第302話 守られるだけなんて断固拒否だ

「宝玉の煌めき、古代の光を納めし骸の器よ。鎮魂の歌に耳を傾けよ。聞け。聞け。我が声を聞き給え。暮れゆく命の消え逝く息吹にその蒼天なき宿命を侍らせ、今ここに祝福の闇咲かせ。【フィアーテンペスト】」


 若干長めの詠唱を経て、ティシエラの手から光が放たれる。


 ただしその光に物理的な殺傷力はない。敵に向かって一直線に向かう閃光のような魔法じゃなく、煙のように空気に溶けて霧散するような感じだ。


 これは――――精神攻撃。


 プライマルノヴァのような、敵の精神に変調を来たすタイプの魔法。ティシエラが使える魔法を全部把握している訳じゃないが、終盤の街でも最高峰のソーサラーが精神汚染系の魔法をプライマルノヴァ一種類しか使えない筈がない。寧ろ豊富な種類を取り揃えているだろうと推察するのは当然だ。


 混乱を来たすような魔法なら何でも良かったんだけど、幸いにも俺が一番欲している効果の魔法をティシエラは使用できた。


 フィアーテンペスト。敵に恐怖心を植え付け、一時的に恐慌状態に陥らせる魔法だ。


 子供の頃にインコを飼っていた友達から、インコの生態について色々話を聞いた事がある。なんでもかなり懐きやすく、嫉妬深い性質があるらしい。感受性が豊かである証だ。


 つまり、ストレスを感じやすい。


 恐怖によって強いストレスを感じたインコは、その場から逃げ出す習性があるという。別にインコに限った話じゃなく動物全般に言える事だけど、インコは特にビビりやすいらしい。その状態に追い込めば、四方八方に逃げ回るに違いない。


 当然、あのバカデカい鳥の群れがインコと同じ習性を持っているとは限らない。見た目が近くても地球のインコと同類って訳じゃないだろう。


 でも見た目が近い生物は、進化の過程で身に付ける能力や弱点も近い筈。少なくとも試す価値はある。上手くハマれば、回復どころじゃなくなる筈だ。


 最強の攻撃魔法を使えば、魔力の消費が激しい上に二撃目に時間が掛かる。長期戦も覚悟しなきゃいけない状況では大きなデメリットだ。それを回避する上でも、精神系の魔法が好ましいと考えた訳よ。


 問題は精度。あの50羽以上いるデカいインコ全部に効果をもたらさなけりゃ意味がない。


「……どうだ?」


「手応えはあったわ。少なくとも魔法自体は通った筈。後は効果があるかどうか」


 もし効果がなければ、今の一発分の消費魔力が無駄になる。節約しようとして逆に無駄を増やすってのは、どんな分野にも通じるあるあるだけど……


「今のところは特に変わった様子はないわね」


「……」


 デカインコの群れは依然としてこっちに向かって跳び続けている。パニック状態になっているような挙動は見られない。


 失敗か……?


 って言うか、寧ろ――――


「何か速度が増してないか?」


「ええ。目に見えて接近速度が早まってるわね」


 どうなってんだ……? 恐怖心を与えてビビらせた筈なのに、寧ろキレちゃったのか?


「挑発する系の魔法と間違えた訳じゃないよな?」


「そんな間違いする訳がないでしょう? 私はちゃんとやったわ。貴方の狙いが失敗だったんじゃないの?」


「いや、だって……」


 そんな言い合いを始めている間にも、インコ共がすぐ近くまでやって来ている。


 マズいな。そろそろ作戦を切り替えて攻撃魔法で迎え撃って貰わないと――――


「……ん?」


 なんか様子が変だ。各インコの飛ぶ高度に差が出始めた。やたら高く飛んでるのもいれば、今にも俺達のいる地上に墜落しそうなのもいる。


 あ。


 群れの中の一羽が建物にぶつかった。


 そして、それを合図にしたかのように、インコ達は次々と衝突と墜落をし始めた。


「ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ」


 どわああああああ! 鳴き声甲高っ! しかも数多いから全然隙間がない! 集団で鳴きっぱなしだ!


 どうやら、ティシエラの魔法は完璧にインコ達を恐怖のどん底へと叩き落としていたらしい。パニックどころか我を忘れて兎に角前へ前へと飛んでいたんだ。そういやインコってビビると家の壁にぶつかりながら飛び続けるっつってたっけ……


「ピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョピキョ」


 今度は何だ……?


「自分の羽根をむしり始めたわよ」


「あー……」


 そう言えば、過度なストレスを与えられたインコは、自分の羽根をクチバシで毟り取るっつってたな。自傷行為ってやつだ。そういう所は人間と同じだな。多分、身体の痛みで心の方の痛みを紛らわすんだろう。


 何にせよ狙い通り。いや狙い以上だ。回復用の羽根を自分達で毟ってくれるとは。ここまで混乱してたら回復補助どころじゃないだろう。


 ただ……


「ピュイ!ピュイ!ピュイ!ピュイ!ピュイ!ピュイ!ピュイ!ピュイ!ピュイ!ピュイ!ピュイ!ピュイ!ピュイ!ピュイ!ピュイ!」


 やかまし過ぎる! あと身体がデカいから近くに墜落してきたら普通に危ない。多分、俺の倍くらいのデカさだ。


「げ!」


 なんて思ってる傍から、こっちに向かって降ってくるインコが! マッズい! 避けきれな――――


「何ボーッと突っ立ってるの。死ぬわよ」


 ……あれ。流星デカインコが消えた。一瞬で。


 もしかしてティシエラが魔法で跡形もなく吹き飛ばした……のか?


 あ、周囲に羽根が飛び散ってる。多分良く見たら肉片もあるんだろう。見ないけど。モンスターだから死んで暫くすれば消えるとはいえ……見た目インコの鳥がグチャッてなってるのを目の当たりにするのは精神衛生上宜しくない。


 とはいえ、そんな事を言っている場合でもないんだよな。幾ら見た目がラブリーでもモンスターなんだ。モンスターを殺す度に目を瞑る訳にもいかないし。


「悪い。助かった」


「指揮は貴方が執るんでしょう? 身の安全は私に任せていれば良いの。それよりも……」


 ティシエラの視線の先に目を向けると、地上組のモンスターがようやく肉眼で判別できる所まで近付いていた。


 俺が初めてこの異世界へ来た時に見かけた連中は一体もいない。首のない巨大馬に乗る首のない鎧の騎士、甲羅から獅子の顔が映えている巨大亀、ワニみたいな口のカモノハシ、全身からトゲを生やしたドワーフみたいな顔の奴、一本足で跳び回っているステゴザウルスみたいな見た目の奴、髑髏が10個くらい重なって出来たクリーチャー……どいつもこいつも禍々しい見た目だ。


「魔王城周辺で観測されているモンスターばかりね。街周辺より遥かに強敵よ」


「倒せるのか?」


「魔法が通じる連中ならどうにでも。ただし、通じない奴もいるみたい」


 ティシエラが険しい顔で、群れの中の一種類を指差す。


「全身に結晶体を生やしたようなゴーレムがいるでしょう? 【クリスタルゴーレム】と言って、あらゆる魔法を跳ね返すソーサラーの天敵よ」


「マジか……」


 御多分に漏れず馬鹿デカい上に、一体ならまだしも五体くらい居やがる。俺があれを倒すのは到底不可能だろう。


 精霊――――ペトロに託すしかない。


 今までの戦績を考えると心許ないのは確かだ。しかもアイツ、ギリギリの戦いを楽しむ悪癖がある。今回はそんなモチベーションで戦う事は許されない。


「出でよペトロ!」


 でも、不思議と迷いはなかった。他に選択肢がない、ってだけの理由じゃない。


「……」


 出現したペトロの顔には、これまでのような猛りは見られない。静かに戦況を分析しているように見える。


「総長。オレはどいつをやりャ良いんだ?」


「クリスタルゴーレム、ってわかるか? 結晶体をまとったゴーレムだ」


「ああ。魔法が効かねェヤツだな。でもそれだけじャねェ。ヤツらはクソ固ェので有名だ」


 確かに、見るからに固そうだ。ゴーレムって時点で防御力に秀でてるのは確定だけど、その中でも特にダメージが通りそうにない見た目。素手のペトロが切り崩せるか……?


「ま、やるだけやッてやるさ。好みのシチュエーションじャねェが、ンな事言ッてる場合じャねーしな」


 珍しくペトロが弱気だ。それだけあのゴーレムが難攻不落って事なんだろう。しかもそれが五体もいるんじゃな……


 だったら、賭けるしかない。


「ペトロ。手を出せ」


「? ンだよ、まさか別れの握手しろッてのか?」


「そんな訳ないだろ」


 精霊にも調整スキルが使える。以前、カーバンクルの宝石にも使えたんだから、それは間違いない。


 けど――――


「攻撃力5割、敏捷4割、残り1割」


 果たしてこの配分で良いのか。それは大きな賭けだ。防御面と体力面をほぼ最低値にして、攻撃とスピードに特化させた訳だから、一瞬で倒される恐れもある。


 でも、これくらい偏らせないと素手で倒すのは難しいみたいだから仕方ない。


「なんだ……? 力が……」


「お前の能力を攻撃と速度に特化させた。その分、耐久力は大幅に低下してるから、一発でも攻撃食らったら倒される。だからガードは無効だ。攻撃と回避だけで戦ってくれ」


「ヘッ。随分と面白ェ事しやがッたな。特攻しろッてか。嫌いじャねーぜ、そういうの」


 背水の陣だけど、その分ペトロ自身が経験のない破壊力と突破力を生み出せる。未経験の感覚に振り回されるかもしれないが、そこも賭けだ。

 

「まず、俺が奴等の気を引く。連中の狙いは恐らく俺だろうからな。その隙にペトロがクリスタルゴーレムを叩く。全滅させたら、ティシエラが魔法で他の奴等を倒す。こんな段取りでどうだ?」


「ちょっと待ちなさい。貴方が囮になると言うの?」


 ティシエラが胸倉を掴む勢いで食ってかかってくる。そりゃそうだ。こんな大役を俺が担う時点で賭けどころの騒ぎじゃない。


 でも勝算はある。


「このタクトノイズこん棒には、敵の指揮系統を混乱させる効果があるんだ。大丈夫、任せろ」


「本当なの……?」


「俺に出来る事なんてこれくらいだし、陽動も囮もないんじゃペトロだって攻め手がない。やるしかないんだよ」


「でも!」


「生きるか死ぬかの瀬戸際で、強いも弱いもないだろ!?」


「……」


 醜い劣等感の爆発を我慢できなかった。恥ずかしい。でも、こんな状況で『お前はすっこんでろ』なんて思われるのはまっぴらだ。足手まといになんて、なってたまるか。


 強敵を倒しても俺のレベルは1も上がらなかった。多分、レベル18が俺の上限値なんだろう。


 それでも、こんな時に安全圏で守られる為に、一度死んでまで生きて来た訳じゃない。


「良いじャねェか。本人がやるッつッてんだからよ。なあ総長」


 ペトロがニヤつきながら肩を抱いてくる。その手を払いつつ、ペトロと目を合わせた。


「……」


 野郎と目と目で会話なんて、気色悪いだけなんだけど。


「ヘッ。だよな」


 ……よし。OK。


 既にモンスター達はティシエラの魔法の射程内にまで侵入し、転がり回っているインコの群れを蹴散らしながら進軍を続けていた。


「じゃ、行きますか」


「トモ!」


「集中しろティシエラ。魔法一発で一網打尽、って訳にはいかないんだからな。どう仕留めるかの判断は各自で頼む」


 返事を待たず――――突っ走る。


 ……本当は、このこん棒に指揮系統を混乱させる効果なんてない。こんなの、ただの警棒と変わりゃしない。元々祭りの警備の為に調達した物だからな。


 既にペトロを喚び出しているから、他の精霊やポイポイには頼れない。


 今の俺に出来る事は、たった一つだけ。それも、完全に賭けだ。


 シャルフとの戦い以降、ずっとツイてなかった。悪い目ばかりが出ていた。でも鉱山でウーズヴェルトと戦った辺りから運が向いてきている。


 今はその運気と、死んでも死ななかった自分のしぶとさに賭けよう。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 走る。走る。走って走って走って――――


 曲がる。


 モンスター達が接近する前に、大通りの至る所にある路地裏の一つへと全力疾走で入った。


 選択したのは遊撃戦。


 さあ、この世で最も楽しくない追いかけっこの始まりだ。





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