第三部03:城中と常駐の章

第188話 私情の圧がとんでもねぇな

 会議って短い期間内にそう何度も何度もやるもんじゃないと思う。話す内容にそうバリエーションがある訳じゃないし、絵的にも地味だ。特に五大ギルドの場合、参加するメンツに変化が殆どないのも困りもの。同じ顔合わせ、同じ立ち位置で話し合ったところで、劇的な何かが生まれるとも思えん。動きがないから思考も停滞しがちだし。


 どうしてもやらなきゃいけない場合は、思い切った改革が必要だろう。惰性でやっちゃダメ。何事も。


「では、これより臨時の五大ギルド会議を開催します。議題は勿論、王城を占拠したアイザックおよびヒーラー軍の処遇についてです」


 だから今回は司会をしてみた。景色を変えないとね景色を。


「いや……そりゃ今まで五大ギルドでもねーのに何度も呼んじまってたし、今回も関係者だから呼んどけっつったのは俺だけどさぁ……これ良いのか?」


「良いんじゃないかしら。どうせ進行なんて誰もやりたがらないでしょう? 一番反対しそうなロハネルが何も文句つけていないんだし」


「うるせぇ~なぁー……こんな事にわざわざ口挟むのは時間の無駄なんだよ。とっとと始めた方が精神衛生上良いだろ?」


 いつものメンバー、バングッフさんとティシエラとロハネルは早々に席に着いている。


 ちなみに今回のチェアギルドは商業ギルド。当然、会議の場所も商業ギルドの応接室だ。以前一度訪れた部屋とは違って、こっちは地下にある部屋だから秘匿性は高い。その分通気性はないに等しいけど。


「わーったよ。それじゃ元警備員のあんちゃん、とっとと進めてくれや」


「了解。まずは基本方針を固めましょう。アイザックの野郎を明日にでもブッ殺しに行くか、時間をかけて嬲り殺しにするか。俺は前者に一票投じます」


「ちょっ、待て待て待て待て! 単語が一々物騒なんだよ! あれ!? お前そんなヤベー奴だった!?」


「そのアイザックがコレットを攫ったらしくてね。昨日からずっと不機嫌なのよ。過保護だから」


「いや、そういうお前もずっと殺気立ってんだけど……君達、魔王討ち取るよりやる気出してない?」

 

 当たり前だ。魔王なんて今はどうでも良い。俺の標的、いや宿敵はアイザックただ一人だ。


 思えば、奴とは色々あった。最初に見かけたのは確か、奴が酒場のマスターに腕相撲で負けた場面だったか。フレンデリア嬢が乱入してきて影が薄くなった途端に錯乱状態になって、自爆寸前ってところでティシエラが突入して魔法で解決したんだったな。


 ティシエラともあの時が初対面だったな。何気に人生のターニングポイントだったのかもしれない。あの騒動は。


 それから、俺が調整スキルで作った魔法防御特化の剣を買いにベリアルザ武器商会を訪れたんだったな。その時に剣の効果を試す過程でちょっと通じ合うような感じがあって、その縁で借金を背負った俺をパーティに誘ってくれたんだ。


 ……あーくそ。忌々しい記憶の筈なのに『誘ってくれた』とか言っちゃってる時点で、俺の中にはまだ消しきれない何かが残ってやがるんだろうな。


 非情になれ。あの野郎はコレットを攫った敵だ。敵に情けをかけるな。そんな甘い事をすれば味方を失いかねない。ギルマスって立場なんだから、誰が大事で何を重視すべきか、ちゃんと折り目をつけないと。


「俺と奴とは少なからず因縁があります。奴はもう堕ちる所まで堕ちてしまった。本気でヒーラーと組んでこの街を支配しようとしているのなら、それはもう人類の敵。魔王とは違う悪の王……愚王アイザックです。魔王討伐は冒険者やソーサラーに任せますけど、愚王討伐にはアインシュレイル城下町ギルドも参加しますよ。この街を守るギルドですからね」


「司会の自分語りが止まらねぇ……」


 確かに、司会進行の立場で自分の意見を述べるのは本来は許されないだろう。でも、今回は俺達のギルドも役割上、方針を明確にしておかなくちゃならない。だから最初に思いの丈を述べておいた。


「良いね。そのやる気には正直グッと来るものがあるよ」


 意外にも、最初に反応したのはロハネルだった。この職人は俺に余り興味なさそうだったんだけど、最近は少しくらい目を向けてくれているようにも思う。


「でも、今回の件は街全体の問題だ。意欲は買うが、君に委ねるつもりはない」


「わかっていますよ。武力行使にしろ話し合いの場を持つにしろ、その中心となるのは俺やウチのギルドじゃない」


 俺達はあくまで新米ギルドだからな。今回の件は国難なんだから当然、この国で最大の力を持っている組織が中心となるべきだ。


「知っての通り、今のレインカルナティオに国軍の概念はないに等しいわ。国家転覆の危機に瀕した場合、中心となるのは私達五大ギルド。当然、総力を結集する必要があるでしょうね」


 相手はヒーラー軍。その恐ろしさは俺も良く知っている。


 奴等はまともじゃない。そんな連中と戦う以上、中途半端な戦力じゃどんな目に遭わされるかわからない。ティシエラの判断は正しい。


「では、五大ギルドが中心となってアイザック及びヒーラー軍の鎮圧を試みる。それで宜しいですね?」


「ええ」

「異論なし」

「ただし、今すぐブッ殺しに行くって訳じゃないからな? 早まるなよ?」


 取り敢えず、基本方針は固まった。勿論、俺としては自分の手で奴との因縁を断ち切るつもりでいるけど、五大ギルドを差し置いてウチが出しゃばる訳にもいかない。何か良い方法を模索するしかないな。


「それでトモ。例の子と連絡はついたの?」


「ああ。来て貰ってるよ」



 昨日――――



 アイザックの所信表明演説で荒れに荒れた後、城門および城の周辺が強力な『回復魔法』に包まれた。



 ゲームで例えるのもどうかと思うけど、いわゆる回復スポットに近いような状態だ。そこに入れば、即座に傷が癒やされる。後で聞いたけど、それは【パーチ】って種類の回復魔法らしい。ヒーリングとは違って、人に対して使う魔法じゃなく、特定の空間に対して回復効果を与える魔法。傷付いた人物を癒やすんじゃなく、回復スポットを作る魔法だ。


 例えば戦闘中にそれを使っておけば、わざわざ負傷者の所にヒーラーが駆けつけなくても、負傷者自らそこへ移動する事で回復できる。気を失ったり脚を負傷したりしない限りは有効だ。


 かなり便利に思えるけど、やっぱり魔法を長時間留めるってのは相当な魔法力が必要で、使い手が限られる上にMPの消耗も大きく、使い手はそう多くない。


 けれど、ヒーラーギルド最大手のラヴィヴィオなら当然、使えるヒーラーは在籍している。それも、城の敷地内全てを回復スポットにするくらいの大規模なパーチを使えるヒーラーがいたみたいだ。


 その結果、現在王城は回復スポットと化してしまった。それが何を意味するのかというと、触れただけでヒーラーからの借金が増える悪質なトラップに他ならない。


 敵対している相手に幾ら借金しようと、返す必要なんてない……と言いたいところだけど、もし本当に現在の国王がアイザックになっているのなら、法律も奴らが自由に変えられる。ヒーラーの請求する借金に法的根拠が生じる恐れがあるんだ。


 一度法的に認められた借金は、その後法律が改正したからといってチャラには出来ないだろう。借金が出来た当時は、正当な借金と国が認める事になるんだから。


 だから、現在は誰も王城に近付けない状態にある。聖噴水よりも厄介な、ある意味結界のような魔法だ。


 よって、王城に攻め込むにはその魔法を解除しなくちゃならないけど、そんな方法を俺達が知る由もない。となると、餅は餅屋。回復魔法の専門家、すなわちヒーラーの出番だ。


 ラヴィヴィオのヒーラーは殆ど出て行ってしまったけど、それ以外のヒーラーの中には、城下町に残っている人もいる。


 更にその中には――――


「……失礼します」


 アイザックと縁のあるヒーラーも。


 言わずもがな、チッチだ。


「この度は、私達の仲間のザック……アイザックが多大なご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ございません」


 チッチは俺の合図で入室するや否や、五大ギルドの代表達に対し深々と頭を下げた。彼女の本性を知る俺には不自然極まりない光景だけど、俺以外に意外そうな顔をしている奴はいない。それだけ上手に猫を被ってきたって事なんだろう。


「彼はこんな、人類に宣戦布告するような真似をする人間ではありません。必死に努力を重ねて、トップクラスのレベルまで上りつめた模範的な冒険者です。きっと誰かに唆されたに違いありません。協力はします。その代わり、彼を敵だと決め付けないで欲しいんです」


「拒否します」


「トモ……貴方はもう少し私情を隠しなさい」


 ティシエラにマジ説教を受けてしまった。


 仕方ないか。司法取引を受け入れるくらいの裁量がないと、今回の件を解決するのは無理っぽいしな。ここは役割に徹しよう。


「そいつの私情は兎も角、市民も似たような意見なんじゃあないか? この街のヒーラーに対する悪感情は知っての通りだ。彼女の要求通りアイザックに温情を施したと知ったら、暴動が起こる可能性も否定できないと思うね」


「ロハネルの意見にも一理あるけどよ、ここは大人しく条件呑んで協力して貰わねーと事が先に進まなくねぇか? あの回復スポットを突っ切る勇気がある連中がどれだけいるか」


 実際には、それなりにはいるだろう。『法的根拠なんて知ったこっちゃない、ヒーラーの言う事なんて聞く気ないね』って奴は。


 でも、そういう考えの人間が集団行動できるとも思えない。個人個人で王城に乗り込んでも、多分ヒーラーには勝てないだろう。レベル60台のディノーがあれだけ手を焼いてたんだから。


「私はこの子に協力を仰ぐべきだと思うわ。ただし、情報規制を徹底する必要もあるでしょうね。貴女が五大ギルドに協力したと決して口外しない事。それが私達の出す条件よ」


「……はい。誰にも話しません」


 俺はこのチッチの本性を知っているから、とても信用は出来ない。あの暴走モードの時に理性が働くとは思えないし、それ以前にアイザックにはアッサリ話してしまいそうだ。


「口約束だけじゃ生温いんで、情報漏れた時点で彼女の仕業だと無条件で確定、無期限の禁固刑に処す、くらいの契約書を書いておいた方が良いんじゃないでしょうか」


「さっきから私情の圧がとんでもねぇな!」


 いかんいかん。司会進行に徹するって決意したばっかなのに。


 でも、これまでの経緯があるから簡単に冷静にはなれんのよね……


「今のは極論だけど、契約書にサインして貰うくらいの事はお願い出来るかしら。協力を申し出てくれた貴女にとっては不快でしょうけど」


「いえ……ザックを助ける為なら、なんだってします。そこの私を嫌っている男の靴だって嘗めます」


 足の指を噛みちぎると言わんばかりの殺気でそんな事言われてもね。


 それでも、言葉の上で取り繕えるだけマシではある。記録子さんによると父親と和解したって話だし、俺がパーティにいた頃よりは精神が安定しているのかもしれない。


「では条件付きで協力を仰ぐという事で。ロハネルさんもそれで良いですね」


「ああ。ところで根本的な疑問なんだが、あの回復スポットはそもそも無効化できるのかい?」


 その疑問は尤もだ。『魔法を無効化する魔法』ってのはゲームではありがちだけど、この世界には多分ない。あればソーサラーギルドが全力で封印するだろう。死活問題だからな。


「方法は二つあります。一つは、使用したヒーラーの魔法力が尽きるよう仕向ける。もう一つは相殺ですね」


「相殺?」


「回復魔法の回復力と同等の殺傷力を、常にその空間に生じさせる魔法……そんなのがあれば可能かと」


 自然に、全員の視線がソーサラーのティシエラに向く。


「生憎、そんな魔法は存在しないわ。使いどころもないでしょうし」


「回復魔法を封じる魔法、みたいなのは?」


「そんなの誰が必要とするのよ。アンデッドが人間と共存しているのなら話は別だけど」


 ですよね。同じ理屈で回復魔法の無効化や威力軽減の魔法も存在しないだろう。


 となると、方法は一つか。


「使用しているヒーラーを特定して、魔法力を封じるしかないみたいだな。まあ恐らく使い手は王城の中だろうから、事実上暗殺みたいな仕事になるが」


 バングッフさんの言うように、かなり機密性の高いミッションになる。侵入を城内のヒーラーに悟られず、かつ使い手を特定し、そいつの魔法力を封じる。


 普通に考えたら無理難題も甚だしい。そんなステルス性能の高い奴がいるのなら、そいつ一人で王城にいる全員を暗殺できそうだ。


「使い手の特定は、恐らく可能です。ただし……ミッチャの手を借りる必要があります」


 あのテイマースピリッツの名前がここで出たか。まあ、なんとなく予感はしてたけど。


「彼女が喚び出せる精霊か妖怪の中に、解析能力の使い手がいた筈です。それに発動中のパーチを解析させれば、使用者が特定できるかもしれません」


 あくまで推測の域を出ないみたいだけど、試す価値は十分ありそうだ。


 問題は、そのミッチャが何処で何をしているか。選挙の妨害をして以降は確か……物乞いしてるとか記録子さん言ってたよな。


「私は彼女には会えない。今の私が会えば、彼女は……」


 確かに今チッチが会いに行けば、ミッチャの神経を逆撫でしかねない。最近まで同じ境遇だったのに、つい先日私生活が多少なりとも好転したチッチと、どん底まで落ちたミッチャにはかなり差が出来てしまった。


「了解。彼女の捜索と交渉は俺達が引き受ける。一応、顔見知りだし」


 どの道、毎日街中をパトロールしてるギルドだ。街中での捜索は業務の範囲内でも十分できる。他の街に移住してたらどうしようもないけど。


「なら俺達も人を寄越すか。人海戦術と行こうぜ」


「やれやれ。こっちはまだギルド再建中だってのに……」


 バングッフさんとロハネルが賛同した時点で、賛成が三人。俺の申し出は受理された。


 既にティシエラの意見を待つまでもないけど――――



「テイマースピリッツを侮らないようにね。精霊使いの卵なら、その脅威はわかるでしょう?」


「ああ、気をつける」


「もう、あんな無謀な真似はやめて」



 果たしてティシエラの言葉は、彼女を助けようとシャルフの魔法を手で受け止めようとした時の事を言っているのか、それとも別の事なのか。


 その表情から窺い知る事は出来なかった。


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