第272話 これ以上虐めないで
ティシエラの言っている事は正論だ。高レベルの冒険者相手に俺が行ったところで大した役には立てないだろうし、最悪人質に取られて足を引っ張るってパターンも十分あり得る。
とはいえ、あの事件の際に現場にいた当事者だから多少内部の地理には明るい。精霊を使役できるようになったし調整スキルもあるから、全くの無力でもない。営業と書類整理がメインだから他のギルド員より時間に融通も利く訳で、それなりに行く理由はある。
そんな無言の反論を感知したのか、ティシエラが半眼で睨んで来た。
「前々から思っていたけど、貴方は自分で動き過ぎなのよ。ギルドマスターが率先して前線に立つのは不合理でしょう? 万が一の事があったら誰がギルドを運営するの?」
「それは……まあ、そうだけど」
「ギルドマスターはギルド員に仕事を提供して、気持ち良く働いて貰う為の役職よ。先陣を切る必要はないし、有事の際に誰を動かすのかをあらかじめ準備しておくのも大事な務め。貴方はそれを放棄して、何でも自分中心で事を片付けようとしているんじゃないの?」
「いや、別に中心とかは考えてないけど……」
「だったら、どうして戦闘力に乏しい貴方が戦場になるとわかっている局面で前に出ていくのよ。納得のいく説明をしてみて」
不機嫌……って訳じゃなさそうだ。本気で心配してくれているのかもしれない。
もしそうなら、その場凌ぎで適当な事を言う訳にはいかない。
「……前提として、ウチのギルドは常に人手不足だから、トラブル処理の為に割ける人数は限られる。手の空いてる事が多い俺が出張るのは当然だろ?」
これが最大の理由なのは間違いない。ただ、それだけじゃない。
「後はその……なんつーか……手本にしてる人が、割とそういうタイプなんで」
「誰よそれ。ロクな人間じゃないわね」
「そうかな。俺は尊敬してるんだけど」
「そんな愚者を参考にして、表層的な評判ばかり気にしても仕方ないじゃない。ギルドマスターはギルド全体の健全性を確保する事が使命なんだから、『安全圏でふんぞり返っている』って揶揄されるのを恐れてはダメなの。常に万全の態勢で、最善の判断を下せる精神状態でいる必要があるのよ。そんな負傷をしているようでは、一人前のギルドマスターとはとても言えないわね」
俺の頭の包帯を見ながら、ティシエラは強い口調で窘めてくる。やっぱり心配してくれてたんだな。説教受けてる最中だけど、なんかこそばゆい。
「ちゃんと聞いてるの?」
「ああ。忠告してくれてありがとう。確かに、ちょっと英雄症候群に陥りかけてたかもしれない。モンスターが襲って来た時にはエマを華麗に助けて、アイザックやディノーみたいな高レベルの冒険者に一目置かれて、五大ギルド会議に何度も招かれて頼りにもされて、ヒーラー騒動の時にもシャルフと名勝負を繰り広げて、ちょっと気が大きくなってたんだな」
「よく自分でそこまで言えるわね……」
敢えてね。実際にはこんなこと思っちゃいない。当方、プライドは高いけどナルシストではないんで。
「でも別に自己中心的な考えで動いてる訳じゃないんだ。だから約束は出来ない。さっきも言ったけど、手本にしてるギルマスの先輩がいて、その人みたいにやっていきたいから」
「貴方ね……」
「素性のわからない怪しい奴が街に現われて住民が怯えてたら、危険を顧みずに自らそいつに問い質すような人でさ」
「度胸の据わった人間かもしれないけど、そういうのは無謀って言うのよ。ギルドマスターとしては失格の烙印を押されるべきね」
「街の酒場で騒動があれば、いち早く駆けつけて実力行使で解決するし、住民に敬遠されてる貴族のお嬢様にも自ら出向いて事情聴取する。別のギルドが危機に瀕してたら仲間を引き連れ颯爽と現われ、しかも先陣を切る。知人が行方不明になった時も、部下に頼らず自分の足で探しに行ってたっけ」
「……ちょっと待って」
「ギルド員に対しては過保護なくらい心配してて、余所のギルドに派遣している子に変な虫が付かないよう、契約の禁止条項を特盛にしたり。もうギルドを辞めて別人のようになった元ギルド員にも目をかけてたり……」
「やめて……悪かったから。もうやめて……」
「あ、そうそう。これもあった。職人ギルドが崩壊した時、自分も崩落に巻き込まれかけたのに余所のギルドマスターの事ばっかり心配して……」
「やめてって言ってるでしょう!? これ以上虐めないで!」
あ、ティシエラが大声出した。激レアじゃん。ヤバいな、癖になりそう。シキさんの気持ちがちょっとわかった。
「はぁ……悪かったわよ。私が教育上良くない所ばかり見せていたのが原因だったのね」
「そうそう。意外と自分の事って気付かないものなんだよ」
「骨身に染みたわ……」
何故か最終的には俺がわからせたみたいになった。
「話を戻すけど、今回の件は速やかに決着を付けるべきよ。ヒーラーの時みたいに討ち漏らしてトラブルを長期化させれば、多方面に皺寄せが来るわ」
「確かに。合同チームの件は勿論だけど、コレットの支持率とか交易祭の準備とかウチのギルドの評判とか、既に影響出まくってるからな……」
「甘いわね。貴方のギルドに生じる悪影響は、評判の低下だけに留まらないわよ」
「……え?」
ティシエラの雰囲気が一気に変わった。俺の友人じゃなく――――ソーサラーギルドの代表者の顔に。
「今回の事件、貴方達は犯人の目的を何だと見なしているの?」
「それは……俺達への嫌がらせに見せかけた、反コレット派によるコレットへの攻撃なんじゃないかと」
「読みも甘いわね。連中の標的はそのまま、貴方達アインシュレイル城下町ギルドよ」
……何?
「私も事件直後はコレットを罠にはめる為だと思っていたし、貴方にもそう話したわ。でもその割に、事件後の動きが少な過ぎる。コレットが標的だったら、今回の件の責任を彼女に負わせるうようなヘイトスピーチをするか、発言力のある連中に打診してやらせる筈よ。事件が風化する前にね」
……言われてみれば、冒険者ギルドに潜入した時にも、コレットに対する風当たりは特別強くは感じなかった。
「コレットの求心力低下も狙いの一つではあると思うわ。けれど経過を見る限り、本命はそっちじゃなく貴方達を潰す事」
「いやでも、なんでウチみたいな新米の弱小ギルドを……」
「最早その段階ではないからよ」
思わず立ち上がった俺に、ティシエラは冷静な目を向ける。まるでクールダウンしろと言っているかのように。
「この街に警備兵や自警団がいなかった理由は知ってる?」
「それは……住民が強いから護衛団の需要が低い。聖噴水があるからモンスターの襲撃に備える必要がない。あと、国王から防衛組織を置くなって命令があって……」
「重要なのは、その命令の理由よ」
それも一応、考えた事はある。その時に出した結論は、誰かに守って貰うんじゃなく街全体の防衛意識で高める為……だった。
でも根拠は薄い。いや……今となっては誤りと断言できる。
現に王族は逃げ出した。それはつまり、この街を安全だと思っていないからだ。
城下町は直接王城の防衛を担っている訳じゃないが、王城を落とすにはまず城下町を落とす必要がある。空から降って来ない限り、この街を通過せず王城へ向かうのは無理だからな。
王城に攻め込まれる危険があると判断しているのなら、城下町の守りを固めるのは当然だ。でも実際は完全に放置していた。モンスターは聖噴水で防げても、内乱はどうにもならないのに。
何故だ?
「常識を無視してシンプルに考えたら、王族にとって防衛組織の存在が邪魔だから……って事になるよな」
「ええ。でも王族にとって城下町の防衛力が邪魔である筈がないわ」
「って事は……それを邪魔だと思う連中と、王族が深く結びついている……?」
それ以外考えられない。ティシエラの反応は――――
「そうなるわね」
複雑な顔。それだけで感情を推し量るのは難しい。
「もしかしてラヴィヴィオか? ヒーラーが街中で好き勝手やる為に王族を籠絡していたとか……」
「一応、なくはないわね。王族が出て行って強力な後ろ盾を失ったから、彼等も街から出て行った。そう考えれば一応辻褄は合う。でも現実的ではないわ」
だよな。王族がわざわざあの狂人達と手を組むなんて……想像できない。
「逆に言えば、王族が懇意にしても不自然じゃないギルドなら現実的って事になるけど」
「ええ」
事も無げに、ティシエラは首肯した。だとしたら答えは一つだ。
「王族が特定のギルドを贔屓する事は許されていないわ。でもそれは、あくまでも建前。より大きな忠誠を見せる事で見返りの寵愛を授かるなんて、どの時代のどの国にでも多少はあるものよ」
「……つまりティシエラは、冒険者ギルドがその寵愛を受けていたって言いたいのか?」
魔王討伐における中心的存在であり、この世界の人間にとって強さの象徴。冒険者ギルドなら、王族が手を組みたがっても不思議じゃない。
そして何より、話の流れから言って他に選択肢はない。
「どうでしょうね。確信は当然ないし、手掛かりも今回の件くらいだから」
そう答えつつも、ティシエラは冒険者ギルドをかなり強く疑っている。それは間違いなさそうだ。なんだか凄く面倒な話になって来たな……
ティシエラの推測を纏めると――――
冒険者ギルドは、街中における防衛組織の存在を何らかの理由で邪魔だと考えていて、王族に訴え組織化を禁じていた。でも王族が失踪した事で強制力がなくなり、俺達アインシュレイル城下町ギルドが事実上の警備ギルドとなった。それが冒険者ギルドの逆鱗に触れ、俺達をハメる策略を用意し、実行に移した。
……って事になる。
「それだと、コレットの前のギルドマスターが黒幕になるのか? ダンディンドンさんがそんな人とは思えないけどな」
「断定は危険よ。誰だって表と裏の顔があるものだから」
それはまあ、そうだけど。
「でも、私も同感」
「え?」
「……」
ティシエラは多くを語らなかった。でも、何を言いたかったのかはすぐに理解できた。
黒幕がギルドマスターとは限らない。ギルドの運営に携わっている人物ならば、他にもいる。
でも……俺にはちょっと賛同しがたい。
だってあの人は、コレットの数少ない友達だから。コレットを追い詰めるような真似をするとは思えない。
「所詮は推測に過ぎないから、これ以上はやめておきましょう。そもそも防衛組織が冒険者ギルドにとって都合が悪い理由もよくわからないし」
「……だな」
敵の姿を勝手に想像しても仕方ない。予想が外れた時の対応が遅れてしまう。それこそギルマス失格だ。
「今回の件がギルドぐるみなのか個人の仕業なのか、それとも別の勢力が背後にいるのか。まずはそれを突き止めましょう」
「……ん?」
当事者のような物言い。まさか……
「私も行くわ。鉱山に」
「いやいやいやいや! さっき自分で言っただろ! ギルマスが何でも自分で動くのは良くないって!」
「言ったわよ。でも私は自分を良いギルドマスターなんて思った事は一度もないし、言った事もないわ」
な、なんて屁理屈を……
「だったらサクアを連れて行くから、それで良いだろ? わざわざティシエラが行く必要は……」
「ダメよ。私が自分で行かなきゃ」
「なんでだよ! そりゃギルドで一番強いのかもしれないけど、他にも強い奴は――――」
「こういう機会じゃないと、立ち入り禁止になった場所へは入れないでしょ?」
……まさか。
「目的はフラワリル、とか言わないよな……?」
「さあ? どうかしら」
これってどうなん? 俗物的な理由で敢えて煙に巻くパターンか? それともガチであの宝石目当て?
ダメだ。読めない。ティシエラには何だか一生勝てない気がする。
「そんな訳で、現場の指揮は私が取るから、貴方はギルドでお留守番してなさい」
「ンな訳にいくか! 当事者の俺が行かなくてどうすんだよ! 恨み言の一つくらい言わせろ!」
「犯人と決め付けるのはまだ早いわよ」
「ぐぬぬ……」
で、結局どうなったかというと――――
「名目は『冥府魔界の霧海対策合同チームの予備テスト』よ。貴方たちのギルドから何人か選抜する予定だから、戦力に相応しいかどうか私の目で判断するわ」
そういう事になった。
勿論これはダミーで、万が一鉱山の入り口に見張りがいた場合、俺達とティシエラが一緒にここへやって来た事を説明する為の口実に過ぎない。
ヴァルキルムル鉱山は城下町から遠く離れた鉱山都市『ミーナ』のダンジョンだから、事前に状況を把握する事は出来ない。かといって、そこで不審に思われたらどんなルートで妙な噂が広まるかわかったものじゃない。その予防策の為の口実だ。
さすがティシエラ、トラブルの種はこうやって摘み取るのか。また一つ勉強させて貰った。
なお、見張りはいなかった。
「……」
「ま、まあ予備テストの意味合いがあるのは本当だろうし、無意味って訳じゃないと思うよ。うん」
実際ディノーの言う通りなんだけど、若干スベった空気に包まれながら鉱山へと入る事になった。
メンバーは全部で五名。俺、ティシエラ、ディノー、そしてシキさんとオネットさん。ティシエラ以外は前回ここへ来たメンツと同じだ。なんだかんだ、落とし前を付けたいと全員思っているんだろう。
この手のダンジョンでソーサラーが力を発揮するのは困難だけど、精神攻撃を得意とするティシエラは例外。頼もしい新戦力だ。
「ディノー。メキト達の気配は?」
「いや。今のところは感じない」
【気配察知3】のディノーでも察知できないって事は、かなり奧の方にいるんだろうか。
鉱山はあまり奥まで行くと酸欠で倒れる恐れがある。フラワリルの採掘場までなら問題ないけど、それ以上進むのは気が進まないな……
「大いなる自然のうねりよ。運命と共に緑陽たる流れを呼び起こせ。【ブロウフロウ】」
え? 今の詠唱? ティシエラ、まさか魔法を……っとお! 風だ! 突然の突風!
背中の方から吹いてきたけど……敵がいたのか?
「坑内通気をしておいたわ。これで十分ではないけど、突然倒れる事はない筈よ」
涼しい顔でそう告げ、ティシエラはどんどん奧へ進んで行く。
後ろ姿がやけに大きく見える。これぞまさにリーダーの威厳――――
「なんか! オーラ! 出てますね!」
「ソーサラーギルドから単身で来ておいて、早速格の違いを見せた……か」
「明らかに隊長とは違うね」
……取り敢えず、今日一番ピンチなのは俺だと早々に悟った。
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