第五部03:新風と神風の章
第376話 フル尺で聞かせて
「――――って思ってたんだけどなー」
ヤメがサブマスターに就任して三日目。早くも問題が浮上した。
……正確には問題が提出されてきた。
「で、何コレ」
「決まってんじゃん。ヤメちゃんがサブマスターに降臨した以上、主張する所はちゃーんと主張しなきゃだろ? じゃなきゃヤメちゃんがやる意味ねーじゃん。つー訳でコレ要望書な。別に大した事書いてないだろー?」
そんなお気楽な調子で俺に手渡してきた要望書とやらには、ド私欲の内容が記してあった。
・サブマスター権限でヤメちゃんは補助要員1名を自由に選出できる
・サブマスター権限でヤメちゃんは補助要員に対していつでも話しかけられる
・サブマスター権限でヤメちゃんは補助要員の報酬額を自由に設定できる
・サブマスター権限でヤメちゃんは補助要員のスケジュールを全て把握できる
・サブマスター権限でヤメちゃんは補助要員の拒否権を剥奪できる
・サブマスター権限でヤメちゃんは補助要員と常に食事を共にする
・サブマスター権限でヤメちゃんはシキちゃんが男と会話する事を禁止できる
「……おい。最後ボカし忘れてるぞ」
「やー。もうメンドいってなって。補助要員ってシキちゃんだし」
そりゃそうだろうけど! こいつ頭の中シキさんしかないんか!?
「だってさー、優秀な補佐がいないと仕事だって捗らないっしょ? ギマがサブマスターにヤメちゃんを選んだのだって同じ理由じゃん?」
「それはそうだけど、俺と同じ理屈って言うんなら俺がギルマス権限でヤメの拒否権を剥奪できる事になるぞ」
「ははは、冗談キッツー」
こ、こいつ……! 今本気で『何言ってんだこのバカ』ってツラしやがったぞ……!
「ってか、他はともかく『報酬額を自由に設定できる』って何なんだよ。意味わかんねーよ」
「え? なんで? それ一番大事なやつ。シキちゃんの持ち金こっちで思いのままに出来るんだよ? ゾクゾクすんだろ?」
「怖えーよ何その歪んだ支配欲! 不当に高くしても低くしても怖いって!」
こいつまさか、最終的にシキさんの人生そのものを自分の色に染めようとしてんのか?
迂闊だった。他にマトモな奴が殆どいなかったとはいえ、こんな化物に権力を与えてしまうなんて……
「はぁ……取り敢えずギルマス権限で全却下な」
「は? ナメてんの?」
「就任早々上司にキレるお前ほどじゃねーよ! サブマスターのサブの意味ちゃんとわかってる!?」
ダメだ。完全に判断ミスだ。人選誤った。今からでもオネットさんと交換しよう。
「そー言えば昨日、オネちゃんとサシで飲んだんだよね」
こいつ……洞察力はガチだな。俺がオネットさんの事を脳内に浮かべたのを一瞬で見破った上で牽制して来やがるとは……
「川原で殴り合った後の意気投合みたいなやつか。で、どうだった?」
「まー普通に良い感じ。オネちゃん割と苦労人よな。最終的に愛か子供が欲しいっつって泣いてた」
何故その二者択一……どっちも勝ち取って良いんですよ?
にしても、散々浮気されてそれでも愛が欲しいって泣くの、俺には絶対理解できない感情だよな……多分オネットさんみたいな人が、俺が一番知りたい恋心とか愛情とかを知ってるんだろな。怖いから聞けないけど。
つーかヤメ、魔法の後遺症でオネットさんに発情してたけど、その後は別に邪な感情とか抱いてないんだな。良かった良かった。
……酔ったオネットさんを連れ込んだりしてないよな? これも怖くて聞けない……
「んでギマ、いつ部屋を明け渡してくれんの?」
「なんだその笑顔!? なんでギルマスがサブマスターに部屋譲るんだよ! おかしいだろ!」
「だーって、このギルドもう個室ないし、サブマスター室用意できないじゃん。ギマが出ていくしかなくね?」
こいつ……目がマジだ。本気で俺を今の部屋から追い出す気だ。
「バカ言ってんじゃないの」
「あたっ! あーシキちゃんだー。冗談だよー冗談」
甘えた声を出してくっつこうとするヤメを割と本気で引きはがして、何処からともなくフラッと現れたシキさんはカウンター席に腰を下ろした。
「結果、出たって」
「え? 温泉の?」
「そ」
思っていた以上に早かったな。あの鑑定ギルドのギルマス、やっぱり相当優秀なのか。
ヤメがサブマスターに就任して以降も、シキさんはなんやかんやでサポート業務をやってくれている。ヤメの補佐というより、俺の秘書を継続しているような感じだ。勿論不満なんてある筈ないから何も言わないでおこう。
「あー。あのヒーラーのカス共が回復魔法捨てて泉カスになった件な」
ヒーラーに対してはヤメの毒舌でも全然毒になっていない。泉カスって言葉が生温く聞こえるくらいだ。
「一応、口頭でも簡単に説明受けたけど、詳しくはこの鑑定書に書いてるって。納得できたら鑑定料全額払えって言ってた」
後払い可なのも自信の表れなんだろう。スキルの信憑性なんて俺にはわからないから、自他共に認める鑑定の第一人者っていう評価を信じるしかない。
果たして、結果は――――
「……異常なし?」
報告の為に訪れたシレクス家のフレンデリア御嬢様は、露骨に怪訝そうな顔で鑑定書を睨んでいる。無理もない。俺も多分同じ顔してたと思うし。
「書いてある通り、ヒーラー温泉の中に特殊な成分は入ってないってさ」
「本当に信頼できるの? この鑑定書」
「どうしても出来ないってんなら、実際に温泉に入ってみるしかないけど」
「マグマの中に首から入るより勇気いるんだけど……ムリムリ」
ですよね。俺だって絶対嫌だ。国王をはじめとした王族たちのトロけきった顔を見る限り、ヒーラーじゃない人間が入っても確実に脳がやられそうだし。
でも、鑑定結果は異常なし。つまり温泉の成分が原因じゃないって事だ。
これをどう解釈すれば良い……?
「うわー何この壺。クソ高そー。割りてー」
真面目に考察している最中、気の向けた声が室内に響く。いや響いてるのは壺の口に向かってヤメが独り言呟いてる所為なんだけど。
「……温泉の件は後にしましょ。先にサブマスターを紹介してくださる?」
「とって付けたような御嬢様口調が怖いんだけど……」
既に第一印象最悪って空気が漂っているけど、取り敢えず約束は守らないとな。そもそも彼女の提案でサブマスターを決めたんだから。
「えーっと、五大ギルドのギルマスを審査員に招いて厳正な審査を行った結果、このヤメがサブマスターになりました」
「凍れる時の魔法で時間が止まって不老不死になったヤメちゃんだよ! おばあちゃんの形見の止まっちゃった砂金時計を動かす為にヤメちゃんをこんなにした闇専ソーサラーを探してるんだぁ!」
「……」
なんでこんなイロモノを選んだ?って顔で睨んでくるフレンデリアが怖い。つーか突然設定を変えるな。前のも滑ってたけど今度も酷い。闇専ソーサラーって知らねーよなんだよそれ怖いな。
「おい、相手は一応貴族令嬢なんだからもうちょっと言葉遣いを……」
「えー? でもギマがタメ口利いてる相手に敬語とかヤメちゃんのプライドが許さねーし」
「信じられないくらいナメられてるのね……」
ああっ非難の矛先が俺に! でも事実だから否定も出来ない。
「彼が砕けた口調で私に話すのは、それなりの信頼関係を築いて私がそう希望したからなの。私と貴女は初対面ではないけど、ほぼそれに等しいのだから相応の距離感でお願い出来る?」
「承知致しました。これまでの数々の御無礼、どうかお許し下さい」
「……もしかして私、遊ばれてる?」
はい。間違いなく。
そもそもヤメは忖度をしないだけで空気は読めるし処世術も身に付けている。フレンデリアが標準的な貴族よりずっと沸点高めなのも計算の内だろう。
もっと言えば、恐らくヤメには勝算がある。多少無礼な態度を取っても、この後に良好な関係を築けるという。
「ギルドの運営に余り口を挟むつもりはなかったけど、サブマスターの人選に関しては再考を要請させて貰……」
「実は冒険者ギルドのコレットと懇意にしておりまして。フレンデリア様の事は彼女から常々お伺いしていて、つい勝手に親近感を抱いてしまいました」
「その話……詳しく」
あーやっぱりそう来たか。ぜーったいコレット絡みで何か企んでると思ったんだよ。仲が良いのは事実だし。
「コレットとはギルドに入った直後からチームを組む事になりまして、そこでお喋りをして頂く間柄に……」
「あーもうそんな畏まった言葉遣いじゃ話に集中できないじゃない! もう普通でいいから!」
「マ? んじゃ遠慮なく~。その時はヤメちゃんとコレットとシキちゃんとギマの四人パーティでマイザーっつー変態髭野郎をブッ倒す事になってー」
「うんうんうんうん!」
……自分の知らないコレットの武勇伝を聞けるとあって、既にフレンデリアは陥落寸前。フレンデリアって普段は俺より頭良いんだけど、コレット絡むとIQが14くらいになるんだよな……
「へー。貴女、そのシキさんって子が好きなのね」
「そそ! 強がってるけど寂しがり屋なトコが可愛くてさー。コレットは良い子だけどお友達って感じなんだよねー」
「それはとても素晴らしい人間関係だと私思うの!」
……やっぱIQ2くらいだわ。
「ヤメ。さっきまでの言動を謝らせて。私、貴女を誤解してた。貴女がサブマスターなら城下町ギルドもきっと安泰よ」
「えーそんな照れるにゃー。コレットが変なマスク被ってた頃の話とかもっとしよか?」
「フル尺で聞かせて」
完全に意気投合したな。うん。やっぱりこうなったか。こうなる予感してたんだよな。だってヤメも元々御嬢様だし百合だし共通点多いんだもん。そりゃ話も弾むわ。
こうなってくると疎外感がエグい。俺も別にコレットの話に混ざろうと思えば混ざれるけど、なんか違うんだよな。自分、百合の薄い本に竿役は認めない派なんで。
「……で、コレットってばメッチャ悲鳴あげて逃げ回って」
「か、かわいい……私のコレット超かわいい。怖がるコレットの髪にスって指入れて頬を撫でてあげたい」
君達、もう少し性癖隠しましょうよ。他人もいるんですよ? 二人とも素を出し過ぎじゃないですかね。
……ま、ヤメの計算高さはギルドにとってプラスに働くっていう俺の見解が立証されたから良いんだけどさ。こりゃ暫く壺でも眺めてるしかなさそうだ。親戚の集まりで手持ち無沙汰になった挙げ句、お菓子やペットボトルの成分表眺めるしかないあの時間を思い出す。お茶だと原材料名が緑茶(日本)とビタミンCしかないから読み終わるの早くて困るんだよ。その点、パンは素晴らしい。パッケージだけでも情報量の塊だった。
もうあの頃には戻れない。でも今の俺にはこの世界のパンがある。それでも俺は、かつて愛したパン達に想いを馳せてしまうんだ――――
「名残惜しいけど続きはまた今度! また遊びに来て!」
「おっけ! 今度は女子だけで来るから女子会しよーぜ!」
……あ、馳せる前に話終わっちゃったか。パンの回想はまた今度にしよう。
「んじゃ、温泉の話を再開しようか」
「ええ。それなんだけど。一つ提案があるの」
さっきまでコレットの未公開トークにデレデレしていたフレンデリアが、真剣な顔で提案してくる。恐らく何か考えがあるんだろう。
今度は変質したヒーラー自身を鑑定するとか? 血液、脳の検査が良いか? この世界にMRIはないから鑑定士に触診して貰う事も……
「ギルドの慰安旅行の行き先、温泉街にしましょう」
……ゐぇ?
「前に言ってたじゃない。借金返済お疲れパーティーが出来ないから、代わりに慰安旅行でもしたら、って。もう忘れたの?」
「いや確かにそんな話はしたけど……ヒーラーをどうするかって話じゃなかったの?」
「勿論それも重要だけど、温泉の成分が原因じゃないってわかった以上、安易に私達だけで動くのは危険でしょ? 五大ギルド会議の議題にでもして、慎重に事を運ばないと」
それは確かに正論だけど、だったら先に言ってくれないですかね……俺みたいな常識人は話題が急にメタモルフォーゼしちゃうと対応できないんスよ。
「そーゆー訳でギマ、慰安旅行の件はこのサブマスターヤメちゃんに任せんしゃい! 温泉の選定、スケジュールの立案と管理、移動手段の確保、宿の予約、部屋割り、そういうの全部このヤメちゃんがやったろうじゃねーか!」
凄ぇな。こんな爽やかで頼りになる下心全開のドヤ顔初めて見た。絶対にシキさんと一緒の時間に温泉に入って同じ部屋で寝るという力強い意志を感じる。サブマスターという地位を全力で悪用するつもりだコイツ。
……でも特に弊害もないんだよな。こういうのはやる気のある奴にやって貰うのが良いか。
「わかった。んじゃお願い」
「おーよ! 勿論フレっちも来るよね? コレットも呼ぼ呼ぼ」
「し、仕方ないなあ。忙しいから旅行なんてそうそう行けないんだけど、ギルドの顧問って立場上行かない訳にはいかないものね。セバチャスン、まだ日程決まってないけどこの旅行を最優先事項にしておいて」
「わかりました」
相変わらず何処で待機してるのかわかんねぇなセバチャスン。つーかフレンデリア、いつの間に顧問になったんだ? まあこうして相談に乗って貰ってる時点でそういうポジションではあるけど。
「私、温泉旅行なんて初めてなのよね。トモは行った事ある?」
「ん? まあ一応……この街に来る前に一度だけ」
正確には前世だけど、ヤメがいるから話せない。でも多分、今のでフレンデリアには伝わっただろう。
俺が小学生の頃に家族旅行で温泉宿に一泊した事がある。あの頃は俺も純粋だったから、温泉という非日常空間にワクワクしたもんだ。まあ湯に浸かるより旅館独特の上品な雰囲気に浸ってた気がするけど。
多分あの旅館って結構高かったと思うんだよな。家族で思い出を作る為に、両親が頑張ってその旅費を捻出してくれたんだ。当時はそんな事、全く考えもしなかった。
……今更だけど、そういう経験を活かす事が親孝行になるのかもしれないな。自己満足でしかないとはいえ、きっと何かの意味はある筈だ。
「よし! ヤメ、予算は少し多めに確保しておくから、そこそこ良い宿を手配してもオッケーだ!」
「……」
あれ? なんでジト目? ここは『さすがギマ太っ腹!』みたいなノリになるトコじゃないの?
「テメーまさか高級宿の高級感に酔い痴れさせてシキちゃん口説く気じゃねーだろーな」
「違ぇーって! なんでもかんでもそっちに結びつけんじゃねーよ! お前の頭の中こそシキさんをコマす事でいっぱいじゃねーか!」
「そうですけど? ヤメちゃんの頭の中はシキちゃんを引ん剝く事でいっぱいですけど?」
うわ最悪だコイツ開き直りやがった! 誰だよこんな奴サブマスターに選んだの!
「見ーてーろーよー? ヤメちゃん絶ーーーーっ対この慰安旅行中にシキちゃんをモノにしてやっからな。その為にもギマ、テメーを旅行中に必ず始末してやんよ」
えぇぇ……ガンギマリの目で言われると冗談に聞こえないんですけど。欲望に忠実なだけじゃ飽き足らず俺の暗殺まで企てる気か? フリーダムにも程がある……
「にゃっはっはっは! そんじゃフレンっち、旅行の計画一緒に立てよーぜ!」
「そうね! お互いにとって最高の旅行になるよう全力を尽くしましょう!」
……結局、ヤメはフレンデリアとたった一日で友人兼良き理解者という絶大な信頼関係を築いた。ギルドにとっては大きな前進だけど、俺の寿命は後退した気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます