第297話 小悪魔多発警報発令

 初めて出会った時から、イリスには明るいって印象を常に持っていた。彼女がいるとギルドも華やいだし、本人の人当たりの良さもあって、とにかく空気が和らいだ。


 でも、決して明るいだけの女性じゃない事を、俺はもう知っている。


「意外とそういうウジウジしたトコあるよな。イリスって」


「だーって……私には確かなものがないから」


 確かなもの。それは恐らく人格形成の基盤となったもの……幼少期の記憶を指しているんだろう。


 ある意味、イリスは俺と似ている。俺には生前の記憶こそあるけど、この身体の人物が20年生きて来た人生については何も知らない。確かなものがないと言うのなら、俺こそまさにそうだ。


「ティシエラはさ、強いんだ。最近少し元気がなかったけど、やっぱり自力で乗り越えちゃって。私がいなくても全然大丈夫だったみたいだしね……」


「へー」


「なんでそんな気の抜けた返事するのー! もっとちゃんと聞いてよ!」


 そう言われましても。俺、基本的に子供の頃から一人でいる事が普通だったから『誰かに必要とされたい』みたいなのってピンと来ないんだよね。


「マスターならわかってくれると思ったんだけどなー。この気持ち」


「俺、そんなウジウジしてるように見えるのか」


「そういう事じゃなくて。ホラ、マスターってその、戦闘能力はなんて言うか、慎ましやかなレベルって言うか」


 オブラートに包むのならちゃんと包んで! 小さいお子さんと猫のいる家庭の障子紙くらいボロボロじゃん!


「まあ、コンプレックスはそれなりにあるから、全く共感できないって訳じゃないけどさ……別にティシエラより弱い事は恥でもなんでもないし」


「自分が支えてやらなきゃ、みたいなのはないの?」


「ない」


 俺の中で、ティシエラは明確に格上の存在。それなりに親しくしてきたから『雲の上の……』とかは思わないけど、自分と同列で語れるような相手じゃない。


「えー即答……? 支えてあげてよ。ティシエラが弱い所見せられる男の人って、マスターくらいなんだけどなー」


「えっ何それ! ガチの情報?」


「あはは。言ってみただけ」


 ンだよそりゃ! 一瞬本気にしちゃったじゃねーか! この小悪魔! 俺の周り小悪魔多い! 小悪魔多発警報発令!


「でも半分は本当だよ? ティシエラにとって、マスターは『ちょっと違う人』だと思うんだ。特別とまで言えるかはわからないけど」


「何が違うの」


「んー……例えばだけど、服装とか」


 今まさにダメだし食らったばっかなんですけど。ゴスロリと地味シャツは色合いこそ似てるけど全然違うよね。


「えっとね。服装ってさ、自分をどう見せたいかっていうのが出るんだよね。アクセサリーもそうなんだけど。やっぱり注目を浴びたい人ほど派手な色や高価な物を身に付けたがるから」


 それは当然だろう。自分に自信がなけりゃ金のネックレスとかダイヤの指輪なんて身に付けられない。


「で、その背景には自分を実物より大きくみせたい、っていうのがあると思うんだ。さっきの冒険者もそうだけど」


「まあ、奴等に限らず基本派手だよな。冒険者の格好って。鎧とか無駄に意匠凝ってるし」


「うん。でもマスターは自分を大きく見せたいって欲が全然ないんだなーって、前からずっと思ってて。そういうトコが、ティシエラと似てるのかなって」


 えー? あいつ結構自分をデカく見せたがってると思うけどな。主に五大ギルド会議で。


 でも……言われてみるとそうだな。自分ってよりはソーサラーギルドを大きく見せたがってるのか。逆に言えば、ギルドファーストで自分そのものにはスポットを当てていない。


 街中で起こったトラブルを解決する時も、ギルド単位で動く時は派手に、個人で動く時は極力騒ぎが大きくならないようにしている。精神に作用する魔法を覚えているのも、その点で融通が利くからかもしれない。


「でも、似てるからって特別視まではしないんじゃないか?」


「例えそうでも、ティシエラにとっては接しやすい相手なんじゃないかなーって。これは私の見解だけど」


 本人の意見じゃないから、鵜呑みには出来ない。でも、誰よりティシエラと一緒にいる時間が長いイリスの見解なら、信憑性はある。


「……ちょっと待て。だったら何で俺の服装を違う方向に持っていこうとしてるんだ? 自分を大きく見せない方がティシエラに受けるんじゃないのかよ」


「そこはホラ。ティシエラと私は好み違うし」


「答えになってなくない!?」


 また弄ばれた……イリスといると大体こんな感じになる。まあ、シキさんといても大体こんな感じだけど。俺、弄ばれ上手なんだよな。そんな自分、嫌いじゃないよ。


「まー好みは抜きにしても、マスターはもっと派手な服装が似合うと思うけどねー。こういうのどう?」


「金と黒と赤のサーコートなんて着こなせる訳ないって……」


 こういうのはファッキウみたいな超絶美形じゃないと無理だろ。自分に酔ってるくらいが丁度良い。俺とは真逆に位置するファッションだ。


「えー、そんな事言わないで一回来てみて。一回だけで良いから!」


「いや無理だってマジで」


「良いじゃん良いじゃん。減るものじゃないんだし」


 祭りの雰囲気にアテられてるのか、イリスが普段より子供っぽい。それは良いけど、このコートは勘弁――――


「……」


 あ。


 なんかこっち見てる人がいる。スゲー見てる。物凄い見てるな。勿論店員なんかじゃない。知った顔だ。っていうか、さっきまで話題の中心だった方ですね、これは。


「随分仲が良いのね。日中からイチャイチャと」


「ティシエラ!? なんで!? 今日はギルドにいるんじゃ……!」


 イリスが狼狽えている。かなり珍しい。


「別に交易祭の最中、服を見に来るくらい構わないでしょう? それとも何? 私はお祭りを楽しんだらいけないの? 貴女はそれはもう心から楽しんでいそうなのに?」


「そ、そうじゃないけど……」


 なんだこれ。これじゃまるで俺が間男みたいじゃん。何このややこしい構図。俺もしかして今、鉱山事件のヨナの立ち位置? 別に奴等の気持ちとか知りたかった訳じゃないんだけどな。


 何にしても、このプチ修羅場に巻き込まれるのは勘弁願いたい。ここは早々に退散しよう。


「じゃ、俺は警備の仕事があるから」


「ちょっマスター! 何無関係装ってるの!?」


「いや、実際当事者じゃないし……ティシエラの怒りの矛先は俺じゃなくてイリスなんだろ?」


「いいえ。貴方よ」


 はい……? なんで?


「祭りにかこつけて私の身内を口説こうなんて、良い度胸してるわね。呆れて物が言えないわ」


「違う違う違う! そもそもイリスは今ソーサラーギルド所属じゃないんじゃ……」


「いいの、そんな屁理屈はどうだって。今私が話しているのは、貴方がお祭りの警備を疎かにして私の友人とヘラヘラ遊んでいる事実の指摘。真面目に働いて借金を返すんじゃなかったの? 一体何を考えているの?」


 怒髪天を衝く形相……! まさかのマジ切れですかーッ!?


 えぇぇ……せっかく今日は説教できて良い一日だと思ってたのに、一瞬でされる側に回されるとは。こんなのってないよ。


「あのねえっ、警備の仕事はちゃんとしてるんだって。さっきだって暴走した冒険者を――――」


「言い訳ばっかり。もううんざりだわ」


「なっ…なにを…聞いたのはティシエラだろ?」


「イリスと遊べて楽しかったんでしょう? だったら私からどう思われたって良いじゃない」


 えっ、ちょっと待ってちょっと待って。何これ。


 まさか。


 ……ヤキモチ?


 てっきり『私の友達を誑かさないで』みたいなパターンかと思いきや、ちょっと違う。これはちょっと違うぞ! なんか胸の奥がザワザワしてきた!


「マスター……怒られてるのになんでそんなソワソワしてるの」

 

 確かにイリスの言う通りなんだけど、今は反省してる場合じゃねぇ! だってもし本当にヤキモチだったら、それってつまり、ティシエラは俺に対して――――嫉妬してるって事じゃん!


 おいおいマジかよ。俺の人生で嫉妬されるなんて事が起こり得るのか? これ夢じゃないよな。なんて事だ、信じられない。奇跡だ。


 俺はこの日を生涯忘れる事はないだろう……


「はぁ……何言っても上の空みたいね。もう良いわ」


「あっすみません! 調子に乗ってました! 身の程知らずで大変申し訳ありません!」


 幾ら嫉妬されたとしても、ここで愛想尽かされたら何の意味もない。でも正直、気の利いた言い訳も思い付かない。トラブルを無事解決できた安堵感から、一息入れていたのは事実。どうすればティシエラの怒りが鎮まるのか――――


「ごめんね、ティシエラ」


 ムスッとした顔で腕組みするティシエラに、イリスが眉尻を下げて微笑みかける。泣き笑いって顔だ。


「実はついさっき、このすぐ近くで事件が起こってさ。冒険者の人が錯乱してて。それは解決したんだけど、このお店が被害受けてないか心配で、マスターについて来て貰ったんだ。ホラ、ここで私のアクセ売って貰ってるから」


「え? そうな――――」


 あ痛った! イリスから脇腹に肘食らった……余計な事しゃべんなってか。


 そう言えば、広場の方に自分が作ったアクセサリーを売ってる店がある、っつってたな。ここがそうだったのか。なら先に言っといてくれよ……


「そうだったの。そんな事情があったのなら、さっきの話は全面的に撤回するわ。トモ、ごめんなさい」


「え? あ、うん」


 なんだこの切り替えの早さは。余りにも聞き分け良過ぎないか? ティシエラなら謝罪はしつつも『その浮かれきった顔を見ていたら誤解するのも無理ないでしょう?』くらい言ってきそうなのに。


 まさか、こいつ……

 

「どうしたの? 私の言動について、何か気になる所があった?」


 うわーーーーーーーっやられた!!!!


 嘘だ嘘だ嘘だ! ティシエラが、こいつが嫉妬してたなんて、そんなの嘘だ!! 嘘だったんだ!!


 裏切ったな! 俺の気持ちを裏切ったな! 怪盗メアロと同じに裏切ったんだ!


 ……裏切られてはいないか。


 弄んだな! 俺の気持ちを弄んだな! イリスやシキさんと同じに弄んだんだ!


「早く言いなさいよ。何か引っかかる事があったから、そんな羞恥にまみれた顔をしているんでしょう?」


「あーもーうるせー! 何もない何もない!」


 楽しそうにニヤニヤしやがって……でも確かに、今にして思えばティシエラにしては直接的過ぎるというか、妙にわかりやす過ぎる反応だったんだよな……


 これも恋愛脳になってしまってる弊害なんだろうか。こんな手に引っかかるなんて……チクショウ。


「もう、素直じゃないなあ……」


 呆れ顔のイリスが何か呟いたみたいだけど、声が小さ過ぎて殆ど聞こえなかった。どうせ俺に呆れてるんだろうけど。


「戯れはこれくらいにしておくとして。冒険者が暴れて怪我人が出たって情報は、私の所にも来ていたわ。二人が解決してくれたのね」


 ああ、だからここに来てたのか。偶然って訳じゃなかったんだな。


「昨日、コレットから晒し者にされた冒険者が暴れていたって話だけど」


「ああ。でも、それだけが理由じゃなさそうなんだ」


「……?」


 進化の種の件、ティシエラに隠す理由は何もない。あくまで推察に過ぎないと念を押しつつ、これまでの過程やメキトとの類似点を踏まえて一通り話す事にした。

  

 尚、その間イリスが作ったアクセサリーが三つほど売れていた。副業大成功じゃん。


「――――って訳なんだけど、ティシエラはどう思う?」


「そうね……鉱山の事件で的外れな推理をした手前、余り強くは言えないけど……」


 あ、ティシエラも気にしてたんだ。『この件、間違いなくコレットあの子を貶める為の計画的犯行よ』って断言してたもんな。実際には痴情の縺れだったのに。俺も人の事は言えないけど、これは恥ずかしい。


「何?」


「あ、何でもないです。続けて」


「冒険者の暴走と進化の種、関連は確実にあると思うわ」


 だよな。これで何もなかったら意味わかんねーってレベルだもん。


「自分のレベルにコンプレックスを抱えている冒険者を唆して、進化の種を摂取させている黒幕がいる。そう考えるべきでしょうね」


「でも、目的はなんだ? 進化の種の副作用を確認したいとか?」


「それも当然あり得るけど、冒険者ギルドの評判を下げる為、とも考えられるわね。これだけ事件が重なれば嫌でもギルド単位の責任が問われるもの」


 ……もしそうなら、打撃を受けるのは冒険者全員。


 特に――――コレット。


 外れていたと思われたティシエラと俺の推理が、ここに来て敗者復活の様相を呈してきた訳か。


「二度も同じ推理で外したら、余りにも恥ずかしい事になるけど……可能性がある以上は頭に入れておく必要があるわ」


「だな。黒幕が反コレット派の中にいるかもしれない。メキトに話を聞いてみようと思うんだけど、奴は今拘置所にいるんだよな?」


「ええ。でも交易祭の間は面会が禁止されているわよ。警備の関係で」


 そうか……でもそれが賢明だ。街中に人が溢れかえっている状態で、万が一脱走なんてされたらシャレにならない。そのリスクは極力排除すべきだろう。


「……」


「イリス、どうしたの? ムスッとして」


「別にー。なんか私が入り込む余地がないなーって思っただけ。ティシエラ、こういう事私に全然相談してくれないしー」


「そんな事……」


 ない、とは言わず、ティシエラは少し困った顔をしていた。


 ティシエラに関しては、小悪魔ムーブしてる時よりもこっちの方が可愛いと思うけど、口に出したらまた睨まれそうだから沈黙を守るしかない。


「何ボーッとしてるの? 貴方も早くフォローして」


 結局睨まれた。そして結局、その顔が一番可愛く思えた。



 


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