第276話 ヤミッチャ
ミッチャ――――
かつてアイザックに誘われパーティに加わった時、俺をゴミ扱いしていた取り巻きの一人で、テイマースピリッツの女性。別にトラウマって程ではないけど、余り良い思い出じゃないのも確かだ。
ヒーラー騒動の時には幾ら探しても見つからなかったのに、どうでも良い時にだけ出て来やがって……置き場所を忘れた家の合い鍵かお前は。
正直、関わりたくない奴ではあるけど……仕方ないな。こんな場所で出会って無視も出来んし。
「なんでこんな場所にいるんだ? 立入禁止になってる筈だけど」
「ホント、カスみたいな偶然ね。なんで城下町でもない所であんたみたいなゴミクズのツラを拝まなきゃいけないの?」
「ただ鉱山にいるってだけなら、こっそり鉱石でも採取しに来たって言い訳も一応成立するけど、ここは普段人が入り込まない区域だ。何か特殊な意図があって侵入したとしか思えない」
「道理でいつもと違って鉱山の中の空気がギトってる訳ね。意味わかる? ギトってるって言うのはね、空気がギトギトになってるって事。あんたって、いるだけで周りの空気が粘つくのよね」
「俺達が前にここへ来た時には、フラワリルを含有した岩石に穴は開いてなかった。あそこに穴を開けたのはお前か? だとしたら、この先に何かあるのか? それとも、あの穴はお前以外の誰かが開けたのか?」
「本当、足を引っ張る事にかけては一流よあんた。ねえ、人の人生に迷惑かけて楽しい? 生命活動するだけで他人をイラつかせるのってスゴい才能だけど、それってわたしのいない所で発揮して貰える? それか死んで」
「……」
「……」
これは酷い。会話する気ゼロかよ。俺もだけど。
でも、このターン制バトルみたいな言い合いでわかった事が一つある。
それは――――
「お前、アイザックとは縁を切ったのか?」
「は? 何言ってんの?」
「少なくとも俺が知っているお前は、俺への罵倒より何より、アイザックの事を最優先で聞こうとする筈だ。違うか?」
ミッチャの据わっていた目が、一瞬揺れた。
「バカじゃないの? なんでわたしがあんたにザックの事を聞かなきゃなんないの。あんたなんかより、わたしの方がずっと彼のこと知ってるのに」
「その質問がもう答えなんだよ。お前、最近のアイザックについて何も知らないんだな」
「……っ!」
やっぱりそうか。俺とアイザックが直接対決した事とか今の奴の境遇について、全く知らないんだな。
そもそもアイザックが城下町を出て行ったのを知ってたら、何を差し置いてでも絶対に付いて行っただろう。ここに残ってるって事は、最近の事情を全く把握していない証だ。
「あんた……ザックの何を知ってんの?」
「お前らがアイザックと離ればなれになった経緯も、その後の顛末も知ってる。断片的にだけど」
「冗談でしょ? 私達のパーティから逃げ出したあんたがなんでそんな事……もしかして、わたしにビビってる? 見逃して欲しくてそんなつまらない嘘を――――」
俺の憐れみの視線を感じ取ったのか、ミッチャは途中で言葉を止めた。
一応、これでも自分の身の丈くらいは理解している。他人様に憐憫の情を覚えるほど上等な人間じゃないし、上から目線になれるような生き方をしているつもりもない。借金持ちだし、一度目の人生を失敗してここにいるんだし。
それでも、俺の目に映る今のミッチャは、どうしたって滑稽に見える。
こいつは――――アイザックから置去りにされてしまったんだから。
「もう一度聞く。お前はここで何をしてるんだ?」
「……! 何その顔……ザコモンスターすらロクに倒せない癖に……! わたしを……そんな目で見るなあああっ!!」
急に大声を出されても何とも思わない。こいつらとパーティ組んでた頃は、毎日こんなキレ方されてたからね。今やお前らのツラの皮よりこっちの鼓膜の方が分厚くなってるよ。
ただ、何も脅威がないって訳でもない。
テイマースピリッツのミッチャは、精霊や妖怪を操る事が出来る。少なくとも、駆け出し精霊使いの俺より遥かに技量では上。正面切って戦えば俺に勝ち目はないだろう。刺激し過ぎないようにしないと。
「……アイザックは……今……どうしてるの……?」
結局、こっちの質問に答える気はなしか。チッチやメイメイでもここまで自分勝手じゃなかったぞ。三人の中じゃ一番地味だと思ってたけど、実はこいつが一番問題児だったのか。そういえば、記録子さんのレポートで一番悲惨な落ちぶれ方してたのもこいつだったな。
もしここで無視して立ち去ったら、激昂して背後から襲って来そうな危うさがある。
……仕方ない、話くらいしてやるか。
「アイツはもう、アインシュレイル城下町にはいない。国外追放処分が下って、メイメイと一緒に外国へ旅立った」
「!?」
驚愕と絶望が混在したような反応。本当に何も知らなかったんだな。こんなに目を見開いたミッチャを見たのは初めてだ。
「チッチは? まさかあの子も一緒に……」
「いや、チッチは残った。ラヴィヴィオが城下町から出ていった影響で、ヒーラーギルドが手薄になったからな」
「な、何それ……ラヴィヴィオの代わりを務めるって事? 五大ギルドの仲間入りしたの?」
「ああ。もう五大ギルド会議にも出席してる」
「嘘……でしょ……」
小刻みに震えている。無理もない話だ。こいつらにだけは負けたくないと思っていた二人に、それぞれ恋愛と社会的地位で出し抜かれたんだから。ここまで尊厳を粉々に砕かれる事態もそうそうない。
「嘘よ……嘘嘘……全部嘘ッ!! あんたッ! わたしを惨めな気分する為にそんな嘘ついてるんでしょ!? 虐められた復讐のつもり!?」
「アホか。ンな下らない事に時間割く余裕ないんだよこっちは。ただでさえウチのギルドがピンチだってのに」
「ギルド……? あんた、ギルドに入ったの?」
「作ったんだよ。まだ小規模だけど」
「……」
あ、魂抜けた。そこまで驚く事ねーだろ。
「ま、待って。もしかして今の私、メイメイやチッチどころか……このザコ以下? 10年に1人の天才テイマーって言われたこのわたしが?」
「別にそこまで立派なもんでもないけどな」
「クソがッ! 謙遜しやがって! その余裕にヘドが出る! 死ね!!」
子供かよ。でも今の俺の返答に若干の嫌味があった事は認めよう。スカッと異世界。でも思ったほどのざまぁ感は得られなかった。もう時代じゃないのか。
「なんでよぉ……なんでわたしだけこんな落ちぶれて……メイメイなんかがザックと……そもそもザックはどうしてそんな事になっちゃったのぉ……?」
とうとう泣き出しちゃった。流石にこれ以上傷口に塩を塗るような真似は出来んな。
「教えるのは構わないけど、そっちも自分の事をちゃんと話せよ?」
「……」
微妙だけど、一応頷いた……のか? ここまで来て態度が曖昧なのは正直ムカつくけど、気にしても仕方ない。どうせこいつとはこれっきりだ。
「結論から言うと、アイザックが処分を受けたのは奴が王城を占拠したからだ。一時は国王を名乗ってた」
「……は?」
ま、そういう反応になるよな。俺だって当事者じゃなかったら意味わからんし。
「その直後に俺達が五大ギルトと連携して城を奪還したから、短い王位だったけどな。で、その罪で国外追放って流れ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ……何それ、何なの? 意味わかんない。それじゃ運命と正反対じゃない!」
「運命?」
「ザックはこの街の中心になる運命だってキャロライン先生が言ってたんだから!」
誰? 占い師? まあ精神的に不安定な時期って占い信じちゃうよな……あいつら耳心地の良い事しか言わないし。
「じゃあ、メイメイはその苦難を一緒に乗り越えて好感度を爆上げした訳?」
「多分」
ミッチャの目からみるみる生気が失われていく。理由を知って、より絶望が深くなったっぽいな。
「絶対おかしい。ザックが王城を占拠なんて、そんな大それた真似しようとする筈ない。きっと誰かに誑かされて……」
「ああ。ヒーラーに担ぎ上げられたんだ。ラヴィヴィオの」
「……ヒーラー? ヒーラーって、あのヒーラー?」
「そのヒーラー」
「あの変態共と手を組んだの……? 嘘でしょ……? チッチがまともに見えるくらい脳が膿んでるあのゲテモノ達と?」
無言で頷く。一応『アイザックも当時色々あって病んでたから』と付言したものの、何のフォローにもならなかった。
「……」
迫真顔で絶句するのも無理ない話。冒険者ギルドの中でも指折りの実績を誇るレベル60の猛者が、たった4ヶ月余りで変態国賊に転落してるんだもんな。
「でも、城下町にいれば噂話くらいは耳にしただろうに。何処にいたんだよお前」
いい加減、こっちも情報が欲しい。多少強引だけど話を切り替えてみる。
また何かグチグチ言われると覚悟していたけど――――
「……精霊界」
意外にも、素直に答えてきた。そしてその内容も意外だ。
「精霊界って、人間が行けるものなのか? そもそも精霊と人間の交流は断絶してる筈じゃ……」
「だからこそ人間界に行きたいって精霊もいるのよ。この子達みたいな」
そう口にした瞬間、というより寸前、ミッチャの隣には馬の姿をした精霊が召喚されていた。
あれは……確かケルピー、だったか。選挙の日に群れをなして冒険者ギルドに押し寄せた……そう言えば、その時にケルピーを率いていたのがミッチャだった。
「わたしはザック達と別れてからずっと、ザックの復権だけを考えて生きて来たんだから。どうすればザックの名誉を回復できるか……例えばゾンビが街をウロウロし出して、それをザックが倒せば信頼を取り戻せるかなって思って試しに召喚してみたり」
え、あのグロい召喚獣のサーカス小屋ってそんな意図があったのかよ。結局失敗して、ゴミッチャ呼ばわりされるようになったって記録には載ってたな。ちょっと可哀想。
「色々試してみたけど、中々上手くはいかないものね。あいつらも結局、失脚しちゃったし」
あいつら? 失脚……?
まさか、こいつ――――
「なあ、冒険者ギルドの選挙の時、そのケルピーと一緒になって選挙妨害したのってお前だよな? あれって……」
「そんな事まで知ってるんだ」
これまでの、何処か鬱屈とした空気が一変する。ミッチャの瞳に、生気とは違う何かが宿った気がした。
「そう。ファッキウ達が選挙で勝てば、ザックを冒険者に戻せるって言うから協力したの。結局あいつら、クソの役にも立たなかったけどね」
どうやら、予想は的中していたらしい。やっぱりファッキウ達と取引してやがったのか。幾らアイザックの為とはいえ、随分汚い事に手を染めやがったもんだな。完全に闇堕ちだ。ゴミッチャどころかヤミッチャになってるじゃん。
でも……待てよ。
ファッキウ達と繋がりがあるって事は、同じくファッキウが裏で糸を引いてる可能性があるメキト達とも関わっているんじゃないか?
メキトとファッキウの繋がり自体、まだ推察の域を出ない。でも、そのメキト達が鉱山にいるこのタイミングでこいつもここにいる訳で……そんな偶然あり得るか?
それに――――
「今度は上手くいきそうだったのに……そう。もうザックはいないの」
今度は……?
その発言を聞いた瞬間、頭の中にあった無数の線が繋がっていく。
コレット率いる現体制の冒険者ギルドでは、アイザックの復帰は困難。何故ならコレットは、そのアイザック追放を決断した元ギルマスのダンディンドンさんから方針を引き継いでいるからだ。
って事は、コレットを失脚させるしかない。
まさか、今回の騒動の黒幕は――――
「だったら、いつ帰ってきても良いように、環境を整えておかないとね」
「!」
ミッチャの周りにケルピーが……増えている。いやケルピーだけじゃない。見た事のない、でも特徴は良く知っているモンスターの姿もある。
間違いない。あれは……マンティコアだ。ケルピーとマンティコアが群れを成している。
何故だ……? 精霊とモンスターが相容れるなんてあり得ない筈……
「知ってる? テイマースピリッツは死者の魂を操れるって」
死者……って事は、コイツ等が以前全滅させたマンティコアの幽霊なのかよ。やってる事は殆どネクロマンサーだな……
「モンスターの魂まで操作できるのか」
「条件次第でね。モンスター特有の邪気があったら無理だけど、それを払ってくれるアイテムをたまたま手に入れてたから」
邪気を払うアイテムって、まさか――――ラルラリラの鏡か!? こいつが持ってたのかよ!
「今更こんな事を言うのもなんだけど、わたし……あんたを殺すつもりだったんだよね。わたしとザックにとって、あんたって邪魔でしかなかったし」
「本当に今更だな! つーかもう俺はお前達のパーティからセルフ追放したし、アイザックも街から出て行った。俺に苛立つ理由も、関わる理由もないだろ」
「ある」
……あんの?
「だってあんた、わたしが裏で汚れ仕事してたの知ってるでしょ? 娼館にいたのも見たよね? そういうのザックが帰って来たらベラベラ喋るでしょ? 放っておいたら、わたし破滅するよね?」
「喋んねーよ! つーか永久追放なんだから、帰って来るも何もないだろ!」
「何言ってるの? そんなの、撤回させれば良いだけじゃない」
――――全身が粟立った。
また増えている。ミッチャの周囲にいたケルピーとマンティコアの群れが、一瞬で数倍の数に膨れ上がっていた。こいつ、息を吐くようにしれっと召喚しやがる。天才ってのは本当なんだな。
しかも、その二種類だけじゃない。他にも見覚えのない異形の怪物が新たに加わっている。精霊って感じじゃない。もっと禍々しい……明らかにモンスターだ。
まさか、この鉱山で死んだモンスターの霊魂を全部かき集めているのか……?
「そっか。ザックは王様になりたかったんだ。だったらヒーラーなんかの力を借りなくたって、わたしがならせてあげるのに」
……人間、精神的に追い詰められると俺みたいに塞ぎ込む奴が多い。でも、その逆境をバネに逞しく成長する奴も稀にいる。
そして更に低い割合で、開き直ってとんでもない凶悪事件を起こした奴らも存在する。歴史に名を残すレジェンド級の犯罪者達だ。
もしかしたらこの世界では、モンスター側のそういう奴が魔王と呼ばれているのかもしれない。
だとしたら……
「明日、あのクソったれな街を粛清してやる。ザックを追い出したあの街を絶対に許さない。そして……ザックを覇王にしてよっかな。そうしたら、わたしのモノになってくれるよね?」
精霊とモンスターの大軍勢に囲まれたミッチャの姿は、まさに魔王の風格だった。
マズい。このままだと最悪……城下町どころか世界が奴に喰われる。決して大袈裟じゃない。憎悪と妬みによって覚醒した今のミッチャには、それくらい鬼気迫る魔性を感じる。
急激に焦燥が膨らみ、緊張感で全身が痺れ始めたその時――――
「グロロロロロロロロロロロ!!」
――――猛烈な地響きと共に、あのベヒーモスが現れた。
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