第296話 またつまらぬ性癖を見つけてしまった
俺の名は藤井友也。名前に『友』と入っているのが皮肉なくらい小さい頃から友達は少なかったし、特に何の才能もなくちやほやもされなかった。
でも、今は異世界で仲間に囲まれギルドマスターやマスターやギマなんて呼ばれてる。
30歳過ぎてどうやら始まってしまった俺だけど、終盤の街では最弱の部類に入る戦闘力しかなく、正々堂々と真正面から戦えば大抵の相手には負ける。それでも地道にこの街にしがみついて、ようやく掴んだ警備のお仕事。何が何でも街の平和を守りたい。
その為なら藁にも縋る。
分かってるよ。俺が結構なクソザコだって分かってる。
基礎も出来てない戦闘技術。既に四回ほど武器を変えて、武器屋の殆どが呆れ返り、戦士失格の烙印を押している。
でもまだ手遅れじゃない。
このバトルは交易祭最初の見せ場。アインシュレイル城下町ギルドのギルドマスターと、暴徒と化した冒険者の対決。愛を忘れた住民が俺の健気に守ろうとする姿に感動を思い出し、何度も感謝を告げ涙を流すシーンが目に浮かぶ。
こいつでイリスと呼吸を合わせて上手く戦い、最高の警備が出来れば……きっとまだ……
「うひゃあああああああああああああああ! もうみんな死ねええええええええええええ!」
……。
「俺はああああああ! 子供の頃から無敵でえええええ! 最強だったんだああああああ!」
呼吸を合わせて……
「なんでだよおおおおおお! なんで俺がこんなポジションなんだよおおおおおお! なんだよこの街はああああああ! なんで俺より強ぇ奴がゴロゴロいるんだよおおおおおおお! もおおおおおおおお!」
無理だよこんなの!! まともに相手できない!
「マスター避けて!」
イリスの叫び声を聞くまでもなく、こん棒での迎撃をキャンセルして逃げまくる。幸い、錯乱状態につき予備動作がクソでかい上フェイントも一切ないから、相手の動きが多少速くても躱すのは難しくない。
にしても、なんだこの取り乱しようは……? 昨日コレットにあしらわれた屈辱でおかしくなったにしても、発狂するタイミングがおかしい。昨晩酒場でこうなったのなら話はわかるけど……
「なんだよ……なんでこんなザコもすぐ倒せねぇんだよ……おかしいだろ……俺はもっと……無敵で……最強で……」
ハイテンションで襲って来たと思ったら、いきなり鬱状態になった。情緒がバーサーカーより酷い。クスリでもキメてんのか。
――――クスリ?
ふと思い出す。そう言えば、今と似たような状況をつい最近体験したばかりだと。
あの鉱山での事件だ。
犯人だったメキトも、この冒険者と同じように仲間を刺した。そして自分の能力にコンプレックスを抱いていた。
そして、同じく冒険者……
まさか。
「お前……進化の種を使ったんじゃないだろうな」
「!」
おいおい、目の色変わったぞ。マジかよ。
「誰に聞いた……おいッ!!!! 誰に聞いたッ!!!!」
「ンな事はどうでも良いんだよ。お前こそ、誰に進化の種の使い方を聞いた。言え」
「うるせぇ!!! 殺してやる……俺は俺は強ぇんだよ!! ガキの頃から無敵だったんだよ!! 大して努力しなくても誰にも負けなかった!! 天才だったんだ!! なのにこの街に来てから……こんなの俺じゃない!! 本当の俺はこんなもんじゃないんだ!!」
さっきから同じ内容の事ばかり叫んでいる。語彙がどうこう以前に、まともな精神状態じゃない。
進化の種の副作用なのか……?
「マスター。私が魔法で……」
「いや待って。攻撃魔法はマズい。騒ぎが大きくなる」
祭りの中で突然生じた殺傷事件。それだけでも十分水を差してるのに、派手な魔法を使おうものなら陽気な雰囲気が一気に吹き飛んでしまう。
ティシエラがいればプライマルノヴァで一発だったんだけど、無い袖は振れない。出来るだけ穏便に解決する方法を模索しないと。
幸い、俺が進化の種の話を持ち出した事で錯乱中の冒険者は狼狽し、攻撃どころじゃなくなっている。今が絶好のチャンスだ。
ペトロを召喚して肉弾戦で鎮圧させるか。カーバンクルを呼んで宝石の投擲で仕留めるか。ポイポイにタックルして貰うか。
……どれも穏便って訳にはいかないな。
だったら、賭けてみるか。
「出でよフワワ! 俺のアバターを生成してくれ!」
「ふわわ……が、がんばる〃o〃です!」
明らかに異質な空気を察して怯えつつも、フワワは出現してすぐに俺の分身体を作り始めた。
とはいえ――――
「失敗◞‸◟です」
やっぱり出来不出来にはメンタル面が作用するのか、出来上がったアバターは俺の形に似た別の何かだった。具体的には全体的に貧相な身体付きで、頬なんてゲッソリし過ぎて干涸らびたミイラみたいになってる。
「いや成功だ。今回はこういうのを求めてた」
フワワの背中をポンポンと叩きつつ、アバターを引き寄せて冒険者と向き合う。突然現われた精霊と謎の俺もどきに、混乱が加速しているようだ。目が泳ぎまくっている。
説教だ。これは説教の大チャンス。俺の中に眠る説教への渇望を今こそ解放する時だ!
「おい、良いかよく聞け若造。人間誰しも理想の未来像ってのを持ってる。子供の頃は現実の厳しさとかわかんねーから、周りの世界が全てだ。だからお前が無敵だった事に間違いはない」
「う……うう……」
「でもそれはあくまで過去の話。本当のお前は、今ここにいるお前だ」
「嘘だ!! 俺は……俺はもっと……!」
「これを見ろ」
明らかに俺と同じ造形で、でも全方位にわたって貧相なアバターを見せつける。これでもかと。
「わかるな? 俺が何を言いたいのか。これが現実だ」
「現……実……?」
「俺もお前と同じ事を思っていたさ。本当の俺はもっと強くてカッコ良くて逞しいってな。でも周囲から見た俺の姿はこれなんだよ。って事は、大多数の人間が俺にこんなイメージを持ってる。だったら本人が何を言おうと、これが本当の俺なんだ」
「う……ああ……やめろ……やめてくれ……」
「お前も一緒だ。本当のお前は、自分が思っているよりもずっと貧相で、脆弱で、ショボい。受け入れろ。そうすれば楽になれる」
「楽……に…………あああ……ああ……」
冒険者が崩れていく。体勢も、プライドも。心が折れた彼に、再び錯乱するだけの力は残っていないだろう。
どうやら説得は上手くいったらしい。決め手は間違いなくこのアバターだ。この劣化版俺を実際に目の当たりにしたら説得力が違う。
まあ、仮にフワワのアバターが成功して俺にそっくりなのを生成していたとしても、それはそれで『見た目は同じでも、こいつには中身がない。今のお前そのものだ』みたいな感じで違うタイプの説教をかましてたんだけどね。
「……俺は……ずっと悪夢を見ていたのか」
おっ。今の自分を受け入れた事で正気を取り戻したか。メキトも不安定だったとはいえすぐ沈静化したし、仮に進化の種が原因だとしても強い副作用じゃなさそうだ。
「すまなかった。こいつを病院に連れて行ってくれ。俺は……自首する……」
「大丈夫。愛を取り戻した君には、運命の女神が微笑んでくれるさ」
心持ち演技っぽく俺がそう告げると、周囲から『え、まさかこれって劇?』『精霊みたいなのがいるし、そうじゃない?』といったヒソヒソ声が聞こえて来た。
「どうした! 何があった?」
――――その後、近くにいた商業ギルドの強面連中が押しかけて来たんで、事情を説明して二人を連れて行って貰った。並行してフワワも帰還。今回も良い仕事してくれてサンキュー。
トラブルが収まると、次第に張り詰めた空気も解け、交易祭本来の雰囲気が戻って来る。それを見届けて、思わず安堵の息が漏れた。
「ね、マスター。なんか周りの反応がちょっと変っていうか……みんな、さっきの事あんまり気にしてなくない?」
「ああ。イリスはまだ聞いてないのか」
「?」
「さっき俺が変な事言ってたろ? あれ、吟遊詩人に頼んで街中で詠って貰ってる詩の一節なんだ。だから野次馬の連中は『あ、これ何かの仕込みだ』って思った訳」
交易祭を恋愛一色にする為の仕掛けの一つ。吟遊詩人に恋愛がテーマの詩を出来るだけ沢山詠って貰い、町民の脳を徐々に恋愛モードへ移行させる。一種の洗脳……もとい、サブリミナル効果狙いだ。
その仕掛けを利用し、詩のフレーズを引用する事で、さっきの一連の事件も『交易祭のイベントの一環』と思わせる。そうすれば事件性が薄れ、祭りの雰囲気が損なわれる事がない――――咄嗟にこれを考えついた俺のクレバーな機転、どうよ? 凄くない?
「へー」
あれ!? 全然ピンと来てない!
俺、こういうのがカッコ良いって思うんだけどなあ……そうか、イリスには全く響かないのか……
「でも、戦わないで解決したのは良い判断だったと思うよ? 凄い凄い」
そんな無理して褒めなくても……本心で言う時には同じフレーズを繰り返さないんですよ。
「だけど、どうしちゃったんだろうね。あんなに取り乱して。さっき『進化の種』とか言ってたけど、それが原因だったの?」
「わからない。そういう反応っぽかったけど」
実際には間違いないって手応えだったけど、一応そう答えておく。イリスが信用できないんじゃなくて、不確定な事を余り断言したくないってだけだ。
結局誰に進化の種の事を教えて貰ったのかは聞けず終いだし、やっぱりメキトにもう少し話を聞いておいた方が良さそうだな。あいつ今、拘置所にいるんだっけ。面会できるかな……
「ふふ」
「……何?」
「あ、ゴメンね。最初に会った頃と比べて、マスターが頼りになる人になったなーって」
「え。俺、そんな頼りなさそうだった?」
「そこまでじゃないけど……前は本当フツーの人の佇まいって感じだったから。それが逆に新鮮だったんだけどね」
まあ、実際この街に似付かわしくない町民Aって感じだったのは否めない。当方、非戦闘民族チキュウ人だったんで。
でも、生まれ変わって以降は俺なりに幾つかの修羅場をくぐってきて、少しは場慣れしたのかもしれない。良くも悪くも、この街に染まったと言えるのかも。
「うーん」
「今度は何?」
「せっかくギルドマスターらしくなったんだし、それっぽい格好すれば良いのに。そうだ! 今から見に行ってみない?」
「いや、警備のお仕事の真っ最中なんだけど……」
「ならお店の治安も守らないと。ホラホラ」
何故かイリスと装備品を見に行く流れになった。
そんな訳で、やって来ました仕立屋さんの出店。
この街、というかこの世界では服を買う場合はオーダーメイドが基本で、出来合いの物は余り多くない。大量生産が難しいから当然っちゃ当然だ。古着屋はあるけど、衛生面に一抹の不安があるから利用した事はない。
でも今日はお祭りとあって、特別に既製品をメイン商品にした出展を行っている模様。出店といっても殆どフリーマーケット状態で、広場の一角を貸し切っているらしく、かなり広い売り場を確保している。
「いらっしゃいませ!」
「らっしゃっせー!」
「しゃっせー!」
「っさせー!」
「ぇえー」
露店の割に店員の数もかなり多い。世界は違ってもアパレル業の独特な圧ってのは変わらないらしい。こっちに気を遣って余り声を掛けないようにしてくれてるけど、常に様子を窺っている気配は感じる。それがプレッシャーなんだよな……
「メンズファッションのコーナーはこっち。まずは上着から見よっか」
「お任せします」
イリスに先導され、無の表情で付いていく。
そもそも、ギルドマスターがどんな服装をすべきかなんて俺が知る筈もない。男の現役ギルマスはバングッフさんとロハネルしか知らないけど、前者はマフィアだし後者は職人だから参考にならん。奴等に倣って前衛的な格好をすれば良いってもんじゃないのはわかるけど……
「やっぱり服装にも格ってあるからねー。マスターって地味な服が好きみたいだけど、それだとやっぱり違うかなーって思っててさー」
偉い立場だと派手な服を着なきゃダメなのか? まあ、この世界の常識というか文化がそうなら抗う理由もないけど。
でも、今着てる服ってそんなに地味かな……? 俺の中で地味っつーと無地の黒や杢グレーで、白すらまあまあ勇気が要る部類なんだが。この若草色の布であしらえたシャツなんて、相当派手なの選んだつもりだったんだけどな……
「上着は最低三色は使ってないと。このコートなんか良いんじゃない? 下は一色でも良いけど、出来ればタイトなのが良いと思うよ」
「えぇぇ……ピッチピチなのダサくね?」
「マスターは結構足細いし大丈夫大丈夫。これなんかどう?」
流石に試着室なんて気の利いたものはないから、宛がうだけ。なんだろう、イリスに服を宛がわれると妙に湧き上がってくるこの感情は。羞恥心なんだけど、何処か心地良い。またつまらぬ性癖を見つけてしまった。
「イリスってさ、ティシエラにもこんなふうに世話焼いてんの?」
「ううん。ここまではしないよ。自分の趣味を強要するのは良くないから」
俺には良いのか。今まさにイリス色に染められてる最中なんだけどな……
「それにティシエラ、私と服の趣味全然違うし」
「確かに全然違うな」
ああ見えてゴスロリが標準装備だからな。まあ似合うから良いんだけどさ。
「だから私と買い物してても、あんまり面白くないんだろーなーって。ルウェリアさんとかの方が話が合うんだろうなって思ったりなんかして」
少し寂しそうに、イリスが呟く。
その憂いの表情は、派手で美しい彼女の容姿とは似付かわしくなく、それが酷くアンバランスに見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます