第341話 判明
何故こいつがここに……なんて言うつもりはない。想定はしてないけど驚きもない。こいつとギルドで話した帰り道、俺を襲ってきた刺客が『グノークス』って名前を出した時から……いつか俺の前に立ちはだかってくるような予感はしていた。
ここに来たってだけなら偶々ギルマス室を訪れて隠し通路の入り口が開きっぱなしだったから様子を窺いに来た――――とも取れるけど、今の発言一つで奴の立場は確定している。
「サタナキアを匿っていたのは貴方だったの」
「おやおや、ティシエラまで。まさかこんな大物までいるとは驚いたァーね」
「……その様子だと、一人ではなさそうね」
ティシエラの言う通り、他にも仲間がいそうだ。幾ら高レベルとは言え、こいつの単独犯ならこの隠し通路の存在を知る事は出来ないだろうしな……
「確かに決め付けられるのは気分が良くないね。うん、良くない。実に良くないよ……キミ達の存在は。ちょっと知り過ぎたよね」
これはもう、衝突は避けられそうにない。
二対二か……グノークスの戦闘力はレベル58って数字で大体想像付くけど、サタナキアはマジで読めない。魔王の側近が弱いって事はないだろうけど……
「あっあっ……ちょっと待って下さい……ここでケンカは駄目……です」
ん? サタナキアには戦意がない?
そうか! 部屋に飾ってある暗黒武器に被害が及ばないか不安なんだ。特にティシエラの魔法で傷でも付けられたら大事だもんな。
っていうか、もしそうなったら大癇癪は免れない。無闇やたらに攻撃魔法をブッ放す事は出来ないぞ。
「ティシエラ」
「わかってるわよ。展示物を傷付けるつもりはないわ。どれも逸品みたいだから余計にね」
そう答えつつ、ティシエラは奧のサタナキアから入り口付近にいるグノークスへと視線を移動した。入り口側に向かって撃つ分は武器を破壊する心配はない。とはいえ、それは向こうもとっくに承知しているだろう。
ポジショニングとしては、典型的な挟み撃ち状態。俺達の方が不利な位置関係だ。サタナキアが戦う意思を見せたら一気に状況が悪化するのは目に見えてる。
「そうだね、サタナキア君。"ここ"じゃアナタも気が気じゃないね。違う世界へ連れて行っておくれよ」
違う世界? それって――――
「……はい」
え?
なんだろう。急に雰囲気が……空気が変わった。
場所は全く変わっていないように見える。相変わらず暗黒武器を全体に展示している部屋のままだ。
いや、でも……扉が閉まってるな。グノークスが現れた直後は開いてたのに。少なくとも、奴が閉めるような素振りは見せていない。
だとしたらここは――――サタナキアの暗黒武器部屋と似て非なる空間。亜空間だ。
「素晴らしいねーェ。ここなら、飾ってある物をどれだけ破壊しようと問題ない。アナタの力にはいつも助けられているよーォ」
まるでサタナキアを褒め殺しするような浮ついた褒め言葉。サタナキアには当然、笑顔はない。
「この感覚……占いの館を出た時と同じ現象みたいね」
ティシエラも瞬時に亜空間へ飛ばされた事を理解したらしい。コレーとの戦いは無駄じゃなかった。先に一度だけでも経験できていたのは大きい。
とはいえ……どうやって俺とティシエラを同時に亜空間に飛ばしたんだ? トラップだとしたら発動条件がある筈なんだけど……
「条件が知りたいかい? 簡単さ。『術者を厄介者だと思っている人間』を別空間に放り込む罠を解き放ったんだよ。その結果、本人や当方も転移できたって訳さ」
「……当方?」
「ああ、前に会った時はポックンって言ってたっけ。あれは飽きるのが早かったな。奇を衒った一人称は大抵、すぐ飽きるんだ。でも偶にそういうのも試したくなってね」
よくわからない……一人称ってそんなコロコロ変えるものじゃないだろ。訳わかんねーな。
何にしても、戦闘条件が整ってしまった。亜空間って事は、さっきまでとは似て非なる空間。ここに飾ってある暗黒武器も本物じゃないから幾ら傷付こうと関係ない。
サタナキアの戦意は――――
「……」
あれ。なんか端っこの方にいるな。戦う気ないのか? それなら助かるんだけど。
「おや。怖いかい?」
思いっきり首を縦に振ってるな。これもう戦う気ゼロだろ。
だとしたら勝機はある。幾らレベル58でも、人間だったら調整スキルが効く。ティシエラの魔法もあるし……
「油断しないでトモ。そんな簡単な相手じゃないわ」
「……わかってる」
気を抜いているつもりはないし、楽観視もしていない。当たり前だけど、勝機があるからと言って必ず勝てる訳じゃないんだ。今はビクビクしているサタナキアが突然、攻撃に加わってくる事だってある。油断なんか出来る戦況じゃない。
「ところで、戦う前に確認しておきたいんだけど……お二人とも覚えてるかな。アンノウン討伐に冒険者ギルドから何人か派遣された時の事」
……? 今更そこを蒸し返すのか?
「ああ。コレットが失踪した時の事だろ?」
「そうそう。新しいギルドマスターが無様な醜態を晒した、って裏で散々言われたあの件。あの時、当方も討伐隊にいたって話はしたんだっけ?」
いちいち頷く必要もないだろう。ちゃんと記憶した上で言っている。
「巻き込まれ事故、って言うんだよね。ああいうの。別にお前さん達が来なくても問題なく帰還できたんだよ、無能なレベル78以外は。あ、今は79か。無駄に数字だけ高いあの馬鹿女」
何処までもコレットを忌み嫌ってるらしい。間違いなくこの男は反コレット派の筆頭だ。
にしても……自分でも驚くほど冷静だな。さっきのサタナキアじゃないけど、敵がイメージ通りの敵ムーブをかましてくれると妙に安心する。
「だけど結局、お前さん達が余計な事をした所為で『ソーサラーと新米ギルドに助けられた情けない冒険者』の出来上がりさ。いやー参ったね。その所為で彼女にもフられるし。人生狂わされたねーお二方には」
「何を言うかと思えば、ただの逆恨みを長々と。呆れるわね」
さっきのサタナキアへの態度の比じゃないくらい、ティシエラが心底下らないって冷ややかな目で睨む。既に臨戦態勢だ。
「ああ、そうだね。きっとお前さんはそう言うと思ったよ。でも、冒険者ギルドの格が下がって自分達が優位になるって計算もあったんだろう? お前さんはそういう女だよね」
「出でよペドロ!」
これ以上、こいつの世迷い言に付き合う意味もない。
全力で戦う。こんな奴が冒険者ギルドでデカい顔をしている現状は、俺達にとってもコレットにとってもマイナスでしかない。
「ン? 今回は人間が相手か。まァ誰でも良いぜ。今のオレは絶好調だからよ」
「頼む。強敵だけどボコボコにしてやってくれ」
「良いぜ。オレに任せな!」
ペトロは両拳をガチンと突き合わせ、グノークス目掛けて突進していった。
「ティシエラ、援護を頼む!」
「言われなくても……」
気合いの入った声で俺に応えようとしたティシエラが――――突然声を詰まらせる。
そして、俺も。
「ガ……ハッ」
グノークスの眼前まで迫ったペトロが突然止まったかと思うと、両膝を突いて崩れ落ちていく。
そしてそのまま……消えてしまった。
……瞬殺? 嘘だろ?
剣で貫かれたのか……? 何をされたのか全くわからない。少なくともここから見ている限り、奴が何かしたとは思えない。というか一歩も動いていなかった。
油断が原因じゃない。何らかの得体の知れない攻撃で、ペトロは為す術なくやられてしまった。
「……当方も嘗められたものだね。天才だって言ったの忘れたかい?」
不気味な佇まいで、グノークスが俺達に凄味を利かせてくる。
こいつ……強い! 想像以上の強さだ……!
戦績は芳しくなかったとはいえ、これまでの敵にペトロがここまでアッサリ敗れた事はない。一方的にやられるにしろ粘りは見せた。そのペトロがこんな簡単に……
「トモ! 集中して!」
……っと。
確かに、思考に囚われていたら瞬殺されかねない相手だ。考える事は大事だけど、目の前の敵を見失っていたら話にならない。
だけど……どうする?
「幸い、ここなら遺体も残らないから遠慮なく殺れる。本当、素晴らしいよサタナキア君。アナタのお陰で彼等を始末するのに何の躊躇も必要ない」
「……」
「心配しなくても、彼等はすぐには殺さないよ。アナタが所望する暗黒武器に心当たりがないか、アナタが納得するまで尋問した上でズタズタにしてやるさ」
もう隠す必要もないと言わんばかりに、グノークスが殺気と攻撃性を顕在化してきた。
俺の目に狂いはなかった。コイツは完璧に危険人物。レベルに拘り、メンツに拘り、他責に拘る。自己愛が肥大化した人間の末路だ。
「前菜にしては物足りなかったけど……さあ、メインディッシュを食らおうとしよう」
「……」
ティシエラが無言で右手を掲げ――――その上方に無数の光の玉を出現させた。
これは……なんだ?
一つ一つはそれほど大きくない。せいぜい拳大程度。ただ、ざっと見た感じで20以上あるその一つ一つが……全部色が違う。
まさか、これ全部違う属性の魔法なのか……?
「こんな狭い場所で私に挑んだのが運のツキよ」
詠唱の代わりにそんな呪詛を吐き、ティシエラが腕を前に突き出す。
「色艶やかに滅せ。【スターリーヘル】」
あ、最低限の詠唱はするんだ。拘るな……
なんて思っている間にも、ティシエラの生み出したカラーボールみたいな魔法が次々とグノークス目掛けて飛んで行く。
これは……避けられる筈がない。ってか、避けられないよう数撃ちゃ当たる系の魔法をセレクトしたんだろう。多分一つ一つの威力はそれほどでも……
……あっ。違った。
轟き、轟き、また轟く連続の爆発音。
粉々に吹き飛ぶ扉と壁。そしてまた唸る爆発音。
念の為に耳を塞いでて良かった。それでも頭の芯まで強烈な音が響いてくる。これもしそのまま聞いてたら鼓膜破けてたんじゃないか……?
「……」
音が鳴り止んだのと同時に、ティシエラが腕を下ろす。その眼前には、部屋の入り口どころか通路の壁まで大きく抉れて巨大な穴が開き、飛散した建築材や土砂が煙を立てていた。
「なんつーか……オーバーキルなんじゃないか? これ」
幾らなんでもこれは回避も防御も出来ない。っていうか、遺体も残らないレベルだろこれ。
大丈夫なのか? 幾ら嫌な奴でもグノークスは人間の冒険者だ。そいつをソーサラーの代表が葬ったとなると、今後両ギルド間に大きな遺恨を残すんじゃ……
「……いない」
そんな俺の不安とは全く違う意味で、ティシエラは困惑した表情を浮かべていた。
「いや、そりゃあんな鬼みたいな魔法食らったら塵も残さず消し飛ぶんじゃ……」
「【スターリーヘル】は幻覚系の魔法よ。相手を物理的に倒す魔法じゃないの」
……え?
「いや、だって壁もムチャクチャに……」
そんな俺の言葉を遮るように、ティシエラがパシンと自分の手を叩いた。
刹那――――まるで時が戻ったかのように、部屋の入り口が綺麗に復活した。
これは……俺がさっき見た光景は全部幻覚だったのか?
「貴方がそう感じたように、標的にも本当にあの規模の魔法を叩き込まれたと錯覚させるのがこの魔法の主旨よ。脳がそう錯覚すれば、自然と意識を失ってくれるんだけど……」
もしティシエラの思惑通りなら、気を失ったグノークスが倒れていないとおかしい。一体奴は何処に……?
……まさか。
「助かったよサタナキア。アナタは本当に素晴らしい」
!
「ティシエラ! 後ろだ!」
「……!」
サタナキアの亜空間生成能力……! それで別の空間に逃げ込んでいたのか!
「そう怯えなくて大丈夫だよーゥ。この距離で突き刺しに行った所で防御されるだろうしねーェ。彼の結界で」
俺の虚無結界も予習済みかよ。まあ、コレーにも知られてたからな。これに関しちゃ想定内だ。
「一対二で挑むと見せて、しっかり仲間のお世話になるつもりだったのね」
「勿論。二対二なんだから卑怯とは言うまいよ。ましてアナタみたいなブッ壊れ性能のソーサラーを相手にするんだ。正攻法で楽勝、なんて考えがある訳ないよね?」
流石に最強のソーサラーを相手に余裕カマしてくるほどバカじゃないか。
サタナキアは俺に対してもずっとそうだったように、正面から敵と戦うってタイプじゃない。でもこういう形での参戦なら十分あり得た。コンビプレイを頭に入れてなかったのは迂闊過ぎたな……
それに、グノークスがどうやってペトロを仕留めたのかもまだわからない。謎に包まれた攻撃手段と、亜空間移動のコンボか……厄介なんてもんじゃないぞ。
こっちも力を温存する余裕はないな。
「出でよコレー!」
今の俺が持っている最大戦力で対抗するしかない。
「二日連続かい? 精霊使いが荒い契約主さんだね。確かに協力するって言ったけど……」
なんだかんだ、折衝に応じて出現してくれたコレーだけど――――敵を見るなり押し黙ってしまった。
恐らく、原因はサタナキアだろう。
精霊同士、そして亜空間を操る者同士。無関係って方がどうかしてる。
もしかしたら、身内かも……
「……兄……さん?」
……。
……。
……。
――――サタナキア(♂)と判明した。
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