第338話 俺は微塵も怪しくない者だ
亜空間に飛ばされた事はこれまで二度あった。一度目は鉱山、そして二度目はこの街の広場だ。
二度目の時は占いの館を出た直後にコレーによって転送させられた。でも、今回の件でコレーが犯人の可能性はゼロだ。既に精霊としての契約まで結んでいる以上、今更奴が敵になる道理はない。
だとしたら――――今回の転送は一度目……鉱山で俺を閉じ込めようとした奴の仕業か?
あの時は、姿は見えず声だけが聞こえた。既に何度も体験している"あの声"だ。
夜道で刺された時や、コレットの祝賀パーティーの帰り道で突然聞こえて来た声。また奴が俺に牙を剥いているのか?
でも、これまでとは傾向が違う。あの声はいつも、俺に何かする"前"に聞こえて来た。今回はシキさんだけを標的にしているし声自体も聞こえない。
……単に前フリを止めて、俺より強いシキさんを先に退場させたってだけかもしれないけど。
そう言えば、確か鉱山の時はカーバンクルを呼び出して助言を貰ったんだった。あの時の奴と同じかどうか、カーバンクルならわかるかも――――
「やはり、あ奴が近くにいるようだな」
「え?」
「どうやら我が同胞と相見える時が来たようだぞ」
「それって、やっぱり……」
「鉱山でヌシを惑わせた、あの精霊の仕業のようだ」
……!
どうやら想像通りの敵に遭遇したらしい。最悪だ。なんでこんな時に……いや、こんな時だからなのか? 俺が嫌がるタイミングを狙ってたのかもしれない。
「何にしても、シキさんを取り戻さないと。フワワを喚び出して……」
「良いのか? このカーバンクルを引っ込めれば光源が失われる。今日中の復帰は出来ぬぞ?」
それは……確かに不安材料だ。
フワワは既に俺以外のアバターも生み出せるようになった。だからシキさんのアバターを作る事は可能だし、それを俺が潰せば『定義破壊』が成立してシキさんを亜空間から救い出せる。シキさんさえ戻って来れば、携帯照明で光源は確保できる。
でもフワワがアバターを生み出せるのは一日一体のみ。もし、戻って来たシキさんが再び亜空間に転送されたら……
いや、違う!
「そうか……奴の本当の狙いは俺だ」
フワワのアバターを用いた脱出方法は一度奴に見せている。だから、奴も当然それは知っているだろう。
そして正体がカーバンクルの言うように闇堕ちした精霊だとしたら、フワワの能力も把握している可能性が高い。一日に一体しか生成できない事も。
だから先にシキさんを標的にした。
俺がフワワに頼んでシキさんを亜空間から救い出した後で、今度は俺を亜空間に飛ばす。そうすれば、俺の脱出方法は事実上なくなる。亜空間内では時間が経過しないからな。
今回敢えて声を掛けてこないのも、ガチで俺を葬ろうとしているからだろう。いよいよ本気モードって訳か。
「成程の。恐らくヌシの見解は正しい。今、フワワを喚び出すのは最善手とは言えまい」
「ええ。となると別の方法……術者または契約者の死亡。若しくは契約解除、でしたっけ」
「うむ。術を仕掛けた本人を倒すか、術を解かせるか。そのどちらかを達成せねばなるまい」
つまり、戦うしかないって訳か。
けど、今まで一度として姿を現していない奴がいよいよ本気を出して来たのなら、尚更俺の前に姿を見せてはこないんじゃないか?
そもそも、なんでこのタイミングで本気に……
「このタイミング……?」
まさか。
「カーバンクルさん。闇堕ちした精霊に心当たりはあるんですよね?」
「うむ。恐らく、ヌシが今考えているヤツで正解だ」
サタニキア……!
魔王の側近が闇堕ちした精霊なのかよ。信じられない話だ。
でも、それなら辻褄は合う。俺達が奴を追い詰めているから本気になったんだ。
それに、今までどうして俺にちょっかいをかけて来たのかも説明が付く。目的は恐らく暗黒武器だ。俺がベリアルザ武器商会に勤めていたから、自分の探している暗黒武器を俺が先に入手したと思っているのかもしれない。
「闇堕ちした精霊って、聖噴水の影響を受けるんですよね?」
「無論。だからこそ『闇堕ち』と言われておる」
だとしたら、声でしか干渉できないのも納得だ。俺は既に、奴の人間としての姿を知っていた訳だからな。
向こうにしてみれば、俺が足繁く髭剃りに通っていた事を不審に思っていただろう。自分の存在に気付いて探りを入れている……くらいに思っていたかもしれない。潜伏している上にモンスターと人間の仲介までやっていたんだ、それくらいの警戒心はある筈だ。
だったら、やるべき事は一つだ。
このまま前進して、サタニキアを倒す。若しくは術を解除させる。それしかない。
本気で反撃して来たって事は外には出られていないんだろう。この先にあるのは多分、非常口じゃなく潜伏場所。そこにサタニキアが……長らく俺を苦しめてきたあの声の正体がいる。
でも……俺自身が戦って勝てるとはとても思えない。相手は魔王と同等以上の攻撃力を持っているって話だし。怪盗メアロが俺をおちょくる為についた嘘かもしれないけど、それは余りに楽観的過ぎる邪推だ。
調整スキルが通用すれば、まだなんとかなる。だけど人間に化けているモンスターには効かなかった。恐らく、サタニキアにも無効だろう。
となると、やっぱり精霊に頼るしかないか。戦闘面で頼れるのはペトロとコレーの二人だ。特にコレーは圧倒的なスピードがあるから、サタニキアが破壊力重視ならかみ合わせが良いかもしれない。
「あの、コレーって精霊知ってますよね? どっちが強いと思います?」
「間違いなくコレーより上であろうな。本気になれば、この街さえも消し飛ばせるくらいの奴だ。動きが速くとも関係ない」
確かに……しかもコレーの性格だと、余計な事言ったりおちょくったりして暴走される恐れもある。怪盗メアロも言ってたけど、下手に刺激するのが一番マズそうな相手だ。
戦わなきゃいけない相手だけど、暴走させてもいけない相手。なんつー面倒な……怪盗メアロやカーバンクルが腫れ物扱いするのも納得だ。
サタニキアが今も人間を尊重しているのなら、精霊より人間の方が話はしやすいだろう。冷静に話が出来て、交渉を纏められそうな人間がいれば――――
「む。後ろから接近してくる者がいるようだ」
「え……!?」
サタニキア……じゃない筈。奴は前方だ。シキさんが戻って来たとも思えない。もしそうなら大声で俺を呼ぶだろう。
って事は冒険者か? やっぱり扉が開いていて、不審に思った冒険者がここまで来たんだろうか。
だとしたら、そいつに事情を話して協力して貰うか……?
でも向こうは俺を侵入者扱いしてるだろうしなあ……初手でいきなり襲われたら、俺の身体能力だと心許ないぞ。
どうする? 逃げるか? それとも待ち構えて敵意がない事を示すか?
あ。そういや今の俺、額が光ってるんだ。逃げようにも逃げようが……
「足音が聞こえて来たぞ」
「げっ」
本当だ……やたら響く足音が俺にも聞こえて来た。
ここまで近付かれたらもう逃げても無駄だ。でもどうする? この状況で怪しい奴じゃないって証明するのムズくない? って言うか普通に無理だろ。
マズいマズいマズい。全然何も思い付かない。気ばかり焦ってくる。考えろ。考えないと……
「さっさと対処することは出来ないのか? さっきから足音が近付いている。すぐ傍まで来てるというわけではないが……ここまで迫ってるようだからな」
あーもう! ごちゃごちゃうるせーんだよ! 考えが纏まらないだろ!
「混乱させやがって……さっきから」
「ん? …………このカーバンクルのことか?」
「…………」
「足音は更に近付いている…冒険者だとしたら、気配察知でヌシだと判断されているかもしれぬ。仲間に連絡されるぞ。そういうスキルもある。そうなったらヌシの勝ち目は薄いな」
うるせーぞまったくよォォォ! オレは負けてるか? え? リスさんよォーーーッ! オレは今考えてんだろーがよ!!
……ダメだ。イライラして思考が纏まってない。変な八つ当たりしてる場合じゃないってのに。
仕方ない。最善手には程遠いけど、すぐ傍まで来られる前に頭のネジが外れたような感じで声を掛けて、少しでも警戒を和らげて貰うしかない。
「そこにいる何者かに告ぐ! 俺は微塵も怪しくない者だ! もし俺を少しでも怪しいと思っているのなら、それは偏見から来る誤解だ!」
「……それは怪しい者の台詞ではないのか? 大体、額を赤く光らせて隠し通路で待ち構えている輩に偏見を持つなと言われても、さて…それは無理難題というものではないかね。青年」
うるせェエエエーーー! 偉そうによォオオオーーー!
くっそダメだ、気ばかりが焦って建設的な考えが浮かんで来ない。仲間が目の前で消えるってこんなにも動揺するものなんだな。
このままの精神状態じゃ、とても対処なんて――――
「トモ……なの?」
え?
今の声、まさか……ティシエラか! もう戻って来たのか!
は はやい! すばらしくはやかったぞ!!!
「……」
「え、ちょっ! なんで無言で手ぇ翳してくんの!? そりゃ今ちょっと怪しい外見だけどいきなり魔法ぶっぱなんて理不尽が過ぎる!」
「……その反応、どうやら本物ね」
あ、そっか……怪盗メアロに騙されたから疑心暗鬼になってるんだな。っていうか、この額じゃ怪しまれて当然か……
「悪かったわね、試すような真似して」
「いや。大体の事情は把握してるから気にしなくて良いよ。それより、協力して貰えないか? ちょっとマズい事になってるんだ」
「でしょうね。その姿で緊急事態じゃなかったら正気を疑うところよ」
そ、そんなに変ですかこの額ライト。
取り敢えず説明――――――――終わり。
「……」
ティシエラは特に何か聞いてきたりはせず、思案顔のままずっと黙っている。
多分、何もかも不測の事態って訳じゃないんだろうな。
そして、多分……
「ティシエラ。もしかしてだけど、髭剃王を冒険者ギルドが匿ってるって嫌疑を掛けてるんじゃないか?」
「!」
やっぱりか。珍しく顔に出たな。
「……今更誤魔化しても無駄みたいね。ええ、その通りよ」
「根拠は?」
「単純な話よ。その髭……グリフォナルを取り押さえる為に店に向かったのは冒険者。でも彼等はまんまと逃がしてしまった」
「でも、連中が駆けつけた頃にはもう逃げた後だったんだろ?」
「ええ。報告ではね」
……実際には違うのか?
「あれから独自に聞き込み調査をしていたのよ。だけど、グリフォナルが逃げまとう姿を見た住民は誰もいなかったわ」
「……あらかじめ、髭剃王に『冒険者がカチコミしに来る』って情報を流してた、って言いたいのか?」
「私はそう判断したわ。冒険者達がいつ踏み込むか知っているのは、冒険者ギルドの人間だけ。でも冒険者ギルド全体で保護しているとは思えない。ギルドに所属していたフレンデルが選挙活動の時に外部の人間と組んでいたでしょう? それと同じで、独自の繋がりを築いている冒険者がいるんじゃないかしら」
「つまり、サタニキアに協力してる冒険者がいる……って事だよな」
ティシエラは無言で頷く。怪盗メアロの話とも繋がるし、恐らくこの推察は的を射ているだろう。
だとしたら、何が目的で暗黒武器マニアの闇堕ち精霊なんて匿ってるんだ?
……いや。今はそんな事を討論している暇はない。直接本人に聞くべきだ。
「この先に多分、サタニキアがいる。一緒に来てくれるか?」
「当然よ。放置するつもりは最初からないわ」
ティシエラが味方なら、戦力としては勿論、精神的にも心強い。カーバンクルよりも交渉力高いだろうし。何より、人間贔屓らしいサタニキアにはティシエラの方が相性良いだろう。
「ただ現状、シキさんが人質に取られているようなものだから慎重に頼むな。サタニキアを倒すよりシキさん救出を最優先で頼む」
「……」
え、何この間。不本意なの? ウチのギルド員を助けるより魔王の側近をブッ倒したいの? この人……
「貴方、さっきから妙に落ち着きがないけど……そのシキさんを奪われたのが原因?」
「奪われたって表現はどうなんだ」
「そんな所に拘らなくて良いのよ。質問に答えて」
なんか妙な圧を感じるんですけど……まさか、まだ怪盗メアロか誰かが俺に化けてるって疑ってる? 気持ちはわからなくもないけど……
「よくわからないけど、そりゃ平常心じゃない自覚はあるよ。当然だろ? シキさんはウチのギルドの主力なんだし。別にシキさんじゃなくても、例えばディノーやオネットさんでも同――――」
「本当に?」
何なになに!? 怖っ! 食い気味、ってかもう完全に俺の答えを遮って来たよね今!
「不毛な言い合いをしている暇があったらいい加減、歩を進めてはどうだ?」
「……? ああ、精霊を喚んでいたのね」
気付いてなかったのか。ティシエラなら、俺の頭の赤い宝石で判断できそうなものだけど。
ンだよ。やたら俺の事を言う割に自分平常心じゃないじゃん。
「はぁ……変な事聞いて悪かったわ。行きましょう」
「あ、うん」
こっちがツッコむ前に自己完結しちゃった。ティシエラ、そういうトコあるよな。弱味を見せてもリカバリーが早い。マッチョトレインの時は結構引きずってたけど。
「人命第一の方針には従うわ。もしサタニキアが貴方の仲間を人質にして自分を見逃すよう言ってきたら、取り敢えずは従うつもりよ」
「取り敢えず……ね」
実際には従ったフリをして不意を突く、みたいな感じの作戦を練ってるんだろうな。勿論、こんな単純な策じゃなくてもっと複雑なやつを。
心強いんだけど、正直ちょっと怖さもある。ティシエラにとってシキさんは所詮、余所のギルドの人間。謂わば他人だ。
幾ら命を大事にと言っても、身内とそうでない人間の命には当然、大きな差がある。重い軽いの問題じゃない。助けたい気持ちの度合いだ。こればっかりは仕方がない。
もし、ティシエラがどうしてもサタニキアをここで潰したい、その為なら多少の犠牲はやむを得ないって姿勢を見せたら、俺はどうする?
決まってる。例えティシエラから裏切り者を見る目で睨まれようと、シキさんの安全が最優先だ。
仮にティシエラが人質に取られた場合でも同じ。甘いと言われようと知ったこっちゃない。助けたい人を助ける努力をするだけだ。
「……」
「……」
歩きながら感じる微妙な空気の重さ。不機嫌って訳じゃないだろうけど、ちょっと噛み合ってない雰囲気というか……
「トモ。一つ聞かせて」
「な、何?」
「貴方は自分の命よりも大切な命がある?」
それは――――少し唐突な質問だった。
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