第375話 サブマスター誕生
総勢15名(欠席1)のアピールタイムが終了し、ここからは俺を含めた審査員による厳正なる審査が行われる。
つっても別に各自が点数を出して合計点を競うとかじゃない。単に審査員それぞれが一番相応しいと思った人物を挙げ、多数決でサブマスター誕生って流れだ。
「みなさんお疲れ様でした! これから審査員の方々が話し合いをするので、宜しければその様子もご見学下さい! ティシエラが真剣に仕事してる姿とか中々見られませんよー!」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!!
うおっ、スゲぇ歓声。ティシエラ人気凄いな。
つーかそんな見世物イベント予定にないんですけど。なんで冬の屋外で話し合わなきゃならんのさ。イリスさんまたノリで適当な事言っちゃいました?
とはいえ、立候補者を散々見世物にしてきた手前、俺達だけ温々と屋内で……ってのも気が引ける。微妙にイメージダウンしそうだし。
「ちょっ、トモ!? そんなの聞いてない! 審査ってここでするの?」
「おいおい勘弁してくれよ。僕達まで晒し者にする気かい?」
「反対。暖炉のある部屋で優雅にティー飲みながら審査させろよ」
「全部予定通りです。だから席に着いて。早く。いいから早く!」
ギャーギャーやかましい連中を封殺するには毅然とした対応が一番。警備員時代に鍛えた胆力でどうにか押し返す事に成功した。若干ヘイトを集めた気もするけど。
「……」
隣の席のティシエラもジト目で睨んでくる……かと思いきや、申し訳なさそうな眼差しを向けてきた。イリスの独断なのを瞬時に察知して、俺が気を遣った事に気付いたらしい。相変わらず有能な時は何処までも有能だ。
「それでは、解説席から一足先に御挨拶をしておきますね。今日はいっぱい盛り上がってくれてありがとうございました! 解説は私イリス、実況は――――」
「サクアでした。アインシュレイル城下町ギルドサブマスター様の誕生に立ち合える事、幸せに思います。本日は最後までご清聴頂きありがとうございました」
こっちこそありがとう。後で御礼しないとな。ヤメの着てた服あげたら喜ぶかな。
という訳で、これから審査に入る訳だけど……
「私はあの女性剣士、オネットだったかしら。彼女を推すわ。戦闘力、剛胆さ、精神的な成熟。ギルドマスターに不足しているものを全て備えていると言っても過言じゃないわね」
「私はヤメさんが良いと思うな。私がギルドにいた頃のイメージと違って、凄く冷静でビックリしちゃった。自分の意見をハッキリ言えるところも含めて、相応しいと思う」
案の定、ティシエラとコレットの間で意見が割れた。正直そんな予感はしてたよ。でもティシエラが剣士、コレットがソーサラーを推すのは意外だった。
「まあ、その二人のどちらかが無難だろうね。かなり優秀な人材だと僕も思うよ。優劣は付け難いけれど、僕としてはソーサラーの方に一票かな」
「俺は断然オネットさんだな。やっぱ人妻ってだけでもうエロいっつーか、独自のシコリティズムがあるよな。なんか背徳感みたいなのもあんのかな」
おいバングッフ真面目にやれ。テメーだけだぞフザけてんのは。ロハネルですらちゃんとやってんだぞ。
「ま、これで2対2になった訳だけど、ある意味では一番健全な決定になりそうじゃあないか」
「最終的にトモが決める、って事ですよね。でも今挙がった2人以外だったら……」
「それはないと思うわよ。審査中の彼の顔を見ていれば、そういう判断に傾くしかないでしょう」
ティシエラの言うように、俺の中でも既に今名前が挙がった二人に絞り込んでいた。というか他はマジでロクな奴がいねぇ。イリス姉とか途中で帰っちゃうし。いや帰ってくれた方が良かったんだけど。あいつあれだけイリスの事見守りたがってるのに、いざ本人がいると尻込みするんだよな。やっぱ心の何処かで、姉じゃないって現実を本人から突きつけられるのを怖がってるのかな。
何にしても、俺の一票でサブマスターが決まる。これだけ仰々しいイベントにしたのに、結局はそこに帰結する訳か。これも運命ってヤツなのかね。
ヤメとオネットさん、どっちが相応しいか……なんて上から目線で決めるつもりはない。一応ギルマスだから本来ならそういう姿勢でも問題はないんだろうけど、俺にはあの二人を自分より下の立場だと認識する事は出来ない。だから『どちらがサブマスターに相応しいか』じゃなく、『どちらがサブマスターになる事がギルドにとって最良か』って視点で決めようと思う。ってかそれしか出来ない。
単純に箔を付けたいのならオネットさんだ。彼女のデタラメな強さは今回のデモンストレーション的なバトルで十分に周知できた。彼女がサブマスターとして表舞台に立てば、『あの強過ぎるオネットさんが幹部として腰を据えているギルド』という大きな特徴を得る。信頼を得る上では最適だ。
一方、ヤメもサブマスターに相応しい面を幾つも持っている。的確な判断力と洞察力でスバスバと俺に忌憚ない意見を述べる姿が目に浮かぶ。彼女は要職に就く事で更に力を発揮できるタイプなんじゃないかな。
ヤメをサブマスターにする事で古巣のソーサラーギルドとの結び付きが強くなる……なんて事はない。ティシエラはヤメを気に掛けていたけど、他のソーサラーは冷視していたって話だからな。だからそこは考えなくても良いだろう。
「……よし。決めた」
ギルドにとって、どの選択がベストか。
そういう考えを持った事で、割とすんなり結論は出た。
俺が思う、サブマスターになってくれるとありがたい人物は……彼女だ。
その名前を挙げ、他の審査員から了承を得たところで解説席にそれを伝えに行く。これでもう、訂正は出来ない。
「審査員による話し合いが今終わりました! これより結果を発表します!」
「オネットさんだろ!? ぜってーオネットさんだよな!? 違ったら暴れるからな! 覚悟しろよオラ!」
「いいや絶対ヤメちゃんだね! 子供達の喜びようを見ただろ!? 次世代に愛される人材がこれからのギルドには必要なんだよ!」
「どいつもこいつも倍率低いヤツ等にばっか賭けやがって! 勝負師のオレぁ違うぜ! 大穴狙いでポラギだ! なんやかんやで最後には愛が勝つんだよ!」
……これだけ人が集まってる時点で予想は出来たけど、やっぱり賭け事になってたか。冒険者ギルドの選挙でもやってたもんな。
まあ、盛り上がってくれるのなら何でも良い。ポラギに賭けた奴は金をドブに捨てたようなもんだけどな。愛だけは勝たん。勝たんのよ。
「はい静粛に! 栄えあるアインシュレイル城下町ギルド初代サブマスターに選ばれたのはーーーー……」
イリスの大きく広げた手が、その人物を特定する。
「元ソーサラーギルド所属のヤメでしたーーーーーー!」
「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
同時にギャラリーから大声援。あと悲鳴も結構あがって、券らしき紙が沢山宙を舞った。まるで競馬場だな。行った事ないけど。
「……マジ?」
そして選ばれた本人はというと、ハズレ券の紙吹雪の中でキョトンとしていた。いや選ばれて『え、なんで?』って顔すんなよ。一番やる気あっただろお前。
「それでは、審査員を代表してマスターにお話を伺いたいと思います! マスターマスター、決め手は何だったんですか?」
え、そんな急にコメント求めてられても……ああ、これも五大ギルドに相応しいかどうかの試練ってヤツか。何でアドリブ能力ばっか試すんだよ。そりゃ臨機応変に対応できるかどうかって大事だけどさ。
……まあ良いか。いちいち気負っても仕方ない。別に五大ギルドの仲間入りしたい訳じゃないし。
「決め手は、先程の戦いで負けを認めたタイミングですね。しっかり粘りつつも引く時は引く。そういう決断が出来る人間がサブマスターとして付いてくれると非常に助かります。それに、これ以上長引けば他のコンテスト参加者に迷惑がかかるって判断もあったと思うんで。視野が立体的というか、俺には気付けない事にも気付いてくれそうかなと」
俺には大局的な視点が欠けている。これはまあ、生前偉い立場になった経験がないから仕方がない。これから身に付けていかなきゃいけない、当面の課題でもある。
ヤメの人生経験と視野の広さは、そんな俺の欠点を必ず補ってくれるだろう。そこに期待しての抜擢だ。
「ありがとうございました! それじゃヤメ、サブマスター就任が決まった今のお気持ちをどうぞ!」
「へ? あっ、あー……」
突然振られてヤメが露骨に狼狽えている。大勢の前で話すのが苦手なのか? そんなタイプとも思えないけど……アドリブに弱いって訳でもないだろうし。
「えーーっと……応援あんがとーーーーーー! やったぞオラーーーーーーーー!!」
結局、求められているであろうテンションでヤメは観衆に応え、満面の笑顔をふりまいていた。こういう所は流石だ。ヤメの性格的に『まあヤメちゃんなら選ばれて当然ですけど?』くらいが本音だろうけど、空気を読んで心の内にしまっておいたんだろうな。
まあでも、ちゃんと嬉しそうには見える。オネットさんとの決着だけじゃなく、サブマスターになりたいって気持ちもしっかりあったんだろう。あの様子ならキッチリ務めてくれそうだ。
「思った以上に盛り上がったな。目論み通りってか?」
「まさかサブマスターの選出くらいでここまで住民の心を掴めるなんてね。正直滑稽なイベントだと思っていたけど、上手い事やったじゃあないか」
ヤメがギャラリー達(多分ヤメに賭けてた連中)とハイタッチで喜びを共有している中、バングッフさんとロハネルがニヤニヤしながらこっちに来た。
「謙遜抜きで、ここまでの盛況は狙ってないですよ。ヤメがオネットさんにバトルを挑んだおかげです」
「確かにその通りだろうね。最初の全裸剣士の時なんて寧ろ冷え切っていたものな」
「それが今ではこの熱気だもんな。冒険者ギルドの選挙よりも盛り上がっているんじゃねーか? なーコレットちゃん」
「……ですよねー」
あっバカ余計な事を……
「私がギルドマスターに選ばれた時って、こんな感じじゃなかったですよね。ギルドの周りに集まってた人の数は今日より多かったのに。私って人望ないんですよね。やっぱり暗いからかな? ヤメちゃんみたいに明るくパーって出来ればもっと盛り上がったし、冒険者ギルドの人達も違う印象持ってくれたって思うんですよねー」
あーあコレットが拗ねちゃった。バングッフさん、反社会勢力っぽい見た目の割に悪人じゃないんだけど、失言が多いんだよな。
「いやその……なんだ。悪かったよ。悪気があって言った訳じゃねーんだ。つい口が滑って……」
「事実の指摘ですから全然気にしてないです」
表情筋も声帯も死んでんな。『気にしろよ。死ねよ』くらいのメッセージが籠もってそうだ。人間的に成長したとはいえ相変わらずこういう所はメンドくせー女……
「おい、あんちゃん。彼女を落ち着かせてくれねーか? 娘いねーのに反抗期の娘の反感買ったみてーで心臓にクんだよあの顔……頼むよ」
「良いですよ」
審査員を引き受けてくれた御礼代わりだ。快く引き受けよう。
ネガティブモードのコレットは別に病んでる訳じゃない。取扱いを間違えたら爆発するけど、処理の仕方を間違えなければ大丈夫。ただしちょっとコツは要る。
「コレット」
「何ー? やっぱりトモも私のこと暗いって思ってるよね。だって冒険者ギルドの方が全然規模は上なのに、こんなに祝福なんてして貰えなかったもんねー。それってやっぱり私が好かれてないから……」
「違うな。コレットの就任時に盛り上がりに欠けたのは性格とか好感度の問題じゃない」
「……へ?」
「思い出してみろよ。あの選挙、元々コレットが大本命で対抗馬もいないレベルだっただろ? なのに途中で山羊になんてなるから無駄に接戦になっちまってフレンデルの逆転あるかも、みたいな風潮になって。でも結局最初の本命がフツーに勝ったもんだから、なんか白けちゃったんだよ。つーか突然山羊の悪魔になる奴になんて人望あってたまるか反省しろ反省」
「あーーーーーっ酷ーーーい! トモが意地悪な事言った! ティシエラさあああああん!」
「私に泣きつかれても困るんだけど……はぁ」
コレットは論点をズラせば大抵そっちに乗っかるから、その前のやり取りは勝手に流れる。付き合いが良い奴だから、こっちの言う事に対して常に真摯に向き合うんだよな。
まあそれでも、バングッフさんへの印象の悪さは記憶に残るだろう。けどそこは仕方がない。我々のような根っこが陰キャの人間はですね、嫌な事言われた記憶は消えないし消す意志もないんですよ。
「相変わらず女の扱い上手いね隊長」
ティシエラの胸で泣くコレットをジト目で眺めながら、シキさんが嫌な事を言ってきた。
「私が口を挟む事でもないけど、ヤメにあんまり無理はさせないで。あの子、稼げるってなったら見境ないから」
「だったらシキさんが手伝ってあげれば良いんじゃない? サブマスター補佐、みたいな感じで」
「……まあ、そのつもりだけど」
計画通り――――ってヤメの声が聞こえてきそうだ。つーか今、確実にこっち見てたよなあいつ。あとイヤらしい目でニヤけながら何か言ってたよな。なんちゅー嗅覚だよ化物か。
金の為にしろ、シキさんを口説く為にしろ、ヤメにとってサブマスター就任は確実にモチベーション増加に繋がる。オネットさんには申し訳ないけど、彼女よりヤメの方が伸びしろがある。それが選んだ最大の理由だ。オネットさんには引き続きウチの大エースとして、戦闘での大車輪の活躍を期待してます。
そんな訳で、新生アインシュレイル城下町ギルドは順調にその第一歩を踏み出した。
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