第四部02:識と色の章

第247話 甘えないでよ

 その翌日。


 悪い予感に限ってシュバって来るもので、アインシュレイル城下町ギルドは随分とまあ厄介なトラブルを抱えるハメになった。



「どうせお前らの中に犯人がいるんだろうが! わかってんだよ! 早く自首しろや!」

「そうだそうだ! こんな禍々しい暗黒武器をこれ見よがしに展示しやがって!」

「ダークサイドアピールうぜぇんだよこの闇堕ちギルドが!」



 朝っぱらからギルドの外でギャーギャーやかましく騒いでいる連中の声で叩き起され、その内容に思わず頭を抱えてしまう。


 あー、これ知ってる。冤罪被害ってやつですよね。ネットで見た。こういうのいっぱい見た。


 最初は鉱山にいた冒険者どもが叫んでいるのかと思ったけど、外に出て顔を確認した限りでは、全員が一切存じ上げない人達。肉体年齢20歳の俺より若そうだ。


 恐らくあの冒険者が酒場か何かで『俺達の中に犯人がいる』と喚き散らしたんだろう。んで、それを真に受けた正義感溢れる皆さんがけしからんと抗議しに来たと。多分そんな感じなんだろな。


「あの、完全に濡れ衣なんですが」


「はァ!? ンな訳あるか! こんな気色悪い武器飾ってるギルドが被害者ぶっても説得力ねぇんだよ!」

「そうだそうだ! どう見ても呪われてるじゃねーか!」

「調子に乗ってんじゃねーぞ新参ギルドの分際で!」


 ……ダメだ。全く会話にならん。集まっているのは数人程度だけど、みんな若くて血気盛んだから聞く耳持ってない。


 そして、こっちもちょっと反論し辛い面もある。確かに今のウチのギルドは悪に染まっているようにしか見えないもの。まさかこんな形で暗黒武器の展示が足枷になるとは。



 結局、その後も散々ギルドの前で悪し様に言われるのを甘受するしか手立てはなく、30分くらいしてようやく帰ってくれたものの、周囲の住民から猜疑の目を向けられる事態になってしまった。



「はぁ……」


 流石に堪える。けど、いつかこういう落とし穴がある気はしてたんだよ。順調過ぎたもんな今までが。


 何にしても、このままじゃマズい。せっかく地道に積み上げて来た信頼が崩壊しかねない。取り敢えず、ギルド員が来るのを待って展示してる武器を全部下ろそう。


「……」


 もう一度くらい溜息を落とそうかと思ったけど、意外とそういう気分でもなかった。


 別に逆境を楽しむとか、こういう時こそ気を強く持ってとか、そうだ予祝しようとか、そんなエセメンタリストの言いそうな事を考えていた訳じゃないけど――――自分でも意外なくらい覚悟は決まっていた。


 というか、次に起こす行動がもう決まっていた。


 炎上案件は元いた世界で死ぬほど見てきたからな。こう見えてちょっとは学習してるんだ。自分が燃えた経験はないけどね。


 幾らネットのない社会でも、こういう悪評は楽観視して放置したら瞬く間に広がっていき、やがて大火事になる。火消しに最も重要なのは初動。ここで躊躇してたら取り返しが付かなくなる。多少の痛みを伴ってでも、今俺が持っている人脈をフル活用して対策を立てなくちゃいけない。


 ってな訳で、まずは――――





「……で、ここに来たって訳ね。それ、覚悟じゃなくて他力本願って言うんじゃないの?」


 貴族令嬢に冷ややかな目で見られに来ました。にしても見事なまでに的を射たご指摘で。ぐうの音も出ねえ。


 とは言え――――


「コレット絡みの案件を話通さずにこっちだけで対処したら怒るだろ?」


「当然よ! 勝手に動いてコレットを不幸にしたら絶対許さないんだから!」


 そういう訳で、やって来ましたシレクス家。今回の件で最も頼りになるのは間違いなくこのフレンデリアだ。コレットが絡むと面構えが違う。


「まあ、自分の借金については一切泣きついて来なかった貴方の事だから、ギルド全体のピンチって事で私を頼って来たんでしょうけど」


「話が早くて助かる……」


「ただし暗黒武器の件は反省しなさいよ? それがなかったら周りの見る目も大分違ったでしょうから」


 そこはベリアルザ武器商会との信頼関係の問題もあって……と言い訳する事も出来たけど、する意味がない。素直に頷いておこう。


「シレクス家としても、手を組んだ相手が殺人未遂の犯人扱いされるのは不本意だし、何よりコレットが落ち込んでそうだから協力は惜しまないけど……話を聞く限り、ちょっと厄介な状況よね」


 フレンデリアの言う通り、今回もヒーラー騒動とは別の意味で面倒な事になっている。簡単には解決できそうにない。



 問題の根幹は、鉱山で倒れていた冒険者のコーシュを誰が刺したのか、全くわかっていない点だ。



 コーシュはどうにか一命を取り留めたものの、傷は深く長期入院を余儀なくされた。


 ヒーラーのいるこの世界は、怪我治療を魔法に頼っていた事もあり、外科の技術はあまり進歩していない。レントゲンやCT、MRIの装置なんて当然存在しないし、輸血や全身麻酔を安全に行うのも不可能。損傷が激しい場合、回復魔法以外で治すのは難しい。


 とはいえ、回復魔法の使い手であるヒーラーが総じてイカれてるもんだから、ヒーラーから回復して貰うのを拒む者は多い。コーシュもその一人で、頑なにヒーラーだけは勘弁してくれと病院へ運ぶ最中ずっと譫言のように繰り返していた。


 そこで出番となるのが回復アイテムだ。


 魔法同様、この世界ならではの回復方法だけど、魔法とは違いヒーラーじゃなくても傷を癒やせる。よってこの世界の外科医は、手術よりも回復アイテムの処方の腕が重要で、薬による治療を主とする内科とそれほど大きな差はないらしい。


 ただし、回復アイテムは魔法力を消費するだけで使用できる回復魔法とは違い、リスクが大きい。回復効果が高い物ほど強い副作用が出る。


 しかも前提として、回復アイテムの素材は人間が生み出す事は出来ない。専門性と影響力の高いアイテム『アーティファクト』の範疇であり、世界の各所で生えたり湧いたりしているそうだ。


 最もポピュラーな回復アイテムは、鍾乳洞で不定期に滴り落ちる液体【結晶の雫】を使用して生成するポーション。骨まで達していない程度の切り傷や刺し傷なら、これを飲めば即座に止血できる。痛みは残るものの副作用は弱めで、全身が火照ったり動悸や息切れがしたりする程度だ。


 ただ、そのポーションですら大量生産はされておらず、お値段は一本700G。抗がん剤一セット並の金額だ。止血効果が高いとはいえ、かなり高額なのは否めない。


 骨折や内臓の軽い損傷くらいになると、ポーションでは治せず上位の秘薬【バズポーション】が必要となる。これは虹のふもとから生える【七彩草】を用いて生成されるそうだ。そのレア度は結晶の雫の比じゃなく、バズポーションのお値段はなんと30000G。陽子線治療や重粒子線治療といった先進医療の技術料の同等だ。そこそこの新車が買えちゃう。


 コーシュの怪我は、このバズポーション一本でも完治には至らず、週一ペースで三本の服用が必要らしい。一度に複数飲んでも効果はなく、ある程度の期間を空ける必要がある為、入院が必要との事。まあ、ヒーラーの世話になるくらいなら90000Gでも全然安い。ソースは俺。


 で、入院するもう一つの理由は副作用だ。バズポーションの副作用はポーションとは比べ物にならず、キツめのせん妄状態になるらしい。


 主な症状は、幻覚や幻聴の出現、突然攻撃的になって暴れ出す、意味不明な事を口走って周囲を困惑させる、自分が何者で何処にいるのかがわからなくなる……等々。要するに混乱状態なんだけど、それが平均して三日ほど続くらしい。その為、入院中は閉鎖病棟での治療となり、面会は原則として禁止されている。


 だから現在、コーシュとは意思の疎通が出来ない状態だ。


 とはいえ、誰に刺されたのかは本人にもわからなかったそうで、しかも倒れた瞬間を誰も目撃していなかったから、あの騒動から一夜明けた今も犯人の特定には至っていない。


 第一発見者はコレットを除いた冒険者の三人。直前に起こったあの地震で一旦散り散りになって、コレットが駆けつけた時にはもう、俺も目撃したあの惨状になっていたそうだ。


 シキさん、ディノー、オネットさんは地震の直後、俺を探しに入り口の方へ向かったらしい。でも俺の姿は発見できず中へ戻ろうとしていたところで、コーシュを乗せてポイポイで移動中の俺とすれ違った。


 俺はコレットと地震の直後まで一緒にいたし、シキさん達は三人で行動してたんだから、犯人である筈がないんだけど……向こうの三人が口を揃えて『城下町ギルドの連中がグルになってコーシュを刺した』と言い出したもんだから始末が悪い。誰か一人だったら、そいつが犯人で俺達に濡れ衣を着せようとしていると断定できるんだけど……


「もし計画的な犯行だったら、偶然出くわした俺達を犯人にするって発想はそもそもなかった筈なんだよな」


「だとしたら、他の仲間に罪をなすり付けるつもりだったか、若しくは突発的な犯行。普通に後者の可能性もありそうだけど。事前にケンカしてたんでしょ?」


「ああ。でも全員で揉めてたって話だ」


 つまり、ついカッとなって刺したんだとしても、それが誰か特定するのは難しい。あの場で身体検査すれば凶器が出て来たかもしれないけど、そんな状況じゃなかったしな……

 

「朝方、貴方達のギルドの前で喚いていた連中、その冒険者達の差し金でしょうね」


「実際に依頼したのかそう仕向けたのかは知らんけど、多分」


 どうやらフレンデリアも俺と同じ見解らしい。そして、それが事実なら面倒な事になるだろう。


 幾ら冒険者ギルドが住民の不興を買っていても、ポッと出のウチと向こうのどっちを住民が信じるかと言えば、そりゃ向こうを信じる。まして闇堕ちギルドと揶揄されている現状じゃ尚更だ。


 つまり、俺達は犯人じゃない、真犯人は別にいるって事を証明しなくちゃならない。出来るだけ早く。


「取り敢えず、貴方達のギルドに関してどんな話が広まっているのかを調査しましょう。セバチャスン、お願い」


「畏まりました」


 持つべきものは有能な貴族令嬢と執事ですな。恥を忍んで頼った甲斐もあった。


「でも、私達に出来る事にも限りがあると思っておいて。シレクス家も住民からは嫌われてるし、貴方達と手を組んでるのは周知の事実だから、庇い立てしたところで世論は覆せない」


「わかった。肝に銘じておく」


 本人には言えないけど、それは先刻承知の上。信頼面で冒険者ギルドに対抗する為には、同格のギルドに協力して貰うしかない。


 つまり、次に行くべき所は――――





「……合同チームの編成が控えているというのに、随分と面倒な事件を起こしてくれたものね」


 ソーサラーギルドを訪ねると、ティシエラは自室にてお疲れ気味の顔で仕事をこなしていた。


 まさか応接室や執務室じゃなくここに通されるとは……これは昇格なのか、それとも降格なのか。判断が難しい。


 五大ギルドのギルマス部屋だけあって相応に広く、仕事中の執務机もかなり高級に見える。あっ、壁に掛けてるあの武器って、ベリアルザ武器商会で購入したっていうアポリュオンロッドか。本当に飾ってあったんだな。でもウチと違って一つだけだから闇堕ち感はない。寧ろワンポイントの闇が利いてて良い感じだ。


「ウチは巻き込まれただけな。文句があるなら冒険者ギルドにどうぞ」


「ええ。貴方達の仕業なんて微塵も思っていないわ」


「……」


「何?」


「いや、ティシエラからそんな事言われると、逆に疑われてるような気がして……」


「そこに掛けてる杖で人中を殴打されたいの?」


 嫌です。流石にそれをご褒美と思う事は出来ません。


「名前の挙がった冒険者三名と、被害者の男……揃いも揃って問題児ばかりね。十分な実力があっても、合同チームに入れるのを躊躇する程度には」


「だからテストしてたんだろうな」


 冒険者は個人事業主だから、協調性のない奴も多いんだろう。魔王討伐じゃなく探索チームとはいえ、揉め事を起こすような奴を入れるのは抵抗あって当然だ。


「ソーサラーギルドとしても、何の憂いもなく冥府魔界の霧海を消す為のアイテムを探したいだろ? 速やかな事件解決の為に協力して貰えると助かるんだけど」


「それは難しいわね。冒険者ギルドのいざこざに私達が介入するのは、後々の事を考えても得策とは言えないわ」


「だったら、何かあった時に俺達の味方してくれるだけでも良いからさ」


「……甘えないでよ」


 っと……今のはちょっとヤバいな。前世でモテない人生を送ってきた俺には刺激が強すぎる。もう一回言ってくれないかな。


「それにしても、コレットも難しい立場に立たされたものね」


「ああ。俺達を庇い立てすればギルド員から何言われるかわからないし」


「それだけじゃないわ。貴方もわかっているんでしょう?」


 不意に――――ティシエラから緊張感が迸る。


「この件、間違いなくあの子を貶める為の計画的犯行よ」


 残念ながら、その見解は俺の想像と一致していた。



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