第245話 激化
手押し車を買う道中、コレットの説明……というか愚痴を延々聞くハメになった。
その話を要約すると――――
「人間関係がグチャグチャになってる訳か」
「うん。グチャグチャって言うよりグッチュグチュって感じだけど」
なんだろう。本人はよりネットリした厄介な状況って言いたいんだろうけど、微妙に淫猥な表現に思えて顔が熱くなってしまった。この場合、コレットが世間知らずなのか俺が考え過ぎなのか微妙なラインだよな……まぁそれは兎も角、どうやら冒険者ギルドの内情は相当面倒臭い事になっているらしい。
俺がアインシュレイル城下町に転生した直後の冒険者ギルドは、一言で言えば盤石だった。
レベル69のベルドラックこそ不在続きで不信感を持たれているけど、彼以外にもレベル78(当時)のコレット、63のディノー、60のアイザックなど沢山の猛者がいて、50台の若手も少なくない。聖噴水の恩恵もあって防衛面は完璧。当時のギルマス、ダンディンドンさんの求心力も高く、ギルド運営に不満を抱く者も少なかった。
けれど少しずつ、状況は変化する。
ケチの付け始めは、あのモンスター来襲騒動。街の防衛が聖噴水頼りだった事を露呈すると共に、モンスターの恐ろしさを改めて思い知らされた住民達の一部が冒険者ギルドに不信感を抱いた。一体、彼等は何をしているのか。いつまで経っても魔王討伐は果たされないし、街も満足に守れない。何の為に冒険者はいるんだ――――といった批難の声は、当然冒険者の耳にも入る。
その後、ヒーラー騒動で街中が大騒ぎになり、住民は震えながら日々を過ごす事になる。最高の治安を維持していた筈の終盤の街が、一時期は無法地帯のようになってしまった。
加えて、冒険者ギルドの名声を支えていたレベル60台の面々が相次いで離脱。ディノーやアイザックといった若い才能が立ち去った事で、住民から向けられていた厳しい目は更にその度合いを増す事となった。
当然、コレットもその状況は理解している。だからこそ、ソーサラーギルドと合同でチームを結成し、魔王討伐の為に動き出している。成果が出れば、住民は一気に掌を返す事になるだろう。
けれど、ギルド内はコレットの方針とは裏腹に、別の事に関心が向いているという。
――――エースの不在。
レベルという序列において、ダントツで1位のコレットが現役を引退してギルマスとなり、レベル60台も軒並みギルドを離れた。常に不在のベルドラックは戦力として数える事が出来ない。よって、冒険者ギルドには現在、絶対的なエースがいない状態だ。
誰が一番、次期エースに相応しいのか。それをテーマにした議論は毎日、ギルドの様々な所で行われている。
エースとは、そのギルドにおける絶対的な存在。ただし、必ずしも実力が全てじゃない。実績や人柄も含め、多くのギルド員から尊敬され信頼を得ている人物でなければ、絶対的とは言えない。現にレベルでは現役最高の数字を誇るベルドラックをエースと呼ぶ者はいない。重要なのは、実力に加え周囲からの評判も含めた総合力だ。
その議論に留まっている内は問題なかった。ダンディンドンさんやマルガリータも、コレットに『多少の口論くらいなら放置しても大丈夫』と助言していたみたいだし、誰がエースに相応しいかという論争はギルドの活性化にも繋がるため、決して悪い方向には向いていないとの認識だったそうだ。
けれど、事態は急速に激化してしまった。
大きな要因となったのは、レベル58の冒険者グノークスとやらの失墜。彼はレベルの高さもあってエース候補の筆頭だったが、コレットが失踪したあの時、一緒にアンノウンを討伐しに向かった一人だった。
一時的とはいえギルマスを失う原因になった戦いに参加し、為す術なく戻る以外に何も出来なかった事で、グノークスの求心力は大幅に低下した。
代わりに台頭してきたのが、今回調査の為に集めた四人。
圧倒的な攻撃力を誇り、モンスターとの戦闘では誰よりも頼りになると評判のウーズヴェルト。対照的に、守りにかけては天下一品で、鉄壁の彼がいればコレットが攫われる事もなかっただろうとさえ言われているコーシュ。軍師としての能力の長け、且つ戦闘力も十分備わっていて、トータルでは最も優れた冒険者と評判のヨナ。
そして――――成長著しく、多くの冒険者に一目置かれているメキト。
この面々が現在、非常に仲が悪いらしい。
ただ、単に仲が悪いだけなら大した問題じゃない。みんないい大人なんだから、仕事に支障が出なければ個人の好き嫌いに言及する必要はない――――と思うじゃん?
「もうね……支障出まくりんくなの」
「出まくりんく?」
その意味は良くわからないけど、話を聞く限りでは確かに面倒な事態になってしまっている。
この四人、エース候補としての競争意識だけでなく、恋愛面でも拗れているらしい。
中心にいるのは当然、紅一点のヨナ。元々彼女はグノークスの恋人だったらしいが、彼が失墜した直後に別れたそうで、その後はコーシュと付き合い始めた。
が。
このコーシュ、実はウーズヴェルトの恋人だったそうだ。所謂バイセクシャルってやつだ。
それ自体は何の問題もないけど、どうも彼『男性の恋人と女性の恋人は別腹』と考えるタイプらしく、悪びれもせず二人同時に付き合う事にしたそうな。当然のようにバレて修羅場まっしぐら。
この時点で既にグチャグチャなんだけど、まだ序の口なんだよね……
「ヨナさんはヨナさんで、次にギルドで一番権力を持つ男性を狙って恋人を決めてたみたい。ウーズさんはウーズさんでDV疑惑があるし……」
「で、一人無関係のように思われたメキトも……」
「なんかね、その場にいない人の悪口を色んな吹き込んで、不信感や疑心暗鬼を持たせてるって噂があって……マインドコントロール的な? 三人の対立を煽ってるみたい」
いやおかしいよ。それ普通、計算高いタイプがやるやつじゃね? 成長性Aで主人公っぽい名前の奴がやる事じゃないよね。
「しかもメキトって、普段クールなのに二人きりになると末っ子みたいに甘えてくるタイプなんだって」
「それ誰が言ってたんだよ」
「ヨナさん」
……地獄だ。これは人間関係グッチュグチュですわ。
「良くそんな四人と一緒に来る気になったな」
「逆に四人いれば、牽制し合って問題起こさないかなって思ったんだけどねー……」
誰が先頭を歩くかで揉め、誰がコレットを護衛するかで揉め、モンスターが出た時の対処方で揉め、現在四人はこの上なくギスギスした空気で鉱山内の調査を進めているそうだ。
何が恐ろしいかって、自分達が合同チームに入れるかどうか試されている状況なのをわかった上で、何度も揉め事を起こしている事。メンタルが幼過ぎるのか、自分の将来を台無しにしてでも牙を剥きたくなるほど毛嫌いしているのか……
「トモは人間関係で悩んだりしないの?」
鉱山内に戻り、購入した手押し車をゴロゴロ押しながら進む俺に、コレットは率直な質問を投げかけてきた。
お前……どの口でそれ言うんだ?
「仲良くして欲しい人達はいるけどさ。原因がわからないから、フォローのしようがない」
「そうなんだ。トモもそういう苦労してるんだねー。私だけじゃないって思うと勇気出てくるよ」
「ペッ」
「え!? なんで唾棄したの!?」
当事者にそんなん言われたら誰だってアルパカみたいになるだろ。いや実際には吐いてないけど。ポーズだよポーズ。神聖な初ダンジョンにそんな汚い真似しません。
「はぁ……ゴメンね、愚痴聞いて貰っちゃって」
「まあ、俺になんとかしてって泣きついて来なくなっただけでも成長してるよ。でもマルガリータさんとか相談できる相手はちゃんといるんだから、一人で抱え込まない事」
「うん。そうする」
コレットがニッコリ微笑んで、そう返事した刹那。
――――それは起こった。
「!」
一瞬、全身が宙に浮いたような感覚になって思わず息が詰まる。
「うぉおっ! ヤベっ!」
同時に、凄まじい揺れと畳みかける轟音。
間違いない。これは……
「何!? 誰か攻撃魔法使った!?」
「違うコレット! 地震だ!」
マズい。街中なら兎も角ここは鉱山の中。天井が崩れて落ちてきたら一巻の終わりだ。幾らコレットが規格外に強いと言ってもこの規模の岩山が崩れたら対処しようがないし、生き埋めになったらヒーラーの蘇生魔法も使用できない。
つまり――――助からない!
「……っ!」
コレットは悲鳴をあげる事なく、でも全身を強張らせた様子で天井を見上げている。考えている事は同じだ。もう祈るしかない。
頼む。耐えてくれ……頼む。
まだこんな所で死ぬ訳には――――
「……」
どうやら……
揺れが収まってきた、か?
まだわからないけど、崩壊しそうな気配はないし、一応大丈夫そうだ。
「ふーっ……」
まさかこのタイミングで地震とは。確か選挙の時もあったよな。あの時は震度5弱くらいの揺れだったけど、今回はもうちょい激しかった気がする。全身が締め付けられるような感覚で、息が詰まって窒息しそうになった。
幾ら地震大国日本出身でも、この感覚に慣れるのは無理だ。ましてこんな場所での地震なんて経験がない。生きた心地がしなかった。
「コレット、大丈……」
「……」
放心状態か。無理もない。前回の地震でのイリス達の反応を見る限り、この街の住民は地震に慣れてないみたいだからな。怯えるのが普通――――
「……ん? ちょいとコレットさんどったの?」
急に動き始めたかと思いきや、コレットは無言のまま早足で出入り口の方へと向かい、俺から離れて行った。近くに曲がり角があったから直ぐに姿が見えなくなる。
いや……そりゃ崩落の危険があるから一刻も早くここを逃げ出さなきゃいけないのは理解できるけどさ。その前にギルマスとして仲間の安否を確認しなきゃダメだろ。
ギルマスになって、精神的に一回り成長したと思ったんだけどな……
あれ。すぐ戻って来た。
「良かった。大丈夫だった!」
……何が?
え、何を確認してきたの? 出入り口までの道が崩落で塞がっていないかとか、そういう事? でもそれなら出入り口まで行って確認しないと意味なくね?
「えっと、コレット……」
「@@」
あ、ダメだ。なんか目がグルグルしてる。これは聞いちゃダメなやつですね。社会人として。
「取り敢えず、奧へ向かおう。仲間と合流しないと」
「そ、そうだね。えっと……うん。そうしよ」
まだ緊張感が持続しているのか、コレットの動揺は収まっていない様子。斯く言う俺も同じだ。地震の直後に時間差で土砂崩れが起きるなんて珍しくもなかったからな……同じ事がここで起こらないとも限らん。
「出でよモーショボー! ポイポイ借りるぞ!」
「うーい」
幸い、この辺りの坑道はそこそこ広いからポイポイも十分通れる。それなりの距離があるから、走って向かうよりコレットと二人でポイポイに乗せて貰う方が早く着くだろう。
「それじゃ、頼む」
「ギョギョッ」
こっちの緊張感が伝わったのか、俺とコレットが乗った途端にポイポイは走り出した。
「地震、前もあったよね……こんなに頻繁に起こる事、今までなかったのに」
「しかも今回の方が揺れ激しかったし、嫌な感じだよな」
これが震度3や4くらいの規模だったら、余震って考える事も出来たんだけど。まあ、今回のが本震で選挙の時のが前震だったのかもしれないが。
何にしても、フラワリルの採集は難しくなってしまった。手押し車押している場合じゃないし、あれも無駄な買い物になってしまったな。でも仕方ない。万が一の事を考えたら、ここに長期滞在は出来ない。またすぐ地震が起こるかもしれないし。
「そう言えば……」
駆け足で移動中、コレットがポツリと呟く。
「前の地震の時、ケルピーが大量発生したんだよね」
馬の姿をした精霊、だったか。あの時はミッチャが選挙を妨害する為にあの馬どもを召喚したんだったっけ。
……ミッチャか。
結局、アイザックが王様になった時には一度も姿を見せなかったな。アイザックを助ける為に奔走していた他の二人とは明らかに違うスタンスだ。
みるみる転落していったアイザックに愛想を尽かしてしまったんだろうか。それとも、敢えて独自路線で奴を助けようとしていたのか。
何にしても、ちょっと不気味な存在なんだよな……
『テイマーの仕業でしょうか?』
……まさかな。
「私のパーティはこっちだから」
「ああ。外で会おう」
分かれ道でコレットを下ろし、俺はそのままポイポイに乗ってフラワリルの採集場へ向かう。
ここからはそう遠くないし、もう少しで合流――――
そう簡単にいくかな?
「……!?」
今のは……俺を付け狙ってた、怪盗メアロに追われている声だけの奴! この緊急時にまた絡んで来やがったのかよ!
今度は逃がさない。絶対に。
その声は、これまで以上に俺への執着を剥き出しにしていた。
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