第337話 睡魔にデレ過ぎだろ

 ……この状況で俺に出来る事は一つしかない。


「精霊に頼るしかないか」


 第三者とも言い切れないけど、俺やシキさんよりはまだ交渉の余地があるだろう。とはいえ……今朝召喚したモーショボーは対話向きの性格じゃない。ペトロとフワワもそうだ。


 なら、残すは――――


「出でよカーバンクル」


「む……久々の喚び出しか。何の用だ?」


「はい。実は貴方にしか任せられない重大な案件がありまして」


 実際には消去法でしかないんだけど、それを馬鹿正直に話す必要はない。お年寄りはわざとらしいくらい持ち上げるに限る。


「……という訳なんですけど。もし見つけたら交渉をお願いしても良いですか?」


「成程、サタニキアか。随分と面倒な奴を相手にする羽目になったものだ」


「知ってるんですか?」


「噂程度でだがな。奴の機嫌を損ねたが為に、街ごと吹き飛ばされた事例がある。大昔だがな」


 マジかよ~……やっぱ超ヤバい奴じゃん。不発弾の回収くらい怖ぇな……


「まあ良かろう。このカーバンクルほどの精霊が間に入れば決して無碍には出来まいよ。中々目の付け所が良いではないか。感心したぞ」


 どうやらカーバンクルは上機嫌らしい。心なしかいつもより声も柔らかい気がする。年寄りは日毎の気分の波がデカいんだよな。今日はラッキーだ。


「だが今は眠い。出番が来たら起こすが良い」


 年寄りの眠気スゲェな! 出て来て20秒でもう眠いのかよ! 睡魔にデレ過ぎだろ……


「それじゃ、サタニキアを見つけるまではポケットに入って貰うとして……シキさん、サポートお願い。気配を感じたら教えて」


「了解」


 取り敢えず、サタニキアを探す為に他の部屋へ行こう。


 倉庫以外で隠れられそうな部屋は……


「ギルドマスターの部屋はどう? 如何にも隠し通路とかありそうじゃない?」


「確かに……」


 万が一カチコミがあった時、ギルマスが避難する為の通路とか用意してそうではあるよな。今コレットがいないのもわかってるし、逃げ込むには最適な場所かも。


 ただ、コレット不在時に無断で入るのはちょっと罪悪感がね……でも今はそんな事気にしてる場合じゃないか。


「わかった。行ってみよう」


 意を決してギルマス部屋まで足を運び――――扉の前に着く。倉庫から割と近かった。


『気配は?』


『多分ない』


 声で悟られないよう、シキさんと目で会話。気配なしか。まあ隠し部屋だの通路だのに逃げ込んでるのなら察知は困難だろうし、妥当な結果だ。


「施錠は……してないな。開いてる」


「隣が火事だったから慌てて出て行ったんだろうね。仮に鍵がしてあっても問題ないけど」


「前もそんな事言ってたけど、開錠スキルみたいなのがあんの?」


 幾らシーフっぽいっつっても、シキさんが泥棒するイメージはちょっと湧かない。まあ、針金で鍵穴をガチャガチャするのは似合ってそうだけど……


「一応ね。【緊急開放】って言って、非常事態限定で一時的に鍵を開けられるってスキル」


「……非常事態って誰がどう判定すんの?」


「さあ? 私の緊張度とか焦り具合なんじゃない?」


 使ってる本人も仕組みがわからないのか。まあ……特殊能力全般に言える事だから、その辺の原理を気にしても仕方ないけど。


 さて、中はどうなってるのか――――


「!」


 これは……どうやら当たりを引いたらしい。


 奧の床の底が抜けていて、そこから縄梯子が吊るしてある。やっぱり隠し通路があったか。


 魔王城に一番近い街だから、その辺の危機管理は行き届いているんだろな。王城にも隠し通路があったし。


 火事が起きたと知ったコレットが咄嗟にここから出ようとして、やっぱり止めてギルドの様子を見に行った……って事はまずないだろう。コレットの性格上、自分だけ逃げようとするとは考え難い。さっきの冒険者……サタニキアが逃亡の為にここを使ったと見て間違いない。


 問題は、この隠し通路が何処に通じているかだ。もし外に出られるんだったら、今から追い付くのはとても無理だぞ。


 でも……例えば隠し部屋でもあって、そこに身を潜めているかもしれない。仮にそうなら確実にエンカウント出来るから焦る必要はない。


 さて、どうしたもんかな。


 ここで一旦引き返して、コレットやティシエラにこの件を話して、みんなで対処法を考えるってのもアリっちゃアリだ。でも……もしこのギルドにサタニキアを匿っている協力者がいるのなら、それは却って危険だよな。


 そして多分、ティシエラが危惧していたように冒険者の中に協力者がいる可能性はかなり高い。じゃなきゃ、ギルマスの部屋にこんな抜け道があるなんて知りようがないだろう。


 普通に考えたら、この部屋の持ち主でもあるコレットが最有力候補。でもまあ、ないだろう。



 俺の心象が正しければ、該当者は――――



 ……いや。今は勝手な想像で敵を作るべきじゃない。それよりもすべき事をしよう。


「後を追うんだよね?」


「そのつもり。シキさん、悪いけどこの部屋に誰も入って来ないよう見張っててくれる? この状況を見られるのは色々マズいし」


「嫌」


 えぇぇ……俺の指示は聞くっつってたのに。っていうか、なんか機嫌悪い?


 既にサタニキアの存在がほぼ確定したから、気配察知能力はそこまで必要じゃない。正直、シキさんには待機してて貰いたいんだよな……


「なんかアレなの? どうせ私みたいな口が悪くてすぐ喧嘩腰になる女はサタニキアに余計な事言ってキレさせるって思ってるんでしょ?」


 やばいバレてる!


「いや思ってないよ」


「……」


 あ痛っ! 無言で蹴らないで!


「飛ばされたのがティシエラじゃなくて私だったら良かったのにって思ってるんでしょ」


「それは思ってないって!」


「思ってるよ。絶対思ってる。顔に書いてるじゃん」


 うう、完全に拗ねさせてしまった。何もこんな時に……失敗だったなぁ。


 自慢じゃないけど恋人いない歴32年の俺には拗ねた女性の機嫌の取り方なんて知りようがない。ただ、シキさんは下手に媚び売るような言葉を言えば余計怒るだろう。なんとなくそれはわかる。


 仕方ない。本音で話すしかないか。


「えっと……俺には結界があるから、万が一サタニキアに攻撃されても助かるかもしれない。でもシキさんはその保証はないでしょ? ヒーラーも近くにいないしさ」


「……」


「だから、ね……?」


「……」


 じーーーって見られてる……無言の圧、怖……


「……私の心配なんて10年早いよ」


 今度は軽く膝で蹴られた。勿論痛くはない。


「一人で何でも解決できるほど万能でもない癖に。隊長の結界だって完璧じゃないんだから、過信しないで」

 

「仰る通りです」


「大体、下は真っ暗かもしれないのにどうやって行動するつもりなの。私は小型照明持ってるけど、隊長は?」


「……ないです」


 っていうか、この世界にそんなのあるんだ……ランプとかランタンだけだと思ってた。実質シーフだけあって、そういうのもしっかり携帯してるんだな。


 うう、随分と頼りない所を露呈してしまった。さぞ呆れられてるだろうな。


「私だって隊長には……」

 

 ん……?


「……何でもない。ほら、早く先行って」


 何か言いかけて止めたけど、なんだったんだ。なんか一瞬デレそうな空気あったよね? 『隊長には死んで欲しくない』とか、そんな感じの事言いそうな雰囲気。


 ……いや、やっぱないか。まだ睨まれてるし。


 本心を言えば、ティシエラが戻ってくるのを待ちたい気持ちもある。でも今更それを言える空気じゃない。俺とシキさんでなんとかするしかないな。


「じゃ、梯子降りるよ」


「……待って。やっぱり私が先に行く」


「え? でも……」


「いいから」


 有無を言わせず、シキさんが軽快な動きで床に開いた穴へ入って行った。


 ……スカートじゃないから、俺が下でも別に見えたりはしないんだけどな。


 そう言えばシキさんのスカート姿って一度も見た事ないな。まあ、どう考えてもスカート履くってタイプじゃないけど。


 逆にティシエラはスカート以外の姿を見た事がない。何気に服装も正反対だよな。シキさん、俺と同じで派手な服好まないし。


 ……そんな事考えてる場合じゃない。早く後を追おう。


「ふぅ……」


 縄梯子って地味に怖いんだよな。吊り橋と同じくらい心許ない。


 勿論、警備員時代にもこんな物を使った事はない。子供の頃にアスレチック広場みたいな公園で縄を掴んで上り下りした時くらいだな。これと似たような体験は。


 幸い、この身体は運動神経そこそこ良いからか、自分でイメージした通りに動いてくれる。案の定、最初は不安だったけど降りて行く内にもう慣れて来た。


 ……お、下の方が光ったな。シキさんが降りて照明をつけたのか。 


 感覚的に、二階分くらいの高さを降りた感じだ。結構深いな。まさか下水路に繋がってるとかじゃないよな?


「っと」


 急に足に地面が付いたからビックリした……小型だけあって照明の光はそんなに強くないから、距離感が測りづらい。


「それが小型照明?」


 シキさんが左手に持っているのは、手にスッポリ収まるくらいの小さな球体。それがボーッと白い光を放ってる。原理は……わかんね。


「そ。結構高いんだよこれ。一ヶ月分の給料が飛ぶくらい」


 マジかよ! こんなんが数千Gもすんのか。100均のLED電球の方がよっぽど明るいのに。


 ……今更こんな事比較しても意味ないか。未だに前世の価値観を捨てきれないな。


「一本道みたい。これなら追跡は簡単だね」


「気配はない?」


「今のところは何も。でも、モンスターが人間に化けてるのならアテにはならないと思って」


 そりゃそうか。モンスターとしての気配を完璧に消せないと、とても人間の街で暮らせないもんな。なら当然、気配を完璧に消す事も可能だろう。


 待ち伏せしてるって事はないと思うけど……用心に越した事はないな。


「シキさん。出来るだけ俺にくっついて」


「え」


 ……なんでそこで立ち止まる?


「いや、もし不意打ちされても俺の傍なら結界が守ってくれるかもしれないし」


「……」


 なんで早足で離れて行くの!?


 まあ一本道だからはぐれはしないけどさ……


 にしても、避難路だけあって広くはないな。道幅はせいぜい人三人分。脚を思いっきり広げれば両足がギリ届くくらいの幅しかない。


 もし、こんな場所で襲われたらひとたまりも……


「あ」


「え!? 何!?」


「隊長。入り口閉めてきた?」


 ……そんな急に旅行出発直後の戸締まりの心配みたいな事言われても。


「いや、パックリ開いてたから閉めようが……」


「そこじゃなくて、部屋の」


 部屋のドアか。どうだったかな……でも確かに、もし開いてたら冒険者にすぐ気付かれるな。賊が侵入したと思われたら厄介だ。スピード自慢の冒険者に見つけられたら一瞬で追い付かれるかもしれないし。


 もしこの道が外に繋がってるのならとっくに逃げられてるし、隠し部屋に繋がってるのなら急ぐ必要はない。一旦引き返しても良いかもしれない。


「シキさん、悪いけど……」


「ん」


 非難されるのも覚悟してたけど、シキさんは特に怒る様子もなく、クルリと踵を返してこっちに――――



 ……え?


 

 シキさんが……消えた?



 なんだ!? 何が起こった!?


「シキさん! 何処!? シキさーーーーーん!!」


 俺の切羽詰まった声が通路内に響き渡る。でも返事はない。


 嘘だろ? 何がどうなってるんだよ。


 まさか……消されたのか? サタニキアに?


 俺らの侵入を察知して仕掛けて来たのか……?


 いや落ち着け。もしそうなら俺も同じ目に遭ってなきゃおかしい。シキさんだけ消される理由がない。結界も発動してないし。


 まさか落とし穴か……?


 シキさんが持っていた照明ごと消えたから、視界は一気に暗くなった。穴の有無を肉眼で確認するのは難しい。


 くそっ……我ながら非力過ぎる。シキさんがいなくなった途端、何も出来ないじゃないか。シキさんに呆れられて当然だ。なんつー情けないギルマスだよ……


「何かよからぬ事が起こったようだな」 


「……へ?」 


 あ、そうだ。忘れてた。ポケットの中にカーバンクルを入れてたんだ。


「そ、そうなんですよ。仲間が突然消えて……」


「その前に視界を確保せねばなるまい。このカーバンクルに身体の一部を寄越せ」


 え、何その心臓を捧げよみたいな怖い命令……


「まさか忘れたのではあるまいな? このカーバンクルが、貴様の身体を宝石に変えられる事を」


「それは勿論知ってますけど。何度も世話になってますし。でもこの状況で何をどう……」


「良いから寄越せと言っている」


 年寄りは人の話を聞かないな……


 でも、何か考えがあっての事だろう。言われた通りにするしかない。


「えっと、それじゃ例によって唾を――――」


「その必要はない。貴様の身体の一部をそのまま赤い宝石に変える。その許可を寄越せと言っておるのだ」


 なんだよ。もっとわかりやすく言ってくれよ。これだから年寄りは……


「構いません。どうぞ」


「うむ。では額の一部を宝石化するぞ」


 ……あれ?


 目の前が急に明るくなった。なんか赤い光が差し込んで……


「このカーバンクルの宝石は光源とする事が可能だ。貴様との付き合いも多少は長くなって来たのでな。そろそろ使える熟練度に達していると思っておった」


「熟練度?」


「人間と精霊の契約は、絆を深めれば深めるほど更新され使える力も増えるのでな」


 そうだったのか。言われてみれば最近、他の精霊達も調子が良いもんな。俺との絆が深まった事で、彼等の能力が解放されつつあるんだろうか。


 何にせよ、今はそれより状況把握だ。落とし穴は……ないな。天井も壁も、特に変化は見当たらない。


 だったらシキさんは一体……


「仲間が消えたと言っておったな」


「ええ。目の前で忽然と。何が起こったのか」


「貴様は記憶力が悪いな。同じような事が自分の身に起こった事をもう忘れたか」


 お年寄りに記憶力の事を言われた!


 って、ショックを受けてる場合じゃない。俺の身に同じ事……?


 ……あ。


「まさか亜空間に引きずり込まれた!?」


「恐らくはな」


 冷静なカーバンクルの声とは対照的に、俺の頭には混乱が渦巻いていた。

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る