第443話 魔法一点

 ソーサラーギルド豆知識。街中で子供相手にケンカを売るヤベー奴がいる。



 ……いや噂には聞いてたよ。ソーサラーギルドってヒーラーギルドとはまた違ったヤバさがあるって。決して真面目じゃないし常識人とは言い難いけど社交性がない訳じゃないヤメが精神やられて、あのティシエラが纏めるのに苦労しているくらいだから、相当厄介な集団なんだろうとは感じていたさ。


 にしたってこの人ヤべーだろ! まさか街中で魔法合戦やらかす気じゃねーだろな!? あんなブチ切れモードで魔法乱射したら最悪死人が出るぞ……


「エヴァンナ様。私は……」


「私は勝負をすると言ったの。聞こえなかったかしら?」


「……はい」


 有無を言わせない言論封鎖系パワハラ。この世で一番上司にしたくないタイプだ。


 成程。この時代のティシエラが妙に焦って見えたのも納得だ。こんなのがいるソーサラーギルドに毎日通ってたらストレスで胃にワームホールが発生しそうだもの。なんとか実力を評価されて支配下から逃れたかったんだな。


 ……待てよ。


 って事はこの直接対決、実は大チャンスなんじゃないか? ここでこのエヴァンナって人にティシエラが圧勝してボッコボコにしてやったら、ティシエラの悩みは解消……まではいかなくても好転に期待が持てる。やって損はなさそうだ。


 とはいえ街中で魔法バトルは論外。ここは俺が出しゃばるしか――――


「街中での私闘だぁ!? そんなのシレクス家当主の娘、フレンデリア様が許す訳ねぇだろうが!」


 うげ……フレンデリアに先んじられちゃったよ。しかも隣のセバチャスンが『御嬢様の晴れ舞台を邪魔したら折りますよ』って目で睨んでるし……ここは見に回るしかないか。


「それにこのティシエラはアタシ様に散々生意気な口利いたフテぇ女だ。正義の鉄槌を下すのはアタシ様の役目なんだよ。部外者はすっこんでな!」


 なんか急にツンデレになったぞ! さっきのちょっとしたわかり合った感で早くも友情芽生えたのかよチョロいな御嬢様! っていうか部外者は普通にフレンデリアの方だ! 彼女達はソーサラーギルド内のいざこざをやってんだからね!


「悪いけど口を出さないで貰えるかしら。これは私とエヴァンナ様の問題だから」


「……」


 ほらー。無情のティシエラ、ツンデレにはデレず! 流石だ。でもフレンデリアがちょっと可哀想。モロにショック受けてんじゃん顔に出過ぎてんぞ。


 にしても、なんか噂で聞いていたほど性格悪くなさそうだよな旧フレンデリア。初対面時の暴言が一人歩きして噂に尾ひれが付いていたのかもしれない。実際、あれだけオラ付かれてもまだ関わろうとする人は少ないだろうからなあ……


「な、なんだよ! せっかくこのアタシ様が庇ってあげようとしたのに……やっぱり庶民は貴族の敵だクソ! もう二度と心開かねぇからな畜生!」


「お労しや御嬢様。しかしこれも社会勉強でございます」


 セバチャスンがフォローしてるみたいだし、メンタルケアは問題なさそうだ。貴族令嬢にヤケっぱちになられても困るからな。


 何にせよ、これで俺が介入する余地が生まれたんだし早速お邪魔するとしよう。


「部外者なのは俺も同じだけど、こんな場所で暴れられてもみんな困るだろ。勝負って一体何するつもりなんだ?」


「それは――――」


「ソーサラー同士の争いなのだから『魔法対決』に決まっているであろう! この無知識男めが!」



 ……誰?



 急に知らない声で罵倒されたんですけど。しかも声の主が何処にも見当たらないんですけど。怖っ! 幽霊? こんな時間帯に?


「おやおや。私の姿が見えないのかい? そうだそうねえそうだろうさ! 私は無色化魔法の使い手メリンヌ! 御覧の通り透明なソーサラーさ!」


 また変なのが現れた……


 この街はいつもそうだ。油断するとすぐ変人が湧いて出る。無色化魔法ってのは何となく想像つくけどさ、初対面の相手にどんなテンションで絡んでくるんだよ……


 姿は全く見えないけど、どうやら女性らしい。ハスキーボイスではあるけどハッキリと女声だ。


「メリンヌ……まさか邪魔するつもり?」


「いやいやまさかまさか。私は勝負を見守る為に参上しただけの事さ。キミの教育方針に口出すつもりはないよ」


 教育方針――――やっぱりエヴァンナってソーサラーはティシエラの教育係だったか。こんなのに教育されるなんて可哀想過ぎる。よく捻くれずに育った……いや少し捻くれてるか。まあそういう所も可愛いから良いんだけど。


「わかっていると思うけどエヴァンナ、ソーサラー同士の私闘は御法度なのだよ? まして街中で魔法による殴り合いなんて以ての外。人の道を踏み外すつもりかい?」


「私は魔法で攻撃し合うなんて一言も言っていないのだけれど」


「いやいやいやその弁明は無理があるよ。何故ならキミはソーサラーギルド屈指のエリートで武闘派、そしてつい先日このティシエラとの演習中に魔法の出力速度と精度で完敗を喫したのだからね。誇りをいたく傷付けられたのだろう?」


「……チッ」


 うわ舌打ちしたよこの人。マジで演習中にプライド傷付けられたのがケンカ売りに来た理由なのか? 終わってるぞ色々。


 でもまあ、この城下町に来るような連中はどいつもこいつもガキの頃から天才って言われるような奴等ばっかだからな。そんなエリートが子供相手に技術で後れを取ったのなら、大人げなく勝負を挑みに来る理由にはなり得るのか。共感は出来ないけど。


「とはいえ闇討ちせず堂々とケンカを売っただけ丸くなったよ。昔はもっと嫉妬が露骨だったしね」


 ……ソーサラーギルドってもしかして人格破綻者の巣窟なのか?


「余計な事ばかりベラベラ喋らないで。何しに来たの?」


「さっき言っただろう? 私はキミ達の監視役さ。やり過ぎないように。ギルドマスターがこうなる事を予見していたからね」


 どんな予知能力持ってたら自分トコの教育係がまだ子供の教え子にケンカ売る事態を予想できるんだ……ギルマスもヤベーのか。もうビックリ人間ギルドに改名しろよ。


「勝負の方法は私が指定するよ。【魔法一点】でどうだい?」


「魔法一点?」


「この無知野郎めが! 魔法一点とは魔法一点勝負の略でな、特定の魔法に関するどれか一つの要素の優劣を競う競技なのだよ。例えば【ブラストレーション】の破壊力とか、【アイシクル】の解氷時間とか」


 罵倒してきた割に随分と親切に教えてくれたな。性格が良いのか悪いのかサッパリわかんねぇ。透明なだけあって掴み所がないな。


 でも勝負の方法としては魔法ぶっ放し合いより大分マシだ。これなら魔法のチョイス次第で安全な勝負に出来るだろう。


 というか……これはチャンスだ。街の外へ向かって魔法を撃たせ『魔法の飛距離』で勝負させれば、自ずと空間の終点の有無がわかる。もし亜空間なら空間の境目で魔法がプツンと途切れるだろう。それを進言しても怪しまれないシチュエーションに恵まれたのは幸運以外の何物でもない。


 だけど――――


「……」


 それは大人の都合だ。ティシエラに押しつけるべきじゃない。


「おい。ティシエラが勝負すると言っていないのに勝手に話を進めるな」


 こいつらのティシエラを軽んじる姿勢は目に余る。こんな連中の思惑に乗って自分の目的を果たすのは、俺自身我慢が出来ない。


「さっきから何だいキミは。部外者は……」


「俺はティシエラに仕事を依頼してるんだ。部外者な訳がないだろ? そっちこそ仕事の邪魔をするな」


 透明人間が相手だから、どの方向に向かって凄めば良いのかはわからない。それに、睨み付けるより前にやる事がある。


「ティシエラ。売られたケンカをどうする?」


「え……」


「買っても良いし買わなくても良い。自分に向けられた敵意をどうするかは自分で決める以外にない。他人が何を言おうと関係ない」


「は?」


 うわー……エヴァンナ様メッチャ睨んでくるじゃん。目を剥くでもなく変顔するでもなく、ただ純粋にガン飛ばしてきている。ここまでド直球だと逆に新鮮かもしれない。


 でも無視。


「自分で決めて良いんだ。そこに大人も子供もない」


 ティシエラにしてみれば、俺との仕事があるから『受けるなと圧を掛けられている』と感じているかもしれない。


 でも俺の意図はそうじゃない。これは幾ら言葉にしたところで伝わるものでもないだろう。ティシエラが好意的に解釈してくれるのを願う以外にない。


「……私は」


 ティシエラの顔付きが変わった、と言うより戻った。


「受けて立つつもりよ。構わないかしら」


「ああ。勿論だ」


 どうやらティシエラもこの機会に引導を渡す腹積もりらしい。ギラギラした目がそう語っている。五大ギルドで他のギルマスとやり合っている時の顔付きだ。


 初めて会った頃は凛々しい印象だった。酔った力自慢の野郎が犇めく夜の酒場にわざわざ足を踏み入れて、堂々とした態度でアイザックを魔法で冷静にする姿は――――誰よりも精悍だった。


 でも接する機会が増えていく内に、ティシエラの本質が少しずつ見えて来た。


 クールなようで負けず嫌い。高圧的かと思いきや庶民的。常識人なようで意外と抜けた所もある。


 そんな誇り高きソーサラー。


 例え子供の頃でも、そこは何も変わらない。


「そっちの二人、聞いての通りだ。ただしそちらの提案に従って魔法一点を採用する代わりに、勝負に使用する魔法と競う要素はこちらで決めさせて貰う。それで良いな?」


「この不遜男め! だが子供相手に大人げないこちらとしては反論の余地なし! そちらの言い分を全て通そうじゃないか!」


「誰が大人げないですって!?」


「まあ良いじゃないかエヴァンナ。違うと言うのなら大人の余裕を見せて彼等の意向を汲むべきだ。そうだろう?」


「……」


 不満タラタラの顔だけど、どうやら納得はしたらしい。なんかなし崩しの内に俺と透明人間がセコンドみたいになってしまったな。


「だったらこの勝負、シレクス家の次期当主フレンデリアが立会人になってやらあ! シレクス家の名において、結果は絶対なかった事にはしねぇからな!」


「御嬢様。影が薄くなりそうな気配を察知しての余り意味のない介入、見事でございます」


 ……まあまあ酷い言い草だなセバチャスン。単に無理やりにでも褒めて伸ばそうとしてるのかもしれないけど。


「で、使用魔法は何にするんだい?」


「それは――――」





 予想外の出来事が幾つもあって遠回りしたものの、どうにか目的地へと到着。『魔王に届け』の投擲会場にもなった西門付近だ。


 城下町は東西南北それぞれに門を構え、聖噴水の効力はその門よりも更に外側にまで及んでいる。だから門の外側でも門番はモンスターに襲われる心配はないし、そこから出入りする際にも襲撃は受けない。


 つまり門の傍にいる限りは安全だ。


「仕事の邪魔は致しませんので、暖かく見守って頂ければ」


「は、はあ……」


 門番には『フィールドワークの一環』とセバチャスンに説明して貰い(多分若干金を握らせ)勝負を傍観して貰う事になった。


 そして肝心の勝負に使用する魔法は――――


「デスボール……?」


「ああ。それをここからフィールドの方に放って、飛距離が長い方が勝ち。射程勝負だ」


 かつてティシエラが城門を破壊する時に用いた魔法。なんか年季入った得意技っぽい感じで撃ってたから、この時代でも既に使えると踏んだんだけど……


「この無謀野郎めが! エヴァンナの得意魔法を選ぶとは中々大胆ではないか! 当然のように肯定だ! なあエヴァンナ!」


「ええ。その魔法ならティシエラにも教えてあるし問題ないでしょう。勝負方法にも異存はありません。ソーサラーにとって射程は命ですから」


 ……どうやら俺は重大な選択ミスをしてしまったらしい。言われてみればデスボールなんて物騒な魔法、如何にもこのヤバいソーサラーにお似合いじゃねーか!


 とはいえ、もう撤回は出来ない。なんてこった。良かれと思って選択したのに、却ってティシエラの足を引っ張るハメになるなんて。


「私も全く問題ないわ。割と馴染んでいる魔法だもの」


 自信満々といった態度でティシエラはそう答える。でもきっと俺への気遣いで発した言葉だ。心中ではさぞ苛立っている事だろう。ホントごめんなさい……


「シレクス家の名において、両者が承諾した事をここに宣言してやろう! もう後戻りは出来ねぇぞ! やるかやられるか、テメぇらの人生はここで決まんだ! ククク……面白くなってきたなあ!」


 そして何故かフレンデリアは今日一テンションが上がっていた。


「御嬢様は普段、余り屋敷から外へ出して貰えない身のため刺激に飢えておりましてな。このように勝負事を目の当たりにする機会に恵まれ心が叫びたがっているのでしょう」


「はあ……」


 貴族令嬢らしいっちゃらしいけど……箱入りの理由はこの問題児を余り世間に晒したくないからだろうな。実際、11年後にはシレクス家の評判は地に墜ちてたみたいだし妥当な判断だったんだろう。


「時にフージィ様。何故事前にティシエラ様の得意魔法を聞かなかったのですかな?」


 両者がウォーミングアップをする中、腕組みしながらセバチャスンが聞いてくる。


「私も興味あるね」


「うわビックリした!」


 急に話すなよ透明人間……姿見えないから怖いんだよ。


「こちらが勝負の方法を提示した代わりに使用魔法を決める。そういう条件だったのだから、先にティシエラの得意魔法を聞いてもこっちは何も言えなかったのだよ? それがわからないほど迂闊野郎だったのかい?」


「ああ。迂闊だったよ」


「どうだか」


 表情は見えないけど、如何にも訝しんでいるって声だ。セバチャスンも同様らしく若干眉を顰めている。


 いや普通に迂闊だったんだって。未来のティシエラを知っている事が仇になっただけで。てっきりデスボールはティシエラの得意魔法だって思い込んでたからさ。


 それと……ティシエラのプライドを優先した。幾ら子供だろうと自分の得意魔法を聞かれて、それを勝負に使うなんて言われれば誇り高いティシエラはきっと嫌な思いをする。


 それだけだ。


「ヘッ。薄汚ねぇ大人にはわからねぇ事もあんだよ。なあ?」


「えぇぇ……」


「ンだよ! アタシ様がわかったような事言うのが気に入らねぇってんならハッキリ言いやがれ!」


 言えるか貴族令嬢相手に。セバチャスンから拷問受けるに決まってるだろ。俺は第二のエメアさんになる気はないの。


「こちらはいつ始めても大丈夫よ」


「私も問題ないわ」


 どうやら両者とも準備は整ったらしい。


 後は、先にどちらが魔法を撃つか。こういう勝負ってなんとなく後攻超有利な気がするんだよな。料理対決みたいに。



「先攻はエヴァンナだ。異存はないかい?」



 ――――だから、透明人間のメリンヌがそう言ってきたのは意外だった。





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