第381話 アヤメル
アヤメルって……随分と不穏な名前だな。いや、この世界では『殺める』って意味じゃないだろうけどさ……
「ジフリージャ地方出身の子で、名前の由来は確か……」
「アヤメル山という凄く立派な山が実家の近くにあって、それが由来です。心が雄大になるようにと両親が付けてくれました」
成程。先に言ってくれて助かった。未だに前世の言葉に引っ張られちゃうトコあるからな。
にしても……名が心を表しているかどうかはまだわからないけど、体は確実に表しているな。身長じゃなく別の箇所が。すげーボリューム……ジロジロ見る訳にはいかないから目のやり場に困る。
胸だけじゃなく全体的な容姿も目を惹く。コレットと同じロングヘアだけど、彼女の髪は少し青みがかっている。眉は少し太めで、目元も口元もキリっとしていてサクアとは違うタイプの優等生って感じ。サクアが委員長だとすれば、こっちはさながら水泳部の部長。何を言っているのか自分でもよくわからない。
体型は中肉中背。筋肉質って感じでもない。まあコレットでさえ同じような体型だし、筋肉よりもマギが重要視されている世界だから、そういうもんなんだろな。
「他に有力な立候補者はいないし今の所このアヤメルちゃんが最有力候補なんだけど、まだ城下町に来て一年も経ってなくて事務の経験もないから暫くお試し期間っていうか、適性を見させて貰う事になって」
中々慎重だな。でもウチと違って冒険者ギルドは最大手だし、人類の存続をかけて戦う重責を担っている。ギルマスやサブマスターの責任もウチとは比にならないくらいデカい訳で、これくらい慎重なのが当然かもしれない。
「そういう訳だから、10日くらいトモのギルドに預けたいんだけど、良い?」
「……なんで?」
「サブマスターの適性を見る為にも、まずはサブマスターのお仕事を実際に見て学んで貰うのが良いかなって。商業ギルドや職人ギルドに女の子を派遣するのはちょっと抵抗あるし、その点ここなら女性も多いし和やかな職場だから最適! 私も一時の間いたしね!」
「いたしね! じゃねーよ! 話が急過ぎるだろ!」
「だってー! 私がこういう事頼めるのトモくらいしかいないでしょ!? いいじゃない私とトモの仲なんだからこれくらいのお願い聞いてくれたってさー! 常識の範囲だったら色々お手伝いさせて良いから!」
なんつー甘え上手な……コイツ本当に成長してるのか? 俺の目が節穴なんじゃないか?
「私からもお願いします。どうか私を暫く置いてくれませんか? このギルドで学びたいと本気で思っているんです」
どうやらコレットの独断って訳じゃなく、本人も希望しているらしい。これはちょっと意外だ。初対面だし、特に接点もないと思うんだけど……
「先日のコンテストを拝見して、サブマスターに対して凄く真摯に向き合っているなって思って。ここなら私が学べる事があると感じたんです」
「そ、そう?」
「私、冒険者としてのレベルは低いですけど戦闘技術は天才的なんで、必ず役に立つと思います! どうかお願いします!」
……なんか謙虚なのか自信家なのか良くわからないけど、とにかく熱意は伝わってくる。こっちとしては特にデメリットはないし、先日までソーサラーからの派遣を受け入れていたからギルド員に混乱を与える事もないだろう。
だったら、断る理由はないか。
「わかった。それじゃ10日間、体調に問題がなければ毎日ギルドに来てくれる? それで良いなら」
「勿論です! ありがとうございます!」
「よかった~……アヤメルちゃん、ここすっごく過ごしやすいギルドだから心配ないよ。ギスギスしてないし」
「はい! それは凄く助かります! ソーサラーギルドとか私絶対無理ですし!」
……ソーサラーギルドってそんなに? ティシエラガチ勢がバチバチやり合ってるって話は聞いてるし、ヤメも結構酷い目に遭ったらしいけど……
「トモ、ありがとね。この御礼はちゃんとするから」
「じゃあ仕事紹介して」
「うん、何か任せられそうな仕事あったら優先的に回す! それじゃ私これから用事あるからもう行くね。アヤメルちゃん、頑張って!」
「お疲れ様です!」
やっぱり相当忙しいのか、息つく暇もなくコレットは駆け足で去って行った。
「あらためまして、アヤメルと申します。暫くお世話になります」
「あ、うん。俺はトモ。ここの創設者でギルマスでもあって……」
「コレット先輩からお話は常々窺ってます。コレット先輩の数少ないお友達なんですよね。ありがとうございます」
……何故お礼を?
「私、コレット先輩には凄く良くして貰ってるんですけど、あの人ちょっと社交性に問題があって……トモさんがいなかったらもっと根暗だったんじゃないかな? 私もきっと相当居心地が悪くなってたと思うんですよね。だから御礼案件です!」
「えっと……コレットに対する素直な評価を聞いて良い?」
「尊敬してます!」
一点の曇りもない眼で最高の笑顔……間違いなく本音だ。悪気なく余計な事言っちゃうタイプと見た。
まあ基本礼儀正しいし、特に問題はないか。ウチのメンツの中では全然まともな方だ。
「それじゃ、中に入って話そうか。幾つか聞きたい事もあるし」
「はい。外は寒いし早く行きましょう」
……ゴメンね、気が利かなくて。
――――という訳で、ギルマスのお部屋へとご案内。
「えっ!? なんでこの部屋には棺桶があるんですか!?」
……ですよね。まずそこですよね。
「もしかして常習的に死体遺棄を……」
「寝床! 寝床用に使ってるだけ! 冬は割と暖かくてオススメだから!」
「そうなんですか。一度試してみよっかな」
素直な子で助かった。今更だけど、よくよく考えたら自分の部屋に棺桶置いてそこに客を通すギルマスってまあまあヤバいな。けど今更普通のベッドで眠りたくない。この棺桶には思い出が詰まってるから。
「ま、とにかく座って」
「はい。失礼します」
応接室も兼ねている為、応接用椅子は常に綺麗にしてある。一般市民みたいな格好だから一瞬忘れそうになるけど、冒険者ギルドのサブマスター候補だからな彼女。雑に扱う訳にはいかない。
「サブマスターの仕事を学びたいって話だけど……ウチと冒険者ギルドじゃ仕事内容も全然違うし、想定している事がそのまま学べるとは限らないけど、そこは大丈夫?」
「大丈夫ですよ。私、こう見えて一から十を学べるタイプですから、ここでの経験を冒険者ギルドで活かす事は出来ると思います。多分……ですけど」
やっぱり自信家なのかそうじゃないのかよくわかんねーな。虚勢を張ってる感じでもないし。
「サブマスターになるって事は冒険者を引退する訳だけど、後悔はない?」
「全くないとは言えませんが、私の夢を叶えるにはこっちの方が近道だと思いまして」
「夢? 差し支えなければ教えてくれる?」
「良いですよ。私の夢に関心を持つなんて、ギルトモさんは良いセンスしてますね」
……ギルトモ?
「あっ! すみません……コレット先輩もギルドマスターなので、トモさんをどう呼べばいいか迷ってる内に混線しちゃいました」
ああ、ギルマスとトモが融合しちゃったのか。なんかモンスターにいそうな名前だな。
「好きに呼んでくれて大丈夫だけど、さっきトモさんって呼んでなかった?」
「便宜上そう呼んでみたんですが、初対面の男性を名前で呼ぶのってなんか抵抗がありまして。これも何かの縁ですし、色々と教わる身ですから、これからはギルトモ先生とお呼びします」
嫌な化学反応しちゃったな! 好きに呼んでって言わなきゃ良かった!
まあヤメからはギマとか呼ばれてるし今更か……でも先生はやめて欲しい……
「えーっと、じゃこっちは生徒感覚でアヤメル君って呼ぶけど良いの?」
「いかがわしくて正直遠慮して欲しいですけど、先にこっちが先生呼びした手前断れないんで仕方ないですね……渋々受け入れます」
「いや断って良いって! ってか断って欲しくて言ったんだけど!」
「やり口が回りくどいですね。コレット先輩が言ってた通りの人です」
コレットの俺に対する評価はまあまあ的確らしい。でもなんか納得いかない……
「ではトモ先輩で。私もいずれはギルドマスターになる予定なので。コレット先輩の事は尊敬していますけど、そう遠くない未来に追い抜くつもりです」
上昇志向が強いな。挑戦的ではあるけど、コレットを軽んじている様子はない。そこを見込んでコレットも目をかけているのかもしれないな。
「ま、呼び方はそれでいいや。俺の方は――――」
「呼び捨てで良いですよ。コレット先輩を呼び捨てなのに、私が敬称なのは筋が通りません」
よくわからないところで礼節を弁えてる子だな。ま、向こうがいいっつってんだからそうしよう。俺やコレットを先輩呼びしてるって事は10代だろうし。
「じゃアヤメル、あらためて聞くけど夢って何? ギルマス?」
「いえいえ、ギルドマスターはあくまで通過点。最終目標は冒険者ギルドの主です」
……主。
ヌシ?
「えっと、それってつまり所有主って事?」
「はい。子供の頃は魔王を討ち取る英雄や最強冒険者を夢見ていましたが、どうも現実的ではないと悟って……私は天才冒険者ですけど、幾ら天才でも出来る事と出来ない事がありますから」
なんか段々謙虚さが優勢になってきたな。天才を自称しつつも自分の事をかなり客観的に見てるっぽい。何気にリアリストなのかもしれない。
「そんな私が一番掴めそうな栄光が何なのかをずっと模索して来ました。そこで辿り着いた結論が、冒険者ギルドの所有主。世界最大規模のギルドのオーナー。凄くないですか?」
「まあ、立場的に言えば相当偉いだろうな」
「でしょ!? だから今のオーナーから信頼を得て、ギルドを譲り受けるルートを進もうって決めたんです。サブマスターはその第一歩ですね」
壮大な夢なのか、それとも妥協の末に見出した現実的な夢なのか、実に判断が難しい。野心家なのは確かだけど微妙にせせこましいと言うか……なんかウチのギルドにいる変態共とは違うベクトルで変わった子だな。
「私の夢は以上です。他に何か質問ありますか?」
「んー……余り意味がない質問かもしれないけど、冒険者レベルが幾つか聞いて良いかな」
「意味がないなんて事ないです! とても洞察に富んだ見識が高い質問ですよトモ先輩! 私という人間を知って貰う上で重要なデータです!」
俺の何気ない質問に何故か異常に食いついてくる。なんかちょっと楽しくなってきた。
「私のレベルは29です。これは、アインシュレイル城下町に存在する冒険者の中でも二番目に低い数字なんですよ」
「そ、そう。そんな誇らしげに言う事?」
「当たり前じゃないですか! こんな低いレベルにも拘わらず、周りに凶悪なモンスターが蔓延るこの街まで無傷で辿り着いたんですよ!? 故郷のジフリージャからたった478日でここまで来るのがどれだけの偉業か……!」
成程。RPGで言うところの低レベルクリアや最速クリアみたいなもんか。まさかリアルでそんな事に情熱を燃やす奴がいるとは思わなかった。
「低いレベルで強敵を倒すには相応のコツというか、戦い方を幾重にも工夫する必要があるんです。戦闘回数は最低限に抑えて、勝てないモンスターからは逃げて勝てる相手だけ吟味して戦う。でも時には強敵と戦わないと先に進めない事もありますから、そういう時は周辺に住む人達から情報を集めて、弱点や攻めるポイントを見つけてから入念に準備して挑む。私はずっとそういう旅をして来ました」
いわゆる『弱者の戦い方』をここまで誇らしげに自慢する奴も珍しい。でも、ちょっと共感する部分もある。俺も前世ではそういうやり方だったな……ゲームで。
「でも、少し残念な事もありまして」
「何が?」
「私よりも遥かに低いレベルでこの街に来た人がいるんです。目の前に」
……俺か。
一日のみの在籍とはいえ、俺の冒険者レベルは18。間違いなくこの街の冒険者史上最低のレベルだとは思っていたけど案の定だったか。
「私がここへ教えを請いに来たのは、コレット先輩の勧めもありますが……トモ先輩の存在も大きいんです。どうしてそんな弱さでここまで辿り着けたのか、是非聞かせてください」
「いや、それは……言えない」
「どうしてですか! 何か人には言えないようなズルしたんですか!? ずるい! 自分だけメチャクチャ低いレベルで魔王城の近くまで来てひっそり優越感に浸るとか! ずるいな!!」
口を尖らせてそう言われましても、転生という時点で最強の狡さなのは自覚してますし……それを明かせば余計に非難されそうだな。
「えー、アヤメル」
「なんですか」
「なんでもかんでも口頭で教えられるようじゃ、良いサブマスターにはなれないよ?」
「!!」
ズギャーン、って効果音が脳内に響き渡った……かどうかは知らん。でも割と芯を食ったらしく、アヤメルは薫陶を受けたかのように目を見開き、迫真の顔でガクンと項垂れた。良いリアクションするなこの子。
「わかりました……やっぱり流石ですね、トモ先輩。コレット先輩に一目置かれているだけはあります」
「一目置かれてんの? 俺」
「はい。コレット先輩と親しくなったのは最近ですけど、他に話題ないのかってくらいトモ先輩の事ばっかり話すから、私の中でトモ先輩はかなり凄い人になってまして。今はその片鱗を味わった気分です」
どういう気分なのそれ。つーかコレット、話しやすい後輩が見つかってテンション上がったんだな。俺ですら初対面でこのザマ……コレットなら尚更気を許すだろう。
「あの、トモ先輩。今後についてですが……」
「あ、うん。取り敢えずウチのサブマスターに紹介して――――」
「その前に、私の戦いを見て貰えませんか? 出来ればギルド内の主要な方々にも。それが自己紹介代わりにもなると思いますし」
おっと。急に好戦的な表情。さっきまでの朗らかさとは打って変わって目がギラついている。
「まあ確かに、言葉だけの自己紹介よりは理解して貰いやすいかもな」
「まずは私の凄さというか天才性というか、戦闘技術を皆さんに褒めて貰おうと思いまして」
褒めて欲しいんかい。理由が一気に俗っぽくなったな。
「冒険者ギルドではレベルの数字だけで私をナメ腐って、軽くあしらう人達が大勢いるから居心地が良くないんです。私がオーナーになった暁には、そのレベル至上主義をブチ壊すつもりですけど……今はまだその時じゃありません。私が今欲しいのは、『そんな凄い戦闘技術を持っているのに冒険者を引退するなんて勿体ないね』の一言なんです!」
「お、おう……」
何はともあれ、冒険者ギルドのサブマスター候補アヤメルが10日ほどウチに来る事になった。
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