもまともには動けないだろう。ましてアバターの俺が死ぬまでボコるなんて到底不可能だ。


 ……まさかアンデッド化してるなんて事はないよな? こいつがアンノウンの正体でした、なんてオチは流石に……いやでも……


「聖水って何処に売ってたっけ」


「ちょっと、人をゾンビ扱いしないでよ。それとも何? 私を人扱いしたくないって事? アンタ如きが?」


 エネルギーを補給した事で、俺の知るメイメイが戻って来た。さっきの狂気に満ちた姿とは違い、程良く毒を吐くその様子には懐かしさすら覚える。悪態つかれて郷愁に耽るってのも妙な話だけど。


「ハァ……最悪。まさかアンタに助けられるなんてね」


「不服か? ちなみにこっちは五臓六腑が煮えくり返る思いだ。なんで俺がお前を救わなきゃいけないんだよ、フザけんな」


「そんなの知らないし。大体、文句言いたいのはこっちよ。アンタさえいなかったら私は今頃ザックと結婚して、他の二人を結婚式に呼んで引導渡してた筈なのに」


 いっそ清々しいまでのクズっぷりですね……餓死寸前のところを助けて貰って、よくそこまで不貞不貞しくなれるな。


 まあ、強がってるのは明らかだから、怒る気にもなれない。今更俺に媚び諂うくらいなら死んだ方がマシだろうし。人間扱いしてなかった奴にメシを恵んで貰う屈辱は相当なものだろうからな。


「その"あいつら"について聞きたい事がある。ミッチャの居場所を知らないか?」


「ミッチャ? ああ……なんか冒険者ギルドの選挙を妨害したんだってね。生憎、私達はもうとっくにパーティ解散してるから、あの女とは全然会ってないし何処で何してるかなんて知りたくもない。ザックがいなかったら仲間でも何でもないし」


 全員が恋敵だった訳だから、その辺の関係性がドライなのは想像に難くない。やっぱり聞くだけ無駄だったか。


「……記録子って記者から聞いたんだけど、ザックが国王になったって話、本当なの?」


「まだ本当かどうかはわからないな。確かに今あいつは王城にいるし、自分が国王だって表明したけど、その証拠の任命状がよく見えなかったから」


「本人がそう言ってるのは間違いないのか……」


 どうにも感情が読み辛い顔と声で、メイメイは食べ終わった皿をどけてテーブルに突っ伏した。


 ミッチャの情報が得られないのなら、これ以上ここにいる意味はない。さっさと切り上げて捜索を再開するか――――と思った矢先。


「多分、ミッチャは自分一人でザックと会おうとしてるんじゃない」


 抑えた声で、メイメイはそう呟いた。


「なんでそう思う?」


「今のアイツが三人の中で一番落ちぶれてるからよ。私やチッチより上に行く為には、ザックに会って彼を助けるか、彼の力になるか……そのどっちかしかないでしょ?」


 ……要はマウントを取る為か。確かに俺がパーティ内にいた頃も、何かと張り合ってはいた。説得力のある動機だ。


「でもその理屈だと、お前もザックに会おうと思ってるんじゃないか?」


「私がチッチ以下って言いたいの?」


「俺にメシ奢られるようじゃな」


 自分で言うのもなんだけど、相当な説得力だったのは間違いない。案の定、メイメイは歯軋りしながらテーブルに拳を叩き付けた。


 力を取り戻したレベル48のモンクが本気で殴れば、テーブルを破壊するくらいは訳ないだろう。でも流石にそこまで馬鹿じゃないらしい。


「……出来るならそうしたいけど、今の私が行ったところで、ザックはもう見向きもしないでしょうね。きっとミッチャも同じ。私達はもう、ザックに見放されたも同然だから」


 記録子さんのレポートによると、アイザックは俺がパーティを抜けた際に逆ギレして彼女達を罵倒していた。その後はずっと一人で行動しているから、それが最後のやり取りだったんだろう。その結論に至るのは当然だ。


「ならどうして、ミッチャが奴に会いに行くって思う?」


「……アイツは頭悪いから、諦めも悪いのよ」


 元仲間に対するリスペクトの欠片もないその返答に、思わず溜息が出る。ま……良いけどね。


「チッチは今、俺達に協力してアイザックの情状酌量を求めてる。お前はどうする?」


「はは。アイツ、そんな事してるんだ」


 力ない声で渇いた笑いを浮かべたのち、メイメイは席を立った。


「私は死んでも嫌。私達の運命を引き裂いたアンタと馴れ合うなんてね」


「あっそ」


 それでも、最低限の情報を得られたんだから文句はない。食事代はそれなりにかかったけど、情報料代わりと考えれば安いもんだ。いや、安くはないけど……必要経費だしそこはもう、割り切るしかないよね。


「……」


「何だよ。早く行けよ」


「アンタは、ザックを捕まえたいの? それとも助けたいの?」


 その質問に一体、どんな意図があるのか。そして本音を言う事に何の意味があるのか。別に自分の過去の傷を今更アピールするつもりもない。だから、答えは決まっている。


「少なくとも、その中にはないな」


 そう告げた俺に対し、メイメイは何も反応を見せないまま店を後にした。


 わかり合う事なんて一生ないし、お互い馴れ合うつもりも一切ない相手だから、奢った事に対する礼の言葉なんて聞きたくもない。だからその態度は、ある意味では俺への気遣いだったのかもしれない。


 いずれにせよ、次の行動の方針は固まった。


 支払いを済ませて店を出た直後、アルテラのペンダントを使って必要な魔法力を捻出。幸いメシ食った直後で体力は十分に回復していたから、変換はスムーズだった。


「出でよモーショボー!」


「うぃーっす」


 喚び出したのはこれで三回目とあって、挨拶もフランクだな。いや……最初からこんな感じだったか。


 何にせよ、彼女を喚び出した目的は一つだ。


「メイメイって武闘家を尾行してくれ。ボロボロの武闘着を着てる女性で、このすぐ近くにいるからすぐわかる」


「えーっ、それってストーカーのお手伝い? キッモ!」


「違ぇーよ! 出来るなら一生関わりたくない女だ!」


 とはいえ、実際にはそんな訳にはいかないんだよなあ。


 だって、奴は恐らく――――


「尾行途中でミッチャっていうテイマースピリッツと落ち合うかもしれない。確認が取れたら報告に来て欲しい。そいつらの拠点が暴ければ尚良い」


「うぇーっ、メンド。かったるいの嫌ーい」


「カーバンクルに仕事のデキる女性だってアピールしとくから」


「マジ!? 任せて任せて! 本当は尾行ってちょっと得意だしぃー!」


 ……モーチョローと改名しても良いくらいチョロいな。こっちとしては助かるけど。



 恐らく、メイメイの飢餓状態は嘘だ。



 12日も絶食状態だった人間がすぐ肉なんて食べたら胃が受け付けずに吐くだろう。弱ってたのは確かだけど、そんな長期間絶食していたとは思えない。


 だったら、何でそんな嘘を俺についたのか。それは勿論、『死にかけていたところを助けてやった』って俺に思わせる為だろう。そして、それだけの恩を売った相手には本当の事を言うに違いない――――そんなバイアスが俺にかかるよう誘導したんだ。


 つまり、奴の発言は嘘ばかり。だとしたら、ミッチャは単身でアイザックと会おうとはしていないし、メイメイとミッチャは交流を絶っていない。そして奴等はアイザックを諦めていない。そう推測できる。


 そう考えると、奴等の行動原理は当然、アイザックを逃がす事だ。


 元々ヒーラーの王になった時点でその計画は動いていたんだろう。ミッチャは選挙の妨害を行っている事実から、ファッキウ陣営から仕事の依頼を受けていた可能性が高い。そうなると、ファッキウと繋がりのあるヒーラー達の動き、即ちアイザックを王に担ぎ上げていた事にもいち早く気付いていたのかもしれない。


 一方で、アイザックがラントヴァイティルって精霊を喚び出して運命を反転させた事は知らない。アイザックとその仲間達の転落を取材し続けている記録子さんが、当人達に有利な情報を流すとは思えないし。


 だとしたら、今のメイメイとミッチャは『運命が反転した結果、アイザックはレインカルナティオの王となった』って解釈じゃなく、素直に『アイザック率いるヒーラー軍が攻め入って王城を占拠した』と見なしているだろう。大半の国民がそう認識しているように。


 なら当然、アイザックが正しい手順で国王になったなんて全く考えていないだろうし、任命状も偽造と断定しているだろう。捕まれば死刑は確実の大罪人。一刻も早く、奴を何処か遠くへ逃がしたいと考えているに違いない。


 どうよ! この洞察力と判断力! まるで探偵じゃね?


 いやぁ、参ったね。思わず出ちゃったね、迸る知性が。炸裂しちゃったね、名推理が。まさに圧巻。


 まさか圧巻とはな……


 さて。後はモーショボーの帰りを待つだけだ――――





 ……遅い。

 

 いつの間にかもう日が暮れている。朔期遠月の夕暮れに赤く染まっている街並みは神秘的で、現実感を薄れさせる。


 でも、そう考える事自体が、この世界に馴染んだ証拠かもしれない。少なくとも少し前までは夕暮れ時に限らず、目に映る全てがファンタジックで非現実的だったんだから。それこそ、ゲームの世界の中に迷い込んだような感覚のまま日々を生きていた。


 今は、そういう感覚そのものがなくなりつつある。


 この夕日に染まった街を見て『幻想的だ』なんて感想が出て来るくらい、普段の街並みが非日常じゃなく、慣れ親しんだ風景と自然に感じるようになった。転生して半年近く経つし、当然と言えば当然かもしれないけど。


 そう遠くない未来、俺は過去の世界について殆ど思い出さなくなるんだろう。昔の自分も、関わった人間も。


 ふと思う。それって実は、凄く寂しい事かもしれない。


 例え死んでも、誰かの記憶に残るか、何かを記録として残せていれば、少なくともそれが保存されている間は残り香がある。両親が生きている間は、俺はまだあの世界に関わりがあると言えるだろう。


 でも逆に言えば、両親が死んでしまった時、あの世界には俺が生きた痕跡はもう何もなくなってしまう。小中高時代の友達なんて、とっくに俺なんて忘れているだろうし、大学以降で親しくなった人間はいない。親戚付き合いも最低限だった。


 漫画や小説でも書いて、それが本にでもなっていれば、若しくは音楽を作ってその曲が誰かの耳に残れば、それもまた足跡になるだろう。でも俺は、そんなものを何一つ残さないまま死んだ。


 だけど俺は幸か不幸か、一度死んだけれど他人の身体を拝借して生き長らえる事が出来た。


 自分自身が覚えていれば、それがあの世界で生きていた証になる。少なくとも俺が生きている間は。そう思って、今までやってきたけど……


 どうやら難しい。半年足らずでもう、ホームとアウェイが入れ替わってるくらいだからな。


 これは悲しい事なんだろうか。それとも歓迎すべきなんだろうか。誰にも相談できないから、客観的には判断できない。



「うーぃ。戻ったよー」



 少し感傷に浸っている間に、モーショボーが戻って来た。思いの他時間が掛かったけど、もしかしたらアジトまで突き止めて来たのか?


「なんかねー、スッゴく警戒してた。後ろから誰か追ってこないかって。オメー何したの?」


「メシ奢っただけだよ。で、誰かと合流してた?」


「うん。ゴツい身体の男と」



 ……え?



「女じゃなくて、男?」


「そうそう。あ、でも恋人みたいな雰囲気は全然なかったかんね? エロいことしてるの盗み見してて遅くなったとかじゃないから」


「そんな疑惑一切ないから続きをお願い」


「へいへーい。えっとねー、よくわかんない店の中に入って行った。あ、大体の場所はわかってるから地図書くね」


 精霊がメモ帳持ち歩いているのは割と謎だけど、それはかなり助かる。喋りは雑なのに随分気が利くなモーちゃん。


 にしても、まさか男とはな……これはちょっと予想外というか、予想の斜め上の事態だ。


 つーか何が名推理だよアホか俺! 知性迸るどころかシナシナじゃん! さっきの自画自賛、口外してなくてホント良かった……


「その、ゴツい身体の男ってのは他に何か特徴なかった? ヒーラーとか」


「さあ……それはわかんなかった。上からだし、ゴツいって事くらいしかわかんない。あ、髪の毛はあったよ」


 スキンヘッドじゃないって事か。とはいえ、そんな知り合いはラヴィヴィオの四天王のエアホルグくらいしかいないし、奴も既にこの世にはいない。モンスターとして討伐され昇天したからな。


 一方、ゴツい体格の男には数人心当たりがある。これだけで特定は困難だ。


「わかった、ありがとう。長時間働かせて悪かったな。カーバンクルには献身的な女性だからお嫁さんには最高だって言っておく」


「ウッソ! マジで!? オメー超イイヤツじゃん! また何かあったら言ってねーっ!」


 良い笑顔のままモーショボーは消えた。そういえば今回はポイポイは一緒じゃなかったのか。一目会いたかったけど、それは次の機会にしよう。


 それよかメイメイですよ。モーショボーが恋人じゃないとは言ってたし、奴がザックを諦めて別の恋に走ったとは思えないから実際そうなんだろうけど……だとしたら、一体何繋がりなんだ?


 アイザックは既に街から永久追放になっていて、他の三人もそれに近い処罰が下されていた筈。協力者が街中にいるとは思えないんだけど……やっぱりヒーラーなのか? まさかメデオって事は……ないとも言い切れない。


 ま、今はそれ以上の手掛かりもないし、考えても仕方ない。モーちゃんが書いてくれた地図を見て、そこへ向かおう――――



「……嘘だろ?」



 着いたは良いが、未だに信じられない。


 本当にここが……メイメイの隠れ家なのか……? 



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