第442話 俺の予感っていつも良い方は当たんなくて悪い方だけ当たっちまうんだよな。ったく……

 女性の中では突出したムキムキ具合の肉体。平日に趣味でモンスター狩ったついでに通りすがりの人間も殺ってそうな人相。そして仁王立ちしていながら艶めかしさを感じさせるゲーミングカラーのオーラ。


 間違いない。女帝以外にあんな人はいない。


 俺の肉体年齢よりも年上と思しきファッキウの母親だから、若く見積もっても40代。この時代は30代が濃厚だろう。けど見た目の変化は殆どない。ここまで違和感ゼロの知り合いに遭遇したのは過去に来て初めてだ。


「珍しいじゃないか外出なんて。偶には良いモンだろ?」


「……別に」


 何やら親しげに話し掛けてくる女帝に対し、フレンデリアは明らかに緊張した面持ち。これまでの彼女とは真逆の反応だ。どうやらこの時代のフレンデリアにとって女帝は特別な存在らしい。


「執事サンも大変だねえ。おや? そっちのメスガキも見覚えがあるね。ソーサラーギルドにいなかったかい?」


「はい。所属ではありませんがお世話になっています」


 女帝には丁寧語を使うんだなティシエラ。こっちも緊張気味だ。まあフツーに怖いからな女帝。デカいし。


 にしても、一体どういう縁なんだろうな。ファッキウが幼少期から娼館で育ったっつってたから、この時代には既に娼館を営んでいる筈。その営業でシレクス家やソーサラーギルドに足を運ぶとは思えないけど……


「そっちの男だけは初見だね。どちら様だい?」


 ……っと。考え事している場合じゃないな。不審に思われないよう振る舞わないと。


「お初にお目に掛かります。フージィと言います」


「若いねえ。幾つだい?」


「……20ですが」


 職業や経歴よりも年齢か。若い男は格好のターゲットなんだろう。既に獲物を捉える目付きになっていて恐怖しか感じない。


「アタイはサキュッチ。この街の野郎共全員の味方さ。アンタとはガキのいない所で話をしてみたいねえ」


「はぁ……」


 意外だ。女帝にもそういう弁える心があったんだな。だったら朝一から下ネタ言うのもやめて欲しいんだけど。あれホント胃もたれするんだよ。


「では我々は用事がありますので、この辺で」


 まだその場を立ち去る気配がなかった女帝に対し、セバチャスンは露骨に『関わるな』と拒絶反応を示している。


 まあ無理もない。ビキニアーマーの時点で貴族令嬢とは相性が悪過ぎる。子供の教育を考えるまでもなく絡んで欲しくないと思うのは当然だ。


「待ちな」


 そんなセバチャスンの不快感を知ってか知らずか、女帝は短く低い声で呼び止めてきた。声だけでも圧倒的存在感。到底スルーなんて出来やしない。


「常連の冒険者連中から聞いた話なんだけどねえ。最近、周辺のモンスターが妙に力を増してるんだと。何か心当たりはないかい?」


「……何故それを我々に? そもそも貴女がモンスターの強さを気にする必要があるとは思えませんが」


「モンスター絡みじゃねぇ話さ。わかってんだろ? 貴族のお抱え執事がそこまで察しが悪いとは思えないからねえ」


「お褒めに預かり光栄でございます」


 おお……バチバチだ。マッチョ女と中年紳士の睨み合いってなんかよくわからん迫力があるぞ! 異種格闘技戦も試合始まる直前がピークだもんな。


「しかし御期待に沿えず申し訳ございません。私はその件に関しまして何も存じ上げていないのです」


「構わんさ。別に真相を突き止めたくて聞いた訳じゃないからね」


 どうやら反応を見ていたらしい。女帝は肩を竦めてニヤケつつ――――その顔を俺の方に向けてきた。


「冒険者志望……って感じでもなさそうだけど。一応アンタにも聞いとこうか」


「モンスターの件でしたら俺に聞いても何も出て来やしませんよ。見ての通り戦闘は苦手なんで」


「みたいだね。けどアンタは……」


 俺は知っている。


 脳筋としか思えないような見た目でありながら、この人はこれで中々抜け目がない。


「何か知ってる、ってツラしてるよ」


 案の定、仕掛けて来やがった。


 間違いなくブラフだ。幾ら俺でもそこまで雄弁な顔面はしていない。けど心当たりがあるかないかで言えば、あると言わざるを得ないのも事実だ。


「……貴女の話と関係があるかどうかはわかりませんけど、モンスターのレベルを上げるアイテムの存在は知っています」


「成程ね。確かに進化の種なら説明は付くだろうさ」


 言葉とは裏腹に女帝の表情は露骨につまらなそう。どうやら進化の種の事は知っていたらしい。


 勿論、彼女を満足させたくて話した訳じゃない。見返りを求める為だ。


「モンスターの話なのにモンスターが主題じゃないって事は、人間の関与が疑われてるんですね?」


「ま、普通はそういう話になるだろうね。けどね、モンスターと人間の癒着は何百年も前から定期的に発生してるってのに一度も明言されやしない根腐れ事案だ。今更掘った所で何も出て来やしないよ」


 確かに……11年後も人間に化けたモンスターだの精霊だのが複数いるってのに、解決に向けた動きは酷く緩慢だ。魔王討伐に対しても余り積極的とは言えないし、魔王軍に対する意識そのものが想像より弱い印象はある。


 聖噴水の効果で長年モンスター被害が街に及んでいないから危機感が薄い、ってのも当然あるんだろう。けどやっぱり水面下でモンスターと繋がっている人間がいるのはほぼ間違いない。


 そしてそれは11年前から既に……って事なのか?


「話はこの辺にしとこうかね。これ以上、そこの怖い執事サンに睨まれるとクセになりそうだ」


「いえいえ。ただ子供いる前でする話ではないのでは、と思った次第でして」


 妙に意味深だな……この件についてセバチャスンが何か知ってるとでも言いたいんだろうか。じゃなきゃこんな絡み方しないよな。


「さっきの話、参考にさせて貰うよ。またね。ボーヤ」


 最後に投げキッスをして女帝は立ち去った。


 うーん。あんな身体してても仕草次第で結構可愛く見えるもんだな。外見上の違いは殆どないけど、やっぱり11年の差は大きいのかもしれない。


「フージィ様も中々侮れませんな」


「……?」


「先程の女性、猛者揃いのこの街でも指折りの曲者でございます。アレに怯まず堂々と渡り合うとは。やはり貴方は只者ではないようで」


 いやいや、単に未来人なだけなんで。初対面ではそれはもうビビリ散らかしてましたから。


 にしても……まさか過去の世界で進化の種が話題に出て来るとはなあ。何となく想像はしていたけど、やっぱり相当根深い問題だな。恐らく人間とモンスターの癒着と無関係でもないだろうし。


 もしこの世界が本当の過去の世界だと判明した場合、それらの件について調査してみても良いかもしれない。この時代にしか知り得ない情報を手に入れられる可能性は十分にある。


 いずれにせよ、まずは差し当たっての目的を果たさないと。


「フージィ様、少々不穏な状況のようなので今一度確認したいのですが。街の外に出る仕事ではないのですよね?」


「はい。必ず街中に留まります。ところで……」


 一つ気になる事があった。さっきからフレンデリアが一言も発していない。


 というか――――


「……」


 女帝の背中をボーッと眺めたまま微動だにしない。


 おいおい……いやいや。


 けどこの子の荒々しい口調、なんとなく女帝を髣髴とさせる所はある。まさかとは思うけど……


「フレンデリア様。もしかして先程の女性に憧れていたりします?」


「憧れてちゃ悪いのかよ」


 やっぱりその口調は女帝由来か!


 娼館の主人に憧れる貴族令嬢……凄い関係性だな。そもそも接点がある事自体驚きなんだけど。


「サキュッチ様は城下町内でも指折りの経営者ですからな。シレクス家とも多少縁があるのですよ」


 思いっきり濁している辺り、本当の職業はフレンデリアには伏せているんだろう。『言うなよ、言えば殺すぞ』くらいの圧を感じる。黙っていた方が良さそうだ。


「あの御方は常に堂々としていて誰に媚びる事もねぇからな。アタシ様の理想像なんだよ」


「意外と立派な志を持っているのね」


 どうやらティシエラも媚びる事に対しては強い嫌悪があるらしい。ずっと反目し合っていたのに、ここに来て歩み寄りを見せた。


 これで少しでも仲良くなってくれれば幸いなんだけど――――


「まぁな。アタシ様はいずれシレクス家を継ぐ人間だから、絶対に弱さを見せる訳にゃいかねぇ。ああいう強い女性にならなくちゃいけねーんだよ」


「初めて貴女に共感できたわ。私もそうよ。これからソーサラーギルドを背負う存在になっていく上で、情けない所を見せる訳にはいかないわ」


「ヘッ」


「フフッ」


 ……あれ? 本当に仲良くなりそうな雰囲気なんだけど。てっきり仲良くなりそうでやっぱならない肩透かし展開だとばかり思ってたのに。


 まあでも、こういう素直さって大事だよな。大人になると一度嫌いだと思った相手に好感を持つのが酷く難しく感じてしまう。それが老いなのかもしれない。


「フージィ様。そろそろ先へ進みましょうか」


「あ、はい。それじゃ町外れまで……」


 進行方向に視線を向けた瞬間、思わず声が詰まってしまった。視界に気になる物が入ったからだ。



 ――――聖噴水。



 まだシレクス家からそれほど歩いていないこの場所に、11年後は聖噴水なんて存在していない。つまりこの聖噴水は11年の間に跡形もなく消え去る事になる。

 

 取り壊されたのか?


 それとも……ビルドレッカーで移動したのか?


「すみません。その前に少し聖噴水の調査もやっておきたいんですが」


「フィールドワークの一環ですかな? 無論構いませんが……」


 セバチャスンの返事を待つまでもなく、俺の意識は完全に聖噴水へと向けられていた。


「どうも嫌な予感がするんです」


 俺の予感っていつも良い方は当たんなくて悪い方だけ当たっちまうんだよな。ったく……


 大きさは11年後の聖噴水と全く同じ。水量や形状も特に違和感はないし、場所が違う以外には相違点が見当たらない。スタンダードな聖噴水だ。


 そして水の中には……特に怪しげな物はなかった。てっきりビルドレッカーの送信部か受信部があると思っていたのに。


 他にも一通り調べてみたけど、特に怪しい箇所はなかった。


 ……嫌な予感、外れたんですけど。


 この流れで思いっきり外れたんですけど! 嘘だろ? そんな事ある……?


「怪しい点はありましたか?」


「いえ……何もありませんでした……」


「はて。何故顔が赤いのでしょう?」


 やめて聞かないで! 主人公面した自分が死ぬほど恥ずかしい! やだもう帰りたい! 誰でも良いから今すぐ未来に転送して!


「この聖噴水は私がこの街へ来た頃には既にあったと記憶しています。不具合が起こった事は一度もないようです」


 ……って事は、少なくとも10数年前には存在してたのか。ならやっぱりビルドレッカーで転移してきた訳じゃなさそうだ。過去の城下町は聖噴水を多めに造っていたんだろうか。あとセバチャスン、さっきの件を追求しないでくれてありがとね。



「何しているの? ティシエラ」



 ――――不意に聞こえて来た、聞き覚えのない女声。


 なのに一瞬で感じ取ってしまう。その声に込められた悪意を。


「ギルドに顔を出さずこんな所で何をしているの、と聞いているのだけれど」


 一言一言から感じる圧に思わず耳を塞ぎたくなる衝動に耐えつつ、その声の方に目を向けてみると、そこには――――


「エヴァンナ……様」


「私の問いが聞こえなかったのかしら?」


 聖女。


 ……としか言いようのない雰囲気の女性が物凄い形相で立っていた。


 身に付けている物は基本、全て上品な色合い。白とパステルグリーンを基調としたエレガントなドレス風ローブと金色のネックレス、そして淡い水色の羽衣が特に目を引く。


 髪はかなり明るい茶色。かなり長く伸ばしているけど全体に艶があって、かなり綺麗に整えられている様子が窺える。


 身長は俺と同じか、僅かに高いくらい。女性としてはかなりの高身長だ。でも体型は細身で、全体的にシャープな印象を受ける。


 ここまでは完全に聖女。でも肝心の顔面が……怖い。美醜どうこうじゃなく目付きもヤバいし額やこめかみには血管浮き出てるし歯軋りが聞こえそうなくらい歯を食いしばってる。


「私の問い掛けが聞こえなかったのかって聞いているのだけれど?」


 そしてこの声。決して荒げている訳じゃないけど、不安定な情動がそのまま声に宿っていて常に不協和音を発しているような感覚だ。


 第一印象はイリス姉に近い。けど向こうは全力で常軌を逸しているのに対し、こっちは道を踏み外さずに恐怖を伝えてくる。例えるなら……聖女の格好をした魔女、って感じだ。


「聞こえています。ただ……私は正式な所属ではないので、ギルドに必ず顔を出す義務はないと認識しています」


「貴女の認識など関係ないの。私が毎日決まった時間に出て来るよう進言したのに、どうしてそれを遵守しないのかと聞いているのだけど。もしかして私に逆らおうとしているのかしら?」


 うわ目付きエっグ! ほぼ般若じゃん!


 それになんかプルプル震えているし、今にも暴走しそうな気配しかない。まるで勉強をサボった娘にガチ切れする教育ママを見ているかのようだ。


 話を聞く限りでは、どうやらこの人はソーサラーギルドの人間でティシエラを指導しているっぽい。けどティシエラは余り慕っている訳ではなさそうだ。


「……」


「返事もしないのね。あくまで私に刃向かうというのなら私にも考えがあります」


 ……なんだ?


「貴女と私、どちらがソーサラーギルドの未来を担うのか。ここで決着を付けましょう」



 明らかにティシエラより遥か年上と思しき女性は、大人げないという次元を飛び越え子供のティシエラに思いっきりケンカを吹っ掛けてきた。


 



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