第273話 悪魔の証明よりも悪魔の証明
ヴァルキルムル鉱山内の坑道はそれほど複雑に枝分かれしている訳じゃないけど、一本道でもない。フラワリルの採取場へ至るまでにも、確か三回くらい分かれ道があった。
それに、地震があった直後はループ現象にも遭遇したんだよな。あれは俺をターゲットにしている『声だけの存在』の仕業だろうから、今回は多分大丈夫だと思うけど……
「ティシエラ、奧に進む前にちょっと良いか?」
それでも一応、話しておこう。万が一同じ事態が起こった時、予備知識があるのとないのとでは全然違うからな。
「何?」
「実は俺――――」
説明中……説明中……説明中……終わり。
「……奇妙極まりない現象ね。少なくとも魔法の類ではないわ。一種の連続性空間転移……若しくは空間の一部のみを結合? いずれにしても、超常的な力が働いたのは間違いなさそうね」
ティシエラは俺の話を全く疑いもせず考察に入っている。まあ、逆の立場だったら俺もこの状況で嘘を言われるとは微塵も思わないだろうけど。
「呪いの、類、でしょうか」
「かも。隊長って、如何にも呪われそうな生き方してるし」
シキさん? 最近俺への遠慮のなさが大分親しい相手へのそれになってません? そこんトコどうなの……と視線で訴えてみる。
「?」
まあ通じんわな。すみません、ちょっと目と目で通じ合う仲に憧れた事がありまして。そういう幻想はもう忘れます。
「一応予兆はあって、その声だけの奴が何かしてくる時には先に声で脅してくるんだ」
「なら、予兆があったら知らせて」
「了解」
話が纏まったところで、取り敢えず全員でフラワリルの採取場まで向かう事にした。その近くにコーシュが刺された犯行現場もあるからな。
メキト達が揃ってこの鉱山にいる理由は不明だけど、もしかしたら証拠隠滅が必要で、それに手間取っている……って可能性もなくはない。例えば凶器を紛失して見つけられないでいる、とか。まあ現実的ではないけどね。
「ふー……」
最後尾のディノーが深く息を吐く。なんとなく張り詰めたものが感じられた。
「緊張してんの?」
「そうだな……もし戦いになったらと思うと、少しね」
この中で唯一、メキトたち冒険者の事を知っているディノーにとって、平常心で臨むのはやっぱり難しいか。俺も王城でアイザックと相見えた時には複雑な心境だった。
「元冒険者の貴方に聞いておきたいんだけど。この先、二手に分かれても良いと思う?」
ティシエラが聞いているのは、戦力を分散させても問題がない力関係かどうか、って事だろう。
全員がレベル50以上の冒険者なんだから、当然かなりの強敵――――とはいえ、こっちは60台のディノー、それ以上に強いオネットさん、どんな敵でも器用に立ち回れるシキさん、そして最強ソーサラーのティシエラという盤石のパーティ。多少の数的不利でも十分戦えるんじゃないか、ってのがティシエラの見解だ。
……でも、なんで二手に分かれる事を想定する必要があるんだ? わざわざ戦力を分散させてまで……
「やむを得ないケースならともかく、率先して戦力を分けるのはあまりオススメ出来ないな。全員実力者だし、特にメキトは急激な成長を遂げている。下手したら既に俺を超えているかもしれない」
「そう。だったら逃走防止は考えない方が無難ね」
あ、そうか。逃走を妨げる為に一人若しくは二人、出入り口に直結する通路に配置する案を検討していたんだな。実際、俺も今まで何度か敵を取り逃がしてるからな……怪盗メアロとかシャルフとか。
「もし逃げられそうになったら、俺がポイポイを召喚して追いかけるよ。誰か一人、一緒に乗って追跡すれば十分対処できるんじゃないか?」
「そうね。その時は私が……」
「一番体重が軽い人が乗るべきなんじゃない?」
――――時が止まった。
シキさん、まさかの爆弾発言! 言葉を遮られたティシエラは勿論、あのオネットさんすら固まっているっ……!
いやね、ポイポイの負担を考えたらそりゃ正論かもしれないけどさ、それ言う? あたかも『オメー重いから!』って煽ってるみたいじゃん。いやティシエラ全然軽そうな見た目だけど!
「……シキさん、だったかしら。それはつまり、私より貴女の方が軽いと言いたいの?」
「そういう訳じゃないけど。動物型の精霊に乗って追跡するのなら軽いに越した事ないし、最良の判断をすべきってだけ。ここまで来て取り逃がすのは馬鹿げてるから」
発言自体は何一つ間違っていない。ティシエラも今回の大捕物についてはかなり慎重を期してるし、その方針に沿った提案でもある。戦略としては妥当だ。
でも……体重なんていう女性にとってセンシティブな話題をここで出せば、空気がヒリつくのも間違いない訳で……ケンカ売ってると取られても仕方ない発言だ。
「私の意見が間違っているのなら、そう言ってくれて良いけど」
「いえ。貴女はここにいる誰より私の考えに近いと思うわ」
ティシエラはそう答えつつも、視線は俺の方に向いていた。なんか睨んでるよな……間違いなく。貴方どういう教育してるの、よくも私に恥を掻かせてくれたわね、みたいな批難を感じる。目と目で通じ合った結果がこれかよ。
「でも一応、私はソーサラーだから筋力は相当控えめだし、軽量な方だと思うわよ?」
「私は役割上、実戦での回避行動が必須だから、日頃から絞ってる」
「ええ、かなりの細身ね。でも身長は私より高いんじゃない?」
「その分、着ている物は軽い」
「……」
「……」
えぇぇ……何これ。何が始まったの? 実録・敵地に攻め込んで体重で張り合う女たち? 俺達は何を見せられているんだ?
この世界、一応アナログの体重計は存在しているらしいけど、この街の市場には全く出回っていない。体重を量るという行為自体、あまり重視されていないらしい。ま、メタボ体型の住民とか全然見ないし、体重を正確に把握する理由もあんまりないんだろう。
だから、自分の体重がどれくらいなのかは二人とも知らないんじゃないだろうか。いや……知っていても俺やディノーがいるこの場で申告はしないか。そもそも自己申告でしかないなら、先に言ったモン負けになるだけだし。
「……貴女と本格的に話をしたのはこれが初めてだけど、中々良い性格してるわね」
「ソーサラーギルドの代表だけあって、そっちも中々のタマなんじゃない?」
「あら。そう? 光栄ね」
「……」
どうしよう。これ仲間割れなん? 女性のギスり方って男と全然違うからわっかんねーよー……
「ギルドマスター!」
お、流石にオネットさんもこの状況は看過できんか。止めてくれるのならありがたい――――
「私、のけ者にされてますけど、もしかしてデブって、思われてます?」
「……いや、剣持ってるからでしょ」
剣士だから筋力をかなり付けている、ってのもあるけど、装備品がティシエラ達より遥かに重い時点でオネットさんとディノーは最軽量の候補からは外れる。それは俺でもわかる。
ただ、普段の二人ならオネットさんを蚊帳の外にはしないよな。明らかに余裕がない。ディノーみたく緊張してるからなのか、それとも……
「おい」
ディノーが小声で俺を小突いてくる。ティシエラを連れてきたのはお前なんだから、責任取って何とかしろと?
うん! 無理!
そりゃ一応警備員だから、警備中に近くで揉め事があって仲裁した経験は一度や二度じゃないよ? でもそれは肩がぶつかっただの、向こうが先にガン飛ばして来ただの、言葉遣いが気に入らなかっただの、殆どは下らない理由。体重で揉めている女子の仲裁なんて一度も経験してねーよ。つーか今後も二度とないだろうよ! そんなのどうやって止めりゃいいんだよ! わかんねーってこんなの!
正直、この二人の仲について全く懸念していなかった訳じゃない。ティシエラもシキさんも、根は優しくて俺よりもずっと人格者なんだけど、そこそこクセも強いタイプ。相性が悪い可能性もなきにしもあらず……くらいの心配はしていた。でもこんな形で現実化するとは思ってなかった。
「……二人で話していても埒が明かないわね。多数決を取りましょう」
「良いよそれで」
「へ?」
何この飛び火。火の粉が鳳凰になって飛んできてるんですけど。焼死確実じゃないですか。
「私が軽いと思う人は挙手を――――」
「ちょちょちょちょっ! これから共闘しようってパーティをどんだけ無残に引き裂こうとしてんだよ!」
結局、俺が火中の栗を拾う覚悟でツッコむしかなかった。つーか悪魔の証明よりも悪魔の証明だろこんなの。
「そこまで厳密に決めなくても良いだろ? ティシエラもシキさんもポイポイに乗った事あるけど、どっちも問題なかったじゃん」
「……そうね。ムキになり過ぎたわ」
「私も。変な事を言い出してごめんなさい」
「いえ、こちらこそ。オネットさんにも失礼だったわね。正式に謝罪するわ」
「ごめんオネット」
「いえいえ。気にして、ませんので」
おお……なんという急転直下。俺のツッコミが平和を生んだのか? なんかちょっと誇らしい気分だ。
「正式な体重については、街に帰ってから確認するとして」
「もし逃走されたら誰と追跡するかは隊長が決めて」
……全然平和的解決じゃなかった。ただ確執を薄く伸ばしただけじゃねーか。
つーか君達、相性悪いと思ってたけど案外良くない? 何なんその阿吽の呼吸。
「なんか知らねぇが、もっと仲良くした方が良いんじゃないのか?」
「ですよね。これから強敵と戦おうってパーティが出端でこれじゃ……」
……ん? 今の男声、ディノーのじゃなかったよな。
え? 誰?
「強敵ってのは、オレ達の事か?」
「ウーズヴェルト!」
なっ……いつの間に接近してたんだ!?
……って、シキさんとティシエラのバチバチの間に決まってるか。しまった、そっちに気を取られ過ぎて周囲への警戒を怠ってた。でも仕方なくない? あんなん見せられてる最中に他にも注意を払うとか神でも無理だろ。
「ディノー。それにソーサラーギルドのトップもいるな。そんな仰々しいパーティを組んで、何しに来た?」
俺達の前に現われたのは、どうやらウーズヴェルト一人だけらしい。俺達の気配を察知して様子を見に来たのか?
「当然、貴方達に会いによ。自分達が置かれている立場を理解しているの?」
「そりゃな。ああ……そっちの奴らも見覚えあると思ったら、コーシュが刺された時にいた連中か」
「ウーズヴェルト。あの時、お前達は我々を犯人扱いしていた。あれは本心だったのか?」
ディノーが数歩前に出て、不敵に笑っているウーズヴェルトを問い詰める。
それにしてもデカい。ディノーも比較的高身長だけど、そのディノーの顔が奴の胸板の位置だ。間違いなく2m以上はあるだろう。あと顔がゴツいから余計デカく見える。レベルではディノーの方が上だけど、パワーでは向こうが上だろうな。
「まさか。そりゃこの見た目だ、脳筋扱いされても仕方ないが、犯行自体見ていないあの状況で犯人を特定できるものか。誰であってもな」
……お? 予想外の返答。てっきり聞く耳持たない姿勢で来るとばかり思ってたけど……
「なあ、ディノー。あの時オレがどう思ってたか、教えてやろうか?」
巨体が一歩、前進する。それだけで圧が一気に高まった。
「ザマァみろ、だ」
――――地面が揺れる。
な、なんだ? 地震か? 少なくともウーズヴェルトは何もしていない。一歩前に進んだだけ……
「今のは【地響】っていう奴の完全固有スキルだ。発動させると、足の裏が触れただけで地面が悲鳴を上げて、今みたいに揺れる」
ディノー解説員の説明はなんとなく理解できたけど……それって天変地異レベルのスキルなんじゃないのか? 地団駄踏んだらとんでもない事になるんじゃ……
「大丈夫、地震レベルの震動は起こせない。局地的に地鳴りに近い現象を起こす程度だ」
「それでも十分厄介なんだけど」
「ああ。こんなに戦い難い相手はそういない」
そりゃそうだ。スキルを発動しながら走ったら、常に周囲は地面が揺れた状態な訳だからな。とても戦いに集中できない。ウーズヴェルト自身も揺れを感じるだろうけど、当然慣れてるだろうから集中力は維持できるだろう。
「ウーズヴェルト! さっきの言葉の真意はなんだ!? 俺達が犯人じゃないとわかっていながら、何故犯人扱いしようとした!?」
「うるせぇ!! 知るか!! もうどうでも良いんだよ!! 何もかも!! もう終わりなんだよ!!」
急にキレ出した……結局脳筋なんじゃん。一瞬知的っぽい雰囲気出したの何だったんだよ。
俺達に罪を擦り付けて身を隠し、世論もそっちに傾くのを待ってたけど、その前に俺達に見つかってヤケになってるのか?
でも、それだけとは思えない。少し揺さぶってみるか。
「なあ。あんた、刺されたコーシュの恋人だったんだろ? 見舞いにも行ってないみたいだけど、もう破局したのか?」
「……ッ」
シキさんに比べれば爆弾発言でも何でもないけど、一応ウーズヴェルトが顔色を変えるくらいの反応はあった。ディノーはその数倍驚いた顔してるけど、もしかして奴の性的指向を知らなかったのか。
「ンフフ……フフフフ……フハハハハハハハハハハハハハ!!!」
逆鱗に触れたのか、トチ狂ったように笑い出した。
もし俺が健全な異世界生活を営んでいたら、相当な恐怖を覚えていただろう。でもヒーラーと何度も渡り合って狂人耐性が出来たおかげで全く怖くない。
「そうだよもう終わったんだよ何もかも! ザマァみろって思ったのはオマエらにじゃない! 刺されたコーシュにだ! 最低の裏切りをやりやがった天罰が下ったんだ!! 刺してくれたアイツには感謝しかねぇよ!!」
その咆哮の瞬間、俺とティシエラは顔を見合わせ頷き合う。間違いない。この男は犯人じゃないけど……犯人を知っている。そして犯人の思惑に従って、俺達のギルドに罪を擦り付けようとしたんだ。
だとしたら、奴がここにいるのは――――
「貴様らはここで寝てろ!」
真相が見えてきたその瞬間、ウーズヴェルトの拳がディノーの顔面に向かって放たれた。
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