第384話 Memento Mori
人間って不思議な生き物で、どんな異常事態も二度目だと随分と冷静になれる。この浮遊感は変わらず不快だけど、既に対策済みだから戸惑いや恐怖心は殆どない。
「モーショボーーー!」
「へいお待ち!」
最高到達点に達したところで再びモーショボーから羽交い締めスタイルで支えられ、落下速度は随分と緩やか。なんかスカイダイビングやってる気分だ。やった事ないけど。
「グランディンワームは……」
「あっちあっち。ぃーよいしょー!」
かなり強引に向きを変えて貰うと、遥か斜め下方に――――デケぇミミズがいた。
ああ……うん。ワームだねあれ。先端が口になっててキショいのもまさにワームって感じ。珍しくイメージ通りのモンスターだな。
奴が姿を露呈させてるって事は、これから俺を食うつもりだったのか? それともまさかアヤメルも飛ばされて……
いや、違う。
グランディンワームの巨体から時折光が放たれている。あれは魔法の光だ。
どうやらアヤメルは無事にブレスを回避できたらしい。しかもそれだけに留まらず、グランディンワームの身体に纏わり付いて反撃している。
「わースッゴいね。あんなに魔法連発して魔法力切れないのかな」
「それは大丈夫。モンスターからマギを吸収してMPを回復できるらしいから」
「えー? それってあのキモンスターからチューチュー吸い取ってるって事? キモない?」
「それは言ってやるな……」
とはいえ魔法での攻撃だけじゃ回復が追い付かず、いずれガス欠する。だから包丁でメッタ刺しに出来るようモンスターの身体に貼り付き、回復状況と相談しながら魔法と包丁で交互に攻撃しているんだろう。ワームだけあって身体の表面が粘着質なのも幸いした。恐らくそれも把握済みだったんだろうけど。
重要なのは、ワームが地面に潜るまでに仕留められるかどうか。
回避能力を極端に上げる必要があったから、攻撃力も耐久力も通常の半分くらいになってしまっている。下手したらダメージが全く与えられない可能性もある。幾ら素早くなって手数が増えてもダメージそのものが微弱なら無意味だ。
鍵を握るのは――――あの包丁の殺傷力。
アヤメル自身のパワーが低下していても、武器の性能は変化していない。あの包丁が高性能なら総合的な攻撃力はそれほど変わらない筈だ。
ロハネルが特注で作ったっていう業物。平凡な武器とは思えないけど……
「あれれー? 今なんか刃物が光らなかった?」
呑気な声でモーショボーが呟いた通り、確かに光った気がする。何か特殊な効果を付属しているんだろうか?
高度が大分下がった事で、少しずつアヤメルの姿が確認できるようになってきた。やはり変わらず、一定の間隔を置いて光が――――
「まさか……あの包丁から魔法を出してる?」
てっきり魔法と包丁による攻撃を交互に行っていると思っていた。でも、どうやら違う。
片手でグランディンワームの体表にしがみつき、もう片方の手で握った包丁を突き刺す。その刺さった状態の包丁から魔法を撃つ事で、より体内の深い部分にダメージを与えている。
魔法剣ならぬ魔法包丁。恐らくあれがアヤメルの固有スキルだ。
凄ぇな。やる事が全て理に適ってる。
普通、あれだけスピードがアップしたらそれを活かした戦術をチョイスしたくなる。でもアヤメルは最初の回避だけに留めて、後はくっつくという選択を採った。それが最適と頭でわかっていても躊躇なく実行するのは難しかっただろうに。
自分のステータスを弄られてから僅か数十秒の間にここまで完璧なプランニングを立てられるなんて……マジで天才なんだな。
「痛い? 痛いでしょ? 痛いに決まってるよね! だってスゴい刺さってる所に魔法でドカーングシャー! だもんね! ねー痛いでしょ!? だったらもっと嫌がって! 苦しがって! もう少しで倒せるって思わせて! あとちょっとで仕留められるって希望持たせて! じゃないと心が折れるから~~~~っも~~~~っ!!」
……戦略は見事なのに肝心の戦う姿が酷い。包丁でメッタ刺しにしながら泣き叫ぶ様子は、これだけ遠巻きに見ても軽く引く。声はよく聞こえないけど、多分こんな感じの事を言ってるんだろう。
まあでも、鮮血を浴びながら薄ら笑いを浮かべたり真顔で延々と刺し続けたりする猟奇的パターンよりはマシか。最悪そういう戦闘狂的な性格を隠し持っている感じもちょっとあったからな。あれくらいなら許容範囲だ。
「キュオオオオオオオオオオオオオ」
お、グランディンワームが悲鳴をあげたぞ。やっつけたか?
「おーっフニャってなってきた。やったっぽいね!」
モーショボーの言う通り、グランディンワームの身体が脱力してグニャグニャになっていく。地面に引っ込む前に無事倒せたらしい。
一時はどうなる事かと思ったけど、これでようやく――――
「……あれ?」
緩やかな落下を続け、地面にかなり近付いたその時、モーショボーが妙な声を上げる。
その瞬間、嫌な予感がした。
「また……隆起してない? あそこ」
その言葉通り――――
大きな音を立ててグランディンワームが大地に倒れたその傍で、再び地面の隆起が生じていた。
……まさか。
「二体目か!?」
おいおい単独行動するレアモンスターじゃなかったのかよ! 話と違うぞ! これは幾らなんでも想定できないって!
倒したばかりのグランディンワームから離れ、今ちょうど地上に着地したアヤメルはまだ二体目の存在に気付いていない。ソロ活動系のモンスターって先入観と強敵を倒した安堵感で明らかに緊張が緩んでいる。
あれだけ攻め続けたんだ、体力をかなり消耗している筈。その上にあの無防備な状態でブレスを食らえば、最悪気を失う事だってある。もしそうなったら無抵抗のまま食われるか、地面に叩き付けられるか……どっちにしろ待っているのは死だ。
「アヤメルーーーーーー!! 下にもう一体いるぞーーーーーーー!!!」
……ダメだ聞こえていない! まだ距離があり過ぎるのか? それとも戦闘直後でまだ興奮状態なのか?
これじゃどうする事も――――
いや、まだ手はある。
「モーショボー! アヤメルを助けに行ってくれ!」
「へ? 無理言わないでよ! 力持ちになったって言っても、この状態で高速飛行は……」
「俺は離して良い。その代わり、お前の能力を使わせて貰いたい」
サタナキアが言っていた。精霊は契約者の人間に対して、能力を貸し出す事が出来ると。
俺に翼はない。飛行能力を貸して貰う事は出来ない。俺が得たいのは違う力だ。
「良いけど……まだちょっと高さあるし離したらトモっち怪我するよ?」
「大丈夫だから行ってくれ! 頼む!」
「もー強引なんだから! 死なないでよねー!」
俺の両脇からモーショボーの手が離される。このタイミングなら恐らく大丈夫だ。仮にアヤメルがブレスで打ち上げられてもモーショボーがキャッチしてくれるだろう。
俺は俺でこっちに集中しないと。
今、モーショボーを精霊界に帰す訳にはいかない。他の精霊を喚ぶ事は出来ない。喚んだところで、この状況を打破するのは不可能だろう。
唯一可能性があるとしたら――――
「来い! ポイポイ!」
「ギョギョギョ!!」
モーショボーの能力。それは使い魔ポイポイの召喚。さっき許可を得た事で俺もポイポイを喚べるようになった。
ポイポイは鳥だ。今まで飛んでいる所を見た事はないから、飛行能力はないかもしれない。恐らくないだろう。
「翼を広げろポイポイ!!」
「ギョーーーーッ!!」
落下中の俺の傍に現れたポイポイが両翼を大きく広げる。
やっぱり飛ぶ事は出来ない。
でも――――空気抵抗は得られる。
「っと!」
落下速度が落ち始めたポイポイの脚をなんとか掴み、俺自身も落下速度を落とす。勿論、パラシュートみたいにゆっくりになる事はないけど、モーショボーが離した位置はそれほど高くなかったから、十分着地は可能だ。
後は……思い出せ。
チッチ達三人娘から殺されかけたあの日、宿の三階の窓から飛び降りた時の事を。あの時は五接地転回法を試して失敗したけど……今回はやれる!
まず着地と同時に身体を捻りながら膝を地面にぶつける。そして――――
「あ痛ったーーーーーーーーー!!」
あ、甘かった……両足で着地した瞬間にもう全身に凄まじい衝撃が走って捻るどころじゃなかった。無様に倒れ込んでゴロゴロ転がり五接どころか千接くらいするハメになっちまった。特に背中はかなり擦り切れてしまった。
でも一応、意識も失わずに済んではいる。全身ヒリヒリするし足も死ぬほど痛いけど……全く動かせないってほどじゃない。ポイポイが落下速度をかなり殺してくれたお陰で、衝撃は最小限で済んだらしい。痛いけど。
「ギョギョ」
そしてポイポイは当然のように無傷。鮮やかに着地を決めてみせたらしい。流石だ。
「悪い……背中に乗せてくれるかな」
「ギョイッ」
まだ痺れた状態の下半身を思いっきりつねり、半ば無理やり身体を起こしてポイポイに乗る。これで足がどうあれ移動手段は確保できた。痛いけど。
アヤメルは……あ、いた。案の定、既にブレスを食らって上空に吹っ飛ばされていたらしい。モーショボーが見事にキャッチして空中で支えている。
二体目のグランディンワームは、今まさに地面に潜る最中だ。この状況では妨害も出来ない。潜らせるしかないな。
そうなると、次俺に出来るのは――――
「アクシー! 何処だ!」
さっき吹っ飛ばされて以来、何処にいるのかもわからないアクシーとの合流。レベル64の奴がいればグランディンワームを仕留める事は出来るだろう。
「おいアクシー! このまま良いトコなしだとディノーの二の舞になるぞ!」
「それは勘弁願いたいね」
うわビックリした! えっ真後ろ? こいつ、いつの間にポイポイに乗ってたんだよ……
「着地には成功したんだけど、脚の痺れが中々取れなくてね。君等の奮闘は見ていたけど手を出せなかった」
「なら話は早い。今度はお前に張り切って貰うからな」
「勿論だ。その為に私は君のギルドに加入したんだから」
心強い返事をして、アクシーは何やらモゾモゾし始めた。背後だから何をしてるのかはわからない。既に全裸だった筈だから、服を脱いでる訳じゃないだろうけど……
「君の背中に滲む血を借りるよ」
「へ? な……あたたたたたた!!」
次の瞬間、背中に激痛が走る。アクシーの野郎、擦り傷だらけの背中を思いっきり触りやがった! 何の真似だ!?
「血の化粧はテンションが上がるね。仮面の代わりとまでは言わないけど……十分だ」
どうやら、俺の血を顔面に縫って仮面を模したらしい。その結果、暫定的ではあるけど全裸二刀流ガニ股仮面が復活した。
「アクシー! 地面が隆起したら、そこへ――――」
「必要ない。おおよその距離は【気配察知】で掴めている。このまま真っ直ぐで良い。すぐに着く」
「え……?」
そう告げたアクシーが、ポイポイの背中で立った……気がする。声のする位置が若干上に行ったからだ。
「さっきの続きだ。今度こそ新技を見せよう。私が合図したらゆっくり振り向くと良い」
いや、振り向くっつったってこのスピードで移動中にじゃ簡単には……
「今だ」
俺の文句を聞き入れる気は一切ないらしく、無造作に合図が呟かれる。
仕方ない。出来るだけ身体は動かさず、首だけで後ろを――――
え……?
振り向くと、そこにアクシーはいなかった。けれどすぐに現れる。遥か後方の空中に。
飛び降りた? 何故?
その疑問は、次の瞬間に氷よりも脆く解けた。
「私の新技をとくと受けよ! 斬撃重奏【クロスデュオスラッシュ】!!」
何故か技名を叫び、アクシーはガニ股のまま両脚先端をクロスさせた体勢で宙を舞いながら、二本の剣を持つ両手もクロスさせ、真下の地面に向かって両手両足を同時に外側へ振り抜く。
刹那――――剣から生じた衝撃波が大地を削り、地面に大きな亀裂が入った。
……正直どういう原理の技なのかよくわからんけど、二刀流で通常攻撃の2倍、ガニ股で2倍のジャンプ力が加わり、全裸で両手両足をおっ広げた事で3倍の開放感を得て計12倍の攻撃力なんだろう。多分。
「キュオオオオオオオオオ……」
遥か地中深くから断末魔の声があがる。地中に潜っていたグランディンワームを……一撃で仕留めたのか。
やっぱりレベル64はエグい。色んな意味で。
「ポイポイいつもありがとう。もう大丈夫だ」
「ギョイッ」
背中をポンポンと叩き、速度を緩めさせて振り返る。上空からはモーショボーに支えられたアヤメルがゆっくりと降下していた。どうやら問題なさそうだ。
そしてアクシーの足下には、凄まじいまでの大地を蹂躙した跡が残っていた。
その大きく陥没した地面を軽く足蹴にしながら、アクシーは愉快そうに笑う。
「刮目したか? この技で私はあの人妻に勝つ。絶対に勝つ。絶対にだ。明日、そうだ明日にでも決闘を申し込もう。このクロスデュオスラッシュがあれば恐れる者は何もない! フハハハハハ!」
なんて気持ち良くフラグを立てる奴なんだろう。清々しい。きっと明日にはあの甘いマスクが絶望で染まるんだろう。
「トモ先輩」
「ん、アヤメルか。お疲れ。無事で良かった」
「あ、はい。お疲れ様です。それよりあの人、強いし顔整ってるのになんであんな残念なんですか? 折角の私の勇姿が、なんかあの人の所為で霞んでしまった気がするんですけど」
「いやいや、俺はちゃんと覚えてるから。良い刺しっぷりだったよ。全然負けてないよ絵面では」
「全然嬉しくないです! っていうか見てたんですか!? 恥ずかしいなーもーっ!」
まだ出会って二日目なのに、こんな軽口を叩き合える。それはきっと共に戦って危機を乗り越えたからだろう。
コレットともそうだったな。モンスター達に追いかけられて一緒に逃げて、最後はベヒーモスに襲われて――――
「……!」
それは偶然だった。
ベヒーモスが襲来した時の事を思い出して、何気なく天を仰いだだけだった。
そこに、かつて目にしたモンスターがいた。
聖噴水の効力が一時的になくなった際、城下町を襲って来たプテラノドンに似た有翼種。俺を借金地獄に陥れた原因のモンスターでもある。
マズい! 既に急襲体勢に入ってやがる! あの巨体で突っ込んで来られたら堪ったもんじゃ……なんて思ってる傍からもう迫ってきてる! アヤメルに呼びかけてる暇はない!
「悪い!」
「え? きゃあっ……!」
アヤメルに思いっきり体当たり。ステータス調整で耐久力ガタ落ちしてるから、すんなり吹っ飛んでくれた。
これでアヤメルが直撃を受ける事はない。
後は……俺だ。
もうこの状況で出来る事は一つ。
死を想え。
「……っ!!」
襲撃の刹那――――虚無結界が発動した。
巨体のモンスターが滑降して来て体当たりを食らった筈なのに、全く衝撃すら感じない。攻撃は完全に無効化された。
どうやら結界は失われていなかったらしい。良かった。
俺への攻撃が不発に終わった事で困惑したのか、プテラノドン擬きは追撃を試みる事なくそのまま飛んで行った。
た、助かった……フィールド上では油断禁物だな。次から次に敵が湧いて来やがる。
「トモ先輩! 今のは一体……?」
「あー……」
どう答えよう。なんか一気に疲れがどっと押し寄せてきたからか、説明するのも億劫だ。適当に流すか。
「なんか奇襲受けたけど空振りしたみたい。ラッキー!」
「そんな訳ないでしょ! 凄い防御でしたよ今の! あっ、助けてくれてありがとうございます! でもそれはそれとして今のが何なのか詳しく!」
残念な事に誤魔化す事は出来ず、その後アヤメルから執拗な質問攻めを食らった。
こういう攻めも結界で防げれば良かったのにね……
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