第294話 冬の寒さに負けず積もった雪の上で健気に咲いている黄色い花は嫌いだ

 予告状



 思えば我は余りにもお前らに優し過ぎた。

 性格の完成度が高過ぎて、弱者には慈しみの心を持つべきとつい思ってしまう我の落ち度と言えよう。

 この我が情けも慎みも深いのを良い事に、それに甘え、甘え、赤子のように甘えまくり、最近は怪盗メアロという孤高の存在を随分と蔑ろにする輩が増えたと聞く。

 その筆頭がアインシュレイル城下町ギルドのギルドマスターであるとここに断じておくぞ。

 ヤツはダメだ。本当にダメだ。

 心底ダメなヤツだと言い切る事に何ら躊躇はない。

 あの男がどれだけダメダメかをこの機会に少しだけ発表しようじゃないか。

 まず目上の者に対して無礼が過ぎる。

 明らかな格上の存在には敬意を示すのが当たり前。具体的には丁寧な言葉遣いで恐れ敬うのが普通なのに、あの馬鹿は敬語の一つも使いやしない。

 三下ならば敬語で話せ。それが社会の常識だ。

 次に指摘すべきは絶望的な美的感覚のなさだ。

 超絶美形のこの我が至近距離にいてもスンとした態度。無礼を通り越して憐れにすら感じる。

 そもそも寝床に棺桶を使っている時点でセンスが壊滅的だと断言しよう。控えめに言って感性がザコだ。

 食生活もなっちゃいない。パンが好きなのは良かろう。他者の嗜好に口を出すほど我は狭量ではない。だがパン以外に興味を示さない偏りっぷりは如何なものか。

 規則正しい食生活を営めない愚か者に、人の上に立つ資格など果たしてあろうか?

 バランスの良い栄養補給で健康を保持するなど、高等生物として当然すべき自己管理なのに、それすら出来ないのは精神が幼くバカ舌アホ舌マヌケ舌な証拠だ。万死に値する。

 我を軽んじてパンを愛でるその絶望的な素質のなさにはほとほと呆れる次第だ。

 性格もどうかと我は思う。

 なんか頑張ってますアピールしてるのか知らんけど、何か騒動がある度にしゃしゃり出て『トラブルを迅速に解決する自分』を演出している様は滑稽極まりない。

 優秀な生き物は、自分が優秀である事を殊更周囲に対して伝えようとはしないし、自分以外の者に成長の機会を与えるのが常。

 生粋の目立ちたがり屋、いや出しゃばり野郎と言わざるを得ない。率直に言ってカスだ。

 そもそもこの男、基本的に鼻につく。

 誰かの言動が少しでも普通の域からはみ出ると、さも自分がこの世界の理を司っているかの如く、満面のドヤ顔で『○○だろうが!』みたいに言ってくる。上から目線で偉そうに。

 そういうの我、良くないと思う。

 そのくせ、ちょっと常軌を逸したパン好きだからって調子に乗って、さも自分が狂気を孕んでいるかのような摩訶不思議な言動をする事でキャラ立てしてるのはマジ度し難い。

 あんなの、自分をアブねーヤツだと思わせたくて言ってるだけだからな。

 子供か。

 ワルやクレイジーに憧れるベイビーか。

 憐れ過ぎてとてもツッコめねーっつの。

 とにかく、このアインシュレイル城下町ギルドのギルドマスターには我ムカついてるんで、もうスッゴい困らせたい。

 泣き顔晒して「ちゅいまちぇんでちたー!」って喚くの、超見たい。

 クラーケンが一本釣りされて全部の足をピーンって伸ばしながら宙を舞っている瞬間くらい見たい。

 ユニコーンとバイコーンが恋人を寝取った寝取られたで大喧嘩している場面も見てみたい。

 鼻が詰まって困惑してるテュポーン先生には是非一度お会いしたい。

 冬の寒さに負けず積もった雪の上で健気に咲いている黄色い花は嫌いだ。


 よって冬期近月30日にラルラリラの鏡を貰い受ける。

 

 怪盗メアロ





「……なんだこれ。バカかあいつは」


 予告状の90%以上が俺の悪口なんだが……しかもそこまで大きなカードじゃないから、限りなく小さい文字が裏面までビッシリ敷き詰められている。俺、こういうの苦手なんだよ……虫の死骸に群がるアリの大群とか。蓮コラみたいでなんかゾッとする。まさかこれも精神攻撃の一種か?


 何にしても、これじゃ俺への嫌がらせの為だけにラルラリラの鏡を奪おうって魂胆にしか思えない。縦読みとかも特にないし。


 なんだよ。


 そりゃ敵同士だし、お互い騙したり騙されたりしてきた仲だけど、ちょっとだけ友情を感じていたのは俺だけだったのか? なんか一方通行っつーか片想いみたいでムカつくな……


 ヤツの正体がベヒーモス――――明らかに人間じゃないとわかっても、あいつに対する見方は何も変わらなかった。寧ろ、あんな規格外の存在と気さくに話せる事が誇らしい……は言い過ぎにしろ、悪くない気分だった。


 それなのに。


 なんだよ。


「隊長、もしかして泣いてる?」


「泣くか! いやマジで泣いてないからね!? そんな言い方されると否定してもホントは泣いてるでしょみたいに思われるのスゲー嫌!」


「反応が過剰過ぎ」


 確かに……こんな夜明け前から思わず取り乱してしまった。


 この予告状に気付いたのは真夜中。結局、あれからシキさんはずーっと棺桶を独占してたんで、寝床を失った俺は小さ過ぎてマジ読めないこの予告状の文面を必死に解読し続け、徹夜明けの今に至る。


 当然その間、シキさんには何にもしていない。運ぶ時に身体には触れたけど、触れちゃダメなラインは一切超えてない。俺マジ紳士。我ながら劣情に耐えて良く頑張った。感動した。


 でも、ふと思う。


 仕事仲間で何かあったら今後に差し障りがありまくる関係性じゃなかったら、俺は果たして――――


「あ」


「あ!? え! 何!?」


「おはよ」


「……おはようございます。挨拶は大事ですよね」


 とはいえ、外はまだ真っ黒。シキさん、結局四時間くらい寝てたのかな? 十分な睡眠時間じゃないかもしれないけど、寝ぼけ眼の四時間前よりはシャキッとしている。


「で、何でシキさんここに来てたの?」


「宿よりこっちが近かったから」


「……」


「何その顔。まさか隊長が帰ってくるの待ってたって言いたいの? ねえ」


 黙秘権を行使します。だってそれ以外考えられないじゃん! 誕生日はちゃんと当日に祝えって俺を怒ってたんだから。


「えっと、昨日の夜の事って覚えてる?」


「当たり前。お酒なんて飲んでないし。普通に来て普通に寝てただけ」


 あーこりゃ全然覚えてないな……酒は飲んでないみたいだけど、ずっと寝ぼけてたし完全に半覚醒状態だったみたいだ。


 だとしたら、シキさんの性格上『祝い直して欲しくて待ってた』なんて口が裂けても言わないだろう。じゃあこの話題はここでおしまい。


「なら、怪盗メアロがいつこの予告状をシキさんにひっつけたのか、わかる?」


「……予告状?」


「これ。ラルラリラの鏡を明日盗みに来るって」


「何これ。よくこんなの読めたね」


 まーね。おかげで眼精疲労が尋常じゃない。老眼が早まりそうで怖い。


「怪盗メアロがあの鏡を狙ってるのは聞いてたから、それは想定内だけど……黙って盗まれるのは癪だね」


「当然。つーかあのメスガキ、こっちがちょっと気を許してたからって調子に乗りやがって。この機会に白黒つけてやる」


「ふーん。やる気じゃん」


 当然。思えば奴の正体がベヒーモスと判明した時点で、俺の異世界生活は奴との因縁の歴史そのものって判明したんだ。何しろ初日に遭遇してた訳だからな。


 俺にとって怪盗メアロは、散々弄ばれた宿敵。こうして改めて敵対した以上、今回必ずとっ捕まえてやる。


 ……捕まえても、ベヒーモスの姿に化けられたらすぐ逃げられそうだけど。そこはもう気にしても仕方ない。重要なのは捕まえたって既成事実を作る事だ。それでマウント取ってやる。


「それじゃ隊長。付き合って」


「へ?」


「何そのガーゴイルがデスボール食らったみたいな顔。これから現場に行く途中でお墓に寄るから、ちょっと付き合ってって言ってるんだけど」


 あ、ああ……そういう事か。一瞬違う意味かと思ってスゲー緊張した。


「って、こんな時間にお墓参りすんの?」


「だって日中は仕事で抜けられないし、明日には鏡盗られるかもしれないから、今の内に見せに行った方が良くない?」


 怪盗メアロの好きにはさせない! ラルラリラの鏡は俺が絶対に守る! だから無理して今日行く必要はない!


 ……とは言えんわな。向こうは予告した物を100%盗む最強の怪盗。しかも犯行予告が祭りの最終日だから、鏡を守る為に人員を割く余裕なんてない。というか……敢えてその日を指定したんだろうな。こっちの事情を全て知った上で。


 この予告状の内容だと、多分今回は街中に貼り付けてる訳じゃなく、用意したのはこの一枚だけだろう。鏡の持ち主はシキさんだから、シキさんに予告状を出すのは当然だけど、実質俺への挑発なのは間違いない。


 上等だ。馴れ合いはもう結構。ケリを付けてやる。


 でも、それはそれとして――――


「その方が良いかもね。わかった、一緒に行こう」


「そこは強気に『絶対盗ませない』って言ってくれても良いけど?」


「根拠のない自信はただの事実誤認だから。それじゃ、もう出ようか。着く頃には夜も明けるだろうし」


 この世界の墓参りの常識は知らないけど、流石に夜が明けない内に行くのは非常識だろう。シキさんだって、ちゃんと逆算してこのタイミングで呼びかけた……筈。


「ん」 


 相変わらず、表情からは感情や思惑が読めない。一回笑ったんだけどな……ま、笑顔を安売りしないのはシキさんらしい。



 それから特に会話らしい会話はなく、外出の準備を進めてギルドから出発。まだ夜だけど、街灯を多く設置してあるから暗くはない。


「……」


「……」


 なんか沈黙が長いと気まずい。シキさん、俺と二人の時は結構饒舌だから余計にそう感じる。何か話題ないかな……


「貰ったパン」


「え。え?」


「お供え物にはどうかって思うから、持って来なかった」


「あ……うん。そうだよね」


 つーか昨日、二人で食べたからもうないんだけど。


「そう言えば、ラルラリラの鏡は? 宿に置いてあるんじゃ……」


「持ってる」


 一体何処から取り出したのか、シキさんはいつの間にか右手に鏡の入った箱を掴んでいた。コンパクトサイズだから仕舞う事は出来るだろうけど……何処に仕舞ってたんだろう。気になる。


「お供え物は別途用意しなくても良いかな。どうせ店も開いてないし」


「問題ない。おじいちゃんも喜んでくれると思う」


「邪気を払うレアな鏡だもんね」


「それだけじゃないけど」


「……?」


 良くわからないけど、シキさんは俺の方を暫くじっと眺めて、ついっと視線を逸らした。 


 その後も、どうにかこうにか話題を捻り出す俺に、シキさんは終始素っ気ない態度で応対するのみ。


 うーん、まだ怒ってるっぽいな。まあ全面的に俺が悪かったから、こればっかりは仕方ない。


 結局すぐに話題は尽き、沈黙の時間が長く続く道中となった。


 なんとなーく気まずい雰囲気が漂い続けるものの、打開策は思い付かない。例えばコレットになら『なんか喋れ』くらいは言えるけど、シキさんとはそういうんじゃないからな。


 ティシエラだったら……多分お互い黙ってても別にそれほど気まずくはならないと思う。根拠は特にないけど、沈黙に罪悪感を抱かないというか……なんでだろうな。良くわからない。


 イリスだったら――――って、なんで俺はさっきから別の女性とシキさんを比べてんだよ! いつからこんな腐れ外道になり果てた?


 ……やっぱりここ最近、恋愛について考えまくってた弊害だろうな。恋愛脳になってる自覚はある。俺史上最大の浮かれフルーツポンチ期到来だ。


 俺は基本、自制できない状態を好まない。酒を極力飲まないようにしているのもその為だ。そんな俺に、夢中になり過ぎて視野が狭くなること間違いなしの恋愛感情を果たして抱けるかっていうと、中々難しそうだ。我ながらしょーもない男ですよ本当。


 でも、そんな俺が色ボケ状態になるとすれば、それはもう大恋愛間違いなし。当分そんな機会はないと思うけど、交易祭を通して得た経験はいずれ活きるかもしれない。自分の恋愛観とか異性に対する感情とか、そういうのを少しずつでも詳らかにする事が出来たら、生き直すって目標も自然と達成できる気がする。


「隊長って墓地に行った事ないんだよね?」


「え? あ……うん。ここで生活始めてまだ一年も経ってないからさ、まだ縁がないんだ」


 暫く頭の中で自問自答していたから、危うく聞き逃すところだった。まさかこの状況でシキさんの方から話しかけてくるとは。もしかして、俺が思ってるほど怒ってないのかも。 


「この辺、娼館と結構近いと思うんだけど……」


「そうだね。割と近く」


 そうなのか。夜は墓場で運動会してる霊魂が切ない顔で娼館の方を眺めていそう……なんか俺まで切なくなった。


「向こうの細い路地に入って、暫く歩いたら郊外の方に出るから、そうしたらもう目と鼻の先」


「さすが、何度も通ってるから詳しいね」


「……そうでもないよ」


 意外な返答が帰って来た。


「最近は、あんまり行ってないから」


 横顔のシキさんは、少し目を細めて光が射し始めた空を見上げている。まるで罪悪感を無理に見つめるように。


 もし、ウチのギルドに入った事でシキさんが過去を振り返る機会を減らしているのなら、それはきっと良い事だと思う。今が充実してる証拠だから。



 それからまた暫く沈黙が続き、そろそろ気まずさもなくなって来た頃合い。


 アインシュレイル城下町の英霊達が眠る墓地へと到着した。


「意外と……」


 思わず第一声の感想が止まってしまうくらい、墓地は質素だった。


 終盤の街なんだし、霊園くらい整然としているか、ファンタジー世界のように神秘的な場所を想像していたんだけど、実際には参道さえ整備がまるで行き届いていない、山の中のような砂利道。墓石もなんというか、薄っぺらい。敷地こそ広大だけど、抱いていたイメージとは少しかけ離れていた。


 そういや元いた世界の俺の墓って、お盆になると毎年行っていたあの墓なのかな。まあ俺の為だけに新しく建て替える事はないだろうしな……なんか周りの墓石と比べて極端に古かったから、ちょっと恥ずかしかったんだよな。


 今にして思えば――――


「ここ」


 それは死者に対する冒涜だったのかもしれない。


 墓石が古い事を恥じていたのは、別に良い。当時ガキだった俺が『これだけ古くなるくらい長い年月、死者を守って来たんだ』なんて達観した事を考える方が変だ。


 でも『何年前に建てたんだろう』とか『いつか俺もここに入るのか』みたいな事を一切考えずにいたのは、失礼だった。余りにも他人事過ぎた。墓参りに"来させられていた"とはいえ、もっと関心を持つべきだった。


「……」


 眼前の、シキさんのお祖父さんが眠る古い古いお墓を前に、そんな事を考えていた。





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