第248話 しつこかったから

「コレット、相当ナメられてるわね」


 溜息交じりにティシエラが呟く。それは明らかに苛立ちの感情を含んだ声だった。



 フレンデリアは突発的な犯行の可能性も視野に入れていたけど、これは明らかに当初から計画されていた事件だ。


 三人全員が慌てた様子で自己弁護して、あたかも想定外の出来事だと装っていたけど、レベル50台の防御に秀でた冒険者を衝動的な攻撃で仕留めるなんて無理に決まってる。犯人がレベル60以上の明らかな格上ならまだしも、横一線の強さだったらそんな訳にもいかない。


 そして極めつけは、三人が同時に第一発見者になったという、明らかに矛盾のある供述。だったら全員のアリバイが証明されてるんだから、あんなに動揺する必要がない。つまりあれは演技って事になる。


 それじゃ、なんで演技をする必要があったのか。


「状況的に見て、コレットを罠にはめる為の脚本が最初から用意されていたと思うわ」


「それが一番しっくり来るよな……」


 当初の予定では、俺達はあの場にいなかった。つまり、あの三人全員にアリバイがある状況で仲間の一人が刺された場合、疑われるのはコレットって事になる。それこそが奴等の目的だったと考えるのが妥当だ。


「仲違いして全員がバラバラに行動するようなシチュエーションを敢えて作って、コレットを孤立させてアリバイのない状態で犯行に及ぶ。恐らくそういう予定だったんでしょうね」


「でも、俺達がいた事でそれは不可能になった。だから咄嗟に予定を変更して、ウチのギルドに罪を着せようとした……か。元々コレットがいたギルドなのを良い事に」


 俺達に罪を着せれば、コレットが庇うかもしれない。そうなれば、奴等は待ってましたと言わんばかりにコレットを口撃するだろう。


 どうやら、連中は反コレット派らしいな。フレンデルに票を入れた連中だろう。性格の悪い連中同士がつるんでいたに違いない。


「冒険者ギルドが一枚岩じゃないのはわかってたけど……ここまで露骨にギルマスを失脚させようとするとはな。しかも就任間もないってのに」


「寧ろ就任間もない時期だからよ。選挙で別の候補に投票してしまった以上、今後は肩身の狭い思いをするって恐怖に囚われているんでしょうね」


 明らかに難アリの冒険者にとって、コレットみたいに真面目なタイプは天敵だろう。そのコレットが中心になれば、ギルドの空気も自然とコレットの色に染まっていく。確かに、今が一番拒絶反応が出る時期かもしれない。


「だとしたら、コレットには協力を仰げないな」


「ええ。貴方と接触するだけでも連中の攻撃材料にされる恐れがあるわ。暫く会うのは控えておいた方が無難ね」


 またそうなるのか……選挙の時もだったよな。何かと引き裂かれがちな俺とコレット。そういう運命なんだろうか。


「で結局、ソーサラーギルドとしてはこの一件には絡まない感じ?」


「表向きはそうなるでしょうね」


「表向き……?」


「冒険者ギルドに主導権を奪われるつもりはないけど、ヒーラーみたいになられても困るのよ。何より、連中のやり口には虫酸が走るわ。そいつ等の犯行だと立証された時点で思いの丈をぶつけてあげようかしら」


 ……それはさぞかし、ド派手な光景になりそうですな。


「つまり、その立証の為の協力だったら裏でコソコソしてくれるって事で良いの?」


「語弊はあるけど、その解釈で間違っていないわ」


 良かった。大々的にって訳にはいかなくとも、ソーサラーギルドが味方についてくれるのなら百人力だ。


「ただし、ギルド全体で支援って訳にはいかないから、余り期待はしないで頂戴。私達も合同チームの件や交易祭の儀式の準備で忙しいの」


「……儀式? そんなのすんの?」


「前にも言ったでしょう? 精霊使いは元々、ソーサラーの中に含まれていたって。交易祭は精霊との交流を深める為に始まったお祭りだから、精霊を称える儀式を初日と最終日にするのが恒例なのよ。例え精霊が来なくなってもね」


 如何にもお祭りあるあるって感じだな。由来になった物事がなくなっても、形だけは残すやつ。今回はそういう形骸化した悪しき習慣をぶっ壊すってのがテーマの一つなんだけど、流石にソーサラーのやる事にまでいちゃもん付けるのは越権行為だよな。ティシエラやイリスに嫌われたくないし、口を挟むのは止めておこう。


「わかった。手を貸して欲しい事があったら、その都度打診しに来るよ」


「ええ。そうして頂戴」


 これで、ソーサラーギルドとも協力態勢が築けた。最低限って感じだけど、今は良しとしておこう。


 ただ……ティシエラも知らない懸念材料が一つ残っている。


 俺に無限ループ地獄を仕掛けて来た、あの声オンリー野郎の存在だ。


 状況的に、あの三人の冒険者連中がグルになってコレットをハメようとしていた説が濃厚だ。でももう一つ、全く別の切り口もある。



 それは――――あの声に操られた誰かがコーシュを刺した、ってパターンだ。



 実際に一度、俺はその手段で殺されかけた事がある。もし始祖に助けて貰えなかったら、生涯二度目の絶命は免れなかっただろう。あの時と同じ手口でウチのギルド員の誰かを操り冒険者を刺す事で、城下町ギルドと冒険者ギルドを対立させる……ってシナリオだ。


 現に、今の俺は相当に困っている。あの声が俺に敵意を持っているのは明確で、殺すよりもジワジワと精神的に追い詰める手法にシフトしたのかもしれない。


 もしもシキさん、ディノー、オネットさんの誰かがあの声の主に操られてコーシュを刺していたとしたら最悪だ。あの声は俺にしか聞こえないみたいだし、操作されたって証拠は何処にもない。本人に一切その気がなくても、ウチのギルド員が冒険者を刺したって事実だけが残り、それは強い遺恨になるだろう。この上ない嫌がらせだ。


 可能性としては低いと思うけど、ゼロとも言い切れない。ある意味、ヒーラー騒動よりも厄介だ。


「……待てよ」


 帰り道、厄介という言葉が頭に浮かんだ瞬間、本当にゾッとする事実を思い出してしまった。


 あの現場には自称イリス姉もいたんだったな……


 って事はだ。奴の犯行という可能性も普通にあるんだよ。イリスに手を出しそうな冒険者だったから刺した、ってしれっと言いそうだものマジで。


 もしそうだったら申し開きも出来ない。だってあんなでも現役のギルド員なんだもの。幽霊ギルド員と化していた癖に、こんな時だけ出てきやがって……あの悪霊め。


 なんか一気に事実を知るのが怖くなってきた。懸命に捜査した結果、犯人はウチのギルド員でしたぁーなんて事になったらシャレにならん。俺もギルドも立ち直せる自信がない。


 取り敢えず、そんな最悪の事態にならないよう祈りつつ、まずはギルド員から当時の話を聞くとするか……





「はい。どうぞ入って」


 んで翌日。ギルドに来ないイリス姉を除く三人に声を掛け、自室にて一対一の面談を行う事にした。


 最初に話したのはディノー。次にオネットさん。そして最後に、今ノックして来たシキさんだ。


「……」


 心なしか、表情がいつもよりも堅い。シキさんでもこういう顔するんだな。


「見られてる状態で扉から入るの、緊張するね」


「え、そっち?」


 隠密スキル持ちらしい独特の感性。ここ数日でちょっとわかり合えた気になってたけど、まだまだ俺の知らないシキさんが彼女の中にはたくさん眠っているんだろうな。


 でも今は、それを起こしている場合じゃない。


「えっと、先日の鉱山での一件で、ちょっと話を聞かせて欲しいんだけど、大丈夫かな」


「……」


 何かを悟ったように、シキさんは目つきを悪くする。でもなんか凄く悲しそうな瞳だ。


 あ、これって……


「もしかして犯人扱いされてる、って思ってる?」


「違うの? 私が暗殺者だから疑ってるんでしょ?」


 ……そう言えばそうだった。何気に疑われて当然の職業じゃねーか。


「肩書きで疑っても仕方ないよ。そんな事言い出したら、元冒険者のディノーや人妻屠り師のオネットさんは勿論、素性不明の俺も含めて全員が怪しいって話になっちゃうじゃん。つーかそもそも俺、シキさんのこと暗殺者って忘れてたし、それが疑う理由になる筈ないし」


「なんか凄い喋るね」


「嫌な思いさせたって思ったから気を遣ってるんだよ!」


 相変わらず淡々としちゃってまあ……でも心なしか、ちょっと表情が柔らかくなった。ならそれで良しとしよう。


「ただ、冒険者ギルドの方は多分、俺達を疑って来る。っていうかもう疑われてる。だから出来るだけ合理的に反論する為にも、状況を詳しく知っておきたいんだ」


「隊長が手押し車買いに行って、フラワリルの採集場から離れた時の事を話せば良いの?」


「そそ。お願い出来る?」


「別に良いけど……」


 若干歯切れの悪い理由は、なんとなく察している。その回答代わりに、僅かに視線を扉の方へと向けた。


 シキさんなら多分、これだけでこっちの事情を深読み出来る筈だ。


「……ん」


 思った通り、小さく頷く事で理解を示してくれた。こっちとしては大助かりだ。



『俺が三人と離れた時の事を話して貰う』



 単にこれだけだと、ぶっちゃけ何の意味もない。冒険者ギルド側が疑って来るのは三人じゃなくギルド全体だろうから、俺も含めて全員がグルだと指摘してくるだろうし、俺の事情聴取も作り話と一蹴されるのがオチだ。


 よって『事情聴取が公正に行われた事』『内容の捏造が行われていない事』の二点を証明してくれる第三者の目が必要となる。


 今、扉の向こうには俺達の話を聞いている人物がいる。サクアだ。俺が頼み込んで、ディノーやオネットさん、そして今向き合っているシキさんの話を聞いて貰っている。勿論、この事はシキさん達には直接伝えてはいない。


 サクアはウチに派遣されているとはいえ、所属はソーサラーギルド。その彼女が三人の供述を聞いて、それぞれの辻褄が合っているかどうかをジャッジすれば、それは客観的な意見として成立する。


 仮に冒険者ギルド側が『サクアも城下町ギルドに籠絡されてグルになっている』と訴えようものなら、当然それはソーサラーギルドへの侮辱になる。ウチはソーサラーギルドより格下だからな。ソーサラーギルドにしてみれば『ギルド員が格下ギルドに籠絡された』という訴えは誹謗中傷に等しい。


 そんな主張を冒険者ギルドがすれば、両ギルドの間に溝が出来るのは言うまでもない。コレットは勿論、大半の良識的な冒険者はソーサラーを敵に回すような真似はしない筈だ。


 人の気配を読めるシキさんは、扉の向こうにサクアがいる事に気付いた。多分、正確にこの状況を把握してくれているだろう。ここまでは問題ない。


 ただ……一つだけ厄介な事がある。


 それは――――


「あの場から隊長が離れて、暫くはみんな黙って休憩してたけど……確かオネットが私に話しかけて来たんじゃなかったっけ。最近、隊長と仲良いですねって」


 この話をまた聞くハメになる事。当然ディノーもオネットさんも同じ話をしていたから、これで三度目だ。


 でも仕方ない。話が食い違ってたら整合性が認められないからな。こっちは黙って聞き続けるしかない。


「私が肯定も否定もしなかったのを良い事に、オネットはその後もしつこくその話をしてきたよ。私が隊長をどう思ってるか、隊長からどんな事をされたか、みたいな事をしつこく」


「そ、そう……」


 オネットさん、人妻だけあって恋バナに飢えてるんだろな……戦闘力とのギャップがエグい。


 この件、最初にディノーから聞いた時は生きた心地がしなかった。自分がいない所で自分の話をされるだけでも心がザワつくのに、まして異性からどう思われているかって甘酸っぱいトピックともなると、羞恥心が高まりすぎて脳にゲジゲジが迷い込んだみたいなゾワゾワ感があるよね。


 しかも、この後……


「あんまりしつこいから、『隊長とはラルラリラの鏡をプレゼントして貰う約束をしただけの仲』って言っちゃった」


「それ! なんで言っちゃったの!?」


「しつこかったから」


 いや、理由になってないよシキさん……


 この件をディノーに苦笑いされ、オネットさんに散々からかわれた所為で、俺のメンタルはボロボロなんですよ。まさか他人から冷やかされる人生を歩むとは。生前の俺からは想像もつかない。


 あの時は、ラルラリラの鏡が好意を示すプレゼントになるなんて知らなかったんだよ。そう必死に弁明しても、ディノーもオネットさんも『またまたー』みたいな顔するし……


 一応口止めしたけど、万が一これが他のギルド員に知れ渡ったら大変だ。特にヤメの耳に入ったら……想像するだけで過呼吸になりそうだ。


「でも、看病の事とか手を繋いだ事を話すよりマシでしょ?」


 薄く微笑みながらそう告げてくるシキさんは、俺が思っている彼女の人物像とは全く違っていて、暗殺者って言うより小悪魔っぽかった。




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