第378話 ご関係が荒ぶっておられますね
『暗黒武器を一面に飾った部屋で一生引きこもってたい……』
先日のサブマスターコンテストの最中、サタナキアが過換気症候群で全身痺れて動けなくなった時に発した何気ない呟きを思い出す。あの時は現実逃避する為にただの願望を口走っていたんだと思っていたけど……
「まさか本気で実現するつもりだったとはな」
「あっはい……えへへ……」
褒めてない一切褒めてない。行動力あって凄いねとか解釈されても困るから。なんで人生の大半をネガティブに生きてるのにこういう時だけポジティブなんだよこの闇堕ち野郎。
「あの、ウインドウショッピングは勿論大歓迎なんですけれど、あまり長時間見ていると精神に負荷が掛かる恐れがありますから、また日を改めてお越し下さった方が宜しいかと……」
「あっおっお構いなく。せっ精神は最初から真っ黒なので。暗黒武器に毒される心配はないので」
ルウェリアさんも人が良過ぎるもんだから、素直に『迷惑だから帰れ』とは言えず遠回しな言い方しか出来ない。そしてサタナキアは『長時間』という表現を人間じゃなく精霊の尺度で解釈している。人間の何倍も長生きする種族だから、一時間や二時間が『長時間』という認識じゃないんだろう。その結果、両者の間には断崖絶壁が生じてしまった。
ルウェリアさんが涙目で俺に助けを求めるのも無理のない話だ。終始半笑いを浮かべてる奴がずっと商品を眺めている店に近付きたい客はそういないだろう。純粋に営業妨害だ。
そう言えば、御主人の姿が見当たらないな。あの人がいればこんなビビリを追い出すくらい訳ないだろうに。そもそもルウェリアさん一人に店番させて不在って事自体が珍しい。まあ昔と違って今は店舗所在地が広大な城だからな……在庫品チェックの為に倉庫へ行くだけでも結構な移動時間になりそうだし、多分城内の何処かにはいるんだろう。
何にしても、恩人に頼られた以上は期待に応えないと。
「サタナキア」
「ひいっ」
こいつ……さっきも俺の姿を見て悲鳴あげてたよな。短期間で二度トラウマになりそうな目に遭っていて、その二度とも俺が関わってるから条件反射で怯えてるだけかもしれないけどさ。普通に失礼じゃないですかね。
「ここで暗黒武器を眺めて良いのは一時の間だけだ。ずっとここにいたら商売の邪魔だし迷惑になるし鬱陶しいし不気味だから立ち去れ」
「と、トモさん! それ以上はいけません! 辛辣です!」
ええ、敢えて辛辣に言っているので。こういう気が小さいのに厚かましい奴にはガツンと言わないとすぐ調子乗るから。
「あっにっ人間界の常識はちゃんと知ってる……ので。今は他に客がいないから邪魔じゃない……一人でも客が来たら帰る……つもりでした」
「なら俺が客だ。今すぐ帰れ」
「あっしっ知り合いはカウントされないので」
無駄に粘るな……つーかそれ、単に知らない人が近くにいるのが怖いから出て行くってだけでは?
「めっ迷惑は掛けてない……から見逃して欲しい……です。サブマスターになれなくて落ち込んでて……すごく落ち込んでて……このままだと立ち直れないかもって思って……ここに救いを求めて来たから……」
「暗黒武器に囲まれてると精神が安定すんの?」
「すっする。すっ凄く……凄くします。こっ心が穏やかになるっていうか……せっ世界に対する漠然とした憎悪とか未来への不安とかがスッと消えるので……」
暗黒武器を精神安定剤代わりにしてやがる。一旦闇堕ちすると暗黒武器がしっくり来る体質になるんだろうか……?
「わかります! 凄くわかります!」
「え? ルウェリアさん……?」
「私も暗黒武器を見ていると心が落ち着きます。自分の中にある嫌な部分が吸い込まれていくような感覚と言うか……そういうの、きっと皆さん持ち合わせていると思うんです。きっと人は誰もが心に暗黒武器を装備しているんです」
してません。この武器屋の親子、基本まともな人達だけど暗黒武器が絡むと常軌を逸するんだよな……
「あの、トモさん。この方とお知り合いなんですよね? どういうご関係なんですか?」
「あー……最初は殺し合う仲でしたけど、つい先日審査する側とされる側になりました」
「ご関係が荒ぶっておられますね」
変な言い回しだけど、確かに否定は出来ない……
「あまりに長時間滞在されるので少し困っていたんですが、ここまで暗黒武器に想いを馳せている方を無碍には出来ません。トモさんが身分を保障して下さるのであれば、売り場ではなく倉庫なら見学して頂いても……」
「いや、止めておいた方が良いですって。倉庫なんかに通したらこいつ余裕で盗みますよ。交易祭で俺達が街中に配置してた暗黒武器全部盗んでいった奴ですし」
「あっあれは……ひっ拾っただけなので……悪気はなかったから許して……」
人間界ではそういうのをネコババって言ってだな……
とはいえ、この世界におけるネコババがどの程度の罪なのか、そもそも罪状として成立しているのかは正直知らない。それをこの場でルウェリアさんに聞けば常識知らずと思われてしまう恐れがある。異世界から転生した事が他人に知られても特にペナルティはないみたいだけど、知られたい素姓でもないからな……
「あっあの……ご迷惑をお掛けした事は自覚してます。だっだから人間界で更生しようと思ってサブマスターにも立候補……しました。でもそれもダメで、凄く凹んでて……こっ心が荒まないように努力したいんです」
うーん。単に自分が好きな物に囲まれて悦に浸る時間を確保する為に必死で弁明してる感じだけど、そう切り捨ててしまうのも抵抗あるよなあ。面接の時も、サブマスターの業務を聞いて一度は逃げ出したのに、翌日また来たからな。彼なりに悲壮な覚悟で挑んだのは確かなんだろう。
正直、ちょっとだけ情が移ってない事もない。っていうか、割と気持ちもわかるんだよね。前世の俺、周りから見たらこんな感じだったかもしれないし。
「わかった。じゃ取引しよう」
「とっ取引?」
「こっちが知りたい情報を幾つか提供して欲しい。答えられる範囲で構わない。見返りにそっちの要求を呑もう」
「わっわかりました。とっ取引します。とっ取引取引」
やけに即答だな。なんか『取引』って言葉にテンション上がってないか……? この手のちょっと悪事っぽいのが好きなのか。まるで厨二病じゃないか。
こいつ、まさか厨二病拗らせて闇堕ちしたんじゃないだろな。まあでも、陰キャで厨二病要素ゼロの奴って滅多にいないからなあ……精霊界も例外じゃないって事か。精霊って長生きだし高度な生物ってイメージだけど、進化生物学の観点で言えば案外人間と近い所にいるのかもしれない。
「それじゃ早速――――」
「あ、あの!」
サタナキアに質問しようとした瞬間、ルウェリアさんが何故か涙目で肩を掴んで来た。まだ女性に触られるだけで心が騒ぐ年頃ですみません。青春って長いよね。
「私、ここで聞いていても大丈夫でしょうか。闇取引の現場にいるのは少し心がゾワつきます」
「いや闇取引とかじゃないんで! 全然ゾワつかなくて大丈夫ですから!」
ルウェリアさん、俺の事アウトローな人間って思ってんのかな……仮にそうでも暗黒武器の売人にとやかく言われる筋合いはない気もするけど。
「んじゃ改めて。まず冒険者ギルドでお前を匿っていた人間について聞きたい。お前に協力してたのは誰だ?」
「ひっ一人じゃないです。なっ何人かいました」
マジか。『何人か』って表現だと、二人だけって感じじゃないよな。マルガリータとダンディンドンさんの二人が有力候補だったけど他にもいるのか? まあ十中八九、二人の信頼している直属の部下なんだろう。
「だったら、その中で一番格上だったのは誰だ? 他の連中に命令したりペコペコされてた奴がいなかったか?」
「あっそっそれなら……いっいました」
そのメンツの中にマルガリータがいれば、この質問に対する答えは100%彼女だ。何しろダンディンドンさんは絶対に彼女に逆らえないからな。性癖の所為で。
「たっ確か、おっ女の人間でした」
やっぱりか! 途中から黒幕っぽい雰囲気出してたけど、まさか本当に裏切り者だったとは……コレット凹むだろなあ。
「名前は?」
「しっ知らない……です。名乗らなかったし、こっちからは聞かないので」
名乗らなかった……? って事は、魔王の元側近と協力関係を築く為に匿った訳じゃないのか?
そもそも匿った動機自体がハッキリしない。拷問にでもかけて魔王や魔王城に関する情報を吐かせようとしていたのなら、サタナキアがとっくに言及してる筈だ。
サタナキアの身柄を確保した事実を他のギルドに報告していない時点で、何らかの形でサタナキアを独占的に利用しようとしていたのは間違いないんだ。ただ、その利用目的がどうにも見えてこない。
「だったら外見的な特徴を教えて貰えないか? 髪とか顔つきとか体格。なんでも良いから」
「かっ髪は……くっ黒くて長かった……です。かっ顔は……マスクを被ってて見えなかった」
マスク?
「そのマスクってのは、どういう?」
「やっ山羊の悪魔」
……バフォメットマスク?
「たっ体型はスラっとしてて俊敏そうで……背の高さはトモ君より少し低いくらい……あっ薄くて軽そうだけど見るからに高級な鎧に、けっ剣を携えてたかも……です」
おいおいマジかよ。外見だけなら全部、懐かしの山羊コレットに当てはまるんだけど。どうなってんだ?
「年齢はどれくらいかわかるか?」
「あっせっ精霊は人間の年齢当てるの無理。ぜっ全然わかりません」
だよな……こっちも精霊の実年齢絶対当てられないもんな。そもそもマスクしてるんじゃ人間でもわかりっこないか。
ただ、髪型一つとってもコレットは銀髪ロングでマルガリータはショートヘア。他の外見的特徴もマルガリータとは一致しない。
って事は、サタナキアを匿った冒険者ギルドの人間はマルガリータじゃなく……コレット?
「ふふっ」
思わず鼻で笑ってしまった。
コレットがサタナキアを匿う事自体は、絶対にないとは言えない。当時髭剃王グリフォナルの姿だったサタナキアが泣いて頼めば、匿うくらいの事はしそうな奴だし。
でも、それを他のギルドに報告しないのは流石にあり得ない。もし口止めされていようと、そこは明確に線引き出来る奴だ。
犯人はコレットじゃない。
これは決して、俺がコレットを犯人扱いしたくないって心情がもたらしたバイアスなんかじゃない。客観的な見解に基づく判断だ。
犯人はサタナキアに名乗っていない。それは万が一サタナキアの口から自分の名前が漏れないようにっていう自己防衛の線が濃厚。それなのに、山羊のマスクなんてクソ目立つような物を被って、如何にもコレットを連想させるような外見でサタナキアの前に現れている。
これは完全な矛盾だ。
そもそも、コレットにとって山羊マスクはトラウマアイテムだからな。どんな理由があっても自分から被る事はない。
って事はだ。サタナキアが今明かした犯人は、何者かがコレットに見せかける為の変装を施していた可能性が高い。この街に住んでいて山羊コレットを知らない奴はまずいないからな。サタナキアが自分を匿った奴の外見的特徴を誰かに話したら、高確率でコレットを連想するように仕向けた……と考えるのが妥当だ。ウィッグがあるかどうかは知らないけど、髪くらいなら偽装は難しくないだろう。
参ったな。どうやら犯人は、自分達の罪――――サタナキアを匿った事をコレットの所為にしようと仕向けているらしい。サタナキアを匿っていたのがギルマスの部屋だった事も、それを強く示唆している。
犯人がもしマルガリータだとしたら、コレットは唯一の同性の親友に裏切られた事になる。それも、かなり悪質な形で。
こんな事、とてもコレットには言えないな……
「あっあの、おっお役に立てたでしょうか……?」
「ああ。とても有力な情報だった。ただあと二つほど聞きたい事が残ってるんだけど」
「わっわかりました。がっ頑張って答えます」
正直、色んな意味でこっちもモヤモヤしてるんだけど、ここで俺が凹んでても仕方ない。気持ちを切り替えよう。
「魔王について聞きたいんだけど、今は何処にいるのかわかる?」
「しっ知りません。まっ魔王様は大分前に姿を消して、それ以来ずっと会ってないので」
……どうやら魔王が失踪中なのは本当らしい。聖噴水の破り方を探る為に放浪の旅にでも出てるんだろうか。
まあ、こっちはこっちで霧を晴らさなきゃいけないんだけど。
「最後。魔王城の近辺に発生している邪怨霧を無効化する方法を知らないか?」
「あっそっそれは知ってます」
何! ダメ元だったのにマジで知ってんの? これは嬉しい誤算だ。
「あっえっと、せっ聖噴水に使われている水の湯気です」
「……へ?」
「聖噴水の水を細かい水滴にして邪怨霧の漂っている領域に立ちこめさせれば、霧の毒性を中和できる……そうです」
そんな方法かよ……もっと特殊なアイテムとか魔法で吹き飛ばすのを想像してたから、若干拍子抜けだ。
「それって水蒸気じゃダメなの? 若しくは霧吹きでプシューってやるとか」
「あっある程度熱がこもってないと浸透しないとかなんとか」
ますます理屈がわからない。まあでも、邪怨霧自体がどういう原理の毒霧なのかもわかってないしな。考えるだけ無駄か。
「湯気の量はどれくらい必要なのかわかる?」
「わっわかりません……でっでも少ないと効果はないみたいな事を魔王軍の幹部の誰かが言っていたような……」
その辺は要検証、って訳か。そもそも聖噴水の水をそれだけ大量に持ち運び出来るのかって問題もあるし、更にお湯にする必要がある。一筋縄ではいかないかもしれない。
それでも方法がわかったのは大きな前進だ。これで探索チームを出す必要もなくなった。すぐティシエラに報告しないとな。
「こっこれで最後……ですか?」
「ああ。色々教えてくれてありがとう。今後、俺の方からお前の過去をとやかく言う事はない。ルウェリアさん、こいつを宜しく……」
頼もうと久々にルウェリアさんの方に目を向けると、彼女の青ざめた顔が映った。
「ど、どうしました? 具合が悪くなりましたか?」
「いえ……その」
虚弱なルウェリアさんに無理をさせてしまったかと思ったけど、どうやら違う。
これは――――
「山羊の悪魔のマスクって……ウチにあった商品ですよね。私達の所為でコレットさんにご迷惑をお掛けしたばかりか、他のトラブルまで巻き起こしていたのかと思うと……胸が痛くて……」
「いや全然そういうんじゃないですから! ルウェリアさんが気に病む必要ないんで!」
「あっ……あっ……」
自分達の店が厄介事を引き起こしたと誤解したルウェリアさんと、自分のした話でルウェリアさんが落ち込んだ事にやらかした感を抱いたサタナキアは暫く二人とも蹲ったまま動かず、地獄のような時間が暫く続いた。
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