第385話 貴方は知り過ぎた
予想外の大型モンスターに遭遇し、どうにか撃退に成功した翌日。
「お手柄ね。グランディンワームは捕捉が困難なモンスターだから、中々狙っては退治できないの。行商や旅人が被害に遭いかねないから駆除して貰えたのは助かるわ」
冒険者じゃないから別にモンスターを倒した事を伝える義務はないけど、レアモンスターって事で一応冒険者ギルドに報告したところ、ティシエラがウチのギルドにやって来た。
と言っても別に不自然な事じゃない。この手の情報はフィールドに出る職種のギルドにはいち早く伝達されるようになっているから、ソーサラーの耳に入るのは自然の成り行きだ。
「まー俺は何もしてないんだけどな。倒したのは残念新戦力と冒険者ギルドからの刺客だし」
「残念新戦力とは私の事か……まあそう言われるのも仕方ないな……今は全てを甘んじて受けよう」
「刺客ってなんですか刺客って! サブマスター見習いってちゃんと言って下さい!」
ほぼ同時にツッコんできた二人だけど、そのテンションは対照的。アクシーは朝一で誰にとは言わんが二本の剣を根元から粉々にされて放心中、アヤメルは昨日冒険者ギルドでコレットに褒められて以降ずっとホクホク顔だ。
ちなみにアクシーは普通の下着とシースルーの服を着ている変則半裸スタイル。仮面の代わりに厚化粧をしているし剣も折れた状態とはいえ二刀流である事に変わりないからか、精神年齢はそれなりに高めらしい。
「新戦力を加えるのは結構だけど……もう少し社会に溶け込める人材はいなかったの?」
はいジト目頂きました。アクシーは当然として、アヤメルも得物が包丁だからな。呆れるのも無理はない。
「いや、まあ……」
「アクシーは少し特殊な格好をしているけど、実力は冒険者の中でも随一だし広い視野で物事を捉える洞察力も持っている。彼の能力の高さは俺が保証するよ」
気心知れているディノーのフォローに、アクシーはイケメンらしく涼しげな口元で『フッ……』と笑った――――つもりだろうけど化粧が厚過ぎる所為でサマにはなっていない。寧ろジョーカーの猟奇的な笑みに似てる。
「アヤメル君とは余り接する機会がなかったけど、彼女も誠実な冒険者だったよ。武器の種類で人間性が診断できる訳でもないしね」
「……そうね。アヤメルさん、先程は失言だったわ。御免なさい」
「あっ、いにぇ! じぇんじぇんじぇんじぇん、つぇん然大丈べっす! 」
えぇぇ……何その噛み倒し。ティシエラが相手だとこんなに緊張すんのかよ。自分を散々天才って言ってる癖に……
「少し込み入った話もしたいから、応接室に通して貰える?」
「勿論構わないけど。ヤメ、来客用のハーブティー用意して貰える?」
「あいよー」
ヤメがサブマスターになった事で、この手の頼み事は彼女に一任する事になっている。若干の不安はあるけど、幾らヤメでもティシエラ相手に変な事はしないだろう。
にしても……自分のプライベートルームも兼ねているギルマス部屋にティシエラを招くのは緊張するな。正直心臓には良くない。
ま、仕方ないけどさ。ホールでの会話だとギルド員が聞き耳立ててくるからな。特に中年オヤジ共が。あいつらティシエラやイリスが来るとすーぐ鼻の下伸ばしやがる。
でも今日は妙に大人しい。寧ろ奴等の視線は――――
「おーいアヤメルちゃん! こっちで話しようぜ!」
「昨日の話もっと聞かせてくれよぉ!」
「はーい!」
あ、そうか。昨日はアクシー以外と会う機会がなかったから、今日が実質的なアヤメルの城下町ギルドデビューなんだ。
包丁はともかく、彼女の容姿そのものはオヤジ共にウケが良くない訳がなく、案の定すごい食いつきだ。見ろよ連中の締まりのないあの顔。ホント気持ちわかるわ。
「でも胸ばっかりジロジロ見ないでくださいね? 私そういうのホント好きじゃないんで」
「わ、わかってるよぉ! わかったから包丁の切っ先向けないでくれよぉ!」
パブロやベンザブを早々に軽くあしらっている。やるなアヤメル。昨日とは打って変わって包丁が似合ってる。
あの様子ならセクハラの心配はないだろう。さっさとギルマス部屋に行こう。
「相変わらず賑やかなギルドね」
「お褒めに預かり光栄です。そちらのギルドも評判が宜しいようで」
「ええ。おかげさまで」
皮肉には皮肉で返す。ティシエラ相手だとそれが全く嫌味にならない。俺も彼女も言葉遊びが好きだから、そこのところでは気が合う。
「怪我はしてないの? 今回も戦闘に参加したんでしょ?」
「着地失敗で少し背中擦ったけど大丈夫。それより応接室って言っても俺の部屋と兼任で申し訳ないな」
「出来て間もないギルドだもの。気にしなくても……――――」
扉を開けた途端、ティシエラの足がパタッと止まった。
「あの棺桶まだ持ってたの……?」
今日も今日とて部屋に来るなり棺桶トークですか。実は女性受け良いアイテムなのでは?
「そりゃ持ってるよ。初めてティシエラから貰った物だからな」
「……だったら日中は布でも被せておきなさい」
気は合うのに趣味は全然合わんな。なんでだろう、暗黒武器やゴスロリ衣装が好みなら棺桶も守備範囲内だと思うんだけど……解釈違いか?
「で、込み入った話って?」
座るよう促し、俺自身が腰掛けたタイミングで問う。ティシエラとは大体長話になるからな。今日も気合いを入れて臨むとしよう。
「幾つかあるけど……そうね。まずは冥府魔界の霧海について話しておくべきかしら」
「…………ああ。魔王城の周りに漂っていて人間を遮ってる毒性の霧ね」
「その説明口調は何?」
深い意味はありません。
「貴方から聞いた霧を晴らす方法、こちらでも検討を進めていくわ。それに並行して調査チームも計画通り派遣するつもりよ」
「え? そうなの?」
「貴方を信じていない訳ではないけど、魔王の側近だった人物の言葉をそのまま受け入れる訳にもいかないの。理解して貰えると助かるわ」
ま、そりゃそうか。俺だってサタナキアに全面的な信頼を寄せている訳じゃない。友達だから無条件で信じるってんじゃトモダチ教の信者だ。
「聖噴水の水を熱して湯気を立たせる事自体は特に難しくはないと思うの。問題はそれをどの程度の時間持続すれば良いか。検証には相応の時間が掛かるから、その間に調査チームには別のアプローチを模索して貰うつもりよ。だから当初の予定通り、貴方のギルドからもディノーを借りる事になると思うわ」
「了解。出発予定日は?」
「まだ正式には決まっていないけど、遅くとも10日後には派遣するよう調整中よ」
って事は、10日後にはディノーと暫くお別れになるのか。だったら慰安旅行はその前に行けるように準備しておかないとな。あんまり見せ場を作れていないとはいえ、ディノーも立派な功労者。仲間外れみたいにはしたくない。
「この話は以上よ。次に五大ギルド入りの件だけど……」
「あ、失格? だったら仕方ないなー入りたかったけど残念だなー縁がなかったかーこりゃもう一生無理だなーもう諦めよっか」
「……そんなに加入したくないの?」
そりゃそうだろ。あんなギスギスした会議に毎回出席しなきゃならないとか地獄かよ。
「結論から言うと保留よ。緊急を要する訳じゃないから、暫定的に四つのギルドで城下町を纏めて、必要に応じてこのギルドにも協力を要請するわ」
「いやだから加入の意志はないんだって」
「簡単に言わないで。サタナキアとの関係もそうだけど、私達にとって貴方とこのギルドはもう到底軽視できる存在じゃないの。だから仲間として迎え入れるべきだと今後も主張していくつもりよ」
「なんかもう、仲間にならないのなら最悪潰すしかないってニュアンスに聞こえるんですけど」
「本来ならそうかもしれないわね。『貴方は知り過ぎた。深く関わり過ぎた』って宣告しましょうか?」
「……遠慮しておきます」
ジョークかとも思ったけど、ティシエラはこんな冗談を言うタイプじゃない。実際、もう何度も五大ギルド会議に出席した影響で城下町の事情を色々知り過ぎてしまった感は確かにある。口封じは決して大袈裟な対処方法じゃないのかもしれない。
「幸い、貴方は他のギルドマスターとも良好な関係を築けているから、そういう声は全くあがっていないけど」
「なら良かった」
「でも、このまま五大ギルド加入を拒み続けたら、その心証だって変わる可能性は否定できない。安定したギルド運営をしたいのなら、多少の煩わしさは受け入れて加入する事を推奨するわ」
ティシエラは、いつだって真摯な目を俺に向けてくる。でも今の彼女の顔は、普段とは少し違っていて――――心配しているようにも見えた。
「わかった。考えとくよ」
「断る時の常套句じゃない。前向きに検討すらしないつもり?」
「いやだって真面目な話、実績も格も違い過ぎるんだって。常に下っ端として扱われる訳だろ? 正直メリットも感じないし」
「メリットなら幾らでもあるでしょう。貴方が日頃から口にしていた住民からの信頼を、これほどわかりやすく得られる方法は他にないわよ? 仕事だって格段に取りやすくなるし」
やけにウチを五大ギルドに入れたがるな。これってやっぱりアレか? 格下のギルドがいた方が自分達にとって有利だからか?
「……それはそうと、冒険者ギルドから来ているサブマスター候補の子。アヤメルって名前だったわね。どう? 彼女」
俺のそんな疑念を察したのか、露骨に話を逸らしてきた。
「グランディンワームの急襲にも混乱はしてなかったし、ガチャガチャした性格の割に冷静な面を持ってると思う。コレットの補佐としては向いてるかもしれない。もう少し見てみないと断言は出来ないけど」
「そう。だったら引退は正解なのかしらね」
「どうかな……冒険者レベルは低いけど戦闘面のセンスは抜群みたいだし、現役のままならいずれ凄い冒険者になったかも。ま、冒険者ギルドが育成機関だったらの話だけどな」
アヤメルは低いレベルでこの魔王城最寄りの街まで辿り着く事に意義を感じていた。だからそれ自体は仕方のない事だけど……仮にレベル40や50まで鍛えて数年後にここに来ていたら、エース級の冒険者になれるだけのポテンシャルはあったかもしれない。
でも強敵の蔓延るアインシュレイル城下町の周辺でレベル上げを行うのは危険過ぎる。昨日だって偶々どうにかなったけど、死の危険は十分にあった。そしてたった一度の不運で人生は終わる。この世界には蘇生魔法があるけど、その使い手が近くにいなけりゃなんの意味もない。
『冒険者を育てる』という発想は、精鋭揃いのこの街には恐らくない。既に育った人達がやって来る場所だから。アヤメルが行き詰まりを感じた理由の一つがそれだろう。
「貴方も気付いていると思うけど、冒険者ギルドは深刻な人材難に陥っているわ。これは単に冒険者ギルドだけの問題じゃなくて、世界全体の危機感の欠如を意味していると思うの」
「魔王討伐へのモチベーションが低下しているから?」
「ええ。魔王を倒す方法が見つからない。それに魔王軍の進撃もなく、仮に襲撃があっても聖噴水に守って貰える。一方で冥府魔界の霧海に遮られて魔王城近辺の調査すらままならない。空気が弛むのは当然でしょうね」
膠着状態――――と呼んで良いのかもわからないけど、確かに現状は危機感なんて持ちようがない。アヤメルも断念したように、『魔王を倒して英雄になる』って志自体が継続し辛い環境になってしまっている。
「勿論、魔王討伐だけが冒険者の仕事じゃないわ。魔王を倒す手段の探索、モンスターに進化の兆候がないかを見極める為の定期的な調査、街周辺の監視や護衛……やるべき事は沢山あって、私たち人類にとって必要な存在なのは確かよ。でも魔王討伐が揺るがない大義としてあるのも事実。それを見失っている事で、冒険者は新たな価値観を見出さざるを得なくなったの」
「それがレベル至上主義の呼び水になった訳か」
魔王を倒せないのに冒険者ってこんなにいる必要ある?
――――なんて事を世間に思われてしまったら、自分達の存在意義すら疑われてしまう。だからこそレベルという客観性の伴う数字に傾倒してしまう。過去の冒険者よりレベルが高ければ、少なくとも昔に劣っているとは言われない。この街は特に元冒険者が多いらしいからな。『最近は冒険者自体の質が落ちた』と酷評されやすい環境が整ってしまっている。
「コレットにギルドマスターの要請が行われた背景も、その風潮が無関係とは思えないわ。常識的に考えて、現役最高のレベルを誇る彼女を引退させるのはあり得ない事。でも魔王討伐よりも冒険者ギルドの面目を保つ事に重きを置いているのなら話は別」
「まあ、その手の話は選挙の前に山ほど聞いたけど」
「レベルを権威と盲信する今の冒険者ギルドは、正直言って腐敗の一歩手前だと私は思ってるわ。コレットは誠実で信用できる子だけど、彼女一人の力で改善するのは……」
困難を極める。と言うよりは不可能に近いだろう。俺もこういう立場になって、その辺の難しさは実感するようになってきた。
「彼女の大変さは痛いほど共感できるの。私もそれなりに苦労してきたから」
そう言えば……確かソーサラーギルドは昔、職業差別があったとかイリスが言ってたな。
ソーサラーギルドは教育にも力を入れているけど、その存在意義はあくまで魔法を使用できる事。だから魔法関連の仕事を主に行う魔法専が、教育の仕事に重きを置く教育専を罵倒し続け、ギルドが真っ二つに割れた。
そんなドロドロした内部を外から来てブチ壊したのがティシエラ。就任初日に問題のある連中を強制的に解雇し、魔法専と教育専どちらの仕事も沢山取って来た。『仕事に上も下もない』と突きつける事で強引にギルドを纏め上げたその手腕は、当時この街にいなかった俺にも伝わってきている。
「ティシエラの武勇伝はイリスから聞いてるよ。相当無茶したらしいな」
「そうね。グランドパーティの一員だった私だから出来た事だし、やる以上は相応の覚悟を持ってやったつもり。今のソーサラーギルドに出来た事には満足しているわ。でも……」
自分の偉業を誇らしげに語る――――って表情じゃない。寧ろさっきより更に曇っている。
「その所為で、私を必要以上に盲信するソーサラーが増えてしまったわ」
……どうやら今日も、長い話になりそうだ。
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