第441話 鼻から指を突っ込み目玉をブヨブヨ言わせて差し上げます

 俺の知るフレンデリアじゃないのはわかっていた。そして悪評の数々から相当なワガママ御嬢様なのも容易に推察できた。


 だから、どうせテンプレ的な箱入り御嬢様なんだろうなって確信があった。自分の都合や欲求だけで周囲を振り回すモンスター気質の悪役令嬢を想定していたし、何の疑いも持っていなかった。


 彼女の部屋の前に立つまでは。


 そして――――部屋に入った事で混乱は更に増した。



「まさかこのアタシ様あたしゃまに楯突く身の程知らずがまだいたとはな……そのツラ早く拝ませろや」



 誰だよお前!


 見た目はそのままフレンデリアが子供になった感じの上品で幼い顔立ちの少女だし、声も典型的なロリ声。なのに言葉遣いが山賊レベルで酷い……!


「失礼なツラだな。まるでイレクタイルゴブリンみてぇじゃねぇか。庶民の男ってのはどうしてこうクソ下品なツラ構えなんだ?」


 なんかよくわかんない例えで罵倒された!


 いや確かに評判通りだけれども。傲慢で高圧的だし、如何にも意にそぐわない事があれば罵倒の限りを尽くしそうだけれども。


「どうした? 何も言い返さないのか!? この腰抜けが! 全くいつ見てもこの街の野郎は去勢されたイレクタイルゴブリンみてぇだな!! どいつもこいつも日和りやがって! カカカカカ!!」


 笑い方が悪魔過ぎる……何これ? 悪霊でも取り憑いてんの?


 ど、どうする……? これは余りにも想定外だ。こんな出会って数秒で全力のメンチ切ってくる輩とどう接すりゃ良いんだよ……


「補足で御座いますが、イレクタイルゴブリンはアレクサス地方に出没する勃起性ゴブリンの事です。常に局部を隆起させているのでそう呼ばれております。凶暴性が高く常に興奮状態なのが特徴です」


「知らんがな」


「チッ無教養のカスが。テメェらみてーな空っぽの頭に欲望だけ詰め込んだ夢想家が一番嫌いなんだよアタシ様は」


 口を開けば暴言。確かにそこも含めて評判通りではあるけど……俺が思い描いていた傍若無人な御嬢様ってこういう事じゃない!


「……」


 案の定、ティシエラも想定外だったようで魂が抜けたように惚けている。見た目が典型的な御嬢様だけに暴言の内容とのギャップが尋常じゃない。 


 参ったな……正直ティシエラにこんなのと交流持って欲しくないぞ。教育に悪過ぎる。俺はまあ……アイザックの取り巻き三人組の所為でこの程度の暴言には慣れてるけど。


「どいつもこいつも歯応えのねぇ奴等ばっかだなあ。おいセバチャスン、なんでこんなゴミをアタシ様の前に連れて来た?」


「御嬢様。シレクス家は全ての善良なる市民にその門を開いているのです。高貴である者は常に弱者と向き合う社会的責任が……」


「うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!! 小難しい事をアタシ様に言うんじゃねぇ!! 貴族は偉い!! それで良いだろうがよ!!」


「……はい」


 涼しい顔で対応しているセバチャスンさえフレンデリアが視線を外した一瞬、徒労を滲ませるように溜息をついていた。


 どうやらこの荒くれ御嬢様をセバチャスンがギリギリの所で制御していたっぽいな。彼がいなかったらとっくにシレクス家は崩壊していたに違いない。


「ま、アタシ様にそのツラを晒しに来る度胸があったのだけは褒めてやるよ。最近はどいつもこいつもビビってアタシ様の前に姿を見せる事も出来なくなっちまったからな。礼節も弁えねぇクズばっかの街になっちまって目も当てられねぇ」


 そりゃこんな子供にいちいち挨拶とか、余程の物好きじゃない限りやりたがらないだろう。俺だって既に後悔してるし。


 ただ……彼女の言動には気になる点が多い。


 子供っぽくないのは瞭然たる事実として、それだけじゃなく……何か型にハメようとしている感がある。演じてるって訳じゃなくて、誰かの真似をしているような……


 子供がいた事ないし保育施設に勤めていた経験もないけど、子供って純粋だから常に何かの影響を受ける生き物って事くらいは知ってる。元いた世界じゃテレビやネット動画、親や友達、周囲の人々……そんなところか。生活の中で触れる誰かしら何かしらの影響を受けて語彙を増やしていくもんだ。


 恐らく彼女も誰かの影響を色濃く受けている。でもこのシレクス家にここまでガラの悪い人間はいないだろう。両親のセバチャスンも、そして恐らく使用人達も上品に振る舞う事が必須とされる家柄だ。こんな荒っぽい話し方をするとはとても思えない。


 一体誰の影響を受けてこうなったんだ……?


「御嬢様。こちらのフージィ様からお話があるとの事です。どうか耳を傾けて下さい」


 こんな酷い空気の中でバトン渡してきやがった! まあでも仕方ない。こっちが頼みに来た訳だから俺が話すのが筋だ。


 一番気をつけなきゃいけないのは、ティシエラに迷惑を掛ける事。御嬢様といっても現時点でシレクス家の代表って訳じゃないし嫌われる程度なら問題ないと思っていたけど……この有無も言わせない言動から察するに、気に入らない相手に対しては家と親の力を使って圧力かけてきそうだ。


 そして勿論、ティシエラのトラウマになるような事態も避けたい。幾ら精神力が強くても子供は子供。同世代に暴言吐かれて傷付かない訳ない。実際、この部屋に入ってからずっと困惑して一切喋ってないし。フレンデリアの作った空気に圧倒されている感じだ。


 まずはこの空気をどうにかしないと。


「お初にお目に掛かりますフレンデリア様。フージィと申します」


 その為には……


「不躾ながら、貴女の性根を叩き直しに来ました。俺達と一緒に外出しましょう」


 間違いなくこれが正解だ。


「……!」


 ティシエラは驚いた様子で口元を手で覆い、セバチャスンは無表情。そしてフレンデリアは――――


「野郎……ッ」


 今にも爆発しそうなほど全身に力が入っている。でもそれは怒りを意味するものじゃない。寧ろ……


「上等だ!! 表に出てやるッ!! セバ!! 外出の準備をすぐに!!」


「承りました」


 喜び。


 紛れもなく歓喜だ。


 最後まで冷静にセバチャスンは頭を垂れ、俺に対してこっそり口の端を吊り上げてみせた。それが当たりを引いた証だ。


 咄嗟に思い出したのは、夫人が最後に言った『ちょっとくらいなら激しめに討論するくらいは許可しましょう』って言葉。要するに売り言葉に買い言葉程度なら多少の暴言は目を瞑るって意思表示だ。


 最初は荒療治もやむなしって親心を見せたんだと思った。でも貴族令嬢のイメージを完全に放棄しているフレンデリアの口調と顔つきを目の当たりにして解釈が変わった。


 この攻撃的なフレンデリアにとことん付き合ってくれって言いたかったんだろう。


 御両親もセバチャスンも手を焼いている一方でフレンデリアを放任している様子が窺える。それもおかしな話だ。ワガママや身勝手は兎も角、家のイメージを失墜させるような荒ぶった言動を放置するのは余りに貴族らしくない。


 って事は、放置せざるを得ない理由がある。そしてそれは、フレンデリアの言動から大体察する事が出来た。



 アホなんだ。この娘。



 貴族令嬢のパブリックイメージ、そして11年後の聡明なフレンデリアのイメージに引っ張られて勝手に『ちゃんと教養はあるのに何か事情があって変な喋り方してる』とか想像しちゃってたけど、多分そうじゃない。


「アタシ様の性根を叩き直すだァ……? やれるもんならやってみやがれ!! カカカカカ!!」


 単にアホなだけだ。粗雑なのも笑い方が悪魔っぽいのも全部、アホだからだ。


 アホだから礼節を学ばせても覚えられない。アホだから理屈を並べて説明しても理解できない。アホだから偉ぶるばかりで自制も出来ない。


 そしてアホだから、周りも既に諦めている。この感じじゃ勉強させようとしても全く集中できないだろう。


 元いた世界みたいにネットがある訳じゃないし、教育機関が充実しているとも思えない。しかもこの家、子供が生まれるのが遅くてフレンデルを跡取りとして養子に迎え入れたくらいだから、待望の第一子だったフレンデリアはそりゃもう相当甘やかされて育っただろう。


 勉強が嫌だと言えば無理はさせず、欲しい物は何でも買い与える。そんな環境で育てば一定の確率でアホに育つのは当然だ。要は金持ちのボンボンなんだし。


 そしてアホだから、どれだけ愛情をもって叱ってもそれが伝わらず癇癪を起こして大暴れ。空前絶後の第二次反抗期ってのは誇張でも何でもなかったんだ。

 

 なら話は早い。


「勿論やってやりますよ。この……ティシエラが!」


「……え゛?」


 アホでしかも反抗期って事は、大人が相手すると何でも反抗しちゃうからな。ソースは以下全部俺。よって子供のティシエラに任せるのが一番だ。


「嘘……でしょ? 私があの子を是正するの……?」


「ああ。ティシエラにしか出来ない事だ。やってくれるな?」


「やる訳ないでしょ!? 貴方もしかして馬鹿なの!?」


 お。珍しいなティシエラの大声。子供時代は感情表現がストレートだったんだな。


「貴族に生まれておきながらあんな下品な喋り方する子をどうやって正せっていうのよ! 無理に決まってるじゃない!」


「大丈夫大丈夫。やれるやれる」


「なら根拠の一つくらい示してみなさいよ! そもそも私はソーサラーとしての実力を知らしめる為に貴方の仕事を手伝うって言ったの! 他人を教育できる立場じゃないしそんな余裕もないのよ!」


 今のティシエラはそうだろうな。でも将来的にお前はこの街の誰よりも教育や育成を大切にする人間になる。そういう素質を持っているんだ。


「……テメェ。さっきから黙って聞いてりゃ随分言いたい放題だな? アタシ様を何だと思ってんだコラ」


「人様に散々迷惑を掛けておきながら脳天気に生きてるガキは黙ってて。私は貴女なんかに何の興味もないの」


「ンだとテメ何処のモンだコラァァァァァァァ!!!」


「この国最強のソーサラーになる女よ。家柄以外に取り柄のないお子ちゃまとは志が違うの。貴女はこの家の中で一生飼われてなさいそれが分相応よ」


 おーおー子供同士バチバチやり合ってんな。


 でも大丈夫。今回の件が終わる頃には少なくともフレンデリアの方は遺恨を残さない筈。だってアホだから。


「確かに、御嬢様にはライバルが必要だったようですな」


 睨み合う子供二人の様子を俺の隣で見ているセバチャスンは、何処か嬉しそうに目を細めていた。


「しかしこれ以上御嬢様の尊厳を傷付けるような思考が見受けられるようであれば鼻から指を突っ込み目玉をブヨブヨ言わせて差し上げますので、程々に」


「……はい」


 でもやっぱりサイコパスだった。





 紆余曲折あったもののパーティメンバーが確定し、フィールドワークへと出発。目的は勿論、この世界が本当の過去なのか疑似的空間なのかを確認する為だ。


 とはいえそんな事を話す訳にはいかない。上手く誤魔化しつつティシエラの魔法を利用させて貰う必要がある。


「ケッ、相変わらず庶民共はしみったれたツラして歩いてやがる。こっちまで気分が滅入って来るじゃねぇか」


「寝ていれば全て与えられる貴女と違って、皆一生懸命今を生きているの。疲れるのは当然でしょう」


「何だとコラ! アタシ様だって貴族令嬢って役割をキッチリ果たしてんだよ! テメェらみてーな胡散臭い連中にもちゃんと対応しただろーが!」


「対応? 威圧と脅迫って言うのよあれは」


「さっきから調子コイてんなテメェこのクソガキ! なんつー生意気な奴だよ! こんな口悪い奴生まれて初めて会ったわクソボケ!」

 

「その言葉、そっくりそのまま返すわ。下品さも添えて」


 移動中も二人の口喧嘩は一向に収まらない。最初は流石にやかましかったけど、慣れて来たらほのぼのしてきたな。子供同士だけあって内容も微笑ましいし。


「ところでフージィ様」


 子供二人がずっと言い合っている為、必然的に俺は若きセバチャスンの話し相手になってしまう。正直好ましくないマッチアップだ。


「先程、住民からの信頼を得たいと話しておりましたが。一体何の為に得たいのですか?」


 ほらーやっぱり探ってきた! 隙あらば俺を殺せる理由を見つけようとしてそうで怖いんだって……


 どうしよう。嘘だと簡単に見抜かれそうだし。ここは真実だけで煙に巻くしかないか。


「定住を予定しています。城下町に拠点を作って、ここで仕事をしていければなと」


「ほう。ならば是非具体的なプランを御教示頂きたい。シレクス家として力になれるやもしれませぬ故」


 嘘つけ! ボロが出るのを待ってるだけだろ!


 でも実際、11年後にはちゃっかりシレクス家の世話になってるからなあ。案外ここでの出会いが起点になってたりして……



 ……あれ?



 ちょっと待て。なんか変だな。


 もしこれが本当に過去なら、俺は11年前にセバチャスンとかなり話し込んだ事になる。


 でも……11年後のセバチャスンは俺の事を覚えてるような素振りを一切見せなかった。


 中身が入れ替わったフレンデリアや、数分間のやり取りしかなかったその御両親が覚えていないのはわかる。でも一緒に外出までしたセバチャスンが俺の事を綺麗サッパリ忘れるものだろうか……?


 俺の事を覚えていて敢えてスルーしていたんだろうか? それともやっぱりここは過去じゃなく過去っぽく作られた亜空間なんだろうか……


「大体貴女、どうしてそんな喋り方なの? 誰から教わったの? そこの執事?」


「違ぇーよボケ! 別にアタシ様は誰の影響も受けてなんてねーよ!」


「影響? 私はそんな事一言も言ってないけど?」


「……あ」


 やっぱりアホな(元)フレンデリアさん。このまま会話させとけば次々とボロを出してくれそうだ。


 でも余り時間をかける訳にもいかないか。そろそろシキさんが宿に戻ってるかもしれないし――――


「……ん?」


 なんか……前方の方にスゲー目立ってる奴がいる。


 凄い筋肉だ。この街には肉体自慢の連中が山ほどいるけど、その中にあってもあの肉体美は一際輝いて見える。腕も腹筋も単に太いだけじゃなく引き締まった上でボコボコに隆起してる。彫刻刀で彫った芸術品みてーだ。


 にしても昼間っから筋肉の露出が激し過ぎる。半裸……いや寧ろ全裸に近いくらいだ。つーかあの格好、まるでビキニアーマーじゃねーか。


 あれ? ビキニアーマーって事は、もしかして女性――――

  


「おや。そこにいるのはシレクス家の御嬢様じゃないかい?」



 というか女帝だった。 






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