第379話 歴史的和解
それから――――
「……成程な」
御主人は城にやってきた行商と話をしていたらしく、暫くすると疲れた顔で戻って来た。そして落ち込む娘と地雷客を目の当たりにして更にストレスが加わったのか瞼がピクついていた。
ただ、サタナキアの正体と処遇について話した途端、その顔は一気にツヤツヤになっていく。彼ら家族にとって暗黒武器マニアとの出会いは格別なんだろう。わかるよ。俺も自分と同じ熱量でパンを愛する奴と出会ったら、きっと同じ顔をする。
「サタナキア、だったか。まず初めに言っておくが、ウチのルウェリアは可愛い。可愛いだろ? 精霊の美的感覚でも圧倒的に可愛いよな? ルウェリアの可愛さは種族超えてるよな? けどな、間違っても発情するんじゃねぇぞ。万が一口説こうもんなら標本にして店に飾るからな」
「ひいっ……」
御主人、ジャブが強い。強いって。本当の意味で暗黒なお店になっちゃうから。
「ま、その様子なら間違いは起こさねーか。取り敢えず暗黒武器に囲まれてりゃ満足なんだな?」
「あっはい。ここここっちの世界で食事や睡眠を摂る必要はないので」
「そいつは便利な体質だな。だったらいっそ、ウチで寝ずの番でもしとくか?」
どうやら御主人もルウェリアさんと同意見で、暗黒武器好きに悪いヤツはいないって認識らしい。にしたって、元魔王の側近をタダ働きさせる気か……?
「あっはっはい。まっ任せて下さい。もっもし暗黒武器を盗もうとするクズがいたらぶっブッ飛ばしてやりますよ……うへへ」
そして元魔王の側近がタダ働きに意欲的とか……もう訳わかんねぇよ……
「あっあの。あっありがとうございます」
困惑で呆然としていた俺に、サタナキアが突然頭を下げてきたもんだから困惑マシマシ。えっ何? 怖いんだけど……
「おっお陰で人間界でやって行けそう……です。わっ私こっこういう性格だから、どっどの精霊とも打ち解けられなくて。魔王軍では逆に魔王様の威容でそっ忖度ばっかりで……とっトモ君みたいにズケズケ言う人は初めて……でした」
「いや、礼を言われるような事じゃないと思うけどマジで」
「さっサブマスターコンテストの時も……かっ介抱してくれてたし……感謝してます」
あれも別に厚意でやったとかじゃなく、単にコンテスト参加者がずっと苦しんでる姿をギャラリーの前で晒すのは印象的にも良くないっていう打算が主。サタナキアの為だけって訳じゃない。
あーそうか。こいつ、あんまり優しくされた経験がないんだな。
気持ちはわかるよ。前世では俺もそうだった。別に親や周囲が優しくなかった訳じゃない。俺自身が他者との繋がりを断っていたから、そういう機会自体がなかっただけだ。あと、安いプライドの所為で『施しは受けぬ!』ってオーラを出していた……のかもしれない。特に大学時代。周りからしたら声掛け難い奴だっただろうな、当時の俺。マジ腐ってたもんな。
「あっあの、良かったら今後も……その……」
言い淀んでいるけど、言いたい事がなんなのかはわかるよ。今後も仲良くしていこう、みたいな事だろう。
そして俺も、最初に抱いていた嫌悪感は大分薄らいでいる。グノークスに化けて俺を散々煽った時の奴と、この常にオドオドしてる中性的な容姿の元精霊をどうしても同一人物とは思えない。今のサタナキアに対して悪感情はほぼないと言っても良い。
けどなあ……コイツか?
確かに俺は、ずっと思ってたよ。同性の友達が欲しいって。悩み事を相談したり、特に話す事はないけど一緒にメシ食いに行ったりする相手がいてくれたら良いなって。話し相手が異性ばっかりの所為で色んな所から評判良くない現状を打破したいって、割と本気で悩んではいたよ。
いたけどさあ……その末に辿り着いたのがコイツで良いのか? 見た目だけなら寧ろ女性寄りだし、評判はきっと変わらんだろ。なんなら悪化まである。
「お、おいルウェリア。もしかしてこれ告白か? 俺達、告白の現場に立ち会ってるのか?」
「そうかもしれません。これはとんでもない事です。私は正直どうして良いかわかりません。トモさんがどういった結論を出すのか、温かく見守るしかないのでしょう」
ほらー、早速弊害が出始めている。サタナキアを男性だって認識してる二人ですらこれだもの。何も知らない連中には余計誤解されるに決まってる。
今の俺は、昔みたいに自分だけの事を考えてれば良い立場じゃない。自分のイメージがギルドのイメージに直結する事まで考えた上で、行動や交友関係を決めなきゃいけない。そういう自覚はそろそろ芽生えて来た。
けど――――
「とっ友達として……人間界の事を教えて欲しい……です」
「わかった。そっちも精霊の事を教えてくれると助かる」
「あっ……はいっ」
不思議と迷う気持ちはすぐに消えた。どれだけ理屈で否定しようとしても、心が全く聞く耳を持たない。そんな感じだ。
俺なんかに『友達になって』と言ってくれる奴が、果たして何人いる? 俺みたいな特に強くも面白くも金持ちでもない人間に、そういう価値を見出してくれる奴との出会いがこれから何度ある?
そんな貴重な奴を損得勘定で突っぱねるなんて、とても出来ない。良い奴なのか悪い奴なのかはまだわからないけど、悪い奴だと思ったら距離を置けば良い。それだけの話だ。
たったそれだけの事を、生前は本当に億劫に感じてたよな……まだ若かったからなのかもしれないけど。
やっぱり人間、アレだな。ある程度年を重ねると人付き合いに飢えちゃうんだな。心に余裕が生まれたとも言える。なんにしても、成長とはちょっと違うタイプの心境の変化だ。
「あっありがとうございます……すっ凄く……嬉しいです……えへへ」
サタナキアがにへらと笑う。明らかに引きつっているように見えるけど、実際には心からの笑顔なのかもしれない。そう思わせる純粋さがコイツにはある。じゃなきゃ、心の中に鬱屈したものをあれだけ溜め込める筈がない。コイツほどの力があれば、もっと他人の害になる形で発散する方法は幾らでもあるだろうしな……
「こ、これはどういう事でしょうか。まずは友達からってやつでしょうか。お父さん、そういう事を言われた経験はありますか?」
「フッ。あるぜーぇ。何を隠そうルウェリア、お前の母さんからだ。父さん昔はちょっと良いトコに勤めてた時期があってだな、そこで一目置かれた存在だったんだが、母さんはそんな俺に一方的にホレてたみてーでよ、或る日手紙を寄越してきたんだ。そこに書かれていたのがまさにそれだ」
「嘘です。それは真実ではありません。捏造です」
「な、何故だ!? その時お前生まれてなかったのになんで断定するんだ!?」
「お母さんの記憶は正直全くありませんが、お父さんが誰かに片想いされる姿が想像できないんです。きっとそれはお父さんの願望が記憶を歪ませたやつです」
「全文にわたって酷くねーか!? おいトモどうしてくれんだ! お前らの所為で娘が嫌な事ばっか言ってくるぞ!」
知らんがな。そもそも実の父親じゃねーんだから今の話自体捏造で合ってるだろ。ルウェリアさんも自分の出自は知らないけど本能で察したんだろうよ。
とはいえ、全部御主人の妄想ってのも無理がある。多分モテた事は本当にあるんだろう。何しろ元近衛兵だからな。立場に弱い女性がコロっと騙されるくらいの地位にはいた訳だ。クソが……と言いたいところだけど、正直そういうのは大して羨ましくない。単なる負け犬の遠吠えだけどな!
ともあれ、サタナキアという友達が出来た。
「――――そういう訳なんで、第三回精霊面談を執り行う! 出でよモーショボー!」
「えっ何? 急に何? うわサタナキアじゃん! なっつかしー!」
「ひいっ」
突如姿を現したモーショボーに対し、サタナキアは怯えるように御主人の広い背中に隠れた。精霊見知り激しいなあ……
「なっなんでこんな酷い事するの……やっ優しくして気を許したところでいたぶるのが趣味の人間……こっ怖い」
「怖いのはお前の妄想力だよ」
「っていうか、マジで何? 急に喚び出してウチを放っておくとかワケわかんないんだけど」
モーショボーが困惑するのも無理はない。俺も正直ノリで喚んだ感は否めない。ゴメン。
とはいえ勿論それだけじゃない。元精霊のサタナキアと友人関係を築いた以上、俺の使役する精霊と顔合わせしておいた方が良いって判断だ。
当然、そこにはコレーも含まれる。兄妹の関係がギクシャクしたままってのは収まりが悪い。とっとと解決して貰わないと。
でも俺だって鬼じゃない。いきなり妹を喚び出して話し合え、なんて強引な事はしない。サタナキアが一番接しやすそうな精霊として、まずはモーショボーを喚び出した。奴から徐々に慣らしていくって算段だ。
「モーショボーはサタナキアと面識ある?」
「あったよー。でも今みたいに全然目を合わせてくんないの。ちょっと傷付くよねー」
「あっあう……」
小さい羽をパタパタさせる気さくなモーショボーに対し、サタナキアは心底怯えていた。
まあ……一番接しやすいっつっても相対的なもので、ギャルっぽいモーショボーと陰キャのサタナキアじゃ相性は決して良くない。こうなる事は想定内だ。
「ところでモーショボー、告白の件はどうなった?」
今度はモーショボーがピキッと固まる。どうやら交易祭以降、特に進展はなかったらしい。
「……ウチやっぱり無理。決めきれない。だってどっちも好きなんだもん……」
「まあ、告白なんて別に無理してするものじゃないけどさ」
「そうそうそうそうトモっちわかってるー! 告白なんて別に無理してするものじゃないし!!!」
こんな全力の鸚鵡返し初めて聞いた。どんだけ肯定して欲しかったんだよ。アニメ化決まったから出来るだけ引き延ばせって編集長に言われたラブコメ漫画の担当編集か。
「むっ無理は良くないと思います……むっ無理すると……心が潰れるので……」
「だよね! サタナキアも話わかるー! うぇーい!」
「……ひっ」
ハイタッチを試みたモーショボーに殴られるとでも思ったのか、御主人の後ろからちょっと出て来たサタナキアが再び引っ込んだ。
「それよりトモっちさー、カーバンクルとケンカした? 精霊界でメチャクチャ悪く言われてたけど」
「え、マジ? あのクソリス陰口叩いてんの?」
「あー、やっぱそんな感じになってんだー。陰口っていうか、目をかけてやってたのに裏切られた、みたいな?」
ンだよそれ知らねーよ面倒臭せージジイだな。勝手に期待して勝手に失望するなよ。
「良くわかんないけど、ウチに時間使うくらいなら仲直りすれば? カーバンクルの機嫌が悪いとウチも心臓キュッてなるんだよねー」
「……善処します」
取り敢えずモーショボーの面談は終了。
次は――――
「出でよカーバンクル」
「む……」
「……」
はー……ったく仕方ねーな。
年寄りは頭堅いしプライドも高いから向こうからは折れないだろうし、モーショボーに迷惑かけるのもなんだし、こっちから歩み寄るとするか。なんだかんだカーバンクルの能力には助けられて来たからな。
「先日は申し訳ありませんでした。目上の方に対する礼を失した言動、どうかお許し下さい」
「……」
何か言えよ。こっちは頭も下げてんだよ。
「……………………ま、このカーバンクルも多少冷静さに欠けていたかも知れんな。契約を続行したいと言うのなら、好きにするが良い」
「ありがとうございます」
スッキリとした物言いではないけど、自分の方から契約の話をしてきた辺り、カーバンクルなりに思うところはあったんだろう。
売り言葉に買い言葉。こっちにも非があったのは事実だし、これで手打ちに……
「しかし赦すのはこれで最後。二度はない。ゆめゆめ忘れるでないぞ」
「あ?」
「ん?」
「……」
「……」
「お、お父さん! トモさんが変です! いつもと違ってピキピキしてます! 凄く怖い!」
「おいおい、これくらいのギスギスにビビってちゃ夫婦ゲンカも出来ないぞルウェリア~。父としては別にそういう事をする相手が一生いなくても構わないけどな」
御主人、顔は笑ってるけど目はマジだ。ルウェリアさんも大変だな。
しっかし……なんだかなあ。折角こっちが折れたってのに、このリスの物言い……やっぱ契約解除するか? 俺の何倍も生きてるだろうに、最後絶対マウント取らなきゃ気が済まないこのジジイの性格はどうよ? そりゃ俺だって人様にどうこう言える人間じゃないけど、あんまりにも老害ムーブ過ぎやしないか?
「でもケンカはダメです。仲良くした方が良いです。あの、サタナキアさん」
「あっはい」
「私がトモさんを宥めますので、サタナキアさんはリスさんの方をどうどうしてくれませんか? よくわかりませんが、お互い頭に血が上ってちゃんとお話できていないと思うんです」
「そっそうだと思います。でっでも無理です。わっ私は精霊界から出て行った身なんで、言う事聞いてくれないと思います」
「そうですか……わかりました。では私がお二人を説得してみます」
――――なんて話をしてるのが聞こえてくる。一応、言うほど頭に血は上っちゃいない。それなりに冷静だからこそ腹立つ事もある。こういう時は却ってクールダウンし難い。幾らルウェリアさんの言葉でも……
「お二人とも、お店でケンカはいけません!」
「「……あっはい」」
ごもっともなんてもんじゃない! 普通に迷惑かけてるのに一切そこに頭が回ってなかった! サタナキアの事全然言えないじゃん終わってんな俺!
「確かに、このカーバンクルともあろう者が著しく配慮に欠けていた。大変申し訳ない」
「俺も、すみませんでした」
「わかって頂けて嬉しいです。では折角ですし、仲直りなど如何ですか?」
この状況で断る事は出来ないな。流石にカーバンクルも同意見だろう。(実年齢で)遥か年下のルウェリアさんにここまで気を遣わせてしまっている時点でもうプライドも何もない。俺達に出来るのは彼女の顔を立てる事だけだ。
「えっと……」
「先程のこのカーバンクルの発言に不満があったのだろう。済まなかった。偉ぶりたがった訳ではないのだ」
「……え?」
「あっあの、かっカーバンクルは誰に対してもこういう感じの言い方するので……トモ君にだけ高圧的って訳では……」
ルウェリアさんの後ろから小さい声でサタナキアがフォローしてきた。カーバンクルに怒鳴られるの覚悟で言ったんだろう。意外と度胸ある。
「このカーバンクル、決して皆に好かれる精霊でないのは自覚している。しかし最早変えられぬ。こんな言い方しか出来ぬのだ」
意外にも、カーバンクルは胸の内を素直に打ち明けてくれた。
多くの言葉は要らない。今の述懐で十分だ。見下したい相手にこんな事を言う訳がないんだ。
「これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
「む……お互いにな。このカーバンクルが必要ならば今後も喚び出すが良い」
仲直りの握手……は出来ないから、お互い目を合わせて頷き合う。これで元通りといこうか。老リスと中身30過ぎの中年が長々とケンカして誰が喜ぶんだって話だよな。
さて、歴史的和解も終わった事だし、次は――――
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