第382話 包丁

 冒険者を引退して約7ヶ月。それは俺が転生してから経過した時間とピッタリ重なる。当日引退って結構攻めた決断だったけど、今にして思えば良い判断だったよな。あのままズルズル続けてたらルウェリアさん達と働く機会もなかっただろうし、ギルマスになるって話も出て来なかった。今親しくしてる面々の大半と交友関係を築く事はなかっただろう。仮に出会いはしても、間違いなく今のような関係性にはならなかった。


 恐らく、彼女とも。 


「……本日は私の為に時間を割いて頂きありがとうございます」


 仏頂面でそう言い放つのは、今日からウチのギルドに10日ほど通う事になった冒険者アヤメル。冒険者ギルドのサブマスターとなるべく修行中の身で、俺達に実力を見せる為モンスターとのバトルを直接観戦して欲しいと希望して来た。


 なのに、今この場にいるのはたったの三人。俺とアヤメルを含めて三人だ。つまり他に一人しかいない。


「でも少なくないですか!? これじゃモチベーション上がらないですよ! 和やかムードでアットホームなギルドだって聞いてたのに……」


「そう言われても、昨日の今日で急にスケジュール空けられる奴なんて滅多にいないって」


 城下町ギルドは現在、街中の警邏を日常業務にしている。更に先日、女帝自らギルドに来て『交易祭当日に身請けって形で黙って去って行った娼婦達の居場所が特定できたから、関係者全員引っ捕らえる為に数人貸して欲しい』と頼み込んできた。それをディノーが聞いていたもんだから二つ返事で受理。普段から娼館に通っているエロオヤジ共もそっちに回った為、現在自由に行動できる人数は極端に少ない。


 しかも俺がギルドを留守にする手前、サブマスターのヤメには残って貰う必要があり、ヤメの希望でシキさんもギルド待機。加えて先日のサブマスターコンテストでファンが急増中のオネットさんは今、街の話題の人物を特集するマスメディア的な組織『カレイドスクープ』の取材を受けている。なんでも記録子さんが支援している団体で、頑張っている人達を少しでも多くの人に知って欲しいという思いで活動しているとか。彼らが出版するフリーペーパーは別の地方にも流通するそうだ。今後外からこの城下町にやって来る面々がその冊子で俺達の事を知っていれば、加入してくれる確率が少しでも上がる――――そんな期待も込めて取材を受けて欲しいと俺の方からお願いした。


 よってオネットさんも不在。今この場にいるのは俺とアヤメル、そして――――


「……」


 先程から全く言葉を発していない元・全裸二刀流ガニ股仮面のアクシーだけだ。先日ウチのギルドに加入したばかりでスケジュールが空いていたし、戦闘面に関しては十分な鑑識眼を持っているだろうから適任だと思ったんだけど……


「そもそも、この方大丈夫なんですか? さっきから一言も発してないですよね?」


「以前は饒舌な全裸二刀流ガニ股仮面だったんだけどね……ギルドに加入する条件として全裸とガニ股と仮面を撤廃させたら、なんか喋らなくなっちゃった」


 ちゃんと服を着て、見栄えが悪い極端なガニ股は矯正して、変な仮面も外させて、二刀流だけを残してギルド員になって貰った結果、個性と一緒に人格も死んだらしい。渾身の右クロスを食らってダウンした直後のボクサーみたいに目が虚ろだ。


「全裸……? 二刀流……ガニ股? 仮面……? 頭がおかしい人なんですか?」


「否定は出来ないけど言い方気を付けようね!」


「す、すいません。悪気はないんですけど、つい本音が」


 気持ちはわかるよ。実際間違ってないし。


 にしても弱ったな。これじゃ連れて来た意味がない。全裸かガニ股か仮面のどれか一つを許可したら人間性を取り戻せるんだろうか。その中だと……まあガニ股かな。仮面持って来てないし、女性の前で全裸は論外だ。


「アクシー。ガニ股は封印解除だ」


「わーいやったー!」


 ……こんな奴だったっけ? 明らかに子供っぽいつーか……二刀流だと精神年齢が0歳で二刀流ガニ股だと10歳くらいになるのか。こいつ全裸二刀流ガニ股仮面じゃないと完全体にならんのか?


「取り敢えず自我は芽生えたみたいですから良いんじゃないですか? 私の戦いをちゃんと見て貰えるなら幼児化していても構わないですよ」


 拘りがあるのかないのか全然わからん。この子ホントに掴み所がないというか……ちょっとだけ変なんだよな。メチャクチャ変人じゃないから雑な対応も出来ないし、地味に応答が難しいタイプだ。

 

 ま、アヤメル本人が良いのなら俺も異論はない。彼女の戦闘技術は俺が責任をもって他の面々に伝えるとしよう。やる気はともかく準備も万端みたいだし大丈夫だろう。


 昨日と違って今日は戦闘用の装備……なんだけど、剣や鎧は装備していない。コンバットシャツのような軽装で身体のラインが更にくっきりと浮かび上がっている。


 武器はナイフ――――いや、ちょっと違うな。


「それって……包丁だよな?」


「はい。私、こう見えて料理得意なんですよ」


 そういう問題じゃねぇ! 料理が得意だから武器を調理器具に……?


「えっと……どうして包丁なのか聞いて大丈夫?」


「勿論ですよ。そんなに遠慮しなくてもいいのに。トモ先輩は慎み深いですね」


 いえ、そういうんじゃなくてですね、純粋にちょっと怖いんですよ。包丁を武器にしてる人。そこはかとなく猟奇性がね……


「私の故郷は余りモンスターの被害に遭っていなかったから、武器の流通も少なくて、まともな武器は大人が全部持って行っちゃってたんですよ。だから私みたいな子供は包丁を手に取るしかなかったんです」


「まさか包丁一本でここまで来たの……?」


「そのまさかです! 勿論、行く先々で買い換えたりはしましたけど、装備している武器は包丁一筋です! ナイフと違って斬るのには向いてないですけど、その分刺しやすいんですよ!」


 怖い怖い怖い。口調は明るいけど、鋭い眼光でこの子がモンスターを刺しまくる姿を想像すると背筋が凍る。


 まあ、包丁と言っても俺が日本で日常的に見ていたのとは違って、ちゃんと武器っぽい見た目にはなっている。刃の部分もスリムだし、全体的に洋包丁に近い形状だ。


「この包丁は特注なんです。前々からモンスターを刺すのに適した設計の包丁が欲しくて、職人ギルドのロハネルさんに企画を持ち込んで特別に開発して貰ったんです」


「凄いな。そんな事までしてくれるんだあの人」


 俺達もプッフォルンの時は世話になったけど、あれはあくまでも既存のアイテム。アイディアの持ち込みにまで対応するとか神職人じゃん。しかも普通の武器ならいざ知らず、包丁にまで対応するとは……名前が似てるから親近感でも湧いたんだろうか。


「まあ、これも冒険者を引退したら使う事も殆どなくなるんでしょうけど」


「誰かに継承したりはしないの?」


「城下町で包丁を武器に使う冒険者、多分私くらいしかいないんで」


 そう答えるアヤメルの横顔は少し寂しそうに見える。本人の言っていた通り未練はあるんだろうな。今日こういう場を設けたいと言ったのも、自分が今まで身に付けて来た技術や使ってきた武器を誰かに覚えていて欲しかったから……かも知れない。


 努力は必ず報われる。努力は報われるとは限らない。努力できるのも才能のうち。結果が伴わない努力は無駄。


 どれも使い古された言葉だけど、きっとどれかは正しいんだろう。


 でも正解は自分だけが知っていれば良い。示し合わせる必要はない。


 俺は……


「探せば良いさ。誰かが欲しがるかもしれない。折角、自分の理想を試行錯誤して形にしたんだろ? 残せるなら残した方が良いし、役立てる事が出来るのなら役立てた方が良い」


「でも……」


「努力を無駄にしない努力は、必ず自分の支えになるから」


 色んな事を無駄にして来た人間だ。学生時代の勉強も、それで得た学歴も、結局何一つ役には立たなかった。警備員時代にも殆ど努力と呼べるものはしなかった。沢山の時間を無駄にしてきた。


 でもそんな前世を……自分なりに生きて来た一生を無駄にしたくない。だから、かなり強引にこじつけてでも前世でやってきた事が活きたって言えるような人生にしている。まさに努力を無駄にしない為の努力。それが今の俺を支えている。


 そんな生き方でここまで来られたんだ。不正解なんて誰にも言わせない。


「不正解です」


「何ィ!?」


 言われた! 一瞬で言われた! しかも良い事言った手応えがあった直後にその相手から! 嘘でしょ……


「努力を無駄にしない努力なんて、私これまで散々やってきてますから! キツい思いした分誰かに褒められたり認められたりしないと割に合わないじゃないですか! でも大抵そういう態度取ると評価下がりましたよ? 全然支えてくれてないですよ?」


「それは単に要領が悪いだけでは」


「……」


 あ、露骨に凹んだ。自覚あったのか。こういう所はコレットに似てるかも。


「ですねー……さっきは否定しましたけど、トモ先輩の言ってる事には基本賛成なんですよ。結果でしか評価されないって嫌じゃないですか。頑張って結果出した事を評価して欲しいんですよ。だから努力の成果として見て欲しいんですけど……そこは誰も興味ないって言うか」


「実際問題、他人が出した結果が努力の末かどうかなんて大して興味ないもんな」


「ですよねー……自分が興味ないのに他人に興味持てって傲慢ですよね。だから、この包丁も興味ない人に押しつけたくはないんです。貰ってって言えば、貰ってくれる人はいると思うんですけど、本心は……」


 そこまで疑ってしまうとキリがない。でも彼女の言っている事もわかる。努力の為の努力が、他人に迷惑をかけるようじゃいけない。


「なら俺が探すよ。第三者が『これ欲しい?』って聞けば、別に気を遣われる事もないだろ?」


「あ、確かに! それじゃお願いしよっかな!」


 こういうところで変に意地を張らず、明るく振る舞えるのは彼女の美点だ。俺も見習わないと。


「にしてもいないな、モンスター」


「いませんね。手頃なモンスター」


 フィールドに出ればすぐ襲ってくるかと思ったけど、意外と街周辺には現れない。聖噴水がおかしくなった時はすぐ街中に侵入してきたのに。亜空間でも割とすぐ来てたよな。 


「あ、そうだ。他にもロハネルさんから作って貰った物があるんですけど、見ます?」


「見る見る。何?」


「これなんですけ……あっ」


 アヤメルが何か見せようとしたその時――――前方にモンスターらしき生物が四体現れた。全部同じ種類だ。


 有翼種じゃなく地上で生息しているタイプ。ずんぐりむっくりとした体型で、全身が短めの毛で覆われている。目が小さくて鼻がやたらデカい。


 っていうか……明らかにウォンバットだろあれ。虎くらいのサイズだけど。


「ボムベイツですか。ちょうど手頃なモンスターが来ましたね」


「俺、あんまりモンスターに詳しくないんだけど、手頃って事は弱いの?」


「バーロー。弱い訳ねーだろ? ここは魔王城近辺だぜ?」


 うわビックリした! ずーっと黙ってたのに急に喋るなよアクシー君。ってかいつの間にか上半身裸になってるじゃん! その所為か精神年齢も若干上がってる気がする。今の口調だと思春期の中高生くらいか?


「あいつら見た目の印象ほどトロくねーし、尻から何か噴射してその勢いで突っ込んで来る『ファートアタック』って技が厄介なんだ。予備動作が見えねーから避け辛いったらねーよ」


「おーっ、的確な説明ありがとうございまっす。しかも四体ですから、結構強敵ですよね?」


「まーね。レベル50台なら楽勝だけど40台なら苦戦、30台だと相当キツい相手かな」


 って事は、レベル29のアヤメルだと圧倒的不利、18の俺だと論外って訳か。


 ……俺もしかしてちょっとヤバい? なんかアヤメルが余裕ぶっこいてるから危険はないと思ってノコノコやって来たけど……

 

「大丈夫ですよ。この私にかかればどうって事ない相手です。大船を買ったつもりで見学していて下さい」


 なんか全然安心できないんだけど……本当に大丈夫? 全財産の5分の3をつぎ込んだ船じゃないよね?


「さっき言ってた私の装備品をお見せします。その名も【アブソーピアス】!」


 青みがかった長い髪を左手で掻き上げたアヤメルの耳が露呈し――――真っ赤な涙型のピアスがキラリと輝く。その瞬間、アクシーの顔色が変わった。


「あれは……魔玩だ」


「魔玩? 何それ」


「んーと、魔法と似たメカニズムの補助アイテムって感じ? 魔法は体内のマギを色んな力に変えて放出するけど、魔玩は特定の装備品に自分のマギを吸わせる事で一時的に能力を付加したり、戦闘能力を向上させたり出来るんだ」


 マギを消費して自分の能力を上げる装備品か。マギが減ると体力も魔法力も奪われるから、短期決戦向きだな。


「ところがこれは、私自身じゃなくモンスターのマギを吸う事で恩恵が得られる魔玩なんです。マギ吸収の条件は装備している状態で相手にダメージを与える事。どんな手段でもOKです!」


「え? そんな魔玩聞いた事ねーよ。モンスターのマギなんて吸収したら汚染されるんじゃねーの?」


「ロハネルさんもそこを一番苦労していたみたいですね。色々試行錯誤して、ようやく形になったって自慢してました」


 アヤメルの目付きが完全に戦闘モード。抜き身の刀のようにギラついている。とてもレベル29とは思えないくらいの迫力だ。


「恩恵は何が得られる?」


「魔法力の回復です。それじゃ行ってきます!」


 俺への説明を最低限の言葉で片付け、アヤメルはボムベイツとかいう巨大ウォンバットの群れに向かって行った。向こうも俺達に気付いているらしく、既に殺気立った様子で駆け出している。


 好戦的な狩猟者同士の激突。数は一対四、適性レベルでもない相手に対してアヤメルがどんな戦い方を見せるのかは正直楽しみでもある。


 とはいえ――――


「アクシー。もしアヤメルが危なくなったらフォロー頼む。俺も一応加勢はするけど」


「いーけど、全裸でもないし仮面もないから過剰な期待はすんなよ」


 え、精神年齢だけじゃなくて戦闘力まで変わるの? 仮に半減してもレベル32だからアヤメルよりは上だけど……


 まあでも、あれだけ自信たっぷりに大丈夫って言ってたんだし、相応の根拠もあるんだろう。まずは見守ろう。


「あ」


 アクシーの声に思わず顔を上げると、突進してきたボムベイツにアヤメルが思いっきり空中に吹っ飛ばされていた。


 えぇぇ……まさか一発KO? これってやっぱり俺の責任? コレットになんて言えば……


「やるね、あの小娘」


「へ?」


「一見派手にファートアタックを食らったように見えるけど、あれは自分で後方に跳んで衝撃を和らげてる。しかも激突された瞬間に手持ちの刃物で刺した」


 え、あの一瞬で? なんて刺し上手なんだ……やっぱり名が体を表してるじゃねーか!


 そんな俺の心の中のツッコミを余所に、アヤメルは余裕で着地を決めていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る