第380話 あっきっ気持ち悪い

 残る精霊はペトロ、フワワ、コレーの三人。この中で一番接しやすそうなのは……なんて考えるまでもない。


「出でよフワワ」


「ふわわ……」


 う、なんか距離を感じる。前に喚び出した時、折角かつてないほど綺麗に出来たアバターを思いっきりブン殴ったもんな……不可抗力とは言え。


「フワワ、この前は本当にゴメンな。あんなに出来の良いアバターだったのにロクに確認もしないで。フワワの気持ちに寄り添えなかった事を深く反省してる。だからどうか許して欲しい」


「そ、そんな。私は全然気にしてない〃o〃です。これからもあるじ様のお力になれるよう、良いアバターを作れるよう頑張りますね」


「うん。うん」


 良かった。距離が元に戻った感じがする。本当に良かった。ああ良かったぁ~……


「あっきっ気持ち悪い……謝罪の言葉がカーバンクルの時と全然違って気持ち悪い……『うん』って二回返事するのも気持ち悪い……もっもう全部気持ち悪い」


 サタナキアに気持ち悪いと連呼されても全く嫌な気分にならない。どうやら俺の心は1TBのクラウド型ファイルストレージよりも広大になったらしい。今なら通行人にノールックで殴られても許せる気がする。


「フワワさん、ご無沙汰してます。お元気でしたか?」


「ルウェリアさん。またお会い出来て嬉しい〃∇〃です」


 ルウェリアさんに声を掛けられたフワワでしか得られない養分がある。さっきまでの荒れた心が嘘のように漂白されていく。そうか、これが光堕ちってやつか……


「あの、ここにいるサタナキアさんと面識はおありでしょうか?」


「いえ……申し訳ない◞‸◟です」


「謝る事ではないんですよ? トモさんとお友達になられたようなので、この機会に交流を持って頂ければと思いまして」


 あ、いつの間にか俺がしなきゃいけない仲立ちをルウェリアさんがしてくれてる。ありがたいけど、こんな事をルウェリアさんにして貰う訳には――――


「……」


 おいサタナキア、なんだその無言での会釈は。カッコ付けてるのか?ちょっと他と反応違うんじゃないか?それってフワワを意識してるって事じゃないのか?って事はテメェまさかフワワに気に入られようとしてるんじゃないだろうな?どうなんだ?


「……お前、今日なんかずっとおかしくないか? 情緒がイカれ過ぎてんぞ」


 いやね御主人、人間には敢えて情緒をブチ壊さなきゃいけない時があるんですよ。それが今日なんです。フワワに色目使う奴は全員殺す。


「つー訳で終わり終わり。次は出でよコレー」


「ひっひぃ……!」


 別にサタナキアへの嫌がらせじゃない。どう考えてもペトロとは相性最悪だろうから、先にコレーの方を喚び出したってだけだ。決して他意はない。


「……え、何? また敵?」


「いやサタナキアがいたんでこの機会に兄妹で家庭団欒でもどうぞ」


「全然気持ち入ってない言い方。それにボクは良いけど、あの人は望んでないんじゃないかな。向こうから話しかけて来た事なんて記憶にないからね」


 いやそっちこそ言い方! 仮にも兄貴に『あの人』とか言ってやるなよ。つい数秒前まで殺意芽生えてたけど今度は同情心が芽生えちゃったよ。


「あ、あの……ユーフゥルさん、ですよね? 少し雰囲気が変わっておられますが」


 そう言えばルウェリアさんとは面識あるんだったな。つーかルウェリアさんの結界を手に入れる為に監視してた……とかだった筈。ちょっとは罪悪感を抱いてるんじゃないか?


「やあルウェリア、久し振りだね。実はこの姿は本当のボクじゃないんだ。ボクの正体は精霊コレー。そこにいるサタナキアの妹さ」


「あ、そうだったんですね」


 反応薄っ。まあルウェリアさん、親衛隊の事普通に迷惑がってたもんな。思い入れも特にないだろうしこんなもんか。あとコレーも全然悪びれてないな。


「そうそう。あ、ファッキウから伝言を預かってたんだ。『必ず迎えに行くから、決して僕以外の男に靡かないように』だって。アハハハ! キモいよね!」


「だ、ダメですそんな事を言っては! ファッキウさんに悪いです!」


 ルウェリアさんはああ言ってるけど、今回ばかりはコレーに一票。何様だあいつ? 少女漫画のオレ様系キャラかよ気持ち悪ぃーな。今何処で何してるのかわからない所も気持ち悪い。


「さて……と。で、ボクはどうすれば良いの? 彼と話せば良いの?」


 溜息交じりに、露骨なくらいウザがっている物言いでコレーはサタナキアへの関心のなさを示してくる。一方のサタナキアはずっと居心地悪そうに俯いたまま。この時間を心から嫌がっている様子が窺える。


 俺は一人っ子だから、彼らの距離感は良くわからない。従兄弟とは全然違うだろうし……これがよくある兄弟姉妹の空気感なのか、特別不仲なのかも全くピンと来ない。ケンカしてるって感じでもないし。


 ルウェリアさんは兄が沢山いるけど、それはあくまで戸籍上の話で、上の王子達とは物心ついて以降は面識すらない。だからルウェリアさんもこの感じに全く免疫がないのか、コレーが素っ気ない物言いをしてからずっとオロオロしている。


 ……仕方ない。ダメ元で仲裁を試みるか。普通にダメで終わりそうだけど。


「そう面倒臭がるなって。お互い言いたい事があるのなら、この機会に言ってみたらどうだ?」


「別にボクは何もないけど。先日やられたのだって、彼じゃなく彼が乗っ取っていた冒険者の力が大きいだろうし。ボクが彼にやられた訳じゃない」


 あ。そこ意外と気にしてたんだ。実際完敗だったもんな。


「サタナキアはどうなんだ? コレーに何か言いたい事あるだろ?」


「あっないです」


 いやメチャクチャ劣等感持ってるだろお前。それをここでブチ撒けてくれよ。そうすりゃ『そうだったんだ。兄さんも苦悩してたんだね』みたいな事コレーが言って万事解決だろ? 大体そんな感じで仲直りするもんじゃないの? 兄弟姉妹って。


「……」


「……」


 気まずい。仲裁役なのにメチャクチャ気まずい雰囲気に呑まれてしまっている。とにかく空気がキツい。重いとかじゃない。キツいんだ。


「あのー、武器を見せて貰いたいんですけどー……」


 こんな時に来客だと!? 普段全く客来ないのになんでこのタイミングで……! しかも全然知らない男の人だ!


「は、はい。こちらへどうぞ。カタログもありますので実物と合わせて御覧になって下さい」


「あ、ども。いやー、暗黒武器の専門店って聞いて来たんですけど、やっぱ専門ともなるとスゴイですね。空気がもう暗黒過ぎてフゥーッ!」


 なんだこの客。よくこんな空気の中でテンション上げられるな。暗黒武器マニアは感性がバグってんのか、それとも感性がバグってるから暗黒武器を好むのか。


 何にしても、客が来た以上ここで痛ったい団欒を続ける訳にはいかない。今日はここまでにしておこう。


 コレーに目配せすると、無言で数度頷き歩き始めた。人間界で結構長い事暮らしていた筈だから、空気は読めるんだよな。


 一方のサタナキアは……こっちが何を言うまでもなく率先して帰宅準備を始めていた。客が来たら帰るっつってたもんな。貫禄の有言実行だ。全身震えてるけど。


「それじゃ御主人、お邪魔しました」


「おう。またいつでも来な」


 接客の合間に御主人に声を掛け、そそくさと階段を降りていく。もう慣れたけど、王城の玉座の間を武器屋にするってイカれてるよな。外見だけだとヒーラーやアイザックに占拠されてた時より侵略されてる感が強い。城ごと闇堕ちしてるみたいだ。


 ……闇堕ちって言えば。


「お前等って兄弟揃って闇堕ちしてたんだよな」


 サタナキアだけじゃなく、コレーも暗黒面に堕ちた精霊。そういう意味では性格は真逆でも似た者同士だ。それが話のきっかけになれば――――


「一緒にしないで貰えるかな。確かにボクは一時期、精神状態が良好とは程遠かったよ。でもそれは後ろ暗い目的があっての事じゃない。彼とは全く違うんだから」


「……」


 対応の塩分が濃過ぎる。サタナキアも俺のすぐ後ろにいるから、自然とコレーの言葉も奴に聞こえている状況。で、意図的にサタナキアに聞こえるような声で言っている。


 明らかに意識過剰だよな、これ。


 まさか……


「なあコレー」


「何?」


「もしかしてお前って、子供の頃とかにサタナキアのこと慕ってたんじゃねーの?」



 ――――時が止まった。



 正確には、足音がゼロになった。振り向くと、コレーが呆然とした顔でこっちを見ている。今まで見せなかったような表情だ。


「何言ってるの?ボクが彼を?意味わかんな過ぎてドン引きなんだけど?怖っ寒っあー無理無理ボクもう帰る」


 元々饒舌な奴だけど、いつにも増して捲し立てるような物言いでコレーは姿を消した。相変わらず規格外のスピードだ。


「あっあの……逆張りしても仕方ないって言うか……ないです。あいつが私を慕う……とか」


「うーん。そうかなあ」


 でも、ペトロに対してもあんな感じでツンツンしてたんだよな、コレーの奴。だからツンデレ精霊だと思ったんだけど……考え過ぎかな。


 ともあれ仲裁は失敗。慣れない事はするものじゃないな。さっさと切り替えよう。


 次で面談も最後だ。


「出でよペトロ!」


 喚んでから気付いたけど……コレーの奴、もしかして俺が次にペトロを喚ぶと悟って逃げたのか? 恋煩い的な? だとしたら、前々から片鱗はあったけど実はモーショボー並にヘタレだなアイツ。まあサタナキアの妹だからヘタレでも違和感はないか。


「……」


 そしてペトロは何故かアヒル口でスンッとしている。なんだその顔……念願の一勝の直後に大惨敗を喫した事でいよいよ感情がブッ壊れたか?


「なァ総長……もしかしてオレッて自分が思ッてるより雑魚なんじャねェかな」


「いや。前回の戦いは俺が悪かった。相性とか戦況を考えずに、身勝手に頼り過ぎた。ゴメンな」


「謝ンじャねェよ! 謝られたら余計虚しくなるじャねェか! チッ……! チックショー……」


 いやペトロパイセン、往来でそんなさめざめと。予想はしてたけど、やっぱりプライドズタズタに引き裂かれてたかあ。


「サタナキア、サタナキア。なんかフォローしてやって。彼の尊厳を回復させるような事を言ってやって。当事者のお前にしか出来ない事だから」


「あっそっそういうの向いてないんで……そっそれにこの精霊クソ弱かったし……」


 クソ弱いとか言うな! 俺の契約した精霊で唯一の武闘派なんだよ! そりゃ確かに瞬殺だったけど!


「ククク……ソイツの言う通りだ。オレは弱ェ。今までその事に気付けなかッた自分が恥ずかしいぜ。弱ェクセに戦闘狂みてェな事ばッか言ッてよォ……情けねェぜ全く」


 不幸中の幸いというか、自分を倒した相手にボロクソ言われた事で、逆に開き直れたらしい。見るに堪えなかったペトロのアヒル口が元に戻った。励ましの言葉は必要なさそうだ。


「んじゃ立ち直ったところでペトロ、ちょっと聞きたいんだけど。イケメン……人間にモテる顔立ちの精霊が知り合いにいないか?」


「人間に? ソイツは難しい条件だなァ。人間の好みなんて良くわかんねェし」


「だよな……わかった。あ、サタナキアなんだけど、これからは友好関係を結ぶ事になったから」


「あっよっ宜しく……」


「……オウ」


 やっぱり複雑そうだな。ペトロと戦った時はグノークスの身体だったとは言え、自分を簡単に倒した相手と仲良くってのは難しいだろう。出来るだけサタナキアとペトロはかち合わないように心掛けよう。


 ペトロを精霊界に帰したところで第三回精霊面談は終了。カーバンクルと和解できたのが一番の収穫かな。なんだかんだ、精霊達との関係も大分深まった気がする。


「ところで、サタナキアもいざって時に喚び出して良いか?」


「あっいっ嫌です」


 予想はしてたけど即答か……まあタントラムで何もかも発散した後のコイツは戦闘面ではあんまり期待できそうにないし、別に良いか。


「あっでっでも、のっ能力だけなら貸しても良いです」


「え? そんな事できんの?」


「はっはい。けっ契約の時に精霊側が許可すれば、かっ可能です」


 マジか。だったら精霊界にいる精霊から能力だけ借りる事も……あ、でも契約しなきゃいけないって事は無理か。残念。


「その契約って、既に契約を交わしている精霊に対しても追加で許可貰える?」


「あっだっ大丈夫です」


 良いじゃん良いじゃん。フワワ達をいちいち喚び出さなくても能力だけ借りる事が出来るんだろ? それなら一日一回しか召喚できない縛りもなくなるかも。明日あらためて全員に打診してみるか。


「あっそっそれじゃ私こっちなんで」


「何処に住んでんの?」


「いっ言えません。せっ精霊は自分の住処を簡単には教えない……です」


 陰キャってなんで過度に個人情報の漏洩を恐れるんだろうな……


「でっでは」


「ああ。またな」


 人混みを避けるように、サタナキアは大通りから裏道に入って行く。一度振り返って手を振り、そのまま見えなくなった。


 ベリアルザ武器商会でタダ働きするって話だったけど、結局有耶無耶のままになったな。まあサタナキアだし、明日もしれっと武器屋に居座ってそうだから気にするだけ無駄か。


 色々あった一日だけど収穫が幾つもあった。特に邪怨霧の晴らし方が判明したのは大きい。この件は早い内に五大ギルドの面々に知らせておくべきだろう。


 一旦ウチのギルドに戻って、それから冒険者ギルドかソーサラーギルドに行くとするか。



 なんて考えながら帰宅すると――――



「もー遅いよ! 待ちくたびれちゃった!」


 まさかの入待ちコレット!なんつー偶然だよ。最近は忙しくてウチのギルドに顔出す回数減ってたのに。ってかギルドの中で待ってりゃ良いのに、わざわざ入り口で待ち構えてたのか。


「どうした? 何かあったのか?」


「うん。実はこの前のサブマスターズ……だっけ? あのサブマスター決めるコンテスト、冒険者の間でも話題になっててね。私達もそろそろサブマスターを配置しようって話になって」


 おろ。俺の企画が冒険者ギルドにまで影響を与えたのか。それは正直嬉しい。自己顕示欲が満たされる。後でそれとなくシキさんやヤメに自慢しよう。


「でもホラ、ウチのギルドって最近何かとお騒がせだったでしょ? 特に鉱山の一件、住民の間で色々噂になっちゃっててねー……この空気で公開コンテスト開くのはちょっと無理っぽいから、ギルドマスターの私が独断で決める事になったんだけど」


「まあ、俺達が特殊だっただけでそれが普通だろ。で、もう決めたのか?」


「んー……まだ確定って訳じゃなくて。私って冒険者の間ではあんまり好かれてないでしょ? 立候補者が少なくてさー」


「自虐はしつこいとウザいし本音じゃないって思われるから程々にな。でも何人かいた事はいたんだろ?」


「うん。『冒険者を完全に引退しても良い人』と『私を嫌いじゃない人』って二つの条件で募集出したら、三人手を挙げてくれて。でも、その内の二人はちょっと難しいかなーって……」


 珍しいな、コレットが他人に厳しい評価を下すなんて。俺以上に自分を下げて他人を上げるタイプなのに。


「その二人って、俺も知ってる奴?」


「うん。コーシュさんとヨナさん」


 うわぁ……想像以上にキツい面子っすね。


 鉱山でのあの一件は想像以上に冒険者ギルドにとって激震だったらしく、関わった面々はギルド内に留まらず城下町全体で白眼視されているらしい。


 そういう話を聞いてはいたから、余計に二人の厚かましさが際立ってしまう。そりゃ書類審査で落としますわ。


「コーシュさんは男女問わず手を出しまくって何股もするダメな人って世間にバレちゃったから、冒険者引退して裏方に回りたいんだって。ヨナさんはその……なんか良くわからないけど、私の隣で一緒に仕事がしたいって言ってた」


 ヨナはヤメとほぼ同じ動機(対象はギルマスじゃないけど)だから偉そうな批評は出来ないけど、コーシュは論外にも程がある。つーかクビにしろよそんな奴。いるだけでギルドの評判落とすレベルだろもう。


「流石にこの二人はちょっと……ね」


「当たり前だろ。で、残りの一人は?」


「私です」


 少し離れた所にいた女性が俺の言葉に反応し、緊張の面持ちで近付いて来る。武器防具を身につけていないから、てっきり通行人かと思ってたけど……コレットの連れだったのか。


「この子がサブマスター立候補者の一人で、アヤメルちゃん」


「アヤメルです」


 中々個性的な名前の大型新人が現れた!





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