第295話 来たよ。おじいちゃん
墓石は既に風化し始めているくらい古い。欠けている箇所もある。刻まれた文字に至っては、大半が読めない。先祖代々伝わる墓って事がわかる程度だ。
「ここにはお祖父さんの名前も?」
「ううん。おじいちゃんが亡くなった時、誰もそれを頼んでくれなかった」
そう言えば、商才がないって理由で身内から疎んじられていたんだっけ。にしたって酷い仕打ちだ。一族の恥さらしとでも言いたいのか。
あ、そう言えばシキさんがそんな事言われてたっつってたな。よし、機会があったら滅ぼそう。
それは置いといて――――
「だったら、建て替えちゃえば?」
「……え?」
ずっと墓石の前で佇んでいたシキさんが、驚いた顔を向けてくる。珍しい……とも言えなくなって来たかな、そろそろ。
「この石の状態じゃ、新しく名前を刻もうとしたら割れちゃいそうだしさ。ならいっそ、全とっかえしちゃおうよ」
「しちゃおう……って、そんな事できる訳ないじゃない」
「なんで?」
「……」
信じられない、って目だ。恐らくこの世界では、祖先が眠るお墓には極力手を加えないようにするって文化なんだろう。
でも俺は生憎、この世界で育った訳じゃない。文化は尊重するけど、文化に迎合はしない。
「どっちみち、このままだと100年ともたないだろうしさ。いずれ建て替える必要があるのなら、シキさんが建てた方がお祖父さんが喜ぶ。それで良いんじゃない?」
「そんな事……」
「ま、建て替えられるくらいお仕事頑張って下さい。って事で」
勿論、強制なんか出来る訳がない。あくまでも提案。それが俺とシキさんの関係性における限界だ。
差し出がましいのは承知の上。でも、名前も刻まれてないこんな古ぼけた石より、シキさんの想いがこもった新しい墓石の方が絶対に良い。それは間違いない。
「墓石って、結構高いんだけど」
「だろうね」
「私を何年働かせるつもり?」
「好きなだけ。俺が生きている間は絶対に存続させるから。俺より長生きすれば、俺の寿命分は働けるよ?」
「案外、すぐコロって逝っちゃいそう」
酷い。でも気の所為か、シキさんの口元が弛んだ気がした。
「ラルラリラの鏡、見せてあげなよ」
「……ん」
シキさんはゆっくりと、普段とは対照的なくらい緩慢な動作で箱から出し、鏡を開いた。
「来たよ。おじいちゃん。私20歳になった」
きっと、到着時は俺がいたから遠慮していたんだろう。シキさんは少し幼い、でも自然な声色で大好きな祖父に呼びかけていた。
「この鏡、お土産。なんか邪気を払ってくれるって。おじいちゃんをイジめてたバカな奴等の悪意とか、ムカつく……言葉……」
シキさんは、全部覚えているんだろう。お祖父さんが身内や街の人々に言われていた嫌味を。
「……全部、消し去ってあげるから」
それで何かが変わる訳じゃない。名誉も回復はしない。
だけど、シキさんが鏡を掲げると、確かに空気が一変したような気がした。
きっと陽光のおかげなんだろうけど――――
「ゆっくり、お休みしてね」
墓石の周囲も、語りかけるシキさんも、眩しいくらいキラキラ輝いて見えた。
こんな早い時間に……と最初は思っていたけど、良い墓参りになったんじゃないかな。
「あ、その前に」
「ん?」
「おじいちゃん。これ、私が今所属してるギルド作った奴」
おーい。これ呼ばわり酷くない?
「この鏡見つけたのも、私がまたここに来られるようになったのも、この男の仕業」
そこは『おかげ』で良くない……? 言葉のチョイスがいちいち雑!
「あと、なんか私にやたら優しくしてくる。狙われてるかも」
「狙ってねーよ! 紹介してくれるのは良いけど、そこは正式に訂正して!」
「狙ってないんだって」
マジで俺をイジる事に情熱を注いでるよな……ヤメと二人きりの時はヤメをイジってんのかな。一回聞いてみよ。
「あと、なんか死ぬまでギルド続けるって。同い年だし、私も寿命くらいまでそこにいるかもね」
「……え?」
「だから、ごめんね」
――――シキさんがどうしてお祖父さんに謝ったのか、俺にはわからなかった。
ただ、俺が思っていた以上にシキさんは、俺に感謝してくれているようだった。
中々素直には言ってくれないけど、別に言葉である必要はない。一日でも長くギルドにいてくれる気持ちがあるのなら、それに勝る厚意はない。
っていうか……さっきの言葉って、一蓮托生って事だよな。
それって、もしかして――――
「あんまり稼げそうにないから、墓石は安いので勘弁して」
「営業がんばるから! 故人をもっと安心させてあげて!」
交易祭、二日目の朝。
シキさんは今日も変わらずシキさんだった。
そんな特殊な夜明けを迎えたこの日、早速テンションの上がる出来事に遭遇した。
「今年の交易祭って結構良くない? なんか街が賑やかでさー」
「わかる。昨日舞台見に行ったんだけど、今までで一番良かったかも。所々で音楽も演奏してて……」
「知ってる! すっごいキュンキュンするんでしょ? 私も恋してー」
街の警備中、10代と思しき女子のそんな会話が聞こえて来て、思わず小さくガッツポーズ。鳥肌立ったわ……
まさに狙い通り。ここまで思惑がビシッとハマるとは。我ながらビックリだ。アイザックが街からいなくなって以降、ずっと良くない事が続いていたからな。揺り戻しが来たのかもしれない。
「あ、マスター! こっちこっち!」
賑わう街並みの中でも目立つ赤髪。イリスが遠くで大きく手を振っている。
ティシエラは……一緒じゃないのか。
「んー? 今ティシエラ探してた?」
「いや別に。それよりイリスが作ったアクセサリー、好評なんだって?」
「そーそー! 聞いて聞いて。知り合いの子に売り子して貰ってるんだけど、私が帰ってくる頃にはもう全部売り切れ! 凄くない!?」
いつも明るいイリスだけど、今日は特にテンションが高い。余程嬉しかったんだろう。
ソーサラーを休業中のイリスは今回、宝石細工職人として様々なアクセサリーを作り、出店で売らせて貰っているらしい。フラワリルをあしらったネックレスやイヤリングは特に人気で、ソーサラー達の予約でほぼ完売状態だったとか。単に身内だから買ってるって訳じゃなく、イリスの腕が相当良いらしい。
「結構ギリギリになって高品質の鉱石が沢山手に入ったから、もう連日徹夜で頑張って作ったんだけど、その甲斐あったなー」
「大分稼げたんじゃないか?」
「ちょっとイヤらしいけど、一応ね。暫くは新作の構想を練ってても大丈夫なくらいは」
本人は控えめに言ってるけど、表情が完全に荒稼ぎした時の同人作家と一致している。こりゃ相当だな……
「勿論、それも嬉しいんだけど、自分の作ったアクセが沢山の人に付けて貰ってるの見るとね、なんかクァーってなる。胸のトコが」
「その感覚は、俺には一生味わえないな。羨ましいよ」
「そうかな。マスターだってギルド作る前は武器屋で武器を開発したんじゃなかったっけ?」
まーね。魔除けの蛇骨剣とか天翔黒閃の鉄球(バックベアード様)とか、スキルを駆使して開発してはみたよ。蛇骨剣はまあまあヒットしたし、ルウェリアさん達に感謝もされた。
でも所詮、人から貰ったスキルありきの創作。イリスみたいに、好きな物をトコトン突き詰めて世に送り出した訳じゃない。だから嬉しくはあったけど、特別な興奮はなかった。
勲章を授与された時もだ。自分が作ったギルドが社会に認められた歓喜より『こんなの貰って良いの?』って恐縮の方がずっと強かった。身内贔屓で貰った感あるし、そもそも勲章の存在自体を直前まで知らなかったからな。未だに実感はないに等しい。
もし、俺が今のイリスと同じような感覚を得られるとしたら……借金を完済できた時だろうか? いや、それもちょっと違う気がする。寧ろ、さっきの通行人の会話を聞いた時の喜びが一番近いのかもしれない。狙って手に入れた評価って意味では。
まあ、俺にはそれくらいの喜悦がお似合いだろう。
「マスターって、今まで生きて来て何が一番嬉しかった?」
それは――――何気ない質問だった。
勿論、イリスにとっては会話の流れで何気なく聞いた、雑談の延長に過ぎない問い掛けだろう。でも俺にとっては、少しだけ辛い質問だ。
「……俺の故郷では、学校に通う為の試験があってさ」
「そうなんだ。あ、それに受かった時?」
「うん。でも受かった事が嬉しかった訳じゃなくて……」
親が俺の想像以上に喜んでくれた事。その事実が何よりも嬉しかった。
でも俺はいつの間にか、その気持ちを忘れてしまっていた。大学生活が上手くいかず、その後もずっと虚無の日々を過ごしていく間に、『俺の事でこんなに喜んでくれる人達がいる』って事を忘れてしまった。
幾ら悔やんでも悔やみきれない。とはいえ、もう戻る事は出来ない。やり直す事も。
だから――――
「一緒に喜んでくれる人達がいた事が、本当に嬉しかった」
今度は忘れないように、言葉にしていく。それだけできっと変わる筈だから。
「なんか良いね。そういうの」
「そう? 好感度上がった?」
「うん。上がった」
イリスは柔和な眼差しで俺を見つめながら、静かに微笑む。気の所為かもしれないけど、俺を羨むような表情に見えた。
もしかしたら、子供の頃の記憶がない影響かもしれない。イリスの事を昔から大事に思っている人に、イリス自身は同じだけの想いを重ねる事が出来ないから。
だとしたら、彼女は――――
「お、おい! 待てよ! 落ち着けって!」
思考を吹き飛ばすような、切迫した大声が耳の中へ飛び込んでくる。
今のは……聞覚えあるぞ。昨日コレットに絡んでた冒険者の片割れが、たしかこんな声じゃなかったっけ。
「何かトラブルがあったみたい。マスター、行くんだよね?」
「勿論。そういう仕事だからな」
昨日と違って、直ぐには場所を特定できない。でも通行人の視線を追いかけていく事で、徐々に声した方角が固まってくる。
広場のある方だ。
確か今日は――――
「……!」
それにイリスも気が付いたのか、一瞬で表情を曇らせた。
「マスター! 私のアクセ売ってくれてる子が向こうに……!」
「わかった。行こう」
広場では『装備品フェス』ってのをやってて、武器防具、装飾品など装備アイテムを出店で売るイベントを実施している。当然、アクセサリーもその範疇だ。
イリスのアクセを売っている店が、今の叫び声と関連しているとは思えない。でも、万が一トラブルに巻き込まれていたら大変だ。
昨日コレットに格の違いを見せつけられた奴等が、ストレス発散の為に暴れているかもしれない。普段ならそういう時は、街の住民(引退した猛者達)が連携して鎮めてくれるんだろうけど、祭りの今日それに期待するのは難しい。非日常が当たり前だから、叫び声がしてもイベントか何かの一環と思われるだろう。
だからこそ、俺達の出番だ。一刻も早く駆けつけて、トラブルだったら即座に処理しないと。
ん、広場の入り口が見えて来た。人集りも出来ている。中で何かが起こっているのは間違いない。
「すみません! どいて下さい!」
人の群れの間隙を縫って、広場の中へと入る。
一目でわかった。何が起こっているのか。
「が……ぁ……何……しや……が……」
「ハァ……ハァ……」
仲間割れだ。冒険者の一人が、もう一人を刺している。
まさか……拾った暗黒武器で呪われた訳じゃないよな?
「違う……俺じゃない……俺がやったんじゃない!」
錯乱状態なのか、刺した方の冒険者が頭を抱えて喚いている。
幸い、という表現は語弊があるけど、刺さっている剣は暗黒武器じゃなかった。もし暗黒武器だったら、それをバラ撒いていた俺達の責任も問われる所だ。当然、100種類の武器全てに呪いなんて掛かってないのを確認してはいるけど……肝を冷やしたな。
「おい! 何してる! 何で仲間を刺した!?」
声を張り上げて問いかけてみる。本当はその前に怪我人の手当が必要なんだけど、被害者は加害者の足下に蹲ってるから、迂闊には近寄れない。
「違ぇって……何で俺を悪者にするんだよ。俺じゃないんだって。俺じゃ……ないっつってんだろ!!」
冒険者が、今度は暗黒武器を手に取って襲いかかって来た――――!
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