第377話 ハッピーバースデートゥーミー

 慰安旅行の行き先が温泉に決まり、ギルド内でもその情報が共有された事で、目に見えてギルド内が活気に満ちてきた。


「やってくれるわギルドマスターの奴!! ははっ」


「拙者は55年この国の温泉を見てるが、今年の温泉はいいぞ」


 特にダゴンダンドさんをはじめとした中高年からのウケが異常に良い。幽霊ギルド員と化していた、最近とんと見かけなくなっていたギルド員も何処で噂を聞きつけたのか知らんけど何人か戻って来ている。


 まあ、ギルドってのは自分が仕事をしたい時に斡旋して貰う為の組織だから、別に彼らを責める気はない。こっちが忙しい時にはスルーして慰安旅行の時だけ駆けつけて来る厚顔無恥な下郎共とは思うけど、思うだけにしておこう。


 何にせよ、旅行計画に関してはヤメとフレンデリアに一任してあるから俺の仕事じゃない。こっちはこっちで俺にしか出来ない事をしないとな。



「――――つー訳で、ヒーラーの突然変異について解説お願いします始祖」


「。。。おうおう。。。お前ちゃんミロを便利屋扱いしてんな。。。やっぞ。。。やってやんぞ。。。」


 便利屋なんてとんでもない。知恵袋くらいには思ってますけどね。


「一応これでも自粛してた方なんだよ。本当はヒーラー温泉の存在が判明した直後に来たかったんだけど、あんまり頼り過ぎるのも良くないなと思ってさ」


「。。。でも結局来てんじゃん。。。この甘えん坊。。。」


 甘えん坊って……人生で初めて言われたわ。シキさんには可愛いとか言われるし、もしかして俺って俗に言う甘えん坊男子ってやつなのか?


「。。。ミロが頼りになり過ぎるから仕方ないとはいえ。。。依存されるのは軽く気色悪い。。。」


「依存まではしてないだろ! つーか言い方!」


 どうやら始祖の中で俺の好感度はあまり高くないらしい。でも悪い気分じゃない。寧ろ誇らしい。ホラ、たまにいるじゃん。幽霊とか動物にやたら好かれる系男子。虫酸が走る。


「とにかく、ヒーラーがおかしくなった理由に心当たりない? ノーマルな温泉に浸かったくらいじゃそうはならんよな」


「。。。ならんね。。。原因は別にある。。。ヒーラーだけじゃなく。。。王族も腑抜けになったのがヒントになりそう。。。」


 どうやら思い当たるフシがあるらしい。始祖に情報貰うのって攻略サイト見てゲームを進めるような微妙な罪悪感があるけど、この際仕方ない。悠長に構えられる案件じゃないからな……


 前にフレンデリアと討論した時、ビルドレッカーってアイテムで余所の温泉を転移できると判明した。だから、ヒーラーの異変は温泉の効能によるものだとほぼ決め付けていた。


 でもそれが違うと判明した今、あらためて『ヒーラーの集落に温泉を転移させた事』と『ヒーラーが狂った事』の関連性を問わなければならなくなった。


 全くの無関係とはどうしても思えない。けど、普通の温泉に入った程度で回復魔法への情熱が冷めるのもあり得ない話。


 果たして始祖は、どんな見解を――――


「。。。みんな疲れてたんじゃね。。。」


「……は?」


「。。。聡明で清廉なミロの子孫が。。。あんな頭のおかしい連中なのはおかしい。。。多分みんな狂人キャラを演じてて。。。それに疲れ果ててた」


「……で、温泉で疲れを癒やしてる内にキャラ演じるのが馬鹿馬鹿しくなったと?」


「。。。そうそう。。。王族も一緒。。。国の統治に疲れて湯治。。。そのうち責任を負う事が嫌になって全部投棄。。。」


 いやいやいやいや。ないない。そんなテキトーな理由であんな……


 うう、でも全くないと断言も出来ない。連中の回復魔法に対する執着は余りにも異常だから本物で間違いないと思うんだけと……考えようによっちゃ、だからこそ疲れ切っていたと言えなくもない。常時あのテンションじゃそりゃ疲弊もするだろうよ。


 人は誰しも、起きた事に対して『相応の着地と納得』を欲しがる。恋愛モノを読んでいても、合コンやアプリで知り合った恋人がすぐ別れても特に何も思わないけど、大恋愛の末に結ばれた二人が雑に別れたらなんかモヤる。そういうもんだ。


 あれだけ世間を騒がせた変態ヒーラー共が、急に回復魔法を放棄した。そうなると、どうしても驚くような理由がないと納得できないしスッキリしない。それがヒューマニティってやつだ。


 だけど現実は必ずしも万人が納得できるようには出来ていない。突然人生を投げ出すレベルの犯罪を犯した人間の動機が『虫の居所が悪かった』ってだけの事も普通にある。事象の規模とその原因が釣り合っているとは限らない。


 わかっちゃいるけど……


「一応、それも可能性の一つとして頭の片隅に置いておくとして、別の理由も何かないかな」


「。。。むーん。。。後は『反転』の可能性もある。。。かも」


「……反転?」


「。。。回復魔法大好きな奴等が。。。回復魔法を罵倒しているって事は。。。反転したって言えなくも。。。なくない。。。?」


 言われてみれば、そういう受け取り方も出来ない事はないけど……


「でもそれだと、温泉狂いになった説明が付かないような」


「。。。湯治を回復手段の一つと見なした場合。。。回復魔法にとってはライバル。。。蹴落としたい存在。。。だから奴等は温泉を嫌っていた。。。」


「え、マジ?」


「。。。我が子孫は。。。器の小ささにかけては。。。右に出る者はいない。。。」


 なんつー悲しい証言……でも確かにあり得る話だ。奴等って回復魔法にエクスタシーを感じてるからな。普通の回復アイテムや医者に対しては特に思うところはないだろうけど、浸かる事で恍惚とした気分になる温泉に対してはライバル視していても不思議じゃない。


「って事は、王族も自分達の地位に対する自尊心とか優越感が反転して、あんな状態になったって訳か」


「。。。あくまで。。。可能性の指摘に過ぎないから。。。責任は持てない」


「わかってる。でも有力な説だ。ありがとう」


 ヒーラー国にいた連中が総じて反転した……少なくともそれは、最初の『みんな疲れてた』って理由よりずっと説得力はある。


 勿論、説得力があるから正解とは限らない。それでも俺はこの『反転説』を推したいし、そう判断するだけの根拠がある。


 それは勿論――――精霊ラントヴァイティルの存在だ。


 アイザックが契約したこの女性の精霊は、あらゆる事を反転させる【インヴァート】って能力を持っている。けど一体何を考えていて何の為に行動しているのかは全くわからない、謎多き精霊だ。


 そんな精霊と遭遇したのはつい先日の事。奴が城下町ごと反転させた所為で城下町に暗黒ブームが到来するなど、静かな混乱の引き金となっていた。


 もしヒーラー国も城下町同様、そのラントヴァイティルの影響で反転していたとしたら……あの惨状にも説明が付く。本来なら回復魔法を売りとした国だったのに、ヒーラーが毛嫌いする温泉が売りの国になってしまったんだろう。


 だったら以前と同じ方法で反転を解除すりゃ良いのか。あの時は確か、始祖にラントヴァイティルの居場所を教えて貰って、フワワのアバターでアイザックを模してラントヴァイティルをおびき寄せて……


 それからどうしたっけ……?


 あ、そうだ。なんか急に気絶して、目を覚ましたら解決してたんだ。だから具体的に何をどうしたって訳じゃない。


 もう一度ラントヴァイティルを誘い出す事は出来るかもしれない。でも……


「始祖。ラントヴァイティルと意思の疎通って図れる?」


「。。。契約者以外は。。。ムリ。。。そもそもアレは同性とはロクに話もしない。。。」


 そういやイケメンの人間が好きなんだったな。始祖は外見幼女だから完全に対象外か。


 今回は前とは違って、反転を解除するのが目的じゃない。ヒーラーの異変がラントヴァイティルの仕業かどうかの確認をしたいだけだ。っていうか元に戻すつもりは基本ない。ヒーラーを回復魔法ジャンキーに戻すより今の温泉ジャンキーの方が確実に世界は平和だからね。


 とはいえ――――


「。。。ラントヴァイティルもバカじゃないから。。。一度使った手はもう通用しないと思う。。。」


「……そっか」


 だとしたら、アイザック擬きで誘き出す作戦はもう使えないだろうな。


 それに……ラントヴァイティルとはもう会えないような気もしている。根拠は特にない。でも何故かそんな確信がある。


「。。。同族に呼びかけさせるって。。。手もある」


「同族っつーと精霊か」


「。。。そう。。。精霊男子。。。ラントヴァイティル好みの」


 要するに人間の基準でイケメンの精霊がいれば誘き出せるって訳か。


 生憎、俺が使役している精霊にイケメンはいない。ペトロは負け犬ヤンキーだしカーバンクルはリスのジジイだし。しかもカーバンクルとは絶縁中だから紹介して貰う事も出来ない。


 他の精霊には一応聞いてみるつもりだけど、正直望み薄だ。ペトロは一匹狼だしモーショボーは好みが人外だし、フワワがイケメンを紹介してくる姿なんて想像も出来ない。もしそんな事になったらちょっとした寝取られ気分を味わいそうだ。


 唯一とも言える有力候補はコレーだな。奴自身は女性だけど、なんとなく社交的そうだから紹介力には期待できる。逆にサタナキアはフワワ同様に他人を紹介するビジョンが見えない。


 ただ、いきなりコレーを喚び出して『イケメンの精霊いたら紹介して』と頼むのはちょっと危険だ。嫌悪感を抱かれる恐れがある。人間の女友達に同じ事聞いたら一瞬で友情失いそうだもんな……


「わかった。その線でちょっと探ってみるよ。助言ありがとな」


「。。。お礼の気持ちは物品で」


 急にハッピーバースデートゥーミー的な事を言い出したよこの始祖。相変わらず超然とした俗物だな。


「もしかしてまだラルラリラの鏡が欲しいとか?」


「。。。あれはもういい。。。それより温泉入りたい」


 ……は?


「何言ってんだ。幽霊って温泉入れんだろ」


「。。。誰が幽霊だ。。。取り憑くぞこら。。。」


 あっ! やっぱ幽霊じゃないか! 絶対そうだと思ったんだよフワフワしてるもん存在が!


「つーかなんで温泉?」


「。。。話聞いてたら入りたくなった。。。ぬくぬくしたい」


 ……ヒーラーって本当に温泉が嫌いなのか? 始祖がこんな事言い出すと仮説が揺らぎまくるんだけど。それとも変態ヒーラー共と自分は違うアピールか?


「そもそも、温まりたいのなら安置所を拠点にしなくても……」


「。。。それとこれとは別。。。ここが一番落ち着く。。。動きたくない」


「いやもう発想が地縛霊のそれなんよ。つーか動きたくないのにどうやって温泉に行くつもりだ?」


「。。。。。。。。。」


 出不精と温泉を天秤に掛けているのが手に取るようにわかるツラしてんな。そして恐らく前者が勝つ。それが始祖だ。


「。。。温泉水。。。持って来いや」


 やっぱりか! つーかなんだその命令……甲子園の土じゃないんだぞ。


「まさか飲む気じゃないだろな」


「。。。ミロを馬鹿にするな。。。温泉水なんて飲んでもぬくぬくしない。。。熱燗でお供えして」


「飲むより酷い要求だな……つーかそれで満足なの?」 


「。。。大満足」


 まあ、それで本人が良いってんなら良いけどさ。熱燗のお供えが幽霊的にどんな価値があるのかなんて知らんし。


 何にしても、始祖には世話になってるからこれくらいの要望には応えたい。ここは文字通り一肌脱ぐとしよう。


「了解。近々温泉旅行に行く予定だから持って来るよ。でも願いが叶ったからってすぐ成仏すんなよ?」


「。。。ミロがいなくなるのがそんなに寂しいか。。。この甘え上手め。。。」


 変な方向にレベルアップしてしまった。まあ甘えん坊男子よりはマシか……


「んじゃ、今日のところはこの辺で」


「。。。温泉水楽しみ。。。ミロわくわく。。。期待を裏切ったら取り憑いて内側から身体引き裂こっかな」


「前半と後半の落差えっぐ」


 まるでヤンデレみたいになった始祖と別れ、安置所を後にした。


 ただし王城はまだ出ていかない。もう一つ目的が残っている。勿論、ルウェリアさんと御主人への挨拶だ。王様達は見つかったけどあの様子じゃ当分ここへは戻って来ないだろうし、その事を伝えておきたい。


 それに、暗黒武器ブームが過ぎ去った後の売上も気になる。悲惨な事になってなきゃ良いけど……


「こんにちはー……あれ?」


 急ごしらえのカウンターの奥で店番をしているルウェリアさんの顔色がやけに優れない。一瞬体調が良くないのかと思ったけど、それだったら御主人がここに立たせる訳がないか。


「ルウェリアさん」


「あっ、トモさん……」


 やっぱり元気がない。いつもならもっと張りのある声で『ご無沙汰してます!』って言うのに。やっぱり売上不振で落ち込んでるのか? それならこの件には触れない方が……


「……うへへ…………えへへへ……」


 え。今の何? 何処から聞こえて来た? なんか聞き覚えのある締まりのない笑い声だったけど。


「あの、こんな事をお願いするのは厚かましいと思うのですが……」


「何かあったんですね。なんでも仰って下さい。俺に出来る事なら喜んでなんでもしますんで」


「では、お願いしても良いでしょうか。私にはちょっと難しくて、どうして良いものやら」


 困り果てた様子で、ルウェリアさんは手招きしてくる。そしてなんとなく、笑い声の正体が誰なのかわかってきた。


 遠巻きでは確認できなかったけど、誰かいる。というかゴロゴロ床に寝転がっている。


 王城の壁一面に展示してある無数の暗黒武器を色んな角度から眺めつつ、ヘラヘラとした笑みを浮かべていた――――


「……ここで何してんだ?」


「ひいっ」


 サタナキアは俺の声にビクッと身を震るわせ、プルプルしながら引きつった顔をこっちに向けて来た。


 


 

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