第189話 アバターの方のオレが死んだッ
そして俺は、途方に暮れる。
「認識が甘かったかな……」
ミッチャを見つけ出すのは簡単だと、そうタカを括っていた。
いやだってそうだろ? これまではこっちが望まなくても、記録子さんのレポートによって勝手に彼女の情報は入ってきていたんだから。記録子さんの来訪があるか、街中で彼女もしくはミッチャを見つければクリアなんだから、それほど難しいミッションじゃないって思うじゃん?
なのに五大ギルド会議から三日が経過した今、手掛かり一つ掴めずにいる。いつも望まずとも来る記録子さんはその間全く音沙汰がないし、ギルド員の警邏を増員して街中を探してみたけどミッチャの姿は何処にも見当たらなかった。
「シャーッ……シャーッ……」
代わりにやたらすれ違うのはイリス姉。イリスを感知する為に野生化してるのか、蛇みたく地面を這いずり回っている姿を見かけたのはこれで五回目だ。当然、無関係を装う為に声はかけない。
にしても……参ったな。あれだけ大見得切って探せませんでした、なんて道理が通る訳がない。ギルドの評価や信頼にも関わってくる。
でもそんなのはどうでも良い。一刻も早く回復スポットと化した王城に攻め込める環境を作って、コレットを救出しないと。あのアイザックがコレットに無理矢理どうこうするとは思えないけど……万が一奴がそんな蛮行に及んでいたらと想像するだけで具合が悪くなる。幾らコレットがレベル78とは言っても、状況的に拘束されているのはほぼ確実だろうからな……
「ふぅ……」
思わず溜息が落ちる。パトロールと探索の併行はその性質上、特に肉体的疲労が嵩む訳ではないんだけど、どうしても精神的にグッタリしてしまうな。
コレットがギルマスになった件もそうだけど……もし俺がアイザックと出会っていなかったら、奴がここまで転落する事はなかったかもしれない。客観的に見ても、今回の事件は俺の行いが多少なりとも関係している。別に責任を一人で背負い込むつもりはないけど、やっぱりどうしても考えちゃうよなあ……
俺と関わった事で人生が狂ったのはコレットやアイザックだけじゃない。ミッチャも、チッチも、あとメイメイも――――
「……ん?」
そのメイメイが目の前にいた。ただし、俺の知っている彼女の外見とは幾分か変わっていた。
俺がアイザックのパーティに加わった頃のメイメイは、常に不貞不貞しい態度で胸を張り、大きめのポニーテールを揺らしていた。武道家だけど腹筋は割れていない。アイザックに見られた時に恥ずかしいから、敢えて脂肪をある程度残していると酒の席で言っていた。それでも全身が研ぎ澄まされているような凄味は日頃から感じていた。
なのにどうだ。今の彼女はずっと下を向いて歩いている。俺に気付いていないのもその所為だ。
横顔にも覇気がまるでない。この世の全てに飽きてしまったような、達観を通り越して諦観の域に辿り着いた老婆のような表情だ。
確か記録子さんの証言によると、殴られ屋をやっていたけど護身開眼して無敵になった所為で客足が途絶えたって話だったよな。あの様子じゃ廃業したのかもしれない。となると、食い扶持を稼ぐ手段が失われて心身とも衰弱しきっているのかも。
勿論、散々酷い目に遭わされたあの女に同情心なんて湧きようがないし、奴の人生に興味も関心もない。今の奴がミッチャの居場所を知っているとも思えないけど、元仲間なんだからミッチャが行きそうな場所くらいは知っているかもしれないし、遠慮せず声を掛けるべきだろう。
だけど……どうにも躊躇してしまう。あの自信なさげな姿に見覚えがあるからだ。
灰色の大学生活に突入する前の俺は、それなりに友達がいて、それなりに成績が良くて、それなりに運動も出来てそれなりに悪態をつく『それなり人間』だった。
だから、自分に自信がないって事はなかったけど……自信に満ち溢れているって子供でもなかった。根拠のない自尊心に己を委ね、居丈高に振舞うような真似は出来なかったし、やっぱり何処か猫背気味だったような気がする。大学に入ってからはその傾向がより顕著になった。
今のメイメイに、そんな昔の自分を思い出してしまった。別に黒歴史にするつもりはないけど……なんか、見ていて辛い。
ま、こういうのを感傷って言うんだろうな。だとしたら今は、感傷に浸っている場合じゃない。
「もう殴られ屋はやってないのか」
なんとなく名前を呼ぶのは嫌だったから、こんな話しかけ方になってしまった。
「……?」
何その反応。俺の顔がわからないのか? 記憶に残さないくらい眼中になかったってんなら、それはそれで別に構いはしないけど……
「アンタ……私が……わかるの?」
「へ?」
「教えて……! 私は一体誰……!? 私は……私がわからない……!」
何これ……記憶喪失?
まさか殴られ屋やってた所為でパンチドランカーになっちまったのか!?
「やめろ……そんな目で私を見るな! 私を……私を哀れむなあっ……!」
何かに怯えるような顔で、メイメイは走り去ってしまった。
えぇぇ……人生転がり落ちてるのは聞いてたけど、ここまでズタボロになってるのは想定してなかった。チャイナドレスみたいな武道着も大分汚れてたし、なんかもう痛々しすぎて見てらんない。
護身開眼ってまさか、三十六計逃げるに如かずみたいな理屈じゃないだろな……
何にしても――――追うか。
記憶がないのなら、ミッチャに関する情報も恐らく持ってはいないだろう。でも部分的に覚えている可能性はある。それを刺激して悪影響が出たとしても知ったこっちゃない。大事にすべきはコレットやギルドであって、あの女に配慮する事じゃないからな。
「おい待て! 勘違いしてるみたいだけど、俺がお前を哀れむなんてあり得ないからな! まだ殴られ屋をやってるなら金払ってでも殴りてぇなって思っただけだから!」
実際には貴重な金を払ってまで恨みを晴らす気はない。でも俺の言葉に何か感じるものでもあったのか、逃亡中のメイメイの足が止まった。うーん、相変わらず良い脚だ。
「憐れみじゃなく……怨恨?」
でも、その脚が震えている。得体の知れない事態への恐怖もあるだろうけど、一番は今走った事による疲労のように見える。恐らく、まともな食事はもう何日もとっていないんだろう。俺の足ですぐ追いつけたのも、彼女に本来の体力がないからだ。
「まあそうなんだけど、ぶっちゃけ過去の事はもうどうでも良い。俺が知りたいのは、お前の中にどんな記憶が残っているかだ」
「私の……記憶……?」
あれ……? なんか様子がおかしいな。触れちゃいけなかったのか?
「きお……く……あ……ああ……ああアあアアあアああアアアああアあアア」
なんか口を思いっきり開けてガクガク震え出した!
怖っ! なんか白目剥いてない!? 知り合いが壊われるの見るのスゲー怖いんだけど!
「アんタ……が……」
しかも白目剥いたままこっちを睨んできた……やだスッゴい恐怖……何だこいつ、ヒーラーに匹敵するヤバさじゃん!
「いナけれ……バ……あンタが来ナケ……レば……私ハ……今……頃……ざっ……クと……ォォォォォヴェエエエエアアアアアア」
何これゾンビか何か!? T-ウィルスにでも感染したの!? 無敵ってこういう事!?
やっぱ話しかけなきゃ良かった! パンドラと飢餓と俺への恨みでチッチよりヤバいクリーチャーになってんじゃん!
これはもう、戦闘は避けられない。何で知り合いに話しかけたら生物災害に遭遇しなきゃならないんだ……
とはいえ、ここは街中。助けを呼べば人は来るだろう。最悪、その方法を選択するしかない。
でも――――それはあくまで最終手段。俺はこの街を守るギルドの代表なんだ。幾ら弱くても、そう簡単に他人に頼る訳にはいかない。
「返……せェ私ノ青……春をザッ……くトの日……々ヲ返……セェぇェ」
もうまともに聞き取れないほど、メイメイの言葉は支離滅裂になってきた。既に人間をやめているような状態なのかもしれない。なら、引導を渡すのがせめてもの情けか。
とはいえ、どうする? 精霊折衝でペトロ先輩を喚んで戦って貰うのがベストだけど、あの精霊よりメイメイが強いとは思えないから断られるリスクが大きい。モーショボーも戦闘には不向きだ。
そうなったら、残された手段は――――
「出でよフワワ! アバターの生成を頼む!」
「はい〃o〃です!」
あらかじめ最悪の事態を想定して精霊折衝の準備はしていたから、ほぼ最短時間でメイド精霊の召喚に成功した。交渉も実にスムーズ。一瞬にして俺の――――
「……」
俺のアバターらしき何かが現れた。
あれ……なんか前の時と顔が違うな。あの時もセンター寄りの顔で俺とはちょっと違ってたけど、今回は全体的に溶けてるというか、異様にタレ目だし各パーツが下の方に集まってるような……
「ああっ……すみません、失敗◞‸◟です」
「大丈夫大丈夫! 今回顔の出来不出来は関係ないから!」
幸い、四肢に関しては作画ミスはない。後は調整スキルで――――
「生命力全振り! あの女と戦え!」
元々生命力がダントツで高い俺のステータスを更に極端にすることで、鉄壁……ってほどじゃないけどタンクとしての性能に特化。このアバターにメイメイの攻撃を集中させて、隙を見て警棒代わりのこん棒で殴る!
……女性をこん棒で?
いやダメだろ俺! 倫理的にも絵的にもヤバ過ぎるじゃねーか! 怨恨濃度が高すぎて発想がおかしくなってた!
ここに来て得物がこん棒ってのがネックになってくるとは……まあ剣でも似たようなものだけどさ。
せめてティシエラみたいな精神攻撃が出来れば……
「ハああアあアアあああアあアアアあアアあアあ!! しねシネしねシネシねしネシねしネシねしネ!!」
マズい。迷ってる間にも俺のアバターがボッコボコにされてるやんけ。うわぁ……顔面の形がみるみる変わっていく。周囲にレベル60以上が何人もいたから感覚麻痺してたけど、レベル48のモンクでも十分強ぇな。
「ふわわ……このままではあるじ様が……こうなったら私が戦う〃‐〃です……!」
「そんなの絶対ダメダメのダメーーーーっ!」
責任感の強さはなんとなく察していたけど、こんなか弱い精霊に戦って貰う訳にはいかない。メイドって謎の強キャラ設定多いけど、フワワは絶対違うだろうしな。既に全身震えてるし。
幸い、俺のアバターはそれはもう悲惨な事になってるけど、まだ消えずに残っている。今の内に次善策を練ろう。
といっても……残る手札はカーバンクルくらいしかない。身体の一部を宝石に変える能力なんて、戦闘じゃ使い物にならないよな……
いや、待てよ?
身体の一部なら何処でも宝石にできるんだよな。だったら……宝石化した箇所を見せて『これをやる』ってメイメイに言えば、今の貧困状態の彼女なら金に目が眩んで正気に戻るかもしれない。まあ、フワワのアバターと同じで時間制限あるだろうし、詐欺にしかならないんだけど。
それに、目脂とか鼻クソでも宝石化できるのなら、身体から分離できる分更に信憑性が増すんじゃないか? まあ汚ねーし、一般的な宝石サイズの鼻クソなんて無理だから大分小粒になっちゃう欠点はある。
なら唾液はどうだ? 唾液だって一応、身体の一部と言えなくはないよな?
「ギゃハハはハはははハハはハ歯ハは破刃はハ葉! 弱弱弱弱弱弱弱弱! トドメだァァあ!」
うおおおお! アバターの方のオレが死んだッ!
あんな砂みたいにサラサラになって……吸血鬼の最期みたいだ。
「もう限界だった◞‸◟です……お役に立てなくてすみません……」
そういえば、アバターを出せるのは一日一回って言ってたな。消えたら終わりの使い切り。少なくとも今日はもうフワワは喚び出せない訳か。
「いや、おかげで作戦を練る十分な時間を得られたよ。ありがとう。君の能力は相当役に立つし、今後もよろしくお願い」
「本当〃o〃ですか! では次はもっと頑張る〃v〃です!」
頼もしい言葉を残してフワワが消える。余韻に浸る間もなく次はカーバンクルを召喚だ。口の中に唾を溜めて……
「出でよカーバンクル! 俺の口の中の唾液を適当な大きさの宝石に変えてくれ!」
「中々風変わりな依頼だが、フム。造作もなき事よ」
「むぐっ!?」
口の中に急にゴロって感覚が……なんかこれ、歯がポロッと落ちてきたみたいでゾッとするな。
取り敢えず、吐き出して掌に収めてみる。ルビーよりややオレンジに近い色合いの美しい宝石だ。
後はこれをメイメイに――――
……いやちょっと待てよ。
俺は奴に宝石を贈るのか?
例え騙す為とはいえ、あれだけ俺を馬鹿にして貶しまくって最終的には殺そうとした女に、こんな高価な貢ぎ物を?
わかってる。私情を挟んでいる場合じゃないのはよーくわかってる。でも媚びたように差し出すのはどうしても我慢できない。
要は、あの女を正気に戻せれば良いんだ。だったら下手に渡すより――――
「くれてやらあああああああああああ!!」
「!?」
脳をより刺激すべく、頭めがけて投げつけてやった。
勿論当てる気はない。そんな事したら大怪我させちゃうからね。幾ら因縁の相手の一人でも、女性相手に石をぶつけるのは非人道的過ぎる。頭部ギリギリを狙ってビビらせれば、それで正気に――――
「あいったー!!」
……あっ。
いやいやいや、俺確かに外したぞ? 心の何処かにぶつけちまっても良いかって気持ちがなかったとは言わないけど、ちゃんと理性が上回った筈……
「痛たた……あ、やっぱり……やっぱりこれ宝石! 私の動体視力に狂いはなかったんだ……! これで……これでやっとご飯が食べられる……!」
ん……? 正気に戻った? なんか笑顔がパアッて輝いてるな。
あの状態で自ら当たりにいったのか。凄ぇ執念だ。
本来ならここで『それ宝石じゃないから! 俺の唾だから! ねぇねぇラッキーって思った!? ザマァアアアアア!!』って罵ってスッキリするところだけど……
「あれ? アンタ……もしかしてトモ?」
「あー……取り敢えずメシ行くか。奢るから」
「……?」
感涙の末ようやく俺を視認したメイメイを前に、非情に徹する事が出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます