第342話 だが男だ。

 兄?


 姉じゃなくて兄? この見た目と声で男? マジで?


 ……ま、そういう事もあるか。前世で二次元、三次元を問わず『あの容姿で男!? 嘘だろ!? 信じられねぇ!』みたいなパターンは何度も見てきたからな。今更こんな事で驚いてもしゃーない。


 性別はともかく、この二人が近親者なのは納得だ。亜空間の件もそうだけど、変装が得意って共通点もある。コレーは変装ってより相手の身体を奪うボディチェンジだけど、別人を装い演じる点は同じだ。


 それに元々、俺はこのコレーが『闇落ちした精霊』だと思ってたんだよな。それは単に亜空間を操る能力を持ってたってだけで怪しんだんだけど、同時に闇堕ちしても不思議じゃない雰囲気をコレーから感じ取っていたのもある。実際には闇堕ちしてたのはサタナキアだったんだけど、どっちも根っこは同じなのかもしれない。


「はぁ……まさかこんな所で再会するなんてね」


 にしても、なんだろう。コレーの身内に対する態度とは思えないこの煮え切らない感じ。っていうか身内に向かって溜息ついてやるなよ。結構傷付くんだぞ。


「……」


 そんなコレーの反応の所為なのか、それ以前から色々あったのか、サタナキアの雰囲気も明らかに暗い。いや元々暗かったんだけど、ドス黒さが増したというか……コレーを喚び出した直後から終始俯いたままで、言葉を発しようともしない。


 この感じ、なんとなく覚えがある。警備員時代、不意に同級生と再会してしまった時の俺も多分似たようなオーラ出してたんだろな。


 気まずい、というよりも……居たたまれない。胸を張れない人生を歩んでいる現状を見られる事に対する、何とも言えない屈辱感。二人の関係性や家庭環境を知らなくても、それが汲み取れてしまう。



 あらためてサタナキアの容姿に目を向けてみる。



 前髪は目に掛かり、後髪は腰に達するくらい長い髪に、中性的でエキゾチックな顔立ち。生気も覇気もない表情の所為か、顔色は常に悪く見える。


 常にボソボソと話すから、地声がどれくらい高いのかはわからない。ただハスキーって感じでもない。顔立ち以上に声の方が女性っぽい。


 あっ、まさか性転換の秘法を使ったとか?


「兄さんは変わらないね。昔のままだ」


 ……違ったか。ならもうこっちも覚悟を決めて受け入れよう。


 実際、その方が気は楽だ。敵が女性だと、どうしても気持ちにブレーキがかかる。こればっかりは仕方ない。理屈じゃないからな、こういうの。


 でも相手が男なら遠慮は不要だ。殴る蹴るの暴行を加える事に何ら躊躇は要らない。


 それに……


「驚いたかい? 兄の性別に」


「いや。そんな場合じゃないからな」


 下手したら今までで一番の強敵なんだ。余計な事に気を取られている余裕はない。


「それよりコレー。お前の兄貴が俺達と敵対してるんだけど……どれくらい強いんだ?」


「強い、って言うよりは……厄介かな。自分から戦いに臨むような性格じゃない。ボクみたいに他者の身体を乗っ取ったりもしない。でも敵認定した相手が少しでも近付こうものなら全力で拒絶するんだ。やがて一線を越えると、排除という方向に舵を取る」


 って事は、既に敵認定されてる俺達は立派な排除対象な訳か……


「説得は出来る?」


「あー無理無理。昔から自分の事で精一杯の精霊だから。他者の意見になんて耳を傾ける余裕はないんだよね」


 確かにそんな感じだ。っていうかコレー、明らかに言葉を選んでるよな。精神が不安定になると爆発事故を巻き起こすっていうサタナキアの特徴を知っているからなんだろうけど……身内への腫れ物を触るような言動って、他人事とは言え聞いててちょっとキツいな。


「それにこっちも、兄さんを説得する余裕なんてなさそうだよ」


「ん……?」


 コレーの目にはもう、サタナキアは映っていない。


 奴と睨み合っているのは……グノークスだ。


「ふーゥん……姿は随分と違うけど、君もしかしてユーフゥルかい? 相変わらず醸し出す雰囲気に強者のオーラを感じるよ」


「キミも相変わらず鋭いね。ボクの本性を見せた事なんて一度もなかった筈なのに」


 二人はどうやら旧知の仲らしい。ユーフゥル時代は冒険者ギルドの選挙運動に参加してたから、その時に知り合う機会があったのか、若しくはその前からか……


 何にせよ、あのコレーがこれだけ警戒心を露わにするって事は、やっぱりグノークスは相当な実力者なんだ。決してペトロが油断した訳じゃない。


「当方と戦う気かい? やめておいた方が良いと思うけどねーェ。身内同士、骨肉の争いなんて今時流行らないよーォ。サタナキア君はどう思ってるのかい?」


 ここでアイツに話を振るか。


 それだけでも多大なストレスになりそうだけど……


「……私はもう……精霊じゃないんで……だから別に……身内とかでもないんで……」


 ずっと端っこで蹲っていたサタナキアが、辛そうな顔で立ち上がる。そしてその目は――――コレーの方を一切見ようともしない。


 まあ、闇堕ちしてるくらいだ。家庭環境が良かったとは到底思えない。つーかコレーの兄って事は、あのデメテルの息子でもあるんだよな。そう考えると、あの支離滅裂な性格もストレス爆発の性質も妙にしっくり来ると言うか……デメテルも極端な癇癪持ちだったもんな。一本の線で繋がったのは良いけど、却ってスッキリしないのはなんでだろう。


「トモ。キミはティシエラの傍にいた方が良さそうだよ。キミの結界なら兄さんの【タントラム】が発動しても防げるかもしれない。ボクは仮にやられても精霊界に強制送還されるだけだしね」


「……確かに」


 コレーの助言に従い、ティシエラの隣に移動する。


「……」


 さっきからずっと黙ったままだな。魔法がグノークスに通じなかったのがそんなにショックだったのか?


 まあ、ソーサラーの第一人者だからな。プライドも当然高い――――


「あの姿で……男……?」


「そっちかよ!」


 そういやティシエラ、地味にサタナキアに同情してたっぽかったもんな。ソーサラーの部下に対して抱いている感情と似たような気持ちをサタナキアに抱いていたのかもしれない。


 だが男だ。


 そう考えると、ショックを受けるのもやむなしか。


「ティシエラ、切り替えて行こう。もう交渉云々って段階でもないし」


「……そうね」


 言葉少なに、それでもティシエラはしっかり頷いていた。冷静さは取り戻したらしい。


「俺の傍から離れるなよ。万が一の時には俺の結界が守ってくれるから。魔法を使う場合もここから動かずに使え」


「貴方の結界をそこまで信用して良いのかしら」


「……わからない」


 自分で身に付けた物じゃないし、一体どういう理屈で俺の体内に埋め込まれているのかも不明。この身体の持ち主が生み出した結界って考えるのが妥当だけど、それが正しいって保証もない。


 だから、言える事は一つだけだ。


「でも、俺は何度も命を救われた」


 信じて欲しい、とも言えない。ただ今まで俺が実感してきた事をそのまま伝える以外にない。


 ティシエラは――――


「……仕方ないわね」


 呆れたような口調で、小さく頷く。どうやら納得してくれたらしい。


「準備は終わったかい? それじゃ、続きを始めようか」


 グノークスは余裕綽々で再開を宣言してきた。俺達の邪魔をしなかったのも余裕からなのか、コレーに牽制されて身動きが取れなかったのか……



「!」



 ――――消えた!


 グノークスの姿が一瞬で……またサタナキアの亜空間移動か!?


「甘いね」


 狼狽する俺とは対照的に、コレーは酷く冷めたような声でそう呟くと、右手の指をパチンと鳴らした。


 次の瞬間、ガラスの割れたような音と共にグノークスが空中から勢い良く飛び出してくる。


「へぇ……やるじゃないの」


「亜空間の操作ならお手のものさ」


 凄いぞコレー! 亜空間に隠されたグノークスを無理やり引き戻したのか! そんな事できるんだな……


「小細工を弄したところで通用しないか。だったら――――」


 着地するのと同時に、グノークスは地面を蹴った。


 小さく粉塵が舞う中、その身体は優雅に、そして軽やかにコレーへと迫る。辛うじて肉眼で捉えられてるけど、とんでもないスピードだ。


「どうだい? 中々のものだろう?」


 そのグノークスに切り込まれたコレーは、辛うじて斬撃を躱してはいる。決して広くはない部屋の面積を最大限に利用し、追跡を封じるように不規則なバックステップで遥か後方へ跳んでいく。


 でも余裕がないのか、回避の動作がかなり大きい。結果、攻撃に転じる事が出来ず防戦一方になってしまった。


「こ、このスピード……! キミは一体……!」


「まだまだ本気じゃないよーォ。そっちは限界かい?」


「くっ……!」


 二人ともギアチェンジしたのか、いよいよ目で追う事も難しくなった。サタナキアの奴、コレーのスピードについて行くどころか互角……いやそれ以上なのか……?


「そういえば、思い出したよ」


 コレーの姿が部屋の隅――――壁の傍で止まってしまった。逃げ道を失ったんだ。


 マズい! 捉えられる!


「瞬きより迅く貫け!【サンダースピア】!」


 そんな俺の心の叫びに覆い被さるかのように、ティシエラの最小限の詠唱が室内に響き渡り――――彼女の指から雷のレーザーが出力された。


 流石ティシエラ、ずっと狙ってたのか!


 完璧なタイミングだ。グノークスは攻撃態勢のままで、到底回避できるような状況じゃない。


 直撃――――



「当方は……」



 ……なっ!?


 なんだよ今の動き……まるでベリーロールみたいな跳躍でティシエラの魔法を躱しやがった!


 こいつ、サタナキアの亜空間移動に頼る必要がないくらいの回避力なのか……?


「一度、君と本気で戦って見たかったんだよね。どっちが速いか」 


「嘗められたものだね。ボクにスピード勝負を挑む気かい?」


「違う。君が当方に挑むんだ」


 そんなやり取りの直後――――二人は消えた。消えたっつっても消失した訳じゃない。余りのスピードにまた視認できなくなっただけだ。


 なんか目の前でシャカシャカ残像のような物が現れたり消えたりしてるけど、まるでサブリミナル効果でも狙ってんのかってくらい一瞬だから、戦況を見極めるのは不可能。どんな攻防なのかも全くわからないから解説係も出来ない。


「これじゃ、とてもフォローなんて出来ないわね」


 流石のティシエラもお手上げなのか、溜息一つ落として視線をサタナキアの方へ向けた。実際、見えない戦いをいつまでも観ていたところで意味がない。


「……貴方、男だったのね」


 うっ、また地雷踏みそうな発言を……そういうのは向こうが性別にコンプレックスを持ってるかどうか確認してからにしないと……


「おっ男ですけど……なっなっ何ですか。何が言いたいんですか」


「別に。単なる事実の確認よ」


 ん?


 やけにアッサリと引いたな。サタナキアが苛ついている事に気付いたのか?

 

 いや……それだけじゃない。


 俺達がサタナキアの気を引いておけば、その分奴はグノークスのフォローまで気が回らなくなる。明らかに共闘経験が不足してそうだし、そもそも他人に協力するのに慣れてるとは思えないからな。


 ただ、過度なストレスを与えるような言動は控えなきゃいけない。そことの兼ね合いもあって、何がアウトで何がセーフか測ってるのか。


「そう言えば貴方、決め付けられるのが嫌だったわね。私は今、貴方が闇堕ちした理由はその姿や声にあると確信しているのだけど。それも嫌なの?」


「ちっ違います……」


「どっちが?」


「や、闇堕ちの理由です」


 相手の過去の言動を利用しての情報収集……


「違うと言われても、私の確信の強度は相当なものよ。今回の件を他のギルドと共有する場合、断定口調で報告するくらいにはね」


「やっやめてください……全然違うんで……ただ周りの精霊に合わせて生きるのがダルかっただけですから……」


「つまり『こうでなければならない』って固定観念が嫌って事でしょう? だったら貴方の格好は『男ならこういう格好をしなきゃいけない』って既成概念に異を唱えているとも解釈できるわ」


「ちっ違います。そっそういうんじゃないです。これはただ、父が……女の子が欲しかったからって、子供の私にこういう格好と喋り方をさせてただけで」


 相手の性格を利用しての誘導尋問……


 いやね、もうやってる事がカウンセラーのそれなんよ。一分足らずでサタナキアの家庭事情が見えて来ちゃったぞ。ついさっきまで完全拒絶だったのに。恐ろしい子!


 ティシエラみたいなギルマスになるのが目標なんだけど……ハードル高っけぇなあ。最強ソーサラーな上にこの会話術か。ダテに五大ギルド会議で鍛えられてないな。


 つーかコレーやサタナキアの親父、地味にヤバくないか? コレーはコレーでなんか男性っぽいし、『サタナキアが女っぽくなったら今度は男が欲しくなって来たなぁ』とか言ってそうなんだけど。そしてそれをコレーに強要してそうなんだけど。


 デメテルがあんな感じになったのって地雷夫の所為なのか? ペトロはそれを知ってるんだろうか。なんか想像してたよりもずっとドロドロしてんな……精霊ってもうちょっと神秘的の存在だと思ってた。


「なっ……あり得ない! このボクより速いのか……!?」


「『ありえない』なんて事はありえない。君もしかして自分が最速とでも思っていたのかい?」


 げ。なんかコレーが劣勢っぽい声が聞こえて来た。おいおい味方になった途端弱体化パターンはやめてくれよ! 敵の時あんなに強かったじゃん!


「……参ったね。これは想定外だ」


 ようやく二人が肉眼で見えるようになった。肩で息をしているのはコレー……だけだ。


 グノークスも多少息は乱れている。でも消耗具合は明らかに奴の方が少ない。まだ余裕を感じる。


「天才だからね。当方は」


 想像もしていなかった絶望が、すぐ傍まで迫ってきた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る