第四部05:転移と転位の章

第300話 ゴーストタウン

 占いの館から出ると、その周辺から人が消えた――――


 ってだけでも不可解極まりない事件だけど、どうやら事態はそれだけに留まらない。


「……ダメね。これだけ反応がないとなると、私達以外の人間が消えたとしか思えないわ」


 ティシエラが上空に向けて爆発音の鳴る魔法を放っても、誰一人としてやって来ない。城下町から人の気配が完全に消えてしまっている。異常事態発生だ。


 類似するケースは前にもあった。コレットやウチのギルド員も巻き込まれた失踪事件だ。あれは人間に化けたモンスター共による強制転移が原因だった。


 だとしたら、事件以降この街からいなくなっていた髭剃王グリフォナルの仕業……?


 でも、あの時とは被害者の数が違い過ぎる。こんな大規模な強制転移が可能なら俺達も巻き込まれてなきゃおかしいし、そもそもこれだけの人間を一度に消せるのなら世界征服だって容易いだろう。騒動の最中、逃げるように街から出て行った髭剃王にそこまでの力はない筈だ。


 ……仮にあったとしたら?


 実は逃げたんじゃなく、潜伏しているだけだとしたら?


 そして、俺とティシエラは『潜伏』というワードに覚えがある。この街に潜伏している存在の可能性を論じた事があった。


 その存在とは、つまり――――


「どうやら本格的に、魔王が絡んでいる可能性を考慮する必要がありそうね」


 やっぱり、ティシエラも同じ事を考えていたのか。


 人間とモンスターの仲介を行い、この城下町で暗躍していた髭剃王グリフォナルの正体は――――魔王直属の部下、或いは協力者かもしれない。


 理由は不明だけど、モンスター連中は魔王を探している。つまり、魔王は部下である筈のモンスター達と離れたがっている。


 だから、人間にもモンスターにも顔が利くグリフォナルと手を組んで、居場所が決して漏れないように仕組んでいる。


 ……全部憶測だけど、そういう可能性もなくはない。


「グリフォナルの消息が未だに掴めていないのは、大きな力が働いているから……としか思えないわ」


「魔王が自ら部下の尻拭いするってのも、妙な話だけどな」


「そうね。そんな魔王がいたら是非ソーサラーギルドの特別顧問になって貰いたいくらいよ」


 珍しい。ティシエラが冗談を言うなんて。それくらい心が余裕を欲しているんだろうな。


 斯く言う俺も、出来るだけ理詰めで考えようとはしてるけど、頭の中はまるで整理できていない。今の今まで祭りで賑わっていた城下町が、一瞬でゴーストタウンみたいになっちまってるこの惨状を目の当たりにして、冷静になれって方がおかしい。


「最初は不特定多数の人間が別人のようになる事件から始まって、聖噴水の一時失効、ヒーラーの暴挙、王城占拠、そして王族や住民の失踪……もしかしたら、これらのトラブルは全部一本の線で繋がっているかもしれないわね」


「俺もそう思うけど、この手の深読みって大体外れるよな」


「茶化さないで。事態は深刻よ」


 自分が先に茶化した癖に……


 でも実際、こうも立て続けに問題が発生しているんだから、全てが無関係って事はないだろう。付け加えるなら、進化の種使用による殺傷事件もそうだ。鉱山での事件だけじゃなく、ついさっき冒険者の暴走もあった。やっぱり、関連性があるとしか思えない。


 進化の種は元々、モンスター専用のアイテム。それを摂取すればレベルが上がり、当然ステータスも向上し、戦闘力アップに繋がる。


 いや……戦闘力だけとは限らない。多分、使用するスキルや固有技の効果も上がるだろう。


 だとしたら――――


「グリフォナルが進化の種を摂取して、強制転移の効果範囲や対象人数を向上させているって事も……」


「ない、とは言えないわね。その為に人間に取り入って、進化の種を探していたのかもしれないわ」


 全ては憶測に過ぎない。でも少しずつ、このあり得ないような状況があり得る事象になりつつある。


「いずれにしても、こんな所でボーッと立っていても仕方ないわ。二手に分かれて、私達の他に誰かいないか探してみましょう」


「あ、ああ」


 一人になるのは心細いけど、捜査範囲を二分の一にしてまでティシエラと一緒に行動するのは得策とは言えない。だったら……


 いや、待て。そうじゃない。


「ティシエラ、ちょい待って!」


「何? 不安なのはわかるけど、今は一刻も早く現状の把握に努めないと……」


「そうじゃなくて。何で俺とティシエラだけが残されたんだ?」


「それは……」


 答えに窮するのも無理はない。俺だってわからないんだから。


 もし魔王が何かの目的で城下町の人間を消すようグリフォナルに命じたとしたら、俺達だけが取り残されるのは明らかにおかしい。グリフォナル自身の判断で住民を消した場合も同じだ。俺とティシエラだけ温情で消さない、なんて事がある筈ないからな。


「俺達だけが残された、ってのはやっぱりおかしい。理屈に合わない」


「……そうね。だったら私達は――――」


 冷静になったティシエラは、俺の言わんとしている事を秒で悟ったらしい。流石、頭の回転が速い。


 そう。


 俺達だけが消えなかったんじゃなく……


「俺達だけが消えた。その方がずっと可能性は高い」


 逆転の発想、ってほどの事じゃない。俺もティシエラも、冷静だったら先にこっちを思い付いていただろう。つい見たままの印象で『俺達以外に誰もいない』と思い込んでいた。


 違うんだ。


 俺達だけが消えたんだ。さっきまでいた筈の場所から。


「恐らく、ここは別の領域……異空間だ。あのテントを出た瞬間に、俺達は妖術を食らったんだと思う」


 以前、鉱山で俺の身に起こった出来事を思い出す。


 鉱山内で地震に見舞われた直後、ポイポイに乗って仲間達と合流しようと移動していたら、例の声だけの存在が話しかけて来て、その後どれだけ進んでも一定の区域から抜け出せないループ地獄に陥った。


 その間、仲間達とすれ違った筈なのに、お互い姿を確認できていなかった。つまり、あの時俺が迷い込んだのは元々いた鉱山と瓜二つの異空間だったと解釈できる。そういう空間を作る事が出来る妖術にハメられたって訳だ。


 だとしたら、この状況もあの時と同じだ。ここは城下町とそっくりだけど、実際には違う空間。異世界からやって来た俺にとっては、何の不思議も違和感もない。


「貴方がヴァルキルムル鉱山で受けた嫌がらせと同じだとしたら、その妖術を仕掛けた相手が今回も犯人……?」


「わからない。少なくとも、事前に例の声は聞こえなかった。今も」


「事前に予兆を教えるほど親切だったら、心構えも出来たんでしょうけどね」


 そうなんだよな。仮にあの声が犯人だったとして、今回も同じように俺に話しかけてくるとは限らない。だから予告めいた声がなくても矛盾はない。


 何より、あの声は俺に執着している。それが俺と、俺の傍にいたティシエラだけ妖術に掛けられた理由になり得る。


 もし、狙われているのが俺だけだったとしたら――――


「……ごめん。俺の所為でティシエラを巻き込んだかも」


「憶測で謝らないで。そうと決まった訳じゃないでしょ?」


「そりゃそうだけど」


 でも、他に考えられないんだよな……


「仮に貴方が標的だとしたら、貴方を一人にするのは危険ね。さっきの判断は白紙に戻して、常に二人で行動するようにしましょう」


「いや、でも……」


「私に守られるのが情けない、とでも言いたいの? だとしたら思い上がりも甚だしいわね。貴方の戦闘力が心許ないのは、純然たる客観的事実よ」


 わかってる。それはとっくに自覚してるし、ティシエラより弱い事を恥じるつもりもない。


 ただ、まあ……その。


 格好悪い。


 俺自身のプライドの問題。それだけの事だ。


「わかった。手間を掛けて悪いけど、一緒に行動してくれ」


「だから、そう言ってるじゃない。余計な事は考えずに、この危機を無事乗り切る事だけに集中なさい」


「了解」


 そうだ。俺の安いプライドで我を通しても仕方ない。


 二人とも無事にここから出て、元の城下町に戻る。それだけを考えよう。


「ところで、鉱山ではどうやって脱出したの?」


「えっと、カーバンクルに聞いたんだけど、この手の妖術は術式の定義を破壊すれば解除されるらしいんだ。例えば、俺自身を標的にしている術なら、俺が死ねば術も解ける」


「……死んだの?」


「生憎、蘇生魔法を使える仲間はいないからな。フワワって精霊を喚び出して、俺のコピーを作ってそれを潰したら上手く行った」


 そう答えると、ティシエラは少し目を見開いて微かに感心したような様子を見せた。実際に感心したかどうかは知らんけど。


「でも今日は例の冒険者を説得する為に一度フワワを喚び出してるから、同じ手は明日にならないと使えない」


「明日……来るのかしらね」


 恐らく来ない。この異空間で元の世界と同じように時間が流れているとは思えない。


 つまり、フワワのアバターを身代わりには出来ない。以前使った解決法は事実上使えない訳だ。


 しまったな……あの時は他の選択肢も多数あったのに。敢えてフワワを喚び出したのは失敗だった。もっと大事にすべきカードだったな……


「不確定要素をウダウダと考えていても仕方ないわ。他に出来る事がないかを模索しましょう」


「……そうだな」


 なんて心強い。こういう時に感情的にならず、建設的な方へ思考を持っていけるのは本当に凄い。いや……ティシエラだって平常心じゃないだろう。それを表に出していないだけだ。


 これが、人の上に立つ者の資質か。32歳になっても身に付いていない俺とはやはりモノが違う。


 つっても、その32年の内まともに稼働していたのは半分くらいだ。イジけてる暇があったら、その拙い自分をフル活用して役に立たなきゃな。


 俺に出来る事と言えば。


「出でよモーショボー!」


「え? もう出番? ちょっと待って。まだ心の準備が……ん? なんかいつもと街の雰囲気違くね?」


「どうも異空間に迷い込んだみたいなんだ。悪いけど上空から街がどうなってるか見てきて貰えないか?」


「りょりょりょのりょー」


 ……それは了承の意なの?


 ともあれ、飛行能力のある精霊を使役していたのは幸いだった。地上だけで様子を窺うのとは効率も視野も全く違う。


「……」


 なんかティシエラがじっとこっちを見ている。なんだろう……


「精霊から信頼されているのね」


「へ? 今のやり取りにそんなの感じさせる要素あった?」


「普通は、こんな異常事態を目の当たりにしたら、好奇心の強い精霊はまず質問攻めしてくるのが定石よ。特に今の精霊はそんなタイプに見えたわ」


 まあ、確かに好奇心旺盛な奴ではあるけど……


「それなのにあの子、貴方の命令にすぐ従っていたじゃない。召喚ならまだしも、折衝であれだけスムーズなのは珍しいわよ」


「んー……他の精霊使いなんて殆ど知らないから、比較しようがない」


「私は何人も見てきたからわかるの。貴方、いつの間にか一人前の精霊使いになっていたのね」


 いや、そんな無理やり持ち上げてなくても……これアレか。ブダも煽てりゃ木に登る、ってやつか。俺とティシエラしかいない状況だから、少しでも俺に奮闘して貰わなきゃ困る……みたいな。


「穿った見方をしないで」


 うげっ、完璧に見透かされてる。いやでも、そっちこそ露骨だったじゃん……


「貴方はこれまで精霊と縁がなかったから知らないのも無理はないけど、精霊に意図通りの行動をさせるのは簡単な事じゃないの。だから精霊召喚みたいに契約で行動を制限する必要があるのよ。それをしない精霊折衝は本来、精霊の扱いに長けた高レベルの精霊使いじゃないと難しいとされていて、今だから言うけど初心者の貴方には無謀そのものの選択だったの」


「……マジで?」


「仮に上手くいかなくても、然程困る事ではないから静観していたけど……意外な才能があったものね」


 そう言われても、実感なんて一切ないんだが。だって特別な事何一つしてねーし。まあ、やたら好戦的なペトロと気難しいカーバンクルは交渉が難しいところもあったけど、モーショボーとフワワなんて最初からスムーズに会話できてたし。


「それはアレじゃないか? 扱いが難しい精霊はみんな人間との交流を断絶してるから、たまたま人当たりの良い精霊とだけ巡り逢ったってだけじゃ……」


「一理あるわね」


 あるのかよ! なんだよここまで持ち上げておいて! 最後まで責任持って甘やかして! 真実より優しい嘘をプリーズっつってんじゃん!

  

「そもそも、精霊に『命令する』ってのが良くわからないんだよ。協力関係を築いているだけなんだから、立場は対等……寧ろこっちが弱いくらいだし」


「確かに、さっきの会話を聞く限りではそうみたいね。精霊に限らず、ギルド員に対しても同じようなスタンスなんでしょう?」


「まあ……そうだけど」


 ヤだティシエラさんったら。俺の事わかりすぎじゃない? ま、イリスやサクアから内情聞いてるだろうし、当然っちゃ当然か。


「やっぱり、弱いってのがどうしてもネックになってさ……強気になれないんだよ。強さの下地がないから。だから下手に出て、お願いしますって立場でやっていくしかないんだ」


「卑屈」


「だよな……」


 自分でも、ここは割り切ってリーダー然とした方がギルド員だってやりやすいだろうとは思う。頼りないギルドマスターの下で働くのは嫌だろうし。


「これでも一応、変えようとはしてるんだ。年上のオヤジ達に容赦なく罰を与えたり、実力者達にも物怖じしないで指示出したり……でも滲み出る空気って簡単には変えられないし、俺の借金返す為に働いて貰ってる面もあるから、中々ね……」


「ああ、そういう事だったのね」


「?」


「ヒーラーの治療代、今の貴方ならシレクス家にでも肩代わりして貰えば簡単に返済できる筈だから、おかしいと思っていたのよ。面目を保つ為だったのね」


「う……そう言われると途端に安っぽくなるな」


 ギルマスのプライドに懸けて、くらいに言い直して貰いたい。それはそれで安っぽいけど。


「良いじゃない。私はそういう愚直な拘り、嫌いじゃないわ。何もかも効率良くやれば良い、というものでもないから」


 理解あるティシエラさん……!


 うう、自分を肯定してくれる存在って良いなあ……心が満たされる。別に普段満たされてない訳じゃないけど。 


「ありがとう。そういって貰えるのは嬉しい」


「……別に。思った事をそのまま言っただけだから」


 そうだな。ティシエラはいつもそうだ。だから信用できる。


 俺は自分が思った事をそのまま言えるほど自分に自信はない。言葉に気持ちが乗っているかどうかは、そういうところで決まるんだろう。


 この危機を乗り越えて、交易祭が成功して、借金を完済できれば――――俺も少しは自信ってのが付くんだろうか。


 今までも幾つか事件や騒動を解決して来たけど、それはギルド員の尽力が圧倒的割合を占めている。でも今回は違う。ここには俺とティシエラしかいないし、交易祭も俺がプロデュースしている。俺自身に相当な責任が伴っている。


『生き直す』と決めてやって来たこれまでの真価を問われる時がついに来た、って訳か。わかり切っていた事とはいえ、いよいよ実感が湧いて来たな。


 そんな武者震いしそうな心持ちで空を眺めていると――――


「大変大変たいへーぬ!」


 猛烈な勢いでモーショボーが降りて来た。




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