第246話 誤算
完全に誤算だ。
モンスターもいなくなった安全圏の初ダンジョンで、気軽に鉱石を採集するだけの遠征だとタカを括ってたのに……まさかここまで厄介事の詰め合わせセットとは。
「おい! お前何者なんだよ! 姿見せろ姿!」
返事は……ない。今回は言い争うつもりはないらしい。マジで俺を殺そうとしてるのか?
だとしたら相当ヤバいな。念の為にこん棒は持ってきてるけど、俺の戦闘力じゃ得物があろうと心許ない。
どうする? このままポイポイに乗って移動を続けても良いのか? 仲間を巻き込む事にならないか? ここで一旦止まって、ポカ続きとはいえ戦闘面では一番頼りになるペトロを喚び出し、攻撃に備えるべきか?
……いや。ここはそのまま前進だ。
最初あの声が聞こえた時、俺は突然背後から刺されて死にかけた。でも二度目は特に害が及ぶ事はなく、怪盗メアロが現われると同時に逃走を図った。
この事から、奴は直接俺に危害を加える事は出来ないとわかる。もし出来るなら、二度目の時も一瞬で俺を仕留められた筈だ。一度目の時は、誰かを操っていたか何かして間接的に干渉して来たんだろう。
実態の見えない敵は怖い。でも過度に怖がっていたら見えるものまで見えなくなってしまう。どの道、俺の戦闘力じゃ出来る事は少ないし、ペトロだって万能じゃない。ここは守りを固めるより、一刻も早くシキさん達と合流すべきだ。
「ギョギョギョーッ」
俺の判断について知る由もないポイポイが、まるで勇気付けてくれるかのように声を上げる。まだ数回しか喚び出していないのに、まるで昔から相棒だったかのような信頼関係を築けている……のか? 良くわからんけど。
幸い、読み通り移動中の俺に対する攻撃はない。油断は出来ないけど、現状では危険が差し迫っている訳じゃなさそうだ。
……でも妙だな。ポイポイのスピードなら、そろそろフラワリルを採取していた場所に辿り着いていないとおかしい。それなのに、一向に到着する気配がないのはどういう事だ?
自分の体内時計が間違っているのかと思っていたけど、どうも……そういう訳じゃなさそうだ。さっきから分かれ道にすら差し掛かっていない。
これまさか――――無限ループにハマった?
いやゲームでは良くあったけど! ゲームに良く似た世界ではあるけども! 嘘だろ……? でも他に適切な説明が出来る仮説が思いつかない。
この状況で考えられるのは一つ。あの謎の声の主、幻術か何かで俺をハメやがったんだ!
まさかこんな手を使ってくるとは……逆に言えば、直接的な攻撃が出来ない証でもあるから、読み自体は間違ってなかったんだけど。
「ポイポイ! 一旦ストップ!」
「ギョギョーッ」
慣性の法則で俺が前に吹っ飛ばないよう、徐々にブレーキを掛けてくれる。なんて気が利く鳥類なんだ。
「ありがとうな。また宜しく頼む」
「ギョイッ」
ポイポイの背中から下りてそう伝えたのち、今度はカーバンクルを喚び出す。ただし宝石を作るのが目的じゃない。
「……ってな感じで、進んでも進んでも目的地に着かないんですが、そういう魔法やスキルに心当たりないですか?」
年の功じゃないけど、俺の契約した精霊の中で一番物知りと思われるカーバンクルにダメ元で聞いてみる。何か少しでも手掛かりになるような情報が聞ければ儲け物――――
「無論ある」
おおっ、流石ジジイみたいな喋り方のリス! 偉そうにしてるだけはある。媚び売っておいてよかった。
「この手の妖術は闇堕ちした精霊の十八番であるからな」
……え? あの声の主って精霊なの? 俺、精霊に付け狙われてるのかよ……
闇に堕ちたって事は、モンスター側と結託した精霊って事なんだろう。精霊が全て人間の味方って感じもなかったしな。
「解除方法はわかりますか?」
「術者または契約者の死亡。そ奴らの契約解除」
どっちも術者自体が何処にいるのかわからない現状じゃ不可能だ。一体どうすりゃ――――
「若しくは、術式の定義破壊」
「……定義破壊?」
「この手の妖術は大抵、特定の領域に特定の人物を固定する事で成立させるものよ。なれば、領域そのものを破壊してしまえば定義が失われ、術も解けるという寸法だ」
成程。うん、無理です。そんな破壊力は俺にも俺の呼び出せる精霊にもない。っていうか普通に危ない。ただでさえ、さっきの地震で地盤や天井が脆くなってるかもしれないのに、破壊活動なんてしたら落盤や崩落に巻き込まれて死ぬ。
とはいえ、姿も見えない術者を倒すよりはまだ現実的だ。術式の定義破壊とやらを狙うしかない。
でも、どうする? 破壊は出来ない上、無限ループの有効範囲がどれくらいなのかも想像つかない。これじゃ、何をどうすれば良いのか……
なんて迷ってる暇はない。やれる事を試してみるしかないだろ。
「カーバンクル、領域を破壊する事で術が解けるのなら、同じ理屈でターゲットにされた人物が破壊されてもループは解除できる?」
「それは標的が死んだ場合という事ぞ? 無意味な問いとしか思えぬが」
「いや、もしそうなら、『ターゲットと同じ情報を持つ別人』が破壊された場合でも、定義破壊が成立するんじゃないかって思って」
俺のその思い付きに対し、カーバンクルはキョトンとした可愛い顔で暫く沈黙したのち、ビクッと身体を震わせた。
「まさかヌシ! 自分に代わってこのカーバンクルを生贄とする気か!? ならば余りに浅慮たる思考……契約した精霊と言えど、契約者と情報が同一になる筈がなかろう」
「はい今日は本当にありがとうございましたー」
「ぬうっ! まるで難癖つけてくるジジイを軽くあしらう物言い! なんたる屈辱――――」
全部言い終わる前に、カーバンクルには精霊界にお帰り願った。理由は単純。他の精霊を喚び出す為だ。
「出でよフワワ!」
試す価値はある筈。
ただ問題は……
「あるじ様と完璧に同じアバター、〃o〃ですか?」
「そう。難しいとは思うけど、挑戦してみてくれないか?」
今まで一度も成功例がない、っていう厳しい現実が目の前にある事だ。
フワワが生み出した俺のアバターは俺のコピーなんだから、俺と同一の情報を持った存在の筈。なら、そのアバターを生み出して破壊すれば、定義破壊が成立するかもしれない。
後は、フワワに賭けるしかない。
「ふわわ……」
案の定、フワワはプレッシャーのあまり全身ガクガクに震わせて涙目になっている。背負わせ過ぎてしまったのは否めない。
けれど、他に頼れる者はいない。
「フワワ。ここは君の見せ場だ」
「見せ場……〃o〃ですか?」
「そう。今、俺は絶体絶命の危機に瀕していて、その俺を救えるのはフワワ、君だけしかいないんだ。でも責任は感じなくて良い。俺にとっては、可能性があるってだけで奇跡なんだ。フワワがいてくれなきゃ、思いつきを試す事さえ出来なかった。だから、失敗したって責めたりはしない」
「で、でも、もし上手く出来なかったら、あるじ様が……」
「大丈夫。上手くやれるまで待つから。失敗したからって再チャレンジ出来ない訳でもないからさ」
俺にとって精霊は、命令する相手じゃない。フワワは何故か俺を『あるじ様』と呼んでいるけど、こっちが助けて貰っている立場なんだ。
「頼む。力を貸してくれ」
でも、頭を下げるような真似はしない。そんなのはフワワを追い詰めるだけだ。対等の立場で懇願するくらいが、きっと一番良い。
「……わかりました。出来ないかもしれないですけど、あるじ様の御期待にお応えする為に頑張る〃‐〃です」
「ありがとう」
俺の気持ちが通じたのか、フワワも覚悟を決めてくれた。
……なんか俺、人間より精霊との方が良好な関係築けてるよな。まあ良いんだけど。
「行く〃o〃です!」
斯くして、フワワがかつてない集中力で生み出した俺のアバターは――――
「……」
「……」
顔面の大半が顎だった。
「なんでだよ!!」
――――と、思いっきり叫んでツッコみたい気持ちを抑え、かろうじて心の中だけで抑える。実際に言葉にしたらフワワのメンタルが死ぬからね。にしたってこの出来は……バランスどうなってんのこれ。目と鼻と口が全部、額の位置にあるんだけど……
「失敗◞‸◟です」
「気にするな! 仕方ないさ! こんなのはもう、こん棒でこうだ!」
失敗作がいつまでものさばっていると余計に傷付くだろうから、こん棒で思いっきりブッ叩いて消えて貰う事にした。脳天を叩けば顔の位置が下がって丁度良いバランスになるのを期待したけど、そうはならんか。
ただ――――
「いや……ちょっと待って」
アバターが消滅した瞬間、景色が変わった。
ずっと前方に一本の坑道が伸びているだけだったのに、すぐ前に左右への分かれ道がある。どう見ても無限ループから脱出できた証だ。
「なんでだよ!!!」
やっぱり魂の叫びを心に閉じ込める事は出来んよ。
どういう事? あの顎お化けのアバターと俺が同一の存在って認識された訳? ほぼ顎だったぞアレ……
「ありがとうフワワ。君のお陰で俺は無限ループの地獄から抜け出せた」
「ふわわ……あるじ様、唇から血が」
「血涙なんて流せないからね。これはその代わりなんだ」
多少プライドは傷付いたけど、どうにか謎のトラップからは脱出できた。後はみんなと合流するだけ。
――――そう思っていたんだけど。
「……いねぇ!」
フラワリルの採集場にあるのは、鉱石とツルハシ代わりの武器だけだった。
これは……どう解釈したら良いんだ?
①俺が無限ループに引っかかっている間、先に脱出した
②俺と同じように仲間達も無限ループに囚われている
普通に考えたら①だ。あの声の主が犯人なのは間違いないし、奴の狙いは俺だけみたいだからな。過去に同じような奴から襲われたって話は誰からも聞いた事ない。あの無限ループの最中は亜空間みたいな所に閉じ込められていて、それに気付きようもないシキさん達は俺を素通りし、すれ違いになった……って感じか。
だったら、ここにいても仕方ない。俺も急いで脱出……いや、その前にコレット達の様子を見に行くか。前の人生で人と殆ど関わらなかった反動か知らんけど、やたら他人の心配するようになったなあ俺。弱い癖に。
「ポイポイ、最初の分かれ道を左じゃなく右に頼む」
「ギョギョーッ」
そんな奧には行っていないだろうし、すぐ追いつける筈。
お、コレットの後ろ姿発見。立ち止まってるって事は、あの辺りに他の仲間達もいるのか。
「コレット! ここは危険だ! 早く……」
……なんか様子が変だな。緊急事態なのはわかっている筈なのに、ボーッと突っ立ったまま動かない。一体どうしたんだ?
「おいコレット! 何してんだよ!」
「トモ……?」
傍まで駆け寄って、ようやく俺を認識する始末。ポイポイの足音って結構大きいと思うんだけど、それにすら気付かないとなると……よっぽどの事が起こっているのか?
「あの規模の地震だとすぐ余震が起こる可能性が高い。さっさとここから――――」
思わずそこで言葉が止まってしまった。
コレットの背中越しに、視界に入った光景によって。
そこには、血まみれになって倒れている人間がいた。
事故のようには見えない。落盤の形跡は見られないし、血が出ているのは頭部じゃなく身体から。つまり転倒でもない。鋭利な刃物か何かで刺されたとしか思えない。
倒れているのは……コーシュって名前の冒険者だ。確か防御技術が高いって話だったけど、その彼が何者かに殺られたって事なのか……?
「痛いぃ……」
あ、生きてた。流石レベル50台の冒険者。生命力凄いな。
つーか、だったら一刻も早く連れて行って治療しなきゃダメだろ! 何ボーッとしてんだよ!
「コレッ――――」
「お、オレじゃない! ちゃんと見てくれよ! 信じてくれよ!」
「ああああああたしじゃないよ! 同じギルドの仲間をこんな所でやる訳ないじゃない!」
「みんな落ち着いて。取り乱すべきじゃない。罠だ。これは罠だ」
……何これ。
三人揃って重傷者を運ぼうともせず自己弁護とか……思ってた以上にヤバいな冒険者ギルド。コレットも困惑してまともに対応できていない。
「さっき会ったあの新米ギルドの連中が僕達を陥れる為に仕組んだ罠だ。こんな所に来るのはおかしいじゃないか。それが罠だという証拠」
「はァ!?」
言うに事欠いてなんつー事言い出すんだあのメキトって野郎! フザけるのも大概にしやがれ!
「そ、そうだ! そいつが犯人だ! 犯人は現場に戻るって言うよな!? 殺したのはそいつだ!」
「間違いないよ! あたし達みたいなハイレベルな冒険者を殺してさぁ! 冒険者ギルドを弱体化させて五大ギルドの座を奪うつもりなんだ!」
……頭痛くなってきた。何なのコレ。俺は一体何に巻き込まれてんだよ。
「死んでないのお……病院……連れて行ってよお……ヒーラーは嫌ぁ……ヒーラーだけは……ぁ……」
取り敢えず、怪我人に罪はないんでポイポイに乗せて病院へ運ぶ事にした。
ややこしい事態になる事を確信しながら。
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