第275話 ……殺せ

「いぇーい大勝利!」


「お、おう」


 モーショボーとハイタッチを交わし、悶えるのを止め仰向けに倒れたまま顔を手で覆うウーズヴェルトへと近付く。よっぽど目潰しが利いたのか、戦意は完全に喪失していた。


「アンタの負けだ。頭蓋骨をカチ割られたくなかったら、俺の質問に答えて貰う」


 こっちもディノー負傷、ペトロ退場という大きな損失を被ってしまった。せめて勝者の権限はしっかり行使しておかないとな。


「コーシュを刺したのは誰だ?」


「……殺せ」


 おっ、そういうタイプか。これ何気に俺も言ってみたいセリフなんだよな。若干自分に酔ってる感があるのも良いよね。


「もう生きていても仕方ない。耐えられねぇ。なあ、これもう死ねって事だろ? だったら殺せ。殺せよ」


「なんで俺が二股したみたいになってんの……?」


「うっせぇぇなあああ!! オレもう嫌なんだよ何もかもがよお!! なんかもう生きてる気しねぇんだよアイデンティティがねぇんだよ何処にもよお!! 女と二股かけられてたってえ! 時点でえ! オレはもう終わってんだよ!! 死なせてくれよぉ……」


 情緒。情緒が。


 この様子だと、メキトの事を喋ってくれそうにもないな。一応聞いてはみるけど、期待はしない方が良さそうだ。


「なあ。メキトは何処にいる? それだけでも教えてくれないかな」


「メキ……ト……?」


 お、反応した。


「あいつも……可哀想な奴だよ……叶わない恋を諦めきれないでなぁ……」


「はい?」


「……」


 いや、そこまで話して黙るなよ。あれだけ喚いて最後しっとり終わるの何なんだよ。ロック全開なのにラスト1曲だけバラードで締めるタイプのアルバムか。


「おい! メキトについて何でも良いから話してくれって!」


「……」


 ダメだ、ピクリともしない。涙を流したままじっと天井を見上げて横たわっている。その涙は目潰しに対する反応なのか、自分の人生に対する諦観なのか。まあどっちでも良いか。


「はっ。俺は一体……」


 ディノーが目覚めた。このタイミングで我に返ると、なんかウーズヴェルトの霊魂がこっちに移ったみたいでちょっと面白い。


「ウーズヴェルト……まさかトモが倒したのか?」


「いや。倒したのは上に浮かんでる精霊」


「スゴいっしょ? スゴいっしょ? ウチやれば出来る子!」


 元々戦闘には向いてないタイプの精霊だろうから、敵を倒すって経験自体が激レアだったんだろう。モーショボーの浮かれ具合が半端ない。空中で100回転くらいして歓喜を爆発させている。見ていて微笑ましい。


「ああ、凄いな……未だに役立たずな俺とは大違いだ」


 ただ、ヒエヒエな地面組との温度差がちょっと大き過ぎてね。曇り気味なディノーが更に不安定な状態になりそう。


「複雑な気分だよ。冒険者ギルドにいた頃、彼は頼りになる仲間だった。特にパワータイプのモンスターが相手の時は」


「ウーズヴェルトとパーティを組んでたのか?」


「受ける依頼によってはね。世代もレベルも近いし、俺の中では戦友でありライバルの一人だった」


 ……気の所為か、ディノーの喋っている声をウーズヴェルトが聞き耳立てて聞いているような。あと、なんか鼻の穴が微妙に膨らんでないか?


 まさかこいつ……


「え、ディノーってもしかしてアリだったの? いっときゃ良かった! ……とか思ってないよな?」


「……」


 露骨に耳が赤くなってる。図星か。あとピュアだな見かけによらず。


 それがこの男の本質だとしたら、二股は確かに残酷だ。理由は知らないけど女性への苦手意識も見て取れるし、余計辛かっただろう。


 交易祭での恋愛イベントを充実させろとフレンデリアから頼まれて以来、今までの人生で殆どノータッチだった恋だの愛だのに意識を向けてきたつもりだったけど、今初めて本当の意味で人の恋心ってのに触れた気がする。そして同時に、俺には存在しない感情だって思い知らされる。


 俺が初恋だと思っていた遠い昔の記憶は、やっぱり初恋じゃなかった。少なくともあの頃の俺は、ここまで強い想いを抱いてはいなかった。


 だとしたら、やっぱり俺は――――他人を好きになれない、情のない人間だったんだろうな。生前からずっとそう思ってはいたけど、いよいよ実感が湧いて来た。


 生前の俺がモテなかったのは、まあ……外見も内面も全部ひっくるめた人間的な魅力の欠如が原因だったんだろう。そこは認めざるを得ない。


 でも、仮にモテなくても、一人くらい一緒にいても良いって言ってくれる人が何処かにいたかもしれない。だったら、妥協と思われようと何だろうと、そういう人を探すべきだったんだろうか。


 ……無理だな。無駄にプライドが高い俺に、そんな真似は出来っこない。相手に軽んじられている時点で冷めるタイプだ。自分の事は自分が良くわかってる。


 きっと、俺とこのウーズヴェルトは全然違う。こいつは多分、今もコーシュの事を愛しているんだろう。なんとなくそれはわかる。執着が見えるから。


 昔の俺なら、今のこの男の姿を見て『こうはなりたくない』と思っていたに違いない。こうなりたくないから、恋愛から完全撤退したんだ。


 でも今の俺に、そういう感想は湧いてこない。こいつが人として正しい道を進んでいるとまでは思わないけど……少しだけ、羨ましく思う。


「トモ。さっきのはどういう意味……」


「人を好きになるのって簡単じゃないな、って話」


「……? まあ、よくわからないけど言ってる事はその通りだと思う。本当に、簡単じゃないよな。本当に……」


 ディノー……この様子だとまだ女帝を諦めてないな。どうしたもんか。


「そうか。ディノーほどの男でも、簡単じゃない……か」


 そして何故か俺とディノーのやり取りでウーズヴェルトが感銘を受けていた。だったらお返しに何か情報の一つでも話してくれませんかね。


「コーシュを刺した犯人はメキトだ」


「!」


 まさか本当に話してくれるとは。でもこれで犯人は完全に特定できた。結局何の捻りもなく本命がそのまま犯人だったか。


「何処がいいのか知らねぇが、メキトはあのクソ女……ヨナの恋人になりたがっていた。ヨナはレベル至上主義でな。トップクラスのレベルの冒険者としか付き合わないと明言していた。だからメキトの奴は、身を削ってレベリングに励んだんだ」


 ディノーが何度も口にしていた急激なレベルアップの背景には、そんな理由があったのか。それくらい本気だったって事なんだろう。


「あいつは凄ぇ奴だよ。とうとう俺のレベルに肉薄してきやがった。でも結局、ヨナには振り向いて貰えなかったみたいだ。それからだな。メキトが壊れていったのは」


 レベル至上主義のヨナに合わせて、強くなる事で自分の魅力を示した。でも相手にされなかった。


 その理不尽さに怒り、愛が憎悪へと変わった。でもその矛先はヨナ本人じゃなく、彼女の恋人になったばかりのコーシュだった。


 成程、そういう事情だったのか。なんかアレだな。普通の殺人事件みたいな動機だな。逆に違和感が凄い。


「って事は、コーシュを刺したのは計画的犯行か。メキトの発案で間違いないな?」


「ああ。奴の方からオレに持ちかけてきた。具体的にどうこうって話じゃなくて『いつかコーシュを酷い目に遭わせる。その時は僕に話を合わせてくれ』ってな。お前らには悪い事をしたと思ってる」


「ヨナは具体的な計画の内容を知っていたのか?」


「いや。幾らあのクソ女でも、それはねぇと思う」


 恋人が刺されるのを許容していたって事になるからな。明らかに悪女っぽい奴だけど、それは流石にないか。


「……オレが知ってるのはこれくらいだ」


「ありがとう。助かった」


 今の内容をウーズヴェルトに公の場で証言して貰えば、ウチのギルドの汚名は晴らせる。でもそれをすれば、冒険者ギルド内に彼の居場所はなくなるだろう。


 それは、少し気の毒な気がした。


「アンタもさ、あんま思い詰めるなよ。『終わった』なんて言ってる内は、終わりには程遠いんだから」


「……」


 寧ろ、そこからが始まりだ。


 虚無は『終わった』と思った時が入り口。でも、入らないって選択肢も必ずある。俺は見つけられなかったけど。


「ディノー。お前は一足先に戻って治療を受けに病院行け。相当我慢してるだろ?」


「まさか! 俺はまだ戦えるさ。こんな負傷、大した事は――――ひぎっ」


 軽く腕を小突くと、一瞬で石のように固まって汗が大量に噴き出て来た。やっぱり無理してたのか。


「どうしても病院行くのが嫌なら、ここでコイツを見張っててくれ。メキト達と戦闘になった時、乱入されると厄介だし」


「……わかった。その役目、引き受けるよ」


 ここでエゴを出さずに自制できるのがディノーの美点だ。


 今のディノーの心情は察するに余りある。本人も何度となく自虐コメ出してたけど、ウチのギルドに来てから全然活躍してないもんな。仕事も基本、地味だし。フラストレーションは相当溜まってるだろう。


 レベル63なんだから、全人類の中でも最上位の強さの筈。プライドも相応にあるだろう。でもそのプライドを守るより、俺が困らないよう、ギルド内の空気が壊れないようにと気遣ってくれている。


「頼む」


 だから礼も、余計な事も今は言わない。ディノーはいつか必ず、ディノーにしか出来ない大仕事をやってのけるだろうから。それを信じるだけだ。


「それじゃ、俺はシキさん達を追いかけて……」


「待て。さっきの激励の礼に、一つ忠告をくれてやる」


 先を急ごうとモーショボーにポイポイを呼んで貰ったところで、ウーズヴェルトがいやに殊勝な事を言って来た。悲惨な目に遭ってやさぐれているだけで、根は悪い奴じゃないんだろうな。


「女を無闇に信じるな。信じたら負けだ」


「……お、おう」


 過去に何があったんだ、と思わせる悟りを開いたような表情のウーズヴェルトに頭を下げ、ポイポイに前進を命じた。


 ま、仮に何があったとしても、自分の経験と主観を一般論にすり替えている時点で参考にはし辛い。そりゃ、信用に値しない女性はいるだろうけど、それは男も同じだ。そこに性差を見出すのは余りに非合理だろうよ。

 

「そういえばポイポイ、お前には性別ってあんの?」


「ギョギョーッ」


 へー。


 ま、それは置いといて……ティシエラ達、中々見えて来ないな。そんなに戦闘に手間取った訳じゃないし、ポイポイの脚ならそろそろ追い付いても不思議じゃない――――


「……っと。ポイポイ、一旦ストップ」


「ギョイッ」


 行き止まりだ。追い付くより先に、フラワリルの採取場に到着したらしい。


 でもティシエラ達の姿は何処にもない。一旦ここに向かうって話だったんだけど、そのまま事件現場の方に向かったのか。


 それとも、以前の俺みたくループ罠に引っかかったとか?


 ……いや、ないか。あのループ罠は俺だけをターゲットにしていた。俺以外の人間が罠の範囲に入っても発動していなかった筈。少なくとも、あの声だけの奴が俺以外の奴を狙った事はない。考え過ぎだ。


 何にしても、これ以上ここにいても仕方ない。一旦分かれ道まで引き返して――――


「ギョギョッギョ」


「……ん?」


 薄暗い中だからパッと見ではわからなかったけど、目を凝らしてみると……



 フラワリルの鉱石が――――ない。



 変だ。確かに、ここにある岩の中に含まれていた筈だ。濁ったような色のフラワリルの天然石が。数日前に俺達が採取したのはほんの一部だけで、まだ相当な量が残っていたのに……今はもう見当たらない。


 一応、岩自体はまだ残っているからフラワリルの採取場って事はすぐわかったけど、前に俺達が採取を終えた段階とは全く違う光景になっている。


「ギョーン」


「穴? あ、ホントだ」


 端っこの下部に穴が開いてる。しかも結構デカい。光が差し込んで来てる訳でもないから気付かなかった。サンキューポイポイ。危うく見逃す所だ。


 ティシエラ達が掘ってこの奧に向かったのか? それとも最初から開いていたのか?


 わからない。でも、鉱石がなくなっているのはティシエラ達の仕業じゃない筈だから、鉱石を持ち出した奴が穴を開けた可能性の方が高そうだ。まあ、一旦ここに来たティシエラ達が奧から声か何かして、穴開けて確認しに行ったのかもしれないけど。


 何にせよ、確認してみない事には答えは出ない。行ってみるしかないな。 


 ポイポイ……は通れそうにないから、一旦モーショボーと一緒に帰還して貰おう。


「りょ。また呼べー」


 モーショボーは消えるまでずっとポイポイに今日の勝利を自慢していた。しつこい自画自賛はアピールどころか逆効果だと思うんだけど、水を差す気もないし、好きにやらせとこう。


 この短時間で二度も精霊折衝を使った所為で、身体がキツい。今日の為に調達した新装備、ヘラクレスオオこん棒が重く感じる。プレミアムエディションじゃなく普通のにすれば良かった。


 相変わらず薄暗いから、慎重に進まないと……酸欠にも注意しないとな。そもそも、この世界に酸素って元素があるかどうかは一生わからなそうだけど。


 一応、坑道になってるから未踏の地じゃなさそうだ。ただ、進んでも進んでも人の気配はない。


 んー……読み違えたか?


 判断が難しいな。奧へ向かえば向かうほどリスクが高くなるけど、何の判断材料もないのに引き返すのはビビり過ぎって気もする。


 せめて、何か変化があれば――――


「……?」


 なんて思っていた矢先、望み通り変化はあった。


 少しずつ、いや……10歩くらい前から割と露骨に、明度が増している。


 オネットさんが前に言ってた『ファローラ』ってやつの数が増えてるのか? そもそも何なのかすら知らないけど。あの時聞いとけば良かったな。


 数歩歩く毎に、視界がクリアになっていくのをハッキリと感じ取れる。さっきまで見えなかった前方の坑がしっかりと見えるようになって来た。


 お……? 急に天井が高くなった。拓けた場所に出たのか。


 よし。ここに何もなかったら引き返すか。


「ギギ」


 ……ギギ?


 なんだ今の音。オネットさんの剣を抜く音……じゃねーよな。


 前方を見渡してみても、何も見当たらない。生憎、気配察知なんてスキルないから目に頼るしかないんだけど……うん、見えない。


「ギギギ……」


 いや、見えないんだってば。見えないの。俺は何も見ていない。ここには誰もいない。


「ギリッ」


 ……。


 …………。


 ……。


 あークソ! ダメか! 何度目を瞑ってリテイクしてもいやがる!


「はぁ……マジ最悪。何? あんた何でここにいるワケ? 疫病神か何か?」


「お互い様だ」


 それでも一応、探していた人物ではあった。出来れば再会したくなかったのも本音だけど。


 何故、奴がこの鉱山にいるのかはわからない。


 ただ、"いた事がある"のは知っていた。



 アイザックの取り巻きの一人――――ミッチャが鬼の形相で歯軋りしていた。





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