第274話 3戦3敗3消滅

 パワータイプの格闘家が鈍いっていうのは偏見で、例えばパンチ力とハンドスピードは決して反比例するものじゃない。


 ――――なんて、格闘技素人の俺が言ったところで説得力はないんだけど、少なくとも目の前で起こった一瞬の攻防には十分過ぎる信憑性があった。


「ぐっ……!」


 不意を突かれた事もあって、ディノーは凄まじいスピードで繰り出されたウーズヴェルトの強烈な一撃を回避する事が出来ず、両腕でガードするのが精一杯だった。


「……つっ」


 後方に吹き飛んだディノーの表情が明らかに苦痛に歪んでいる。顔にダメージはないみたいから、ガード自体は間に合った筈だけど……


「折れたな。このオレの拳をその貧弱な腕で防ぎきれると思うな」


 げ……マジかよ。幾らモンスターと戦う時みたいな重装備じゃないとはいえ、一応革製のガントレットは装着してるんだぞ? その防具の上から素手で砕けるのか……?


 いや、良く見るとあの野郎、両拳にナックルダスターをはめてやがる! 尖ってこそいないけど、かなりゴツい。あんなのまともに食らったら幾らディノーでもただじゃ済まない――――


「冒険者を辞めたからって、随分と嘗めてくれるじゃないか。そう簡単に折らせるものかよ」


 おおっ、両腕を交互に掌で叩いて無事アピール。意外と気が強いなディノー。これまでは微妙に噛ませ犬っぽいところもあったけど、ようやく本領発揮か!


「……」


 あ、違うなこれ。ただのやせ我慢だ。脂汗ドロドロじゃん……ヒビくらいは入ってるのかも。


「……どういう事だウーズヴェルト。モンスターでもない俺に突然殴りかかってくるなんて……お前は好戦的な性格ではあったけど、ここまで野蛮じゃなかった筈だ」


「お前らが悪いだろ?」


「……?」


「先に仲間を刺したのはお前らだ。なのに俺達にその罪を擦り付けようとここまで来たんだろ? 攻め込まれたら反撃するなんて当然の反応だろうが」


「バカな! お前だって、犯人は俺達じゃない事を理解していたじゃないか!」


「してるさ。だがディノー、真実なんてどうでも良いって思う事くらいあるだろ?」


「何を……」


「真実がなんであれ、オレはオレの見たいものを見る。だからお前らがコーシュを刺したんだよ」


 左右のナックルをガチンと合わせて白い歯を見せたウーズヴェルトは、決してまともな事を言っている訳じゃない。でも、例えばヒーラー連中のように脳がゲーミングカラーに染まってるような狂気は感じない。


 それは多分、言動の裏にハッキリとした意図が見えるからだ。


 明らかに時間稼ぎをしている。せっかく大ダメージを与えたディノーに対し、まるで追撃する気配がない。狙いは……足止めか。


 メキトとヨナもここにいる筈なのに、どうしてこの男だけが俺達の前に現われたのか不思議だったけど、奥にいる奴等が逃げるか隠れるか、或いは罠を仕掛ける為の時間を捻出する為に単身で迎え撃ちに来たとしたら、筋は通る。


 何にしても、このまま連中の思惑に付き合う訳にはいかない。メキト達を捕り逃がす前に奧へ――――


「真実は……どうでも良い……? そう……かもしれない……」


 おいィィィディノォォォォ! ウーズヴェルトのさっきの言葉が刺さりまくってるやんけ!


 これ絶対『女帝が結婚しているという事実はどうでも良い』って自分に都合良く解釈してるだろ! そんな訳ないからな! 真実はちゃんと受け入れて!


「あー……ティシエラ、プライマルノヴァを頼む」


「あまり意味がないわ。あの大男、発言内容とは裏腹に精神は冷静で、興奮状態には程遠いもの」


「いや、ウーズヴェルトじゃなくてディノーに。あいつこのままだと洗脳されそうだし」


「……」


 ティシエラは俺の言葉を受け、すぐにディノーの表情を確認し、納得と呆れのハーフアンドハーフって顔で精神をリセットする魔術プライマルノヴァを放った。無言で。


 結果――――


「あーぉ」


 ディノーは発情期の猫のような声を発してボーッと天井を見つめるオブジェと化した。いやリセットし過ぎだろ……人の心なくなっとるやんけ。

 

「感受性が強いほど効果が大きくなりがちなのよ。時間が経てば元に戻るけど、この戦いで彼は使い物にならないと思っておいて」


「それ先に言って……」


 ま、両腕を負傷しているディノーを無理に戦わせる訳にはいかないから、これで良かったのかも知れない。このウーズヴェルトって野郎、手負いで勝てるほど甘い相手じゃないだろう。


「良くわからんが、ディノーは戦意喪失か。他の奴等はどうする? 痛い思いをしたくないなら今すぐ尻尾を巻いて引き返すんだな」


 この挑発も、俺達の意識を自分に向ける為か? だとしたら、ますます足止めの様相が濃くなってきた。


 さっきの地響ってスキルも、多人数の足止めにはピッタリだ。あれを発動されると本能的に身体が竦んじまう。下手に背を向けると地響きで硬直させられた挙げ句に後ろから襲われてジ・エンド……そんな恐怖が付きまとう。だから迂闊に動けない。


「私が屠りましょうか」


 ウチの最強戦闘要員、オネットさんが満を持して剣を抜いた。


 彼女なら相手がレベル54でもサクッと片付けてくれそうではあるけど……相性はあんまり良くない気がするんだよな。剣で刺したけど筋肉を収縮させて抜けず、隙を突いて殴られる……みたいな。そういうシーン、ゲームと漫画でいっぱい見た。


 それに、オネットさんはウチの切り札だ。俺達が追い詰めるべき相手はメキトであって、ここで彼女を切るのは惜しい。


 だったら――――


「いや、ここは俺の精霊に食い止めて貰う。オネットさんはティシエラとシキさんを連れて、先に奧へ行ってくれ。シキさんがいれば敵の気配は察知できる。よね?」


「出来るけど……」


 シキさんは露骨に顔を歪めている。頼りない俺にこの場を任せるのは不安なんだろう。


 でも引けない。戦力を分散するリスクはあるけど、今はメキトを取り押さえるのが最優先だ。その為には、俺よりも強くて戦闘経験豊富な彼女達に行って貰う方が良い。


「頼む。ギルドの存続が懸かってるんだ」


 ここで真犯人を逃がしたら、また奴等の所持品を手に入れて女帝に頼みプッフォルンを吹いて貰って、居場所を特定して貰わなくちゃならない。それだけでも数日はかかる。それに、すっ飛んだ所持品が奴等の元に戻る性質上、それが居場所を特定された合図だと連中にバレるのは時間の問題。所持品が飛んできた直後、即座に移動されたら打つ手がない。


 今回がラストチャンス。なら全てにおいて最善を尽くさなきゃな。


「……わかった」


 シキさんは一つ頷き、オネットさんとティシエラに高速で目配せしていた。


「……」


 ティシエラはそれでも納得できていないのか、俺をジト目で睨んでくる。でもそんな顔されたって撤回はしない。ギルド最優先で考えた上での結論なんだから。


「話し合いは終わったか?」


 余裕綽々って顔で、ウーズヴェルトはこっちの作戦会議を傍観していた。まあ、足止めが目的なら勝負を急ぐ必要もないわな。


「ああ。これからお前に会いたがってる精霊を紹介してやるよ」


「……何?」


 さあ、ようやく出番だ。


 お望み通り肉弾戦で戦ってくる敵なんだから、今度こそ結果を出してくれよ。いやマジで。フリやフラグじゃなくて。


「出でよペトロ! 目の前の敵を倒せ!」


「う おおォお おおォおおおォーーーーーーーーッ!!!」

 

 狂乱の雄叫びにその身を焦がし、飢えた悪魔のような目で――――ペトロは出現した。


「うらああああああああああああああッ!!!」


 勝負に、そして勝利に飢えているペトロは召喚と同時にテンションMAX。全身の筋肉を隆起させ、ウーズヴェルトとガッチリ両手を掴み合う。力比べの体勢だ。


 両者一歩も引かない。パワーは……互角!


「むうっ……!」


 でも、明らかにウーズヴェルトはペトロの気迫に呑まれている。今がチャンスだ!


「みんな行って!」


「了解です!」


 オネットさんが最も速く反応し、次いでシキさん、最後にティシエラが駆け出す。一瞬だけ振り向いたティシエラもすぐ向き直って、鉱山の更に奧へと走っていった。


 ……取り敢えず、ここまでは予定通りだ。


「良いガタイしてンなテメェ! だがこのペトロ様にハンパな気合いで勝てると思うなよ!?」


「この……! 精霊如きが調子に乗るなっ!」


「はッはーーーーー!!」


 力が入っているッッッ。力が入っているッッッ。


 お互いが般若のような顔面で歯を食いしばるも、力比べは互角のまま拮抗。両者の腕は大きく震え、足は地面を抉っている。


「つァあああああ!!」


「くわっ!」


 両者が同時に手を離し、弾かれるように一旦後方へと跳んだ。


 仕切り直しか。ここからが本当の勝負だな。いやー、これは見応えあるぞ。なんかもう状況忘れて見入っちまうな。


「精霊。お前……素手か」


「おゥよ。オレはこの拳で今まで何人もの猛者をブッ倒して来たンだ。コイツがオレの勲章さ」


 俺はその勲章とやらが輝いた瞬間を見せて貰った事ないんだけどね。一度たりとも。


「そうか。だったらこんな無粋な物は要らんな」


 ……ナックルを外した?


 意図がわからない。武器を外して強くなるとは思えないし、素手同士の殴り合いだと勝負は長引くばかりだ。既にティシエラ達が奧へ向かっているんだから、もう時間稼ぎをする段階じゃないだろ?


「レベル54冒険者、ウーズヴェルト。これからお前をブチのめす男の名前だ。覚えておきな」


「ヘッ、カッコ付けやがって。オレ様はそこの総長と契約を結ンでる精霊、ペトロッてンだ。一生忘れられねェ名前にしてやンぜ!!」


「上等!」


 お互い歓喜に満ちた声と表情で名乗った直後、ウーズヴェルトがペトロ目掛けて突進を仕掛けた。地響ってスキルは使っていない。武器どころかスキルまで封印……?


「くたばれオラァ!!」


「お前がなああああ!!」


 釈然としない中、駆けながら右拳を振り上げるウーズヴェルトを、ペトロは足を止めたまま迎撃態勢に入っていた。


 お互いの拳が――――お互いの顔面に入る。相打ちだ。


「ハッ! ヌルいぜ!」


「お前の拳がな!」


 それを合図に、二人の殴り合いが始まった。


 体格の差は歴然。ペトロも身長はそこそこあるけど、せいぜいディノーと同じか少し低いくらい。身体の厚みにいたっては倍くらいの差がある。


 それでもペトロは一歩も引かない。一発殴られたら必ず一発以上返す。手数では明らかに上回っている。


 でも……妙だ。ステゴロを望んでいたペトロはともかく、ウーズヴェルトはなんでこんな殴り合いに付き合う? ティシエラ達が駆け出した時も、まるで止めようという素振りすらなかったよな……


「どうした精霊! 鍛え方が足りないんじゃないか!?」


 明らかに生き生きしている。ペトロが素手だとわかった時点でそんな顔をしていた。いや……困惑していたのは最初だけで、力比べの時点でもう表情が変わっていた気がする。


 奴は俺達が犯人じゃないとわかってる。それは間違いない。というか……その事はどうでも良いと言わんばかりだった。


 奴の関心は誰が刺したかよりも、誰が刺されたかに向いている。恋人のコーシュが刺された事を喜んでいたからな。女性との間で二股を掛けられていた事への恨みが晴れたからだろうか。


 え、ちょっと待って。って事は……


「貰ったぁぁぁぁあああアアア!!!」


 お、ペトロ優勢か? ウーズヴェルトがバランスを崩している。それを見逃すペトロじゃない。一気にキメに行くつもりだ。


 ん? なんか涙目になってない?


 早い早い! 男泣きはまだ早いって! 決着つく前にこれまでの敗北の歴史が脳裏に過ぎる演出は逆に負けフラグ……


「アアーーーーッ!?」


 ほらー言わんこっちゃない! 力んで大振りになり過ぎて避けられてんじゃん! 何やってんだよペトロ~!


「ハハーッ!! バカが!!」


「ぐぁっ! がはっ!」


 あーあ反撃を連打で食らっちゃった。こりゃマズい。一気に形勢不利……いつもの負けパターン入っちゃった。


「ぐ……ぁ……」


「なんだそのザマは! もっと来いよ! もっとオレを楽しませろ! もっとだ! もっともっと興奮させろ! それでも男か!? 男なら気合いで反撃して来い!」


 逆転した事でアドレナリン出まくってるのか、ウーズヴェルトの目が血走り、顎が外れそうなほど口を大きく開け叫んでいる。打撃の最中にドラミングまで始めちゃったよ。


 この様子だけ見てるとただの戦闘狂なんだけど、なんか違う。これまでの情報を総合して考えると……アレだ。男と男のぶつかり合いに興奮してるっぽい。


 あのデカブツはどうやら、男以外眼中にない。もしかしたら女性が苦手なのかもしれない。オネットさん達が通り過ぎて行くのをあっさり見逃したのも、ヨナ(とメキト)と行動を共にしていないのも、多分その所為だ。


 謎は全て解けた。でも虚しい。ペトロも負けそうだし。


「ケッ……まだだ……まだやれる……やるぞ……」


「ヤる!? ヤるのか!? ヤるんだな!? 今…! ここで! ああ!! 勝負は今!! ここでキメる!! このオレの滾りを受け止めてみろ!」


 まーた下ネタか。もうウンザリだ。


 なんなんだよこの数日間。ジジイとふしだらな母と脳筋同性愛者の下ネタフルコースとかキツ過ぎんだよ……バリエーションが無駄にPUMP-UPしてるじゃん。


「訳わかんねェ事……言ッてんじャ……ねェ!!」


「ぐはっ!」


 おおっ、ペトロまさかの反撃! アッパー気味に放ったボディがモロに入った!


 よしよしよしよし。このままズルズルやられたらこれまでと同じだ。今回は違うって所を見せてくれ。意地を見せろペトロ!


「ふーッ……ふーッ……ウラァ!」


 今度はロー!


「らァ! てャァ! はァ! ツァーッ!」


 ロー! ロー! またロー! そしてまたロー! 次々に入る!


 パンチに拘ってきた今までとは明らかにパターンを変えてきた。何がなんでも勝たなきゃって強い意志を感じる。


 ただなぁ……不利な状況でローを連打するのって大抵、このままじゃ分が悪いって認めて切り崩しにかかってるようなもので、つまり消極的な攻め。今のペトロの精神状態は――――


「お前、可愛い事するじゃないか」


「~~~~!」


 あ。ローの最中に脚を掴まれた。やっぱ弱気になってるのを見抜かれたか。ローを撃つ時に体重が後ろへ向いてるの、俺にもわかったもんな……


「テメェ! 離しやがれ畜生!」


 マズい。あの態勢だとまともな攻撃が出来ない上、簡単に押し倒されそうだ。ペトロ貞操の危機!


「……そういやアイツも、付き合い始めの頃は可愛いトコあったな。オレを敢えて困らせて、反応を見て楽しむような……フッ。そういう奴だから、二股なんてしやがったんだな」


 なんか急にウーズヴェルトが語り始めたんだけど……何これ。ほぼ勝ち確だし、いっちょ自分語りでも聞かせようって事? どんな種類の自己顕示欲だよ……


「何ワケのわからねェ事言ッてやがンだ! クソッ! 離せッ!」


「別に良かったんだ……他に男がいるのなら、それでも。惚れた弱みって奴でな。けどな……」


 ウーズヴェルトの全身が震え出す。ワナワナと。それはもう、痙攣かってくらい。


「許せねぇ!!! 女と二股だぁ!? このオレを!! あんな脆弱でか細い奴等と……絶対に許せねぇよ!! うわあああああああああ!! あああああああああああああああああああ!!!」


「うわっ!」


 興奮のあまり、ウーズヴェルトは号泣しながら地団駄を踏み始めた。地面が揺れる揺れる。今の圧倒的優位な状態で地響のスキルを使う必要はないだろうに……無意識なのか?


 つーかマズい! このままだと俺の三半規管が死ぬ! 出来ればペトロに最後まで勝負を預けたかったけど……仕方ない。


「出でよモーショボー! 敵に目潰し食らわせろ!」


「うぃーっす」


 精霊は一体しか喚び出せない為、モーショボーを出現させた瞬間、ペトロは消えた。でも錯乱状態のウーズヴェルトはそれに気付いていない。自分のスキルの所為で視界もグラグラの筈。


 一方、空を飛べるモーショボーは地響きの影響を受けない。


「てやっ」


「目が!!」


 ズビシッと擬音が聞こえる勢いでモーショボーの目潰しが決まり、ウーズヴェルトは悶絶して地面をゴロゴロ転がっていた。



 ……勝った。


 でもペトロは負けた。(3戦3敗3消滅)





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る