第383話 サラマンダーより、ずっとはやい!!

 着地したアヤメルは特にダメージを負っている様子もなく、軽やかに大地を蹴り反撃を開始した。どうやら本当にスリッピングアウェー的な回避だったらしい。


「動きそのものは大した事ねーな。身体能力は並以下だ。けど精度が高い。恐らくボムベイツの特徴を知り尽くしてんな」


 言われてみれば……ファートアタックには予備動作がないって話だけど、四方から来るボムベイツの突進を完全に読みきって動いているように見える。相手がどう動くかを予見したような回避の仕方で、余裕をもって躱している。


 調べる事自体は、多分難しくないんだろう。街周辺に現れるモンスターの情報なんて冒険者ギルドにいれば幾らでも入手できる。


 でも、ここまで鮮やかに活用できるものなのか? 実戦となれば机上の空論のような訳にはいかない。命が懸かってるんだ。計算通りの動きなんて続けられるものじゃ……


「やっ!!」


 なんだ? 今一瞬火花が散ったような……


「魔法だ」


 アクシーの解説助かる。なるほど魔法か。魔法力を回復できるアイテムを身に付けているんだから、魔法を使える事自体は想定内。ソーサラーみたいに魔法専門じゃなく、包丁と魔法の両方を使える魔法調理士なんだろう。そんなジョブがあるかどうかは知らんけど。


「ボムベイツの弱点は熱と臭い。鼻が発達してる分、嗅覚が過敏なんだろーぜ。今の【エラプトレイ】はその二つの弱点を突いた」


 アヤメルが放ったのは、噴出花火を横向きにしたような火花の散弾銃。直撃を受けたボムベイツの全身から黒煙が立ちこめる。体毛が焦げたんだろう。


 致命傷って感じじゃない。ただ……その一撃を契機に、他の三体のボムベイツが明らかに挙動を変えた。アクシーの解説通りだとすると原因は恐らく……


「焦げ臭い匂いを嫌がってるのか」


「だろーな。そして、集中力が切れたら動きが格段に悪くなるのは人間もモンスターも同じ。どうやら私の出る幕はねーかな」


 そのアクシーの言葉通り、そこからはアヤメルの独壇場だった。


 殺傷能力は低いから一撃で仕留める事は出来ない。常に動き回りながら敵の攻撃範囲に入らない事を最優先しつつ、魔法で遠距離攻撃、包丁で近距離攻撃を繰り出し、それをじっくり何度も繰り返す。恐らくこれが、低レベルでありながら強敵を倒す基本的な戦略なんだろう。


 敵からマギを吸収するアブソーピアスは、そんなアヤメルの戦略にピッタリだ。MPを回復しながら戦える訳だから、長期戦になればなるほど有利。


 そして――――有言実行。


「……ふう。やりました!」


 約15分ほどの時間を使い、特にピンチらしいピンチもないまま四体のボムベイツを全滅させる事に成功した。



『私、冒険者としてのレベルは低いですけど戦闘技術は天才的なんで――――』


 

 ……確かに言うだけの事はある。見習うべき点も多々。この子をギルドに招いたのは大正解だったかもしれない。


「どうでした? 私凄くないですか? ねえ!」


 このメッチャ褒められたがってる挙動も、人心掌握の観点では見習うべきかも。人間やっぱ素直が一番だよな。ツンデレはもうレガシーだし。


「ああ、凄かった。勉強になったよ」


「! でしょー!?」


 率直に感想を述べた結果、アヤメルは両手でガッツポーズして右手の拳を俺に突き出してきた。良いな、こういう爽やかな自己顕示欲の満たされ方。


「今みたいな戦い方じゃ冒険者ギルドでは浮いてたんじゃねーの? でも私はそういう個性出して行く戦闘スタイルは嫌いじゃねーよ」


「ありがとうございまっす! コレット先輩が言ってた通り、居心地良いギルドで嬉しい!」


 不幸中の幸い……とはちょっと違うけど、アクシーを連れて来たのは正解だったな。確かに相性は良さそうだ。アヤメルもガニ股や半裸に大して抵抗なさそうだし。


「さて、それじゃ街に帰って――――」


 和やかムードのまま今日を終えようとした、その時。





「……!?」





 ――――全身が総毛立つ感覚に襲われ、俺の身体は空中に投げ出された。



 一瞬で平衡感覚が奪われてしまった事で、頭の中が真っ白になる。声も音も聞こえない。何が起こったのかサッパリわからない。ただ不気味な浮遊感だけが全身を包む。


 これは……過去に何度か味わった事がある。亜空間に飛ばされた時……とは全く違う。不意打ちを食らって吹っ飛ばされた時の感覚だ。


 問題は、いつまで経っても着地しない事。背中に打撃を食らって飛ばされたのなら、いい加減地面に落ちなきゃおかしい。まるで時が止まったかのように浮遊感のみが何秒間も継続している。


 って事は……上か! まさか吹き上げられたのか!?


「……っ!」


 ムリヤリ首を捻って肩口に顎を当てながら後ろを見る。案の定、そこには普段決して見る事のない景色――――フィールドの大地がドローンで撮影した写真のような高度で広がっていた。


 何メートルくらいの高さなのかは判断がつかない。ただ学校の屋上よりは確実に高い。このまま地面に叩き付けられれば……普通なら即死だ。


 でも俺には虚無結界がある。死を意識した今なら発動……


 あ。


 忘れてた! 転生した事をフレンデリアに明かした事で、転生特典が剥奪されてる可能性があるんだった!


 調整スキルが使える事は確認したけど結界はまだしていない。多分大丈夫だとは思うけど、100%確実とも言い切れないこの状況下で結界に頼る事は……出来ない!


 だったら―――― 


「出でよモーショボー!」


「はーい……わっ何!? トモっち今どうなってんの!?」


「説明してる時間ない! 落ちないように支えてくれ!」


「無理無理無理! ウチの力じゃ絶対無理!」


「頼む! 俺を信じて!」


「~~~~~~!」


 程なくして、両脇をロックするようにして支えられる感覚。でも速度こそ落ちたものの、落下は止まらない。このままじゃ共倒れだ。


 その前に……


「攻撃力5割、敏捷性5割に修正!」


 久々に調整スキルの出番だ。攻撃力のパラメータは腕力に大きく影響する。そして敏捷性は多分、モーショボーの飛行能力――――浮力に関係する。


 腕力と浮力、どっちかが欠けていても上手くいかない。でもこの割合で良いかどうかは完全に賭けだ。


 頼む……!


「おっ? おーーーっ!? 力が湧く湧くー!」


 落下が……止まった。


 俺の身体はモーショボーに支えられながら、ゆっくりと地上に降りている。どうやら上手くいったらしい。あ……焦ったぁー……


 って安堵してる場合じゃない! 理由はわからないけど俺がこんな目に遭ってるんだ、他の二人も――――


「とおっ!」


 えぇぇ……アクシー普通に着地してんな。ガニ股で華麗に衝撃を吸収した感じになってる。ガニ股って凄いんだな……


 それよりアヤメルだ! アヤメルは何処に……!


「トモ先輩どいてーーーーーーっ!」


 へっ? まさか……真上!? 真上から振ってきたの!?


「むぎゃっ!」


「どわっ!?」


 再び平衡感覚クラッシュ。そしてそのまま――――地面に叩き付けられた。


「いったーい! なんなのさもー!」


「あたた……だからどいてって言ったのに……」


 幸い、モーショボーの浮力がかなり強化されていた事、既に着地寸前の位置だった事もあって大事には至らなかった。アヤメル、レベルは低いけど運のパラメータは相当ありそう……


「それより、今のは……」


 原因を思案する前に、今度はさっきとは全然違う光景が眼前に広がっていた。


 地面に巨大な穴が開いている。直径……どれくらいだ? 5メートルくらいありそうだ。さっき空中にいた時は見えなかったけど、恐らく角度の問題だろう。


 もしこの穴に落ちてたら完全にアウトだったな。恐らく俺達を吹き上げた奴が空けた穴だろうし。


 って事は、真上に飛ばされた訳じゃないのか?


「グランディンワームだな」


「グランディンワームの仕業ですね」


 俺以外の二人が確信をもって同じ名前を出した。名前から察するにモンスターだろう。


「えっと、解説頼める?」


「グランディンワームは土中に潜んでいるモンスターです。滅多に姿を見せないんですが。偶に土中から凄い勢いでブレスを噴射して地面に穴を開けて、地上に出て来ます」


 地中からそのブレスを噴射してきた訳か。俺達は偶々巻き込まれたのか? だとしたら運が悪過ぎる。


 ……いや、幾らなんでもそんな偶然ないよな。


「もしかしてグランディンワームって、ボムベイツを捕食したりする?」


「特定の生き物をエサにしてるって話は聞いた事ないですね。単独で行動する大型のモンスターで、人間を襲う事はわかっています」


 違ったか。話を聞く限りレアモンスターみたいだし、こうなったのは単に運が悪かっただけか?


「あのー……これってやっぱり私の所為……ですよね」


 アヤメルが申し訳なさそうに声のトーンを落とす。自分の技術を見せようとフィールドに連れ立って来た結果、大型モンスターに遭遇した事を気に病んでいるんだろう。


「いや全然。こんなん気にしてたら何も出来ないって。それより、もう襲って来ないのかな」


「来るね。グランディンワームは一度見つけた獲物には執着する。発見された以上は必ず狙われるだろう」


 アクシーは流れるような動作で身につけていた物を全て脱いでいた。 


「ちょっ! この非常時に何してるんですか!? この人頭おかしい! 絶対おかしい!」


「グランディンワームはこの辺りにいる他のモンスターとは格が違う。私と言えど、半裸二刀流ガニ股では対応できないんでね」


 えぇぇ……じゃあやっぱり全裸二刀流ガニ股仮面じゃないとレベル64の実力は発揮できないのかよ。こいつ何なん……?


「トモ先輩、どうにかしてください! 私、男の裸見ながら戦いたくないです!」


「俺だって男の裸見ながら戦いたくないけどさ……ぶっちゃけ俺達だけじゃ厳しいんじゃないか?」


 グダグダなのは否めないけど、ここは冷静に判断しなきゃならない局面だ。精霊使いとはいえレベル18の俺じゃ大した戦力にはなれないし、戦略ありきのアヤメルでは俺達を簡単に上空数メートルまで吹き飛ばせるグランディンワームのパワーには対抗できない。アクシーの力は必要だ。


「あのコンテストの日、オネットに剣を折られてから私はずっと考えていた。二刀流かつガニ股であるという独自性をまるで活かせていなかった……とな」


 当然のように動揺するアヤメルを文字通り尻目に、アクシーは不敵に微笑んで臨戦態勢。地上にはまだ出ていないグランディンワームの気配を探っている。


「その反省を踏まえ新技を編み出した。今の私なら人妻にだって勝てる!!!」


 まるでオネットさんが人妻だから強いみたいな言い方だけど、多分違うと思う。でも水は差さないでおこう。


 元冒険者のこいつは対モンスターに特化した能力を持っている筈だ。馬鹿デカい相手に通用する攻撃手段も持ち合わせているだろう。今はそれに頼るしかない。


「見せてやるぜ! 斬撃ィ――――……」


 ……何かする前に遥か上空に吹っ飛んでっちゃった。下からグランディンワームのブレス食らっちゃったかー。まあ奴ならまた鮮やかに着地できるだろう。


 幸い、俺とアヤメルは全裸にドン引きして少し離れた所にいたから無事ではあるけど……これはマズい事態だ。今のところ打ち上げるだけの攻撃に留まっているけど、人間を捕食するって話だからそれだけじゃ済まない筈。


「アヤメル。グランディンワームはどうやって獲物を食う?」


「今みたいにブレスで打ち上げて、落ちてきたところを大きな口であーん、ですね。でも打ち上げるのが下手で、角度付いて別の所に落ちちゃうから捕食されるより墜落被害の方が多いそうです」


「何そのポンコツ! 強敵なんじゃなかったの?」


「強敵ですよ。今だって、一番強い人を狙い撃ちしたじゃないですか」


 ……確かに。厄介な相手から潰す知能はあるのか。だとした結構厄介だ。


 地面の中にいる間は全く手が出せない。ブレスも地面の中から発射してくるから、一方的に攻撃されるのみ。まんまと打ち上げられた時のみ姿を出すから、こっちは遥か上空にいる時にしか反撃の機会がない。


 少なくとも俺とアヤメルの二人だけじゃ、攻略難易度は高いと言わざるを得ないな……


「ちなみに奴の耐久力は?」


「私の最大火力の魔法を10発当てても死なないと思います」


 厄介どころの騒ぎじゃないな。アクシーが危機感募らせるだけはある。俺達だけじゃ手の打ちようがないか?


「大丈夫です。やりようはあります」


 俺の不安を感じ取ったのか、アヤメルは口の端を吊り上げて人指し指をピンと立てた。


「グランディンワームは臆病なんです。だから地上には滅多に出て来ない。そして、獲物に近付きたくないから真下にまでは来ない」


「だからブレスに角度が付くのか」


「はい。そして、これが重要なんですが……ブレスを発射する直前、全身を震わせます。その影響で地面が僅かに隆起するので、予兆が読めます」


 だったらさっきアクシーが飛ばされる前に教えてやれよ、と言いたい所だけどやめておこう。こいつ『あんなの視界に入れておきたくないんで飛ばしてくれて助かりました』とかマジで言いかねないもんな……


「モーショボー! 上空から周辺の地面を監視して、何処かが浮き上がったらその場所を教えてくれ!」


「りょーかーい」


 これで一応、向こうの攻撃するタイミングは図れる。けど……


「どうやって避ける? ブレスの範囲相当広いよな?」


「そこからはトモ先輩が考えて下さいよ。全部私に任せるなんてギルドマスターのする事じゃなくないですか?」


 いやそれは……でもまあ……うーん……


「アヤメル。ステータス教えて」


「え? こんな時にプライバシーの侵害ですか? 汚らわしいやつですか?」


 違ぇよ。スリーサイズ聞かれたみたいな反応されても困るんだよ。


「まあ別に良いですけど。上から128、122、157、155、134、108、90です」


 本当にスリーサイズみたいな言い方しやがった!


 えっと、確か……生命力、攻撃力、敏捷、器用さ、知力、抵抗力、運……の順番だったか。生命力以外は俺より遥かに高いけど、城下町の冒険者としては最低ランクなんだろう。


「悪いけど、その数字をイジるぞ」


「え?」


「敏捷を……5割。残りを均等に割り当て」


 これでアヤメルのステータスは敏捷が約450、残りが75くらいになった。スピードだけなら普段の3倍。倍以上のレベルを誇るアクシーやディノーと比べても遜色ない筈だ。


「俺は他人のステータスを調整できるスキルが使えるんだ。これでメチャクチャ速く動けるようになった。適当に動いてみ」


「ちょっ! 何勝手な事してくれてるんですか! あっ速い! 何これ速い! 何これ! 新しい! 凄いスピーディー! サラマンダーより、ずっとはやい!! 私超がんばります!!」


 俺への文句もそこそこに、アヤメルは早くも敏捷450の自分に適応していた。学習能力高いな。


「トモ先輩見てこれ見てこれ! 今なら私の拳、流星にも彗星にもなれそう!」


「なってどうすんだ……兎に角、これでブレスの回避は出来るだろ? 後はどうやって倒すか――――」


「トモっち後ろ! 地面盛り上がった!」


 マジかよまだ全然まとまってないのに! 気の利かないモンスターだな!


 ……なんて事を考えた刹那。



「あ~~~れ~~~~」



 再び俺の身体は宙を舞っていた。





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