第293話 おめでとうは?
いよいよ娼館の警備が始まった。
……とはいえ、日中のパトロールとは違って範囲は建物の中だけだし、幾ら祭り期間中でも暴れる客なんてそうはいないから、割と暇。気を抜かないよう集中しなきゃいけないけど、深い時間になってくると嫌でも睡魔が襲ってくる。
「マーサ、ロイル、指名が入ったよ! 【強欲の間】に向かいな!」
「「はいっ!」」
勿論、シーンと静まり返っている訳じゃない。娼館は想定されていた通りに大盛況。複数プレイをお望みの客も結構いるらしく、何人かの娼婦が同じ部屋に呼ばれる事も多い。
それでも指名が入る人、入らない人の差は歴然としていて、呼ばれない人は本当に全然呼ばれない。トップの四人が抜けている現状でも、指名が一切入らず待合室で待機状態の娼婦は何人もいる。
でも、パッと見では不人気の理由はわからない。みんな綺麗だし、癖の強い顔立ちや体型の人もいない。恐らく技術やトークスキルの差異が明暗を分けているんだろう。
ただし、待機中の娼婦達も決してダラけきったりはしていない。流石に元気はないけど、みんなしっかりした顔をしているし私語も少ない。もっと妬みの言葉が飛び交ったり、やさぐれたりしていても不思議じゃないのに。この辺は女帝の教育が行き届いているんだろうな。
「ふひー。ちかれたー」
娼館ならではの露出高めな衣装に身を包んだヤメが、ヘロヘロな顔で戻って来た。案の定、慣れない接客業でかなり疲弊しているみたいだ。
無理もない。単に客の話し相手をするだけじゃなく、フロア内の監視も兼任してるんだから。
幾ら本人が了承したからといって、ただ娼館の仕事を手伝うってだけならお断りしていた。『ぴゅあぴゅあはーと』用の個室が入り口の近くにあって、その室内から通路側の様子を窺える窓が付いているって言うんで引き受けたんだ。
個室にいる間は、娼館に入って来た客を窓越しにいち早くチェック出来る。入り口付近で黒服と揉めてる客がいたら、すぐ対処できるのも大きい。
でもその分、負担もデカくなる。客の相手をしながら他の客の動向を監視する訳だから、相当神経を磨り減らす事になるだろう。
「お疲れ。大変だったろ」
「いやマジでロクな客いねーわ。死ぬほど女を見下すクソジジイとか、髪もロクに整えてねーのに他人の悪口しか言わないカスとか。なんでアイツらあんなに偉そうなん?」
「なんかすんません」
何故か男を代表して謝ってしまった。
「なーギマ。明日はシキちゃんの誕生日って知ってるよな?」
「ん? ああ。勿論」
「短くても良いから、みんなでお祝いする時間とか作れん? 誕生日めでとーってみんなで言うくらいで良いからさ」
それが難しい事は、ヤメも重々承知しているだろう。
祭りの期間中は常に警備の仕事が入っているし、シフトもバラバラ。全員が揃う事は不可能だ。
娼婦の送迎を終えた早朝の時間帯なら、通行人もいないし警備対象が存在しないから、多少は自由に動ける。でもその時間帯は娼館護衛の連中に休憩して貰わなくちゃならない。
仮に『シキさんを祝いたい』と希望するギルド員が大勢いたとしても、ギルマスとして許可は出来ない。
「難しいな。変に強制してシキさんにヘイト溜まるのは勘弁だし」
「あー、それなー。しゃーねーかあ」
ヤメもそこは懸念していたらしく、すんなりと諦めた。
「わざわざ皆で集まらなくても、個別にお祝いすれば良いじゃん。誕プレも用意してるんだろ?」
「まーな。聞きたい? ヤメちゃんがシキちゃんの為に用意したプレゼント、聞かせちゃろか?」
どうでも良い、なんて言ったら全身大火傷しそうだ。ここは素直に頷いておこう。
「やっぱり20歳って区切りだし、大人って感じするっしょ? だからー、大人の女性に相応しいモノを用意したワケよ」
この世界でも20歳で成人って認識なのか。まあ寿命も地球と同じくらいみたいだし、そもそも地球とそっくりな世界って事で転生できたから当然っちゃ当然だけど。
「で、自立した女に相応しい一軒家を贈る事にしました!」
「えっ!? 家!? マジで!?」
「嘘に決まってんじゃん。ンな金あったら働いてねーっつの」
ビックリした……でも、日本でもお気に入りの異性にマンション買い与える金持ちって普通にいたからな。貴族令嬢のフレンデリアなんかは、コレットに一軒家をポンって買ってやりそう……
「正解はマフラーでしたー! シキちゃんって物欲全然ねーから、防寒具もあんま持ってなさげっしょ?」
「確かに。良い分析しやがる」
「とーぜん! ヤメちゃんの愛と頭脳をナメるなよ?」
実際、シキさんとヤメの距離感ならマフラーはちょうど良いアイテムだ。ヤメならシキさんの好みの色とか質感も知ってそうだし、知らなくても勘で当ててきそうだし。何よりシキさんにはマフラーが似合う。絶対。
俺にはそんなセンスは致命的なくらいにない。だから、パンって選択は言ってみれば逃げだ。だって仕方ないだろ? 誕生日プレゼントをあげるような相手なんて殆どいなかったんだから。
親にそういうのを用意する、って発想も生前の俺にはなかった。当時はその事に罪悪感もなかったけど、今となっては後悔しかない。
いや。それも言い訳か。
どうせラルラリラの鏡より良い物なんて用意できないとか、実質的な上司と部下の関係で金品を渡すのは気が引けるとか、色々理屈を捏ねてパンを選んだ自分を正当化してみたけど、それも全部誤魔化しだ。
俺はただ、シキさんに『何これ。要らない』って思われるのが嫌だったんだ。だから、食べればそれで終わるパンを選んだ。
我ながら卑屈……というかダサ過ぎる。
「で? ギマは何を用意したん? ヤメちゃんがプレゼントチェックしてやんよ」
「……………………内緒」
「ンだそりゃ! それじゃ何の為に教えたかわかんねーだろー!」
「知るか! 頼みもしないのに教えて来たのはそっちだろ!」
案の定というか、俺の誕プレを探る為に自分のを先に言いやがったのか。ガチめのプレゼントだったら妨害する気だったなコイツ……
『実はパンでした! しかも誕生日前日に渡しました!』って素直に教えればゲラゲラ笑われておしまいなんだろう。でも、なんかそれを言うのが恥ずかしくなって来た。やっぱり、もっとちゃんとした物を用意すりゃ良かったかな。
でもなあ……
『隊長、わざわざ私にこんな高いプレゼントを用意してどういうつもり? まさか私の身体目当て? キモ……』
なんて言われた日には、どうするよ?
ティシエラなんかは口は悪くてもそういう事言わなそうだけど、シキさんは平気で言いそうだし……冗談半分で。でも実際に言われたらそれを冗談と割り切れる自信がない。
「はー。ったくギマってば本当ヘタレだよなー」
「ぐふぁっ」
今一番堪える言葉を的確にぶつけられ、俺のメンタルは死んだ。
その後、本日の一番人気が女装したディノーだったと聞いて二度死んだ。
「くはぁ……」
不幸中の幸いと言うべきか、同時多発身請けテロ以外には目立ったトラブルはなく、深夜になって客足も疎らになって来た頃合いを見計らい、一旦ギルドへと帰還。なんだろうな。この実家のような安心感。まあ今に俺にとっちゃ実質ここが実家なんだろうけどさ。
今日は多少のトラブルやギルド員の暴走こそあったけど、大筋では計画通りに物事が進んだ。これまでの交易祭とは明らかに雰囲気が違うと、娼婦の方々や客も話していたし。
下準備は順調。後は、この雰囲気を払拭するような大恋愛を街の人達に見せつけて、城下町に恋愛ブームを巻き起こす。そして昔の交易祭のように、祭りの期間中に告白したくなるような空気を作る。これが出来ればフレンデリアから満額の報酬が支給されて、借金完済への道が拓ける。
……要するに、フレンデリアがコレットをコマす為の手伝いをさせられてるんだよな。今の俺。まあ、仕事を選べる立場じゃないから文句は言わないけどさ。
モーショボーの告白のタイミングは、明日の午後あたりが望ましい。最終日だと遅過ぎるし、早過ぎても良くない。舞台や吟遊詩人の唄で精霊の恋について浸透させて、注目度が高くなってから実行しないと、イマイチ何の事かわからないまま流されて終わっちゃうからな。
この交易祭が元々、精霊と人間による異種族間の交流を目的に始まった事。お互いに贈り物をする風習から、人間同士のプレゼント交換を行う祭りに変遷し、プレゼントと同時に好きな人へ告白する住民が増え、それが定着して恋愛イベントのようになっていった事。これらの背景を伝える事が出来て、初めて恋愛ブームを呼び起こせる。インパクトと史実の裏付けが合わさった時、ブームってのは生まれるからな。
つっても、生前の俺はプランナーでもプロデューサーでもなかった訳だし、これが正解だっていう確信は当然ない。32年の人生の中で幾度となく目の当たりにした『ブームが起きる瞬間』を参考にしただけだ。
明日で、おおよその流れが決まる。今後の俺の異世界生活、ギルマスとしての人生にも多大な影響があるのは間違いない。そう思うと少し緊張してきた。
仮眠とはいえ、しっかり休んで頭も身体もリフレッシュしておかないと、疲弊した頭じゃ何かあった時に臨機応変に対応できない。
棺桶で寝ると爆睡しちゃいそうだけど……毎日あそこで寝てるからか、周りに仕切りも何もない所で横になると妙に落ち着かない身体になってしまった。習慣って怖い。
ま、明かりを灯したままフタを開けて寝れば熟睡する事はないだろう。警備員時代も夜勤が当たり前で、日中に寝る事が多かったけど、部屋を閉め切らず太陽の光が入るようにして寝たら三時間くらいで目が覚めてたっけ。
発光水をたっぷり含んだランプを吊るして……これで良し。後は棺桶のフタを空けて――――
「すー……」
――――そっと閉め直す。
えーと……
なんかいたな。
棺桶の中に人らしきものがいた。寝息立ててるから死体じゃないと思うけど……
なんだろう。あんまり驚いていない自分にビックリだ。普通なら開けた瞬間大声出してビビり散らかすところなのに、何で俺はこんなに冷静でいられるんだ?
まあ、理由はなんとなくわかってるんだけどさ。前に同じような光景を見ていて、その時の記憶と合致していたからだ。
あの時に棺桶の中にいた人と、多分同じ。
「……すー」
ほーら、やっぱり。シキさんの無邪気なスヤスヤ顔はっけーん。アハハ!
いや笑えねぇよ。
え、なんで? なんで宿に帰ったシキさんが俺の寝床にいるの? マジ意味わかんないんだけど。
これ寝息立ててなかったら、ホラー映画の最初の見せ場じゃん。自分ン家で本来ここにいない筈の仲間が殺されてて絶望するシーン。なんかあったよな、こういう設定の映画。なんだっけ。
……そんなこと考えてる場合じゃない。
「ちょっとシキさん! なんでここで寝てんの! 一杯ひっかけた訳じゃないよね!?」
「……ん?」
起きた。ガチで寝てたのか、すげーボーってしてる。
「あー……やっと来た」
「え? もしかして俺を待ってた?」
「誕生日」
「……?」
「明日、私の誕生日」
「知ってる。っていうか、多分今日」
恐らくもう日付は変わってる時間帯だ。つまり、今日がシキさんの誕生日って事になる。
「そっか……もう今日か……おめでとうは?」
「へ?」
「おめでとうは?」
メッチャ強要するじゃん! お祝いの言葉ってそういうものじゃなくない!?
「……おめでと。誕生日。20歳の」
「なんか順番がおかしい。心こもってない」
「20歳のお誕生日おめでとうシキさん!」
「うん。うん」
マジで酔っ払ってないよな……?
一応、顔は赤くないし酒臭くもない。寝ぼけてるだけか。にしても虚ろだな何もかも。
「パン食べるお祝いに」
「え?」
「お祝いにパン食べる」
いや別に心こもってないって言ったつもりはないんだけど。
寝ぼけ眼のシキさんは、棺桶からスッと立ち上がったかと思うと、足音すら出さずにスーッと俺の部屋から出て行って、スーッと戻って来た。幽霊じゃんもう。
「はい。パン」
俺が夕方にあげたトリニティパン。二つあげた内の一つを何故か俺に差し出してきた。
「いや、これはおじいさんのお供え物にってつもりで……」
「誕生日プレゼントをお供え物にするとか馬鹿じゃないの」
……ごもっとも。気を遣ったつもりだったけど、言われてみればそりゃそうだ。
「食べて。食べる」
要するに、自分も食べるからお前も食べろ、って事だろうか。
これってつまり……一緒にケーキを食べようってお誘いと同じだよな。
まさか、俺と誕生日を祝いたくて待ってたのか……?
「前日におめでとうって言われてプレゼント渡されても嬉しくない。やっつけみたいでムカつく。やり直せ、ばか」
あー。そういう事でしたか。これも仰る通り、反論の余地は一切ない。やっつけのつもりはなかったけど、相手にしてみればそう感じるよな。
……余裕がなかったんだろうな、俺。
リーダー面して仕事を仕切っちゃいるけど、自分がそんな器じゃないのは自分が一番わかってる。だから、少しでも明日……いや今日か。今日の負担を減らしたくて、シキさんの誕生日を前日に済ませてしまった。シキさんはそれを見抜いていたんだ。
「……ごめん、シキさん」
「別に謝らなくて良いよ。私の事なんてどーでも良いからテキトーに済ませたんでしょ」
「いや、そういう訳じゃ……」
「口では必要だとか代わりがいないとか言っといて、何それ。最悪。最低」
メッチャ拗ねるじゃん! シキさんにこんな一面あったのか。でも意外でもないのかな。サバサバしてるように見えて実際には全然違うし。
何にしても、俺が全面的に悪いから批判は甘んじて受けるしかない。
「本当にゴメン。傷付けちゃって……」
「は? なんで私が隊長に冷たくされて傷付くの? 何言ってんの?」
マジで酔っ払いに絡まれてるみたいになってんな。でも、これも全部自分が蒔いた種。猛省しつつ受け入れよう。
「もう言い訳はいいから、早くパン食べて私を祝って」
「は、はい」
うう……大好物のトリニティパンだけど、今回ばかりは味がしない。罪悪感って味覚を奪うんだよな……
「美味しいの?」
「え……ま、まあ」
「なんで?」
「いや、なんでって言われても……パンが美味いなんて世界の常識ですし」
「誕生日を当日に祝う方が世界の常識じゃない?」
それを言われたら、もう何も言えねぇ。本当、その通りです。
「もう二度とこんな事しないで」
「はい、誓います」
「何に」
「えっと、シキさんのおじいさんに」
「勝手に……人のおじいちゃんに……誓うな……ばか……」
あ。電池切れた。
その場にパタンと倒れたシキさんは、再び寝息を立て始める。徹頭徹尾、完璧に寝ぼけてたな。目も声もずっとトローンとしてた。
……流石にこのまま寝かせる訳にはいかんよな。棺桶に毛布引いて、そこで寝て貰うか。お気に入りの寝床みたいだし。
でも、ここから棺桶まで運ぶとなると、お姫様だっこ必須だ。許可得ずに触れるのってセクハラだよなあ……
それでも、ここで寝て風邪引かれるよりは良い。絶対におかしな所を触らないように……うわー、シキさん軽いし華奢だし柔らけー。
なんかもう、なんかもうね。
なんかもう、アレですよ。どうしようもねえっすわ。
無だ。無の境地だ。俺は今、10年前に発売して絶版になった小説だ。もう二度と誰にも読み返される事はない、存在意義が一切ない、虚しさだけで構成されている物質。まさに無だ。
「ふぃー……」
色々な感情でグチャグチャになったけど、なんとか無事運べた。
良かった、32歳で。20代の頃だったら多分ダメだった。適度に性欲枯れてて本当に良かった。
「……ん?」
なんか落ちてる。シキさんの身体にひっついてたのか?
これは……カードか?
いや――――
「怪盗メアロの……予告状」
それは、ラルラリラの鏡を狙っているあのメスガキが本格的に動き出すという合図だった。
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