第298話 バランス取らなきゃなぁ!

 今日もアインシュレイル城下町は『抜けるような青空の下、交易祭が開催されている』の……抜けるような青空の下ってよォ~~~~


『青空の下』ってのはわかる……スゲーよくわかる。空は青いしその下に俺達はおるからな……


 だが『抜けるような』って部分はどういう事だああ~~~~っ!? 辞書で引いたら『抜ける』の項に『隔てがなくなり、どこまでも続いている』って書いてあるっつーのよーーーーッ! ナメやがってこの言葉ァ超イラつくぜぇ~~~~ッ!!


 だったら宇宙空間まで続いているような空って事じゃねーか! 青空じゃなくて夜空の方が宇宙空間に近いってんだ! チクショーーッ!


 どういう事だ! どういう事だよッ! クソッ! 抜けるようなってどういう事だッ! 一歩間違えれば前代未聞の下ネタじゃねーか! ナメやがってクソッ! クソッ!


 まあ、それは兎も角。


「貴女に仕事の事を相談すると、親身になり過ぎて自分の事を疎かにするでしょう? 貴女の性格はお見通しよ」


「むー……そうかもしれないけどー……」


 俺が心の中でブチ切れている間に、無事ティシエラが鎮火したらしい。イリスの事はティシエラが一番わかってるからな。余計な口を挟まなくて正解だった。


 さて、これからどうしよう。


 交易祭の間はメキトと会話が出来ない、そして恐らくさっき自首しに言った冒険者も同様……となると、進化の種に関する調査は祭りの後って事になりそうだ。


 まあ、こっちは警備の仕事で手一杯だから、それは別に良い。そもそも五大ギルド会議に持っていく案件だからな。そうなると、まーたあの会議に出席しなきゃいけないのか……


「ねえ、ティシエラ。マスターに似合う服ってどれだと思う?」


 そんなネガティブな事を考えていた俺を更なる試練が襲う!


 俺に似合う服? それってつまり、ティシエラが俺をどんな目で見ているかが丸わかりじゃないか。


 一般論として、自分の着る服を選ぶのと他人の服を選ぶのとでは基準が全然違う。自分の場合は好みに加え、その時の気分が大きく左右するから主観の占める割合が高い。それに対し、他人の服は『その服を選んだら相手がどう思うか』、更に言えば『相手にどう思われたいか』が結構な割合を占める。プレゼントする訳じゃなくても、実質プレゼントを選ぶのと同じ心理状態だ。


 具体的には、相手を喜ばせたいと思えば相手の好みを重視する。自分の感性を知って貰いたいなら自分の好みを前面に出す。相手を大事に思っている場合は『周りからどんな目で見られるか』を重要なポイントにする。逆にどうでも良い相手なら、流行とか予算など無難な理由で決める。


 ただし嫌な事はハッキリ嫌と言うティシエラの性格を考えると、面倒臭そうに『どれでも良い』と突っぱねる可能性もなきにしも非ず。それはそれで微妙にショックだ。照れ隠しでも何でもなく、単純に俺の服装に関心がないって事だからな……


「そうね。この中なら――――」


 おお、杞憂だったか。少なくとも選ぼうとする意志はあるらしい。これでちょっとは救われた。


 ティシエラの事だから、多分一切フザけず真面目に選んでくれるだろう。つまり、ティシエラが俺をどう思っているか、どう扱っているのかが可視化される訳だ。


 なんか緊張してきたな。一体どんな……


「これなんてどう? ギルドマスターとしての華を出すには丁度良いと思うけど」


 まさかのドラゴン刺繍スタイル


 えぇぇ……背中一面ドラゴンなんですけど……これアレだろ? スカジャンとか言う奴だろ? いやまあ光沢もジッパーも横須賀もないし厳密には違うんだろうけど、ドラゴンの刺繍してる時点で実質スカジャンだろもう。


 俺、あんなのが似合うと思われてるの? それとも本気でアレがギルマスとしての威厳を醸し出す服だと思ってる? だとしたらティシエラ、思っていた以上にセンスが壊滅的なのでは……


「う……うーん。これはホラ、強さを誇示したい人向けって感じだから、ちょっとどうかなー」


「言われてみればそうね。別のを探してみるわ」


 幸いイリスが軌道修正してくれたお陰で、再考の運びとなった。今度はまともなの頼むよ?


「やっぱりギルドマスターである以上、威厳は必要よね。余り軽薄にならないよう、重厚感のある服装が良さそうね」


 お、意見が一致した。これなら俺の好みに合致した服を選んで――――


「この黒い革製の上下なんてどうかしら」


 革ジャンじゃねーか!


 うーわ……さっきのとは違って光沢がエグい。しかも革パンの方は無意味な鎖がジャラジャラしてるし……なんで異世界なのに革ジャン革パンのデザインはほぼ一緒なんだよ! もっとファンタジックな仕上げにして!


「それと、防寒用にグローブなんてどうかしら。これなら指先を使う作業もし易いし」


 指なし手袋フィンガーレスグローブ……


「でもこの格好だと威厳が足りないわね。禍々しさを出す為に、これを追加しましょう」


 髑髏の指輪スカルリング……


 ちょっと待って。これマジでティシエラの感性で選んでるよな? ゴスロリの男版ってB系なの!?


「ほら、マスターが困惑してるでしょ? 真面目に選んであげて」


「……そうね。戯れはこの辺にしておいて」


 いや嘘だろ絶対本気で選んでただろ。一瞬悲しそうな顔したの見逃さなかったぞ。


「若草色のシャツに合わせるなら、上着は青みがかったグレーで良いと思うわ。これなんてどう?」


 お……今度は悪くない。ジャケットタイプの上着だけど、ちょっとタイトでフォーマルっぽいから上品に見える。下がタイトなのはあんま好みじゃないけど、上は全然アリ。


「良いんじゃない? これなら下は黒系統が映えそう。腰にブラウン系のバッグ下げたら良い感じかも」


 俺が対象だとイリスとティシエラのセンスはケンカしないらしく、和気藹々とチョイスが進んでいる。俺個人としても、特に文句はないコーディネートになってきた。


 ま、買わないんだけどね!


 当方、明日には借金を完済しなきゃならない身。服を新調する余裕なんてありません。いわゆるウィンドウショッピングってやつだ。


「なあ、二人ともその辺で――――」


 買いもしないのに長々と売り場に居座るのは迷惑だと思って、二人に切り上げるよう声を掛けようとしたが、背後から突然肩を掴まれ、言おうとした言葉を生唾と一緒に呑み込んでしまった。


 一体誰が……あ、店員の皆様。全員揃って首を横に振ってる。止めるなってか。


 成程。あの二人が楽しそうにしているだけで、周りに人が増えている。サクラじゃないけど、それと同じ効果が出てる訳か。これなら例え購入しなくても店に迷惑どころか貢献している事になるな。


 でも警備の仕事があるから、問題の起こっていない場所に長居は出来ない。涙目で拒絶の意志を示しブンブン首を振る店員を振り切って、露店から離れる事にした。


「……」


 暫く歩いた後も、ティシエラは後ろの店をじっと眺め続けている。本当はゆっくり買い物したかったんだろうか。だとしたら悪い事しちゃったな。


「ね、マスター。警備のお仕事はわかるけど、せっかく自分でプロデュースしたお祭りなんだから、少しくらい楽しんでも良いんじゃない? 休憩時間とか使って」


 警邏に戻っても、イリスとティシエラは俺に付いて来る。まあ、この二人なら邪魔にはならないし、別に良いんだけど。


「生憎そんな気分じゃないかな。しっかり仕事して報酬を満額貰って、借金返す事しか今は考えられない」


「そっかー。マスターとお祭り回りたかったのに。ね、ティシエラ」


「私に振らないでよ。私には関係ないのに」


 うう、随分素っ気ない。やっぱ機嫌悪いのか。


 俺としては、綺麗な女性を二人連れて歩いているこの状況は当然、悪い気分じゃない。でも浮かれた気持ちにもなれない。寧ろ緊張する。幾らそれなりに親しい間柄でも、この二人が並ぶと華やかさが尋常じゃない。その中に自分がいるってだけで、場違い感を否定できない。


「マスター。さっき吟遊詩人の話してたけど、他にも何か交易祭の為に仕込みってやってる?」


「ん? そうだな……占いの館ってのを準備して貰ったけど」


 恋愛のムードをより一層高める為に、恋愛に関する占いをしている有識者を募って、交易祭の期間中に恋占いをやって貰う事にした。


 元いた世界でもそうだったけど、この世界でも女性は占いが好きな様子。特に恋占いの人気は高いそうで、このアインシュレイル城下町にも占い師は結構いる。要は儲かるからだ。


 とはいえ、全ての占い師が腕利きって訳じゃない。ちゃんと占術を勉強して、占星術をはじめとした様々な分野に精通している専門家もいれば、ほぼ詐欺師って奴等もいる。当然、後者になんて任せる訳にはいかない。


 そこで事前に調査を行って、当たるかどうかの信頼性は兎も角しっかりとした占いが出来る人達を選別し、今回の交易祭に向けた恋占い事業【わたしの恋はドッチイク?】に参加して貰えないか交渉した結果、『恋占クィーン』の異名を持つラフレシア大先生が引き受けて下さった。


「え! 凄い凄い! 私も占って貰いたい! 今から行ってみない?」


 急にテンション上がったな。イリスも占いは好きなのか。やっぱり女子だなあ。イメージ通りだ。


「嫌よ。占いなんて下らない。私はそんなものに頼った事はないし、これからも頼るつもりはないの。行きたいなら二人で行って」


 それに引き替えティシエラは……こっちもなんてイメージ通りなんだ。予想通りのリアクションだ。


「まあ、どの道これから巡回するコースにあるんだけどな」


「なら丁度良いね! 行こ行こ! ティシエラもきっと気に入るって! いつも占い師みたいな格好してるんだし!」


「え……」


 雑に自分の格好をディスられたティシエラは、若干傷付いた様子で歩きながら項垂れていた。服装の事言われるのダメなんだな……妙な弱点を発見してしまった。


 まあ、先に占いディスったのはティシエラだから仕方ない。イリスも地味に怒ってたんだろう。ちょっとだけ顔の血管浮き出てたし。


 結局、気落ちしたティシエラに反抗する気力はなく、三人揃って移動。次第に、大通りに構えられている紫色の宮殿型テントが見えて来た。あれが占いの館だ。


「あ、行列が出来てる。みんな好きだねー」


「はぁ……城下町の未来が心配ね。あんな大した根拠もない、愚にもつかない話を信じる人間がこんな大勢いるなんて」


「城下町の未来を憂うより、自分のギルドを心配した方が良いんじゃねーの」


「どういう意味?」


「どういうも何も……」


 行列を指差す。


 そこに並んでいる面々の大半は、ソーサラーギルドの女性陣だった。


「……」


 あ、絶句してる。よっぽどショックだったのかティシエラ。


「えーと……ホラ! 今日はお祭りだから! みんな特別な事をやってみたいんじゃないかな? ね、マスターもそう思うよね?」


「多分」


「マスター! もっとちゃんとして!」


 そう言われましても、俺自身が占い全然興味ないから下手にフォローしようとしても感情がこもらないんですよ。


 でもここで淡白な態度に終始しても、イリスに頼りないと思われるだけで俺にはデメリットしかない。多少無理してでもティシエラを安心させる一言を捻り出すしかない。


「ティシエラ。もし『占いに頼るなんて情けない奴』とか考えてるなら、改めた方が良いと思う。人間誰しも何らかの形で支えられているものだし、占い師の一言で気分が晴れるならコスパもタイパも良い。自分が占いに興味ないからって、占い好きを否定するのは奢りなんじゃないか?」


「マスターマスター、それはちゃんとし過ぎ」


 う……確かに説教臭かったかも。でもこの場合仕方ないって。料理だって臭み抜く過程には時間が必要なのに、こんな一瞬でそこまで配慮するのは無理だよ。別にコミュ力高くもないんだから……


「そうね。トモ、貴方の言う通りよ」


 あ、この感じのティシエラ知ってる。やさぐれモードだ。


「あの子達のはしゃぎようから察するに、みんな心から占いが好きなんでしょうね。それなのに私は日頃から全否定して、あの子達の気持ちを抑圧していたんだわ。ギルドを第一に考えるなんて言っておいて、実際にやっている事は圧政……なんて滑稽……」


 あーダメだ。真面目過ぎるのがまーた悪い方向に出ちゃった。ギルドに迷惑かけたって自覚しちゃうとダメなんだよな。意外と弱点多いなティシエラ。


「そ、そんな事ないよ? 確かに占いが好きな子も多いけど、別にティシエラに気を遣って我慢してた訳じゃなくて……やっぱり占いにばっかり頼るのは良くないねってみんなで話し合ったりして、えっと……」


 救いを求める目でイリスがこっちを見ている。いや、そんな目で見られても……だって、どう考えても気を遣われまくってるだろ? 占いの事で話し合ってる時点で。『占いの話題をギルドでするとティシエラが機嫌悪くなるから対策しとこう』って事だもの。


「……」


 案の定、ティシエラもそれを察して絶望顔になっていた。コレットが得意なやつだ。最近見ないけど。


 ギルマスとしての振る舞いが難しいのは、一応俺も実感はしている。出来るだけ偉そうな態度を取らないように心掛けてはいるけど、その所為で卑屈になり過ぎたり、媚び売ってるように見えたりしているかもしれない。


 バランス取らなきゃなぁ!


 でも難しいんだよそれが。マジ迷う。


 つーかイリス、そんな怯えた子鹿みたいな目でこっち見るのやめて。関係ないのに罪悪感が湧いてくるから。


 ……しゃーない。


「まあその、なんだ。食わず嫌いかもしれないし、一度試してみるのも良いんじゃないか? 占い」


「……私にあそこへ並べと言うの?」


「ティシエラが並べば、あそこにいるソーサラー達も喜ぶだろ。『ティシエラ様も占いに興味があったんだ! 私達と一緒だ!』っつってさ。それくらいのサービス、してあげても良いんじゃねーの? たまには。お祭りなんだし」


「……」


 要は後悔して落ち込むより今やれる事をしろという提案。出来る限り説教臭さは抜いたつもりだけど……どうだろう。


「わかったわ。お祭り云々は兎も角、それであの子達が喜ぶのなら」


 幸い、ティシエラは納得してテントへと向かっていった。おーおー、ソーサラーの皆さん大パニック。人気アイドルがコンサートの物販コーナーにひょいと顔出したみたいな状況になってる。


「……すご」


「な。エグいくらい人気あるな、ティシエラ」


「ううん。そうじゃなくて」


 ちゃんと一列に並ぶようソーサラー達を窘めるティシエラを遠巻きに眺めながら、イリスは何とも言えない表情を浮かべていた。


「マスターってもう、私よりティシエラの扱いが上手なんだね」


「そんな事ないと思うけど……」


 一応ティシエラの傾向というか、こういう言い方をされたらこんな反応をする、みたいなのは大分わかってきてはいる。でもまだまだ手探り段階だ。


「なんか、ちょっと羨ましいな」


「……どういう意味?」


「さあ。どうでしょう」


 惚けた物言いで、イリスも行列へ加わりに向かった。




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