第301話 無条件

 元女神の筈のモーショボーだけど、そんな徳の高さは一切感じさせず、ひょえーって顔で飛んできた。


 なんか既視感あるな。というか、モーショボーに斥候を頼むと大体こんな結果が待っている気がする。今回もきっと、一筋縄ではいかないんだろう。


「なんか変! 街の近くから出られないんだけど! 出ようとしたら別の街の近くに転移しちゃうんだけど!」


「やっぱり無限ループか……上も?」


「そうそう上も! メッチャ高い所飛ぼうとしたら、いつの間にか地上に足着いてた」


 成程。どうやら地下は妖術の範囲外か。地下まで範囲内だったら今頃モーショボー生き埋めになってたところだ。


「私達以外に人間はいなかった?」


「あっ……そっすねー……そんな感じっす」


 ティシエラに対して妙にビビってるな。精霊視点だと威圧感あるのか。そしてその態度を見て若干凹むティシエラ。なんかちょっと面白い。


「あ、そうそうそう! モンスター! モンスターが街の中にいた!」


「え!? マジで!?」


「マジマジ! ここからは大分遠いけど……あっちの方からワラワラ入って来てた。30体くらいいたよアレ」


 西側……冒険者ギルドのある方向だ。魔王城もあの方角だから、そっちからモンスターが湧くのは当然の事ではあるんだけど……これは完全に想定外だ。まさか異空間にモンスターがいるなんて。どういう理屈だ?


 まあ、今俺達がハメられている妖術自体がよくわからないものだから、理屈を考えていたって仕方ない。それと、この異世界には聖噴水の効果も望めないって事も良くわかった。


 この妖術が俺を標的としているのなら、そのモンスター達も俺を狙ってやって来るんだろう。少なくとも、その覚悟はしておくべきだ。


 ……本当なら。


 俺一人でモンスターと戦い、無双して全滅させる。本当ならそれが理想だ。ティシエラが狙われていないのなら、むざむざ巻き込みたくはない。


 でも、実際にはそうとは限らない。ティシエラも同じように狙われているのかもしれない。逆に、俺達が標的じゃない可能性も僅かだけどある。


 時間はまだある。慌てず、狼狽えず、出来る限り正確な情報を得ておかないと。


「モーショボー。モンスターはこっちに向かって移動してた?」


「んー……それはわかんない。モンスターいるーってわかった瞬間に戻って来たから」


「だったら悪いけど、もう一回見てきてくれないか? 危険な距離までは近付かないで、こっちに向かってきてるかどうかを確認するだけで良い。お願い!」


「精霊使いが荒いぞ、もー! こっちは告白の事で頭いっぱいだったのにー!」


 ブツブツ言いながらも、モーショボーは再び宙を待った。


「……もしかして貴方って、精霊たらしなのかしら」


 何だよその新語。他に言い方ないんか。


「告白は俺にじゃないからね? あと一応、名誉の為に言っておくけど、俺と契約してる連中は基本的に良い奴等ばっかだからな。それに助けられてるだけで、俺が人外に好かれる特殊な魅力を解き放ってる訳じゃない」


「……」


 何その細目。せめてジト目と呼べる範囲にして。細過ぎるとちょっと怖いんだよ。


「もう戻って来たみたいよ」


 え、早! それだけ確認が直ぐ出来たって事は……


「メッチャ近付いて来てる! なんか進軍って感じ! 数も増えて100くらいいたかも……」


 おいおいマジかよ。100って……しかもそれがMAXとは限らないんだろ? いよいよヤベーぞ。


「モンスターは、普段城下町の近辺にいる連中と同じ種類?」


「あっいえ。もうちょいヤバそうな感じっす」


 いい加減慣れてやれよモーショボー、と言いたい所だけど、基本的にノリが違い過ぎるから相容れない感は否めない。無理に態度を改めさせるのは控えよう。


 それよりも、モンスターだ。街周辺の奴等より強敵かもしれないのかよ。


 どうやら腹を括らなきゃダメらしい。元の城下町に戻る方法を模索する前に、降り懸かる火の粉を払わないとな。


 その為には――――


「ティシエラ。標的は多分、俺だけだと思う。それでも連中を退ける為に協力してくれるか?」


 俺は弱い。俺一人で100体のモンスターを倒す事なんて出来ない。


 だから、助けを乞う。恥ずかしい事じゃない。自分に出来ない事は、出来る人に頼む。その恩は、自分に出来る事で返せば良い。それを億劫に思わないようになれた今は、何の躊躇もない。


「一つ聞いて良い?」


「良いけど」


「愚かな事を問うのは愚問と言うけど、愚かな願いの事はなんて言えば良いの?」


 ……は?


「愚考、で良いんじゃないの。願いとはニュアンスが少し違うけど、大体同じ意味だろ」


「そうね。なら改めて――――愚考ね。ここには私と貴方しかいないのに、私だけが逃げてどうするというの?」


 まして、自分の方が遥かに強いのに……とは言わないところがティシエラの優しさだ。日常の軽口なら兎も角、こういう時には決して言わない。


「……助かるよ」


「大袈裟ね。深刻に考え過ぎなのよ。たかが100体のモンスターに」


 うわー、一生に言ってみてーセリフ。しれっと言いおってからに。憎らしいほど格好良いな。


 幾ら終盤の街とはいえ、こんなに頼れる人物はそう何人もいない。


「一緒にいるのがティシエラで良かった」


 ポツリと、ついそんな言葉が漏れた。


 ヤベっ、今のは流石にマズった。めっちゃ照れる。


 ティシエラも、こんな俺の恥ずかしいセリフに――――


「……」


 特に反応ありゃしねぇ!


 なんて可愛げのない……でもその凛とした佇まいに、俺はどうしても憧憬の念を抱いてしまうんだ。


「よし! そうと決まれば迎撃戦だ。地理的に有利なのは何処だ?」


「……」


「ティシエラ?」


「あ。そうね……私の魔法を主力とするなら、障害物の少ない見通しの良い場所。万が一の事を考えたら、近くに逃げ込める建物がある方が良いわね」


「了解」


 それなら、広場よりも寧ろ大通りの方が良さそうだ。もし不利な戦況になったら大型モンスターの通れない裏路地を移動できるし、住民がいないから店や住宅に一時避難も可能。俺もよく利用しているから地の利を得られる。


「ところで、武器はそのこん棒で良いの? 人相手ならわかるけど、モンスター相手には心許なくないかしら」


 今日所持しているのは、警棒代わりのスマートなこん棒。交易祭の警備用だから、ゴツいのは携帯できなかった。


「ああ。これは【タクトノイズこん棒】っつって、周囲の味方にバフ効果、敵にデバフ効果を与える支援系武器なんだ」


「そんな武器、あったかしら……まあ特殊効果があるのなら良いわ。威力だけ強力な武器より今の貴方には向いているだろうし」


 納得したように、ティシエラはこん棒から視線を逸らした。


 強力な武器……ねえ。どっちかってーと防具の方が欲しいんだけどな。でも生憎、この近くには武器屋も防具屋もない。あればタダで高価な装備品を取り放題だったんだが……


 待てよ。そう言えば、暗黒武器を街中に隠してるんだった。こっちの異空間にも同じようにあったりするんだろうか?


 そもそもここが、アインシュレイル城下町を忠実に再現したコピーとは限らないからな。アテにしてたら痛い目を見るかもしれない。


 でも……逆に言えば、俺達がつい先日隠したばかりの暗黒武器がそのままの場所にあったら、コピーで間違いないって事になる。もしかしたら、脱出のヒントになるかもしれないな。


 なんて事を考えながら、大通りの方へと移動。幸いすぐ近くに見通しの良い道路があった。元いた世界で言えば5車線道路くらいの幅がある。


 通常、少人数で多数の敵と戦う時は、出来るだけ一度に戦う相手の数を少なくするのがセオリー。狭い場所で戦う方が有利だ。


 でもティシエラは強力な魔法を広範囲に放てる。以前見たサンダーコンティニュアムってのはかなりエグかった。10m四方くらいの範囲を蹂躙してた気がする。あの規模の魔法があるなら、一度に出来るだけ大勢のモンスターを引き寄せた方が良い。


 ここなら――――


「トモトモトモトモ! ヤバいヤバい! 空から来た!」


「え?」


 慌てふためくモーショボーが、バタバタ翼をはためかせて騒いでいる。空から……?


 ……モンスターの群れだ! 飛んで来やがった!


 以前実際に街を襲ったプテラノドン擬きとは明らかに形状が違う。なんか見た目は……


 インコだ。


 若干羽毛が汚いけど、ほぼインコだ。


 白くて鬼デカいインコが群れを成して飛んどる。ざっと見た感じ、50……いやもっといるな。でも外見がインコだから全然怖くない。寧ろ可愛い。


「カラドリウス! なんでここに……!」


 和んでいる俺の隣で、ティシエラはモンスターの名を呟きながら焦っていた。


「そんなにヤバいモンスターなのか?」


「本来、同種同士で群れを成すモンスターじゃないわ。魔王軍の幹部が回復役として引き連れてくる、レアモンスターの一種よ」


「え? 回復……?」


「モンスター側のヒーラーみたいなものね。連中が落とした羽根に触れたモンスターは、どれだけダメージを負っていてもたちまち全回復するわよ。勿論、効果はモンスター限定」


 嘘だろ……? そんな面倒な敵がいるのかよ。しかもあんな大勢……そんなのが飛び回ってる中で戦ったら、どう足掻いても勝ち目はないぞ。


「でも、その回復係がなんで群れでこっちに向かってくるんだ?」

  

「知らないわよ。でもこのまま突っ込んで来るのなら寧ろ有り難いわ。あの鳥は最初に倒しておかないと、埒が明かないもの」


 そりゃそうだ。回復役がいつまでも健在だと、他の敵にどれだけダメージを与えても無駄になっちまう。でも……あの数を一網打尽に出来るのか?


「敵の勢力がどれだけいるのか不透明だし、出来れば魔力を温存したかったけど……そうも言っていられなくなったわね」


 ティシエラがそう口しながら、空じゃなく道路の遥か先を睨んでいる。俺の目には何も映っていないけど……ティシエラには見えているのか。あの果てに、モンスターの大群が。


「カラドリウスが射程内に入ってきたら、私が使える最大規模の魔法で迎え撃つわ。ただ、それで運良く絶滅させる事が出来ても、次の魔法を使うまで少し時間が必要よ」


「もし一羽でも討ち漏らしたら……」


「絶望的ね。恐らく。地上組と連動して襲ってくるでしょうから」


 この異空間内のモンスターが、本来の世界のモンスターと全く同じ性質かどうかはわからないけど……仮に同じだとしたら、終盤の街エリアのモンスターがバカである筈がない。わざわざ回復役を分断するような真似はしないだろう。


 恐らく、あのインコ軍団を空中に舞わせながら戦おうとする筈。そうなると、こっちがどれだけの火力で反撃しようと一瞬で全回復されてしまう。そうなったら手に負えない。


 ティシエラの狙いは、そうなる前にインコ擬きを全滅させる事。一発で全員仕留められれば、地上から来るモンスターだけに集中できる。でも一羽でも回復役が残っていたら、戦闘難易度が飛躍的に上昇するのは間違いない。


 俺の武器じゃ、空中の敵はとても倒せない。かといって、地上のモンスター相手に何処まで戦えるか。正直、戦力になれる気がしない。


 でも、一つだけ確実に力になれる事がある。


「ティシエラ。指揮権を俺にくれ」


「……指揮権?」


「ティシエラは魔法をぶっ放す事に集中。俺が戦略と支援を担当する。ただし、俺の指揮が的外れだったら自分の判断で動いてくれて良い。それでどうだ?」


 俺には調整スキルがある。このスキルの応用力には、今まで何度も救われてきた。


 これを活用しない限り、突破口は開けない。二人しかいないこの状況下では。


「貴方を信じろと言うの?」


 やっぱりそう簡単には納得できないか。でもここで怯む訳には――――


「……何か作戦があるのなら、今聞かせて」


「え?」


「時間がないの。早くして頂戴」


 おいおい。そりゃ信じてくれとは言ったけど……無条件かよ。


 ちっきしょう。緊張してきやがった。絶対に失敗は出来ない。


「調整スキルを使って、ティシエラの魔法の効果を変える」


「そんな事が出来るの?」


「出来る。でも、その分他のパラメータ……素早さとか体力とかが一般人並になるけどな。随時再調整は可能だ」


「了解。それならカラドリウスは一撃で全滅させられるかもしれないわね。後はどれだけ次の魔法を早く……」


「いや。カラドリウスは倒さない」


「……?」


 怪訝そうに眉を顰めるティシエラに、思い付いた作戦を伝える。


 ティシエラの反応は――――


「無謀、とまでは言えないけど……少し勇気が要る選択ね」


「ティシエラが決めてくれ。このプランで行くか、違う戦い方をするか」


 勿論、自信はある。なきゃ提案なんてしない。


 ティシエラは元、グランドパーティの一員。俺とはモンスターとの戦闘経験が段違いの専門家だ。素人が口出すなんて100年早い。


 それでも、断言できる。総合的に見ればこれがベストだ。これ以上はない。


「……」


 ティシエラは黙って、俺に手を差し出してきた。


 俺も、礼を言ったりはしない。ここからはお互い、たった一人の仲間。戦友だ。いちいち気を遣い合っても仕方ない。


「知覚力6割、器用さ3割、残り1割」


 命中率に影響を及ぼす器用さにも多めに振る。重要なのは精度だ。

 

「……そろそろ射程内ね」


 もう肉眼でインコの目までハッキリ見えるくらい、奴等が空を埋め尽くす光景が広がっている。


 その方へ向けて、ティシエラは手を翳しながら――――詠唱を始めた。





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