第299話 二人きり

『ちょっと羨ましいな』


 さっきのイリスの言葉が、妙に頭の中で妙に響いている。


 素直に受け取るなら、ティシエラの扱いが上手い事を羨ましがってる……って事だよな。俺から見れば、イリスの方がよっぽど心得てると思うんだけどな。わからないもんだ。隣の芝生が藍より出でて藍より青い青に見えるんだろうか。


「マスター。早く早く」


 こっちの頭の中なんて何処吹く風、ティシエラと合流したイリスが爽やかな笑顔で手招きしている。あの憂いを帯びたような表情は何処へやら。切り替えの早さって大事だよな。俺も見習おう。


 にしても……あのソーサラー達、かなり訓練されてるな。ついさっきまでワーキャー言って列を乱してたのに、もう静かに並んでるよ。推しのプライベート姿を見かけて興奮しつつも一定の距離を保って、ファンとしての節度を保ち『私わかってる』感を出しながら見守りモードに入っている模様。練度が高い。


 あの列の中に入って気軽にティシエラ達と話そうものなら、ファンのソーサラー達からの熱視線で焼き殺されそうな気がするんだけど……けしかけた手前、俺だけ高みの見物って訳にはいかないか。


 これだけ人が集まってる状況だと警備は必要だし、この場に留まるのは業務上問題ない。周囲に気を配りつつ、祭りの雰囲気を味わうとしよう。



 で、40分後――――



「うう……どうして……」


 俺達の前に並んでいたソーサラーが、涙ぐみながらテントから出て来た。


 おいおい、占いで泣くほど悪い結果を告げられるなんてあんの? ああいうのって客を気持ち良くさせてリピーターを増やすのが常套手段じゃないのかよ。


 しかも、今回はお祭りを盛り上げる為、そして街中の空気を恋愛一色に染める為に用意して貰った占い。ネガティブな結果を伝えるのは避けて欲しいってオーダーは出してないけど……そこは空気読めって話デスヨ。


「気にする事はないわ。占いはあくまで占い。貴女には運命を変えられる力があるから、自分を信じなさい」


「ティシエラ様……!」


 柄にもない精神論で励ましているティシエラに、泣いていたソーサラーも一瞬で目がハートになってる。すげぇタラシを見た。そりゃ人気出るわ。


「次、ティシエラだね。頑張って」


「頑張るのは占い師よ」

 

 手術に臨む前の患者みたいな言い方しやがって。でもその割に、足が進んでいない。


「……みんなで行きましょうか」


「ティシエラさん? ここまで来て日和る気っすか?」


「そんな訳ないでしょう? 別に何を聞いて良いかわからないとか、手順に自信がないとか、そういう事ではないの。冷やかしみたいなものなのに一人一人入るのは時間の無駄ってだけよ。後ろに並んでいる子達を無駄に待たせるのも気の毒だし、貴方だって警備中だから一箇所に長時間いるのは問題でしょう? 私は能率と合理性の話をしているの」


 すげー喋る……そんなに一人で入るのが嫌か。お化け屋敷の入り口に一日一人くらいこういう人いそうだよな。


「もう仕方ないなあ。マスター、私達も行こっか」


 確かに、ここで余りにも時間食ってたらただのサボリになっちゃうし、パパッと終わらせて巡回に戻る方が得策か……


 テントに入ると中は思いの他広く、これみよがしに分厚い本を多数収納した本棚や、占星術に使用していると思しき巨大なホロスコープが存在感を放っている。灯りはスタンドタイプの松明で、これもかなりベタだ。


「あらあぁーた。アインシュレイル城下町ギルドの代表じゃないの」


「ご無沙汰してます」


 当然、この占い師――――ラフレシアとは面識がある。なんでも、俺に鬼魔人のこんぼうを譲渡してくれた防具屋スクードの主人と血縁関係にあるらしい。詳しい事は知らないけど。


「この前は占いなんて興味ないって顔してたのに、結局来ちゃったの? ま、良いけど。そういう子を何人も虜にしてきたから、今のあぁーしがいるんだもの」


 ラフレシアは推定体重150kgの巨漢だ。テントの中央に堂々と陣取るその姿は、売れっ子占い師としての威厳に満ち溢れている。自分の生き様そのものに絶対的な自信を持っている、って感じだ。貫禄が体型と眼圧から滲み出ている。


「あぁーたの希望通り、恋愛に関する占いは期間限定で半額にしてあげてるけど、あぁーた達もそれで良いの? この二日間、恋愛の事しか占ってないから正直食傷気味なのよね」


「そう。だったら……」


「恋占いでお願いします! 絶対!」


 ティシエラを遮って、イリスがいつになく強引に割り込んで来た。


「イリス?」


「良いからティシエラは黙ってて。女の子が占いの館に入って恋占いを注文しないなんてあり得ないから」


「そんな話、聞いた事が……」


「あり得ないって言ってるでしょ? 聞こえない?」


「……わかったわよ」


 怖っ! あのティシエラが迫力負けするなんて……どんだけ必死なんだよイリス。思っていた以上に占いが好きっぽいな。


「それじゃ、赤髪のあぁーたから占ってあげましょうか。恋占いと言っても色々あるけど……今日はパンデムカードがオススメよ。良いカードが沢山出てるから」


「それでお願いします」


 占いってそんなギャンブル的なもので良いのか……?


 まあ占い初心者の俺が口を挟むのはお門違いだ。普通に見守ろう。


 パンデムカードっていうのは、恐らくタロットカードみたいな物なんだろう。なんか色んな絵柄が描かれているカードをシャシャッと切って、凄まじいスピードの手さばきでテーブルに一枚一枚置いている。


「ここに並べた24枚のカードは、あぁーた今後、運命の相手とどんな人生を歩むかを示しているの。この中から二枚、カードを表にしてみて頂戴」


「運命の相手……」


 イリスの緊張がこっちにも伝わってくる。尚、俺もティシエラも特に感想はない。占いって興味ないとマジで何の感情も湧いて来ないよな……


「それじゃ、これとこれでお願いします」


「はいよ。フンフン、成程ねぇ……あぁーた中々のを引いたじゃない」


 いや、占いだったら『運命で引き寄せた』とか『最初からこれ引くの決まってた』とかじゃないんか。マジでトランプと変わんねーぞ。


「こっちのカードに書かれてる【ツルツルワッショイ】は、髪の毛を失った悲哀を糧に幸せを手に入れた、運命を乗り越えた者の象徴ねぇ。そしてこっちの【天空(落下)のブーツ】は、履くと空を飛べると言われていたブーツが実は罠で一定の高度に達すると浮力が失われて転落死待ったなしの呪いの装備よ」


 一つ目のツルツルワッショイが余裕で霞む極悪ブーツのインパクト……! だって絶対履くし絶対飛ぶじゃん空飛べるブーツとか! 初見殺しにも程があるだろ作った奴マジ鬼畜だな! いや実在するかどうかは知らんけど。


「この二つを引いたって事はあぁーた、相対する二つの運命を背負っているって事ねぇ」


「えっと……これって恋占いですよね?」


「そぉーよ。ま、要するに成就する場合でも茨の道、しない場合も過程の段階でそこそこの幸せは味わえる、って事ね」


「う……なんか微妙な結果」


 っていうか、大抵の恋愛はどっちも当てはまるだろう。バーナム効果の典型だ。インパクトの強いカードで無難な結果に説得力を持たせてる、って感じだな。


 ぶっちゃけ占い自体はどうでも良いけど、あのパンデムカードには興味出て来た。他にどんなアイテムが書いてあるんだろ。触るとすぐ割れる伝説のオーブとか、大事な扉に挿すと折れて抜けなくなる最後の鍵とか……おおう、想像するだけでゾッとする。


「次は金髪のあぁーたね。余ってる中から引いて頂戴」


 えぇぇ……夕方のローカル番組とかでやってる商品当てパネルゲームじゃないんだから。最初から仕切り直せよそこは。


「なら、これとこれで良いわ」


 占いを体験する為に来た割には一切関心を持ってそうになく、ティシエラは文句一つ言わずに一番手前の2枚を選んで捲った。


 一つは血で満たされた棺桶。もう一つには割れて灰色の砂が漏れ出ている砂時計が描かれている。


 ……なんかさっきと傾向が違うな。


 何だこれ。急にシリアスな2枚じゃん……ティシエラらしいっちゃらしいけどさ。


「……」


 ティシエラはその二枚のカードを押し黙ったまま凝視している。興味を惹く何かがこれらのカードにあったのか?


「あぁーた、中々良い筋してるじゃない。その表情で、あぁーたが何を汲み取ったか手に取るようにわかってよ」


「……だったら、具体的な説明はしなくても結構よ。おおよそ想像通りでしょうし」


「あぁーら、そう? にしても数奇な運命を背負っているのねぇあぁーた」


「そう……かも知れないわね」


 何このわかってる者同士の会話! 俺が一番やりたいやつじゃん! 俺が格好良いって思うのはこういうやつ!


 っていうか普通に説明聞いてくれよ。こっちは何がなんだかわかんねーからスゲぇ気になる。


「それじゃ最後はあぁーたよ。ホラ、ちゃちゃっと引いちゃって」


「はいはい」


 当たる当たらないは兎も角、いざ自分が引くとなると緊張するな……変なカードだったらヤだし。かと言ってティシエラみたいな如何にも縁起悪そうなのも引きたくない。


 でも俺、昔からクジ運悪いんだよな。グロいの引いたらどうしよう……


「優柔不断ねぇあぁーた」


「ちょっと考え事してただけです。これと……じゃあ、これ」


 自分と比較的近い場所のカードと、遠目の位置にあるカードを手前に集め、意を決して捲る。


 書かれていたのは――――


「……え。同じ?」


 どっちも一面黒く塗られた、一色のカード。見るからに良くない暗黒系のやつだ。いや、縁起悪いとかそれ以前に、なんて言うか、これ……


「地味ね。よく見かける色合いだわ」

「地味だねー。誰かさんの格好そっくり」


 ええい言うな! 本人もわかってっから!


 何これ、ファッション占い? 俺の趣味はこういう色の服ですよって言いたいの? それ占いじゃなくてただの事実の指摘じゃねーか。


「……」


 しかもさっきまで饒舌だった占い師が急に黙るしさあ……悪い結果なら悪い結果で構わないからひと思いにスパッと言ってくれ! もうこの2枚の時点でロクな結果じゃないのは想像つくから!


「これね、一見同じカードに見えるけど微妙に違うのわかる?」


「へ? どっちも黒塗りのカードにしか見えないですけど」


「どっちも真っ黒じゃないのよ。ホラ、すこーしだけ明るさが違うでしょう?」


 確かに、言われてみれば……カラーコードで言うとこっちは#221816でこっちは#333132だ。じっくり見ると結構違うな。


「この黒が薄い方は【虚無からの目覚め】。黒が濃い方は【虚無への回帰】よ。あぁーたにはこれから、大事な女性との再会と別れが待っている。覚悟しておく事ね」


「はあ……」


 勿論、鵜呑みにするつもりなんてないし、わざわざ『それっていつ頃の話ですか?』なんて聞くつもりもない。そもそも『再会』する機会なんてないだろうし。それ以前に、元いた世界で大事な女性とかいなかったもんな。


 ……まさか初体験の相手がこの世界に転生してたりして。もしそうなら、再会した瞬間に俺の心は砕け散るだろう。間違いなく。


 でも、普通に考えてあり得ない話だ。俺がこの世界に転生できた事でさえ天文学的数字の確率だって神サマ言ってたから。


「ありがとうございました。あ、料金は依頼料も込みで、祭りが終わった後で全額まとめて支払います」


「ツケね。構わなくてよ。お陰で大分儲けさせて貰ったもの」


 半額とはいえ、これだけ盛況ならそりゃウハウハだろう。回転率も高そうだ。


「さ、終わったらとっとと出て行きな。後がつかえてるんだから」


「へいへい」


 言われるまでもなく、もうここに用はない。ただ、この粗雑な物言いの占い師は今後トラブル起こしそうな予感がする。やっぱり警備を一人置いておく方が良いだろうな。


 女性客が多いから、警備員も女性が良いだろう。サクアあたりに任せておくか。ソーサラーの仲間が多くても彼女なら私語厳禁で真面目にやってくれそうだし。何より方向音痴の彼女には巡回より立哨の方が向いているだろう。


「んー。みんな微妙な結果だったねー」


 イリスが苦笑しながら、最初にテントを出て行く。


 そう言えば、俺達の前のソーサラーも泣いてたな。占いでそんな良くない結果ばっかりを言うなんてあり得るのか……? リアリティ路線を追及してんのか。でも客が寄りつかなくなるんじゃ本末転倒だよな。


「……っと」


「あら、ごめんなさい」


 ちょうどテントの出入り口でティシエラと肩同士がぶつかってしまった。向こうも考え事をしていたらしい。さっきの結果に思うところがあったんだろうか。


「いや、こっちこそ……」


 謝ろうとティシエラの方に目を向けるその寸前。


 一瞬の違和感を抱き、再び正面を向く。


「……え?」


 いない。


 さっきまでテントの前に並んでいた筈の客が全員、いなくなっている。


 いや――――それだけじゃない。


 イリスもだ。


 先に出ていった筈のイリスの姿さえも見当たらない。


 それに……音も聞こえない。祭りの最中だから、街中は常に賑わっている筈なのに。まるで周囲に誰もいないかのような……


 ティシエラは――――


「何なの、これ」


 ……いた。俺の隣で絶句している。


 でもティシエラ以外の人間は誰一人見当たらない。テントの行列だけじゃなく通行人も、そしてイリスも……忽然と消えてしまった。


「!」 


 慌ててテントの方に引き返す。でも、さっきまでいた筈の占い師――――ラフレシアの姿もない。



 交易祭、二日目。


 訳もわからず、ティシエラと二人きりになった。





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