第187話 僕は新世界の神となる

 異世界転生って形でこの国に来た俺にとって、王様とか王族は文字通り住む世界が違う存在。本来なら接点なんてある筈もないし、思い入れなんて持ちようもない。


 でも、俺にはゲームがあった。そしてゲームの中では大抵、王様や王族と会話する機会がある。それどころか王族を主人公として操作したり、仲間に加えたりするゲームも少なくない。逆に敵対する事もしばしばあった。


 だから、『知り合いが王様になった』という訳のわからない現状にも、そこまで混乱はしていない。王族をそこまで神聖化していないからだ。


 元いた世界では、殺人事件を起こした犯人が自宅にゲームを積んでた事をあーだこーだ言ってゲームの所為にしようとしていたマスコミや評論家に『現実とゲームを混同するな!』って心中で叫びまくった俺だけど、今となってはブーメランだったなあれ。


 ま、それは兎も角……


「つーかまだ始まんねーの? ヤメちゃん人混みイーってなるから嫌いなんだよねー」


「はぁ……なんで私まで来る必要あんの」


 ヤメ&シキさんコンビを引き連れ、やって来ました王城へ。事前の情報通り、王城は既にヒーラー軍によって占拠されていて、城門が閉じられている。


 その城門、魔王城が近くにある王城だけあって警戒の度合いが凄まじく、見るからに頑丈そうな作りになっている。元々、それなりに巨大な門構えになっていたんだろうけど、そこから更に増築して二重構造になっている。全高……どれくらいだろう。15m以上ありそうだ。例え冒険者とソーサラーが全力で破壊しようとしても、簡単にはいきそうにない。


 王様の所信演説ってバルコニーでやるイメージなんだけど、どうやら城門の前で行う予定らしい。門の前には凄まじい数の人が殺到していて、っつ密になっている。記録子さんが情報をバラ撒いた結果なんだろう。


 この状況になるのは予想できた。だから二人に同行して貰ったんだ。万が一ヒーラーが暴走した場合は、街の警備を預かるギルドとして市民を守る責務がある。残念ながら俺だけじゃ退避の誘導すらままならないからな……


 多分ティシエラをはじめ各ギルドの代表者は来てる筈だけど、この人混みじゃ見つけるのは無理だな。これだけの人口密度を経験するのは花火大会の警備以来だ。


「あら! 貴方も来ていたのね!」


 ん、その声はフレンデリア嬢。でも声はすれど姿は見えず。一体何処に……


「こちらで御座います」


「うわビックリした!」


 いつの間にか、目の前にセバチャスンさんが立っていた。っていうか足が肩に……え? 肩車?


「お嬢様は人混みが好きではないので、こうして移動して来ました。これなら知り合いも探し易いですし」


「は、はあ……」


 金持ちの考える事は良くわからん。セバチャスンさんの背が高いから、確かに人混みからは回避できているけどさ……


「ところでトモ。コレット見なかった? 冒険者ギルドの代表なんだから、来てる筈なんだけど見当たらないの」


「あー……」


 そう言えば、本来なら朝一で報告に行く予定だったんだよな。アイザックの件ですっかり忘れてたけど。まあ、丁度良い機会だ。


「コレットは昨日、未知のモンスターとの戦闘中に突然消失しました」


「……へ?」


 こんな反応になるのも無理はない。失踪自体、これで二度目だし。あの時は山羊の悪魔となって発見された訳だが。


「理由については現在調査中です。既にソーサラーギルドと連携して、冒険者ギルドに事情聴取を行っています」


「どういう事……? 冒険者ギルドが関与しているの?」

 

「その可能性は極めて低いと思います。ただ、同行していた冒険者が全員無傷で生還しているから、彼等に状況を説明して貰う必要がありまして」

 

 余り核心には触れず、必要な事だけを報告。今更この人がコレットに何かするなんて欠片も思っちゃいないけど、ギルドへの疑惑とか俺の精霊の事まで話すとなると、無駄に長くなるだけだからな。

 

「……コレットは無事なの?」


「わかりません。安否は完全に不明です。楽観視は当然出来ないですけど、過度に悲観しないようにしようとも思ってます」


「そうよね。同行者が無事って事は、少なくとも一瞬で粉々にされたって事はないだろうし……」


 流石に理解が早い。何より冷静だ。もし彼女が悪役令嬢なら、どうしてそんな無茶をさせたんだって俺に怒鳴っても不思議じゃないんだけど、そんな理不尽な怒り方をするお嬢様じゃない。


「あ! もしかして脈絡なく瞬間移動の能力が使えるようになったとか? コレットなら突然そういう力に目覚めても不思議じゃなくない?」 

 

 ……前言撤回。全然冷静じゃなかった。


 まあ、そりゃ動揺するよな。せっかく苦労してギルマスになった直後にこれだもの。支援者としては頭が痛いところだろうよ。


「由々しき事態が立て続けに起こりましたな。コレット殿につきましては、我々も総力を挙げて捜索に当たります」


「お願いします」


 セバチャスンさんの言う『由々しき事態が立て続けに』ってのは、当然王城の占拠を指しているんだろう。こっちも全く状況が見えていないから、不安が錯綜して渋滞しまくってる。


「コレット殿も気になるところですが……こちらも厄介な事になりましたな。まさかこのような事態になるとは。しかし腑に落ちませぬ。如何にヒーラーがならず者の集団であろうと、このような歴史的蛮行を許してしまうとは」


 あ、そうか。彼等は王城が空になってたのを知らないんだ。だから余計に混乱しているんだろう。

 

 そもそも、このアインシュレイル城下町は異常だった。城下町って普通、王城の防塞なんだから警備は厳重にして然るべきなのに、聖噴水があるからって理由で警備兵どころか自警団すら置いていない。しかも『防衛組織を置くな』って指示まで出している。


 そりゃ確かに、城下町には猛者が山ほどいるし、彼等一人一人が鉄壁のガーディアンなのはわかる。下手に警備兵を配置して彼等に警備の全権を任せるより、住民一人一人に防衛意識を根付かせていた方が有効って考えも、全く理解できない訳じゃない。


 でも、警備専門の組織と人材がいなければ、防衛意識は自然と薄れていく。これは、警備員だった頃の経験から断言できる。


 元いた世界の俺は、特に何かの武術を倣っていた訳じゃないし、当たり前だけど銃の保有なんて許されていない。そして、そんな俺が警備員の中で特別だった訳でもない。むしろ、俺より足腰弱ってる中高年の方々が大勢いるし、寧ろ高齢化が顕著な業界だった。


 ちょっとでも腕の立つ連中が乗り込んで来たらひとたまりもない。警備員にその辺の防衛力を求めるのは酷ってもんだ。警備はしているけど、戦闘力なんてないに等しい。


 それでも、素人となんら変わらない警備員が配置されるのは『専門家が警備している』という事実が抑止力に繋がるからだ。勿論、警察と連携した機械警備も行っているし、その為の配置でもあるんだけど、それ以上にプロの警備員がいるって事実がより重要だ。それだけ防犯意識が高いって証明にもなるし、そういう施設が増えれば自然に街全体の意識も高まる。警備員の存在意義は、地域全体の防犯意識の向上、と言っても過言じゃない。

 

 だから、警備兵や自警団を置かずに住民の意識を高めるって狙いがあるとしたら、考え自体は理解できるけど、実際には逆効果だろう。その結果が、ヒーラーの暴走であり今回の大事件に繋がったと俺は思っている。


 ……まあ、記録子さんのレポートによると、実際の原因はアイザックの召喚した精霊なんだろうけど。


 何にしても、この俺の考えは元警備員独特のもの――――とは限らない。俺と同じ感覚を持った奴が、狙って王城や城下町の警備意識をグダグダにした可能性もある。王族の方々が逃亡計画を企てていたって話を聞いた今では、敢えてそうする事で逃亡しやすい環境を整えていたんじゃないかって邪推すら出来る。


 とはいえ、つい先日まで部外者だった俺が過去の事を嘆いたところで意味なんてない。大事なのはこれからどうするかだ。


「おい! 門の上に誰かいるぞ!」


 野次馬の一人が、上の方を指差しながら叫び出す。一斉にその方向に視線が集まる中、俺もそれに続く。


 すると――――


「アイザック……」


 まるで校舎の屋上から飛び降りようとしている生徒を眺めているような心持ちになった。


 かなり遠い筈なんだけど、この身体の視力が抜群に良いからか、それとも俺自身の心の問題なのか、すぐに奴だとわかった。


 身なりはやたら綺麗にしているけど、少し細く見える。ちゃんと食べているんだろうか。ストレスで拒食症になっているんじゃないだろうか。そんな妙な事ばかり考えてしまう。


「隊長」


「ん? 何?」


「距離遠すぎ。あれだとちょっと無理」


「暗殺して欲しくて来て貰ったんじゃないからね……?」


 シキさんとそんな物騒なやり取りをしている間、アイザックの顔の前に何か魔法陣みたいな光がボヤッと浮かび上がった。


「あ、音声拡聴魔法だ」


「そんなんあるのか」


 魔法の専門家のヤメが言うんだから間違いないだろう。そういえば『魔王に届け』の時、似たような魔法が使われていた気がする。メガホン要らずの世界だな。魔法って便利。


 さて……一体何を言う気なんだ。アイザック――――



「僕を愚弄した全ての身の程知らずに告ぐ! この顔に見覚えはあるか! お前等が今目の前にしているのは御存知アイザックだが……王だ! 前国王の任命により、栄えあるレインカルナティオの新国王となった男だ!」



 えぇぇ……初っ端からトバしてんなオイ。アイザック節炸裂し過ぎだろ。この時点で誰もあれを偽物とは思わないだろうな。


「ひれ伏せ! 僕を上目遣いで見ろ! お前等とはもう住む世界が違うんだ! 何故なら僕はこの国で一番偉いからな! やったアアアア!! 勝ったぞォッ!! ザマアアアアァ!! ザマアアアアアァーーーーーーッッッ!!」


 いやいやいやいや。ちょっと待てって。そりゃ思うところはあるにしてもさ、最初くらい王様としての威厳を見せようって努力するだろ普通。何だよその全力のガッツポーズ。どんな演説だよ。


「ハァ、ハァ……やった……これで僕はもう二度とバカにされない人生を歩めるんだ。父さん、母さん……勝ったよ、ぼく」


 急にしみじみするな! 良い話風にされても訳わからんわこっちは! 両親がどれだけお前を愛してたとか知らんし!


「勿論、証拠はある。これが元国王から頂いた任命状だ。国璽も押してある。見るが良い!」


 ……見えん! 遠すぎて全然見えない。あ、もう引っ込めた! 早っ!


「これからは僕がこの国を制御する。五大ギルド? 権力の分散なんてもう時代後れだ。国王の僕にだけ集中すれば良い。冒険者ギルド、ソーサラーギルド、職人ギルド。邪魔者は全て消す。ただしヒーラーギルドは全面的に僕のことを信頼してくれているから残す。この状態からなら魔王を討伐するのも時間の問題…僕は新世界の神となる」


 ダメだ。もう舞い上がり過ぎて視野が針の穴くらい狭くなっちゃってる。ここまで自分に泥酔してる奴、初めて見た。


「フ……フザけんなテメェェェェェェ!!!」

「この自爆野郎が何調子乗ってやがんだ殺すぞ!!!」

「誰がテメェなんざ国王って認めると思ってんだボケ!!!」


 案の定、門前は凄まじい怒号が飛び交う修羅場と化してしまった。その内城門も破壊されそうな勢いだ。


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!! 僕より弱いクセに徒党を組んで僕を小馬鹿にしてたカス共が!! 僕国王! お前ら庶民! 偉いの僕! わかった!?」


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「わかるか!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 おおう……スゲェ数のハモりだったな。なんて迫力だ。なんかちょっとワクワクしてきた。


「ヤメちゃん、あれが国王でも良い気がしてきた。前の国王って顔も知らないケド、今度のはなんか面白くね?」


「まあ、他国から武力支配される心配だけは要らないから、トップなんて誰でも良いけど」


 いや君達、ちゃんと政治と向き合おうよ……とは言えない。斯く言う俺も、若い頃は総理大臣が誰になろうとどうでも良かったもんなあ。


 とはいえ、アイザックが国王なのはちょっとシャレにならない。しかも漏れなくヒーラー共が要職に就くとなると論外だ。


 にしても……参ったな。ヒーラーが国を創る、ってのは聞いていたし警戒もしてたんだけど、まさか王城を乗っ取られるとは想像もしてなかった。


 直接的な原因は、アイザックが喚び出したラントヴァイティルって精霊の力なんだろうけど、多分前々からそういう計画がヒーラーの間で立てられていたんだろうな。そうなると、王族の連中とも裏で結びついていた可能性さえある。


 思っていた以上に、この国は腐敗していたのかもしれない。


「最後に言っておくが、僕を討とうなんて考えても無駄だ。僕の周りには優秀なヒーラーが大勢いる。仮に誰かに殺されたとしても、僕は必ず蘇る。僕にはレベル78の幸運の女神がついているからな! フハハハハハハハ!」





 ……………………あ?





「セバチャスン! 今のって……!」


「レベル78、と確かに言いましたな。この世界でその域に達している人物はただ一人。コレット殿だけでございます」


「って事は……あの新国王を名乗る男に攫われた、って事よね……?」


「そうだな」


「と、トモ?」


 そうか。そうだったのか。


 そうか……


 ハハッ。スゲーッ爽やかな気分だぜ。スガスガしい…なんてスガスガしい気分なんだ。


 ほんの少しでも奴に同情した俺が間抜けだった。恩義を感じる必要なんて1mmもなかったんだ。


 ったく、馬鹿だなあ俺。アハハ。


「ようし。ギルド総出で奴をブッ殺す」


「了解」


「ギルマス怖っわ! シキちゃんも即答怖っわ! あははははなんか面白くなってきたー!」


 場違いな陽気さで笑うヤメを尻目に、俺は生まれて初めて生じた殺意にその身を焦がしていた。いやマジで。



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