第340話 陰キャの駆け引き

 特定の暗殺武器が欲しい ← わかる


 どうしても欲しいから人間の街に潜伏した ← まあわかる


 武器屋を辞めた奴が持ってると推測 ← わからない


 隠し持ってるっぽい奴を殺そう ← わからない



 いやマジでどうなってんの闇堕ち精霊の倫理観……そりゃ闇堕ちしてるんだからモラルがブッ壊れてるのはわかるけどさ、壊れてるにしたってもうちょっとこう……


「それだけの理由で彼を殺そうとしたの……?」


 ティシエラも当然、困惑気味だ。なんとなく話が通じそうな相手だと思った途端にこれだもんな。なんだったらちょっと母性本能擽られかけてたよね?


「あっあの……いけませんか? 私、どうしても欲しくて……」


「欲しい物を殺して奪い取る行為を私達は良しとしないわ。魔王軍は知らないけど……精霊界だってそんな事認めていなかったでしょう?」


「はっはい……だから居心地が悪くて……いつも滅びれば良いのにって思ってて……」


 ヤダこの子怖っ! 見た目とか喋り方はコミュ症の陰キャ女子って感じなのに、口を開けば危険思想ダダ漏れじゃん! 極端な奴ってレベルじゃねぇぞ!?


 いや、ちょっと待て。さっきカーバンクルは『心配してた』っつってたよな。他の精霊達も。幾らなんでもこんなヤバい精霊をみんな揃って心配するとは思えない。


 って事は、精霊界ではずっと猫を被ってたのか。だったらそれもう闇堕ちじゃなくてただ正体現しただけでは……


「わっ私……ずっと他の精霊みんな恨んでて……人間もよわよわな分際で生意気だからいつか虐殺してやろうと思ってて……でもこんな性格だから出来なくて……でも精霊じゃなくて魔物になれば出来るかもって……頑張ったんです」


「それを人間に言ってどんな返事を期待してるんだ……?」


「が、頑張って偉いね、って」


 言うか! つーかそんなか細い声で虐殺とか言うな! アンバランス過ぎて胸がゾワゾワすんだよ!


「あっでも今は違います……暗黒武器を生み出した人間を、わっ私……とても高く評価してます。だっだから殺しません。尊敬してます」


「いや、俺を殺して奪おうとしてたよね? そもそも俺、アンタが欲しがってる暗黒武器なんて持ってないと思うんだけど……」


「うっ嘘です。だってそんなヘンテコなマギだし、あっあの尊い武器屋を途中で辞めてるし……目的のブツが手に入ったから辞めたんですよね」


 あー……そういや俺、転生の影響でマギが変だったな。始祖がそれ指摘してたけど、コイツも感知できるのか。


「確かに状況だけを客観的に見ると俺が怪しまれるのはわからなくもないけど、持ってない物は持ってない」


「あっそうですか」


 なんか軽いな! 俺の言葉を一つも信じてないだろコイツ!


 今までそこそこ色んな変態と戦って来たけど、この手のタイプが一番苦手かもしれない。不信感が強い上に手応えがなさ過ぎる。正論言っても絶対響かない奴だよ……どうすんのこれ。


「推論にしても根拠が薄弱ね。そもそも、仮に彼が貴女の目的の物を入手していたとして、そんな理由で命を奪うのは不条理でしょう?」


「あっあの……こっ殺そうとはしたけど殺してないんで……」


「そういう結果論の話じゃないの。これは倫理観や道徳心の問題よ」


 思わず口を挟んできたティシエラに対し、サタナキアはビビリ顔で口をモゴモゴさせて俯いてしまった。多分、今の問いだけで精神的ダメージ負ったんだろうな……自分の過激発言を棚上げして、ちょっとでも相手が責めるような事を言ってきたら敵意抱くタイプだ。


「どうしてそう他者の命を安易に考えるの?」


「えっ、えっと……自分の命じゃないので痛くも痒くもないです……から……」


「……はぁ」


 心底呆れた、と言わんばかりのティシエラの反応に、サタナキアは露骨に不満顔を浮かべている。マズいな……このままティシエラと会話させてたら不満ゲージ溜まりまくりだ。


 つっても、俺だってこんなのとまともに会話できる自信はない。かといってこれ以上刺激し続けたら、魔王と同等以上の破壊力で襲いかかって来られる。仮に俺の結界が発動して俺とティシエラが助かったとしても、この辺一帯が破壊されたら冒険者ギルドが地盤沈下で滅びるぞ……


 こういう時は――――


「なあ。欲しがってる暗黒武器ってどういう武器なんだ?」


 相手の興味を持ちそうな話題に切り替える。警備中、声掛けして雰囲気が怪しくなった時に使う手法だ。基本的には何聞いても答えない相手への対処法だけど、こういうケースでも一応効果は期待できる。


「えっ……でもどうせ本当は興味ないんですよね……? 暗黒武器に興味ないのにあの武器屋で働いてたんですよね? そういう人には何も言いたくないです」


「うわメンド臭っ! つーか俺を殺そうとした理由って絶対それだろ!」


「ちちちち違いますよ。何決め付けてるんですか。わっ私、決め付けてくる人も嫌いなんで……」


 いやもう完全にそういう反応なんよ。あと性格的にも『持ってるかどうかわからない暗殺武器を奪う為』より『自分の趣味を蔑ろにする嫌な奴』の方が殺意抱く理由になるタイプだろ絶対!


 こりゃダメだ。交渉の余地がない。ここで『あんたの欲しがってる暗黒武器を手に入れてやる代わりに街から出て行け』って俺やティシエラが言った所で、絶対信用しないよなコイツ。


「一つ……いえ二つ聞かせて。貴女は欲しがってる暗黒武器を手に入れる為だけに、この城下町に入り浸っているの? それを魔王は許可しているの?」


 ティシエラもティシエラで、色々考えた上で問いかけているんだろう。言葉だけじゃない。隙あらばプライマルノヴァを食らわせようって思ってる筈だ。あの魔法なら一旦、サタナキアの動揺や不信感をリセット出来る。この状況下における、これ以上ない切り札だ。


 でも相手は魔王の側近。大人しく魔法を食らうとは思えない。もし外したら不信感は一気にMAXまでハネ上がるだろう。リスクが大き過ぎて、中々仕掛けられない状態だ。


「……あっはい。魔王様はずっといないから許可も何もないです」


 一応、黙秘はせずにちゃんと答えはするんだよな。人間に対してそれなりに敬意を示しているのは本当らしい。とはいえ……それはあくまでもサタナキアなりの敬意であって、一般的な敬意じゃない。


 俺に対してそうだったように、気に入らない事があったり自分の考えと違う意志を示したりした場合は、容赦なく命を奪おうとする。完全に自分ファーストの考えだ。


「お目当ての暗黒武器はまだ見つかっていないのでしょう?」


「……みっ見つかってないです。なっ何ですか? 何が言いたいんですか?」


 見つけられていない、見つけるという目的があるのに成功していない、つまりお前はカスだ。


 そう言われているような錯覚を抱いたのか、随分不満げな顔をしてるな。っていうか、コイツはさっきからずっとそんな顔をしている。俺達がこの部屋に入った直後、暗黒武器を眺めてヘラヘラしていた時とは全然違う。


 なんだろうな。まるで昔の自分を見せられているみたいで気が滅入る。勿論こんな露骨に態度に出した事はないと思うけど……正直、心の中は割とこんなだったかもしれない。


 出来れば出会いたくなかった敵だ。黒歴史というか、心の弱い部分を鏡に映されて、それを実況生中継されてる気分だ。


「落ち着いて。貴女が見つけられないのなら、恐らく誰も見つけられないんでしょう。この部屋に飾ってある暗黒武器はどれも芸術的だし、貴女が暗黒武器の第一人者なのは十分に伝わってくるわ」


 どうやらティシエラは交渉を始めようとしているらしい。サタナキアを持ち上げ始めた。


 でも――――それは逆効果だ。


 まず『落ち着いて』という呼びかけが良くない。上から目線だと思われる。次に露骨な褒め言葉はこの手の性格には逆効果。軽んじているとさえ思われる。スペシャリスト扱いも同様だ。自分より詳しい奴に褒められれば素直に喜べるだろうけど、そうじゃない奴の褒め言葉には白々しさを覚える。


 ティシエラは暗黒武器のデザインを好んでいる。でも専門家ってほどじゃない。そんなティシエラにこういう言われ方をしたら……


「……」


 あ、マズい。黙り込んだ。強いストレスを感じた証拠だ。


 間違いない。コイツは……アレだ。



 暗黒武器の厄介ヲタクだ。


 

 多分コイツ、ベリアルザ武器商会の在庫を調べる為に何度も人間に変化して足を運んでいたんだろう。当時は気付きようもなかったけど、俺が接客した中にもコイツがいたのかもしれない。


 でも詳しく話し込む事はなかった筈だ。自分より詳しいかもしれない相手との会話は、出来ればしたくない。得意ジャンルで負けたと思いたくないから。


 ……なんだかなあ。嫌な奴だと思えば思うほど虚しくなる。なんで俺はこんな奴の思考をこうもサクサクと想像できてしまうんだろう。自分で自分が嫌になる。


 きっとサタナキアは、ティシエラに拒絶の意志を示すだろう。具体的な事は言わず、不快感だけを示して。


「あっもういいです。帰って下さい」


「……急にどうしたの?」


「いいですから。もういいですから帰って下さい」


 やっぱり。目も語彙も死んでるしストレスが限界に達したっぽい。交渉の余地はもうないだろうな。これはもう、残された選択肢は二つしかない。


 一旦引いて、気分が変わるのを待って後日また訪れるか。

 

 それとも、ここで戦って倒すか。

 

「……」


 ティシエラに目線を送ると、静かに首を横に振った。もうお手上げ、後は任せると言わんばかりに。


 俺の答えは――――既に出ている。


「サタナキア」


 撤退はあり得ない。サタナキアの精神状態が悪化しているこの状況で、シキさんを残して立ち去るなんて出来るかってんだ。


 とはいえ、冒険者ギルドを危険に晒す訳にもいかない。


「お前、俺にビビってるだろ?」


 ……だから、この挑発は賭けだ。


 でも分が悪い賭けじゃない。勝算は十分にある。陰キャには陰キャの駆け引きってのがあるんだ。


 まずは奴を落ち着かせる。話はそれからだ。


「なっ何ですか急に」


「お前はずっと俺に執着してきたよな。最初は夜道で俺を刺して、その後も何度か俺の邪魔をして来ただろ? でも俺は何事もなくやり過ごして、今もこうしてピンピンしてる。しかも潜伏先の冒険者ギルドに現れて、一発でお前の正体を見破ったよな」


「……それが何なんですか」


「復讐に来たって思ったんだろ? だから慌てて逃げ出して、ここに逃げ込んでトラップを仕掛けて待ち構えていた。違うか?」


「なっなんで……違いますよ。何決め付けてるんですか。きっ決め付けは……」


「そもそも、俺を殺してでもお目当ての武器を手に入れようとしてる割には、最初以外はヌルかったよな。その最初に仕留め損ねてビビったんだろ? だから出来るだけ安全に、不意打ちかつリスクゼロのやり方でなんとか俺を無力化しようとしたんじゃないのか?」


 今回のやり口もそうだ。コレットの部屋の鍵を開けたままにして、隠し通路の入り口まで開いたまま。必死に逃げてたから余裕がなかっただけかと思ったけど、あれはただの誘い……トラップにひっかける為に仕組んだ罠の一環だったと解釈できる。


 本当ならもっと確実性のある罠を仕掛けたかったんだろうけど、さっきカーバンクルが言ってたような条件だと、俺の陰キャ度がどれくらいか知らないと仕掛けようがない。だから仕方なく俺の事を余り知らなくても掛かる可能性がある『振り向いたら発動』って罠にしたんだろう。


 発動条件を満たすのはそう難しくない。亜空間にでも逃げ込んでいれば、ここは単なる無人の部屋。俺は何度も首を傾げ、結局引き返す事になる。そういう算段だった筈だ。


 でも俺がここへ来る前に罠が作動したから、俺が罠に掛かったと思い込んだ。勝ちが確定して心に余裕が出来たから、この部屋の暗黒武器を眺めて祝杯をあげていた。


 多分そんなトコだろう。


「ちっ違います違います」


 サタナキアの様子は……今のところ変化は見られない。焦っているように見えるけど、ティシエラに話しかけられていたさっきよりは遥かに冷静だ。


 それも読み通り。


 今のサタナキアは、狼狽えている様子とは裏腹にストレスを余り感じていない。俺が挑発した事で逆に冷静になっている。同情されたり気を遣われたりするより、こうして敵ムーブかまされる方が精神的に楽なんだ。


「……」


 ティシエラが心配そうにこっちを見てくる。それ以上追い詰めるな、って言いたいんだろう。でも実際には逆だ。ティシエラの優しい言葉の方が奴を追い詰めている。


 多分ティシエラにはわからないだろう。俺やサタナキアみたいな奴の何処に地雷があるのかなんて。


 真にプライドの高い人間に、安いプライドに執着する人間の気持ちはわからない。わかる必要がないからだ。何にせよ、これで奴は大分落ち着いてきた。暫く癇癪爆発を起こさないだろう。


 後は――――どうやってギルドに被害を与えずシキさんを助けるか。


 ……あんまり良い方法じゃないかもしれないけど、一つ思い付いた。果たして上手くいくか……


「怖くないって言うなら、さっき罠に掛かった人と俺を交換してみろよ」


「こっ交換?」


「俺を代わりに人質にしろ、って言ってるんだ」


「ちょっとトモ! 貴方一体何を……!」


 ティシエラが明らかに怒ってるけど、ここは一旦無視させて貰おう。後で怖いけど。


「俺を亜空間に飛ばして、シキさん……仲間をこっちに戻せ。亜空間内なら安全に話が出来るだろ? お前なら、俺に声だけを飛ばせるんだから」


 奴にとっては破格の条件だ。乗ってくる筈。


 それに、今回はコレーの時と違ってフワワをまだ喚び出していない。脱出方法は確保できている。


 あとは、サタナキアが俺の挑発に乗ってくれれば――――



「そんな安い挑発に乗って貰っちゃ困るな」



 !!


 今の声は……


「やあ、城下町ギルドの代表さん。また敢えて光栄だァーよ」


 間違いない。入り口に目を向けるまでもない。


 この独特のイントネーション。纏わり付いてくるような、嫌な感じの声。


 珍しく俺が不快感を覚える相手が二人、揃った訳か。


「グノークス……」


 そう呟いて振り向くと、案の定――――グノークスはムカつくツラで立っていた。





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