第444話 諦観の念

 後攻超有利ってのはあくまでもフィクションにおけるお約束であって、実際には別に先攻が不利になるような勝負じゃない。少なくとも先攻を欲しがる必要は何処にもない筈だ。


 なのに何故、当事者でもないメリンヌがそんな事を言い出した……?


「メリンヌ! 私は――――」


「エヴァンナは大人でティシエラは子供。大人が子供に見本を示すのは当然の事だろう? 指導者の立場なら尚更だよ」


「……っ」


 しかもエヴァンナ本人は全く望んでいない。表情からは寧ろ嫌がっているようにさえ見える。彼女のティシエラに対する執着も不可解だけど、このメリンヌの介入は更に意味不明だ。


「私は後攻で構わないけど」


「決まりだね」


 まあ勝負するのはティシエラだ。その本人が承諾した以上、俺が口を挟むべきじゃない。


「では皆さん、速やかにエヴァンナから離れて貰おう。魔法は集中力が大事なのでね。周りに人がいたら気が散ってしまう」


 対照的にメリンヌの方は場を仕切り始めた。単に出しゃばりなのかもしれないけど……少々強引過ぎやしないか? 何か特別な意図があるのかもしれない。


「チッ、まるで邪魔者扱いじゃねぇか。立会人を何だと思ってやがる」


「まあまあ。そう怒らないで下さいよフレンデリア御嬢様。ティシエラにも同条件でやらせますから」


「しゃーねーな……どれくらい離れりゃ良いんだよ」


「それはもう、声が聞こえないくらいに。音も集中力を乱す原因になりますから。特に身内の会話は気になって仕方がないものですので」


 引っかかる物言いだ。これから会話をするのが前提になっている。俺らがヤジで妨害するとでも言わんばかりだ。


 そもそも、その程度の事で魔法に支障が出るようじゃ話にならない。戦場じゃ話どころか怒号や騒音ですら聞こえて当たり前。閑静な場所で魔法を使う事の方が稀だろう。


 確信した。こりゃやっぱり裏があるな。


「わかった。みんな、取り敢えず離れよう」


「そうですな。立ち位置さえ同じであれば成立する勝負ですし、不正をチェックする必要もないでしょう」


 セバチャスンも俺と同意見らしい。わざわざ目配せまでしてきた。


 フィールド側に余り出過ぎると聖噴水の効果範囲外になってしまう。城壁に沿ってエヴァンナから離れるのが望ましいだろう。


 ……大分離れたな。20mくらいか? この距離なら余程大声で喋らない限りエヴァンナには聞こえない筈。


「これくらいで良いのかな」


「十分だよ。御協力に感謝する」


 うわビックリした! なんか急に知らん人が出て来た!


 ……まあ状況的にメリンヌなんだろうな。無色化の魔法を解除したんだろう。


 ショートの髪は薄紫色で染めているのか地毛なのかわからないけど光沢が眩しく、めっちゃシャギー入れてる。切れ長の目にもアイシャドーっぽく紫が入ってる。爪も唇もブルー系でシャツもスキニーパンツもネイビーと完全に寒色系で統一してある。長身で手足も長く身体のラインがスリムだからモデルみたいだ。


 ただ、それより目立つのはピアス。何だあれ……耳全体にシルバーの蛇が纏わり付いてるデザインなんですけど。メッチャ怖いんですけど! こんなピアスする人って絶対舌ピアスやへそピアスもしてるよな……スプリットタンだったらどうしよう。


 ハスキーな声と口調から何となくボーイッシュな感じをイメージしてたんだけど、そんな次元じゃない。完全にパンクファッションだ。正直こういうタイプの女性には勝手に威圧されている感を抱いてしまうんで胸の動悸が止まらない。でも初めて遭遇するタイプだから若干興奮もしてます。


「改めて自己紹介させて貰うよ。ソーサラーギルド所属のメリンヌだ。どうぞ宜しく」


「あ、はい。俺はフージィ。他は紹介不要ですね」


「有名人ばかりだからね。それとフージィ、私には砕けた口調で構わないよ。キミはティシエラに随分良くしてくれていたしね」


 ……まさか透明化してティシエラを監視してたのか?


「察しの通りさこの半眼男爵! 私は姿を消して街の中を観察するのが趣味でね! 特に子供の観察に目がないのさ! 大人と違って予測できない行動をとるからね! モンスターなんて狩るよりずっと有意義な人生を送れるってもんさ!」


 また変態ですか? 変態ですね? いつも通りのやつですね?


 いやわかるよ。戦闘の天才が集う街なんだから、変わり者が多いのはわかる。天才と変態は紙一重って言うし。にしたってさぁ……


「ま、私の事はこの際どうでも良いんだ。それよりもティシエラ、済まなかったね。突然の事で驚いただろう?」


「……」


 さっきから殆ど言葉を発していないから不思議に思っていたけど、ティシエラはメリンヌを凝視しながら驚愕の表情で固まっていた。


 このリアクションから察するに……


「まさか初めてティシエラに姿を見せたとか……?」


「実はその通りなのさ。ギルドでは基本無色化しているからね。私が姿を見せていると萎縮する子が多いんだ。こんなにフレンドリーな私に何を怯える必要があるのだろう」

 

 やれやれ顔でそんな事言われてもね……多分外見以外にも理由があると思うんですよ。


「中々イカす格好じゃねぇか。アタシ様もあの色に髪染めっかな」


「御嬢様ならばきっとお似合いでしょう。シレクス家から勘当されて一人でこの世知辛い世の中を渡り歩く覚悟がおありならば、明日にでも用意させましょう」


 ……もしかしてセバチャスン、フレンデリアをシレクス家から追い出したいんだろうか?


「まあいいや。それで、わざわざ俺達に姿を晒してまで何を話す気だ? そもそも話なんかする前に向こうの試技が終わりそうだけど」


「このあわてんぼう男子め! 心配無用だ、エヴァンナならもう暫く時間が掛かる」


 え? いや魔法を一発撃つなんてすぐにでも……あれ本当だ。まだ構えてすらいない。どういう事だ?


「彼女は少々慎重なところがあってね。精神集中に時間を費やすタイプなのさ」


 まあ、そういう性格の人間は少なくないとは思うけど、そういうのって大抵……


「俗に言うビビリってやつだね」


「いや最初に言葉を慎んだ意味!」


 けど実際そうなんだろう。的に当てるとかなら兎も角、飛距離を競うだけなんだから別にプレッシャーなんて感じる必要はない。普通に撃てば良いだけだ。それが出来ないなんて小心者以外の何者でもない。


 って事は、これまでの攻撃的な言動は全て虚勢か……弱い犬ほどよく吠えるとはよく言ったもんだ。


「さて。ここからは大人の会話をさせて貰うよ」


 だとすれば、先攻を選んだ理由も、これから話す内容も容易に想像できる。


 恐らく――――


「ティシエラに負けて貰いたいんだ」


「やっぱりか」


 要は八百長を持ちかけたかった訳だ。しかも子供相手に。


「おい。テメェ本気で言ってんのか? アタシ様はシレクス家を代表して立会人になってんだぞ? シレクス家の名を土足で踏み躙ろうってんのか?」


 当然フレンデリアは納得できない。真剣勝負が見たくて立会人になると宣言したのにヤラセに加担するなんて到底受け入れられないだろう。


「勿論、シレクス家の看板に泥を塗るつもりはありませんよ。私はこう見えて日和見主義でしてね。事を荒立てるのも無駄に敵を作るのも主義に反しますので」


 パンクファッションの人からそんな言葉が出ても説得力皆無だな……到底本心とは思えない。


 ただ、ティシエラに負けて欲しいってのは本当なんだろう。理由もなんとなく想像付くし。


「ギルドの秩序を守る為、ですか?」


「この勘のいい嫌なガキめ! だがその通りさ。ソーサラー七賢人の一角を担うエヴァンナがだね、まだ子供のティシエラに負けるとなるとギルド内の力関係がメチャクチャになってしまう。きっとグチャグチャのドロドロになってしまうだろうね!」


 ソーサラー七賢人とやらがどの程度のモンか知らんけど、言っている内容はマジだ。大人が子供に負けるってのは、それくらい『恥』と見なされる。これはどの世界でも変わらない。


 ティシエラがやろうとしているのは、ある意味ではかなり残酷な事なんだ。


「……」


 恐らく本人もそれをわかっている。あの気の強いティシエラがさっきから言葉を発しないのも、何処か所在なさげなのも少なからず罪悪感を抱いているからに違いない。


「先程も言った通り、先日エヴァンナは演習中に完敗を喫しているのだよ。あの時は『本気じゃなかった』と、まあ言い訳の常套句でその場を凌いだけれども……今回は自分で挑んだリベンジだ。言い逃れは出来ない」


「まあ勝負の内容が何であれ、負ければプライドはズタズタでしょうね。結果が周りに知られる事になればギルド内での立場は当然――――」


「悲惨なものになるでしょうな。恐らくは引退に追い込まれるでしょう。その後の人生は……御本人次第でしょうが」


 セバチャスンも含めた大人組の意見は何処までも悲観的でシビアだ。彼女がエリートでギルド内での立場が強ければ強いほど恥の度合いも増してしまう。エリートでも実力者でもない俺には縁のない感覚だけど。そもそも警備員に天才少年とか少女はいないからね。探偵ならいるかもしれんけど。


「ティシエラ。キミが純粋な心で自分の実力を誇示しようとしているのは知っているよ。それは当然の権利で誰に非難できる事でもないだろうさ。けれど結果として、一人の人生を終わらせる事になりかねない。ギルドを崩壊させかねない」


「……」


「それでもキミは勝ちにいくかい? 何のリスクも背負わずに」


 子供なら大人に負けて当たり前。大人相手にリベンジを挑まれ、それに敗北する事で失うものなど何もない。


 だからこそ丸く収めるべきだ。メリンヌはそう言っている。


 成程、確かに日和見主義者の意見だ。ただし自分じゃなくギルドにとって都合の良い意見だけど。恐らくはギルマスの意向なんだろう。



 けれど――――それは間違いだ。



「リスクなら背負っています」


 ティシエラは真っ直ぐな目でメリンヌを見ている。一切逸らそうともしない。


「私はもう、貴女を含めた大半のギルド員に生意気だと思われているのでしょう? 私が負ければその意見はより強固になって、ギルド内には私の居場所がなくなります。誰も生意気なだけの子供の言う事なんて耳を傾けてはくれない」


 相変わらず子供とは思えない言動。でも声は震え、唇も小刻みに揺れている。


 大人に歯向かっているんだ。今のティシエラにとってはその時点で極度のハイリスクに決まってる。


「私がソーサラーギルドで認められるには、他に道はない。違いますか?」


「……参ったね。どう反論しても悪者になりそうな流れだ。ねえ、そこの傍観野郎」


「誰が傍観野郎ですか」


「彼女を説得してくれないかな? キミなら出来ると私は睨んでいるんだ」


 は? 何で俺が……


「キミがこの中で一番、ティシエラを大切にしているからさ。理由は全然わからないけどね。まあ仮にロリコンでも構わないし」


「てめェロリコンだったのかよ! まさかアタシ様の身体が目当てだったってのか!?」


「御嬢様、ご安心下さい。世のロリコン共は御嬢様のような口調の者を好みません。構想外でございます」


 どいつもこいつも何て言い草だ……


 つーか何気にフレンデリアの口調を放置されている理由が判明したな。アレか、一人暮らしの女性が男物のパンツを干してるのと同じ事か。この例えもどうかと思うけど。


 何にせよ――――メリンヌのさっきの言葉、後半は酷い内容だけど前半は合ってる。それに彼女の警告は一理あるんだ。


 ティシエラがこの勝負に勝つ事で生じるリスクは、ティシエラ自身にも当然降りかかる。ギルドに混乱を巻き起こせばその元凶となるティシエラも当然肩身は狭くなるし、大人達により一層煙たがられるのは明白だ。


 でも、そんな事はティシエラも重々承知しているだろう。焦ってるのはてっきりエヴァンナのヤバさに怯えているからだと思っていたけど……他に理由があるのか?


「ねえ……フージィ。貴方も私が負ける方が良いと思っているの?」


 大人に対する失望、不満、怒り、そして……微かな期待。そういう感情を含んでいるかのような上目遣いだ。


 ティシエラとの会話ではよく言葉遊びをしてきたけど、今必要なのは多分、心地良さや心強さを提供する事じゃない。


 今の彼女を知る事だ。


「ティシエラの目的と、理由次第かな」


「……理由?」


「実力通りに扱って貰いたいと、そう願う理由。自己顕示欲や実力至上主義の押し売りじゃないんだろ?」


 

『私がソーサラーギルドで認められるには、他に道はない』



 さっきのこの言葉がやけに引っかかっていた。


 普通に考えれば道はあるんだ。子供時代に子供扱いされても何も問題はない。そりゃ不満はあるだろうけど、少し我慢しておけばそう遠くない将来実力に見合った評価は得られる。10代後半……いや10代半ばなら十分周囲の見る目も変わるだろう。


 子供扱いされるのは子供だからじゃない。子供の見た目だからだ。成長して大人と大差ない身体になれば、それだけで子供扱いは自然と減る。単純だけどそんなもんだ。


 なのに、まるで未来を極限まで狭められているような物言いだった。『数年待つだけ』という選択肢が何故奪われている? 理由は一体なんだ?


「言い難い事なら言わなくても良いけど……」


「そこまで大袈裟な話じゃないわ」


 そう前置きしつつも、ティシエラの顔は何処か深刻で――――



「私の母がギルドに属さない魔法使いだった、というだけ」


 

 10歳にして、諦観の念すら感じさせた。






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