第339話 サタナキア? サタニキアじゃなくて?

 自分の命よりも大切な命、か……


「あるよ」


 正直、何の迷いもなく答えられる質問だ。でも、だからといって簡単に説明できるものでもない。ここに至るまでの経緯は明らかに特殊だから。


「それはどういう理由で?」


 敢えて誰かは聞かないのか。まあ良いけど。


「嘘をつくような事でもないから真面目に言うけど……理由は言えない」


 はぐらかしている訳じゃない。本当に言えないんだ。だってそれは――――転生に関わる事だから。


 前世の俺は、自分より大切な命なんてなかった。別にナルシストでも自分が大好きでもなくて、寧ろ自分なんて嫌いで仕方なかったけど、それでも自分の命が一番大切だった。


 当時は自分が32歳で死ぬなんて夢にも思っていなかった。と言うより、死が身近になかったから死ぬって事に全くピンと来てなかった。親も元気だったし。


 それ自体は、そこまで恥ずべき事だとは思っていない。大抵の人間が似たようなものだろうし、高尚な生き方に関心もなかったから。


 ただ……一回死んで、というか死ぬ直前と瞬間を経験した事で、自分の中の価値観は劇的に変わった。そしてこの世界に転生して来て、仲間のいる生活を初めて送って、また更に変わった。


「命、って表現は変かも知れないけど……俺にとって一番大事なのは自分のギルドだ。そのギルドに力を尽くしてくれている人達の命は、俺の命よりも大切だと思ってるよ」


 これは綺麗事じゃない。自分の意志で一から立ち上げたアインシュレイル城下町ギルドは、俺にとって初めて見つけた生き甲斐、生きる意味だ。そこに手を貸してくれる人達はみんな、俺にとって宝みたいなもの。俺が死ねば彼等が死なずに済むシチュエーションがもし今後あるとしたら、多少の迷いは生じるだろうけど、自分が死ぬ方を選択したい。そのつもりで今、俺は生きている。


 ま、実際にそんな場面に遭遇したら、ビビって思うようには出来ないんだろうけどさ。でも気概だけは忘れたくない。


「……変わったわね、貴方」


「そうかな。一応、ここに来た直後とは違う生き方が出来てると思ってはいるけど」


「ええ。随分と人たらしになったものね」


 ……人たらし?


「別に悪い意味で言った訳じゃないわ。昔の貴方はもっと他人と距離を置いている印象があったけど、今の貴方は自分から歩み寄ろうと努力しているみたい。悪くないと思うわよ」


 よくわからないけど、評価してくれてる……って事で良いのかな。


「努力ってよりは、真似に近いかもしれない」


「真似? 誰の?」


「勿論、ティシエラの。ソーサラーギルドに対する姿勢とか、ギルマスとしての矜恃とか」


 ティシエラはイリスをはじめ、沢山のソーサラーに慕われている。でもその事は別にお手本じゃない。というか手本になんて出来ない。俺の場合、強さもカリスマ性も皆無だからな。


「頼りにされるのは無理だから、せめてこいつの為に一肌脱いでやるか、って思って貰うようにはなりたい……って感じ」


「情けないのね」


 言葉は辛辣だけど声は優しい。そういうティシエラの反応が嬉しくもあり……少し情けなくもある。俺はまだまだ、この人のいる高さにはいないと実感してしまう。当たり前の事なのにな。


「ま、俺は俺のやり方で登っていくしかないんだけどな」


 調整スキルを使えば、仲間との連携で戦略の幅を大きく拡大できる。それだけでも、弱い俺が前線に立つ意味はある。そうやって実績を重ねていくしかない。


「それで良いじゃない。貴方が私やコレットになる必要はないんだから」 


「そこはもうとっくに割り切ってるよ」


 冒険者の中には、異常なくらいレベルに拘る奴が何人かいた。そういう奴等と対峙する事で俺自身、コンプレックスと向き合う事もあった。


 でも、もう大丈夫だ。どうやらこの身体はレベルが上がらない体質みたいだし、却って吹っ切れた。俺が追及すべきはレベルや戦闘力じゃない。


 このアインシュレイル城下町を守る事。ギルド員や大切に思ってる人達を守る事。


 ありふれてるし烏滸がましいかもしれないけど、それが俺の……第二の人生で見つけた生き甲斐ってやつだ。


 その為にも――――


「扉が見えて来たわね。ギルドマスター用の避難所かしら」


 サタニキアとエンカウントして、シキさんを取り戻さないといけない。


 今日初めて名前が明らかになったとはいえ、俺にとっては因縁の相手。怖さもあるけど、純粋にどんな奴かはずっと気になっていたんだ。


「俺が扉を開けるから、ティシエラは万が一の時に備えて魔法の準備を頼む」


「わかったわ」


 さて、どんな奴が出てくるのか。


 扉を開けたその先にいたのは――――



「でへ……でへへ…最高。最高の空間だなあ。私……この部屋から出られるのかな」



 部屋の至る所に展示された暗黒武器を眺めながら悶えている、ボサボサの髪を長く伸ばした女だった。


 いや、正確には『女顔』か。体型はかなりスレンダーで、それだけだと女性とは特定できない。顔と声はどう見ても女だけど……


「ん?」


 あ、こっち見た。


「……」


 なんか明らかに驚いてるな。俺達が乗り込んでくるのを想定してなかったような表情だ。


 ……どういう事?


「なっ、なんで……飛ばされてないの?」


 動揺は明らか。魔王レベルの攻撃力を持っている猛者とは思えない狼狽えっぷりだ。怪盗メアロの言う通り、かなり精神的に不安定な人物みたいだな。


「あっ、えっ? あれ? なんで……だっだってさっきトトトトラップに引っかかったよね? 亜空間に飛んだでしょ?」


「……飛んだのは俺の仲間だけど」


「なんで!?」


 いや、なんでって言われても……こっちこそ想定してたイメージと違い過ぎて何でって叫びたいんですけど。もっとこう、章ボス的な威厳で待ち構えてると思ってたのに。


「あああああれおかしいな。え? え? 仲間? 仲間って何? なんで? なんで仲間? え? 一人じゃなかった? ここに乗り込んで来たの一人じゃないの? なんで?」


 幾らなんでも語彙が朽ち果て過ぎだろ! 会話が全く進まないな!


「だっ、だってあの部屋の主は今いないし……」


「コレットの事か? あいつは外だけど。っていうか、誰を飛ばしたのか術者の癖にわかんないのかよ」


「わわわわわわかんないよ。だだだってあれ通路に仕掛けるタイプの術式だし。引き返したら発動する」


 ……そう言えば、消える寸前のシキさんは確かに引き返そうとしてた。でも、その動作が発動条件ってのも微妙だな。罠としては確実性に欠けるし、率直にクオリティ低くない?


「成程。闇堕ちしても根本的な部分は変わらぬか。サタナキアよ」


 突然カーバンクルがポケットから飛び出して来た。


 っていうか……サタナキア? サタニキアじゃなくて?


「そ奴の精霊名はサタナキアだ。だが闇落ちし、魔王軍に加わった事でその名前は捨てなければならなかったのだろう。それにしても一字違いとは……余りにも短絡的過ぎる」


「だ、だって全然違う名前だったら……覚えられる自信なかったし……」


 え?


 もしかしてこいつバカなの?


 俺を殺しかけて、黒幕的な雰囲気出してたあの『声』の正体ってバカだったの?


 あんなに思わせぶりだったのに……なんだこのガッカリ感は。俺は今、失望しているのか……?


「見ての通り、このサタナキアは何処までも後ろ向きな性格でな。様々なトラップを仕掛ける事が出来るが、その発動条件は後ろ向きなものばかりだ。『引き返す』はその中では比較的マシな方で、中には『丸一日誰とも目を合わせていない奴のみ有効』や『黒歴史と認識している過去を最低三つ持っている奴のみ有効』の罠もあるくらいだ」


 なんだそれ。どういう発動条件だよ。陰キャイジメが趣味なの? 同族嫌悪系?


「でも、暗黒武器にハマる前は過激派だったって話だけど……」


「そ奴は声を遠くに飛ばす能力も持っている。直接対面しない相手に対してはやけに強気でな。過激な言葉遣いになる事もしばしばある」


 ……普段は大人しいけどネットだとやたら口が悪い、みたいな?


 でも確かに、俺に対して飛ばしてきた声は常に偉そうだったし、でも何処かダウナーな感じもあったな。


「あっあっ……」


 とても、このプルプル震えている女性の仕業だったとは思えない。


 一見すると物凄く弱そうだけど……


「だが油断はするでないぞ。精霊時代から感情を爆発させた際にはとてつもない威力の攻撃性を発揮する奴だった。普段から鬱屈した感情を溜め込んでおるようでな、それが一気に解放された時、周囲の全てを消し飛ばす【タントラム】が発動する」


「タントラム?」


「一応、そのような名前が付いてはおるが、要は爆発を伴う癇癪だな」


 癇癪が文字通り大爆発になるのか。それは怖い。怪盗メアロが『極端』って言ってたのも頷ける。


「うう……」


 あらためて、サタニキア改めサタナキアを眺めてみる。


 ボサボサとはいえ、髪質自体はストレートで綺麗だ。前髪が半分くらい目に掛かってるからハッキリとは言えないけど、顔立ちそのものは中性的で見た目は良い。


 ただ服装は……一言で言うと『安物のパジャマ』。モザイク柄なのにやけに光沢が目立つ上、サイズも合ってない。明らかに小さい。もう何年も昔の服を着ているって感じだ。


「お前、髭剃王グリフォナルに化けてたんだよな……? あんなに客の髭を綺麗に出来る奴なのに、なんでそんな身なりなんだよ」


「……自分の事には興味ないから」


 えぇぇ……なんか急に親近感湧いたんだけど。俺も生前はそんな感じだったなぁ……


「トモ?」


「あ、いや。何でもない」


 ティシエラが冷たい視線を背中に浴びせている気がする。っていうか、さっきから全然喋ってなかったなティシエラ。俺と同じで、想像してた敵と違い過ぎて呆然としてたのか?


「サタナキアよ。ヌシには言いたい事が山ほどある。そこに座るが良い」


「……嫌です」


 お、なんか精霊同士バチバチし始めた。


「わっ私はもう精霊じゃない……だから……カーバンクルさんに命令される筋合いは……」


「たわけぇぇぇぇぇ!!!!!」


「ひいっ……!」


 リスの叫声にビビる闇堕ち精霊。


 ……俺達は何を見せられているんだ? 魔王の側近っていうから緊張してたのに。しかも俺にとっては随分と引っ張られた謎の宿敵だった筈なのに、なんで蚊帳の外にいなきゃいけないんだよ。


「このバカ者が……心配しておったのだぞ。このカーバンクルだけではない。他の精霊もだ。ちゃんとメシは食っているのか? その身なりはなんだ。どうしてちゃんと出来ぬのだ?」


 上京して少しハメを外した娘に説教する父親か!


 しまった。良くない流れだ。なんかなし崩しの内にカーバンクル主導で会話が始まったけど、サタナキアは明らかにふて腐れた顔してる。そして少し気持ちもわかる。

 

「全く……我々の気持ちを少しは考えたらどうだ? よりにもよって闇堕ちなど……まして精霊から魔王の軍門に降る者が出てくるなど恥さらしも良い所。それが目的なのかもしれぬが、反抗するにしても手口が幼稚過ぎるのではないか?」


「う……う……」


 あ。ダメだ。なんかちょっとイラっとしてしまった。


「ちょっと待って下さいカーバンクルさん。言い過ぎじゃないですか?」


「ん? ヌシは黙っておれ。これは精霊同士の問題で……」


「いや事情は全く知らないですけど、そんな頭ごなしに……っていうか説教するにしても言い方ってもんがあるでしょ。『我々の気持ちを考えたらどうだ?』とかさぁ……押しつけがましくて聞いててキツイですって」


「なんだと!? このカーバンクルに説教すると言うのか!? ヌシ如きが何を言うか!」


「あぁ!? ヌシ如きってどういう意味だ!? 雑魚は引っ込んでろってか!? 上等だこの老いぼれリス野郎! チョコレートとタマネギたらふく食わすぞコラ!!」


「貴様ァァ! このカーバンクルを侮辱するか!?」


「……ただただ醜いわね」


 ティシエラに呆れられてるのを承知の上で15分ほど揉めた。


「もうよい! もう結構! ヌシがこのカーバンクルをどう思っていたのかよっくわかったぞ! 二度とその顔を見せるな!」


「あーそうですか! こっちだって二度と喚び出さねぇよ! 契約解除だ契約解除! 早く消えろ老害!」


 最終的にカーバンクルは尻尾を逆立てて姿を消した。このわからず屋の偏屈ジジイ……


「良いの? 貴方にとっては数少ない使役可能な精霊でしょう?」


「……」


 正直、良くはない。良くはないけど……酔って説教かましてくる親戚のジジイにそっくりだったからつい……


「あと、サタナキアがずっと怯えてたわよ」


「あ」


 サタナキアはいつの間にか部屋の隅で膝を抱えて壁の方をじっと見ていた。大声でケンカしてるのが怖かったのかな……って、なんで俺が気を使わなきゃいけないんだよ。


「えっと……ごめん。うるさくして」


「あっ、大丈夫です。こっ怖くないです」


 余計に警戒されてしまった……マズったな。こんな雰囲気で交渉なんて無理か……?


「その……あ、ありがとうございます。わっ私の為に……怒って下さって」


 ……あれ?

 

 こいつ、俺を刺したあの声の主なんだよな? まさか感謝されるとは。このまま関係が良化するのも複雑だけど、状況を考えれば個人的な感情はこの際無視しても良いかも。


「良かったじゃない。目論み通りでしょ? 精霊たらしさん」


「全然違う!」


 寧ろティシエラとの関係が悪化した。なんでだ。


「貴方の事はどうでも良いとして……サタナキア、サタニキア、どっちで呼べばいいかしら?」


 そのティシエラが若干柔らかい声で優しく問いかける。極力刺激しないようにって配慮だろう。


「あっ、えっと……サタニキアでお願いします。せっ精霊の名前は捨てたので」


「わかったわ。サタニキア、私達は貴女に危害を加えるつもりはないの。ただ、貴女の事を聞かせて貰えないかしら。街に潜入した動機と、街中でどんな事をしてきたのか」


「……」


 どうしてそんな事を私が話さなきゃいけないの、って空気を醸し出しつつも、サタニキアは渋々頷いた。多分断れなかったんだろう。精神的に追い詰められたって言うより、単純に断れない性格っぽい。


 紆余曲折あったけど、ようやく交渉までこぎ着ける事が出来そうだ。


「わっ、私がこの街に来たのは、暗黒武器……どうしても欲しい暗黒武器を手に入れる為です」


 怪盗メアロから聞いた情報通りだ。恐らくその武器はまだ見つかってな――――


「でもそれは、多分そこの人が隠し持ってるから……じゃあ殺そうって」



 ……は?





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