第271話 好きです
二転三転したプッフォルンの演奏者探しだったけど、ようやく決行日を迎える事が出来た。
「――――ってな訳で、この街の野郎共に夢を与え続ける娼館の館主、サキュッチさんにお越し頂きました。なんと金管楽器の経験者だそうです! はい拍手!」
VIP待遇で名前を呼ぶと、女帝は口笛を鳴らし歓待するオヤジ達にダルそうな顔で軽く手を上げ、ギルドの前に鎮座するプッフォルンと対峙した。その勇ましい姿からは、音楽家の一面があったなんて想像もつかない。
「ま、こっちとしちゃボーヤ達にとっとと冤罪を晴らして貰った方が都合良いから、協力するのは構わないけど……コイツはまた、随分と立派におっ勃ててんねえ」
相変わらずゴミみたいな下ネタが好きな御様子。こっちが頼んで来て貰っている以上、そこに文句は言えんが。
「光栄です。まさかサキュッチさんが来てくれるなんて。好きです」
そしてディノーは朝から、っていうか女帝に協力を仰ぐと話した昨日からずっと興奮しっ放しだ。その顔はまるで、性を覚えたての少年が初めてエロ媒体に触れた時のよう。あと最後ドサクサに紛れて告白していたように聞こえたけど、きっと気の所為だろう。何の脈絡もなく朝一でいきなり告るとか幾らなんでも……ねえ。
「……で、こいつを咥えりゃ良いのかい?」
「吹くんですよ。咥えるだけじゃダメです。マジで卑猥な行動はやめてくださいね」
余り意味がない俺の戒めを、女帝は一笑に付していた。まあ根っこは割と真面目な人だし、悪ふざけはこの辺でやめてくれるだろう。
あとは……
「出でよモーショボー!」
「ういーっす。なぬー?」
「この古着と指輪と剣を持って、あの馬鹿デカい金管楽器の真上に浮かんで」
「んあ? なんそれ。尖ってるトコ見せて信者増やすタイプの宗教?」
「お布施集めの為のエンタメ儀式じゃなくてね。そういう使い方のアイテムなんだよ。悪いけど頼む」
「まーいーや。わかっちゃー」
釈然としない顔をしながらも、モーショボーはブツを持って軽快に浮き上がった。
この後、どういう現象が起こってメキト達の居場所が判明するのか想像もつかない。それ以前に、女帝が本当にプッフォルンを吹けるのかも定かじゃない。今はとにかく、女帝の肺活量とテクニックを信じるしかないだろう。勿論、テクニックとは演奏力の事だ。
「にしても大きいねえ。色も形も惚れ惚れするよ。こいつは朝から縁起が良いったらないね。なあ! やっぱ女に生まれたからにはデカいのが良いよなあ!? アンタらはどうなんだい!?」
あーもう急に何言い出すんだこの人! ウチのギルドはそういうノリじゃないんだって!
「……」
ほらー、女性陣シーン。ついでに男性陣もシーン。いつも無駄にやかましいパブロ達も囃し立てたりはしない。女性陣に嫌われたくないからだろう。
「ハッ、やれやれつまんないねえ。こういう時はフリでも相手に合わせるのが大人の付き合いってもんじゃないのかい?」
セクハラを軸にモラハラとパワハラを混ぜ込んだ、オーロラソースみたいなハラスメント発言っすね。基本良い人なんだけど、娼館の代表っていうアイデンティティがたまに暴走するんだよな……
「ったく。どういう教育してんだいボーヤ」
「下ネタの内容が薄っぺらいから返事に困ってるんじゃないですか」
「おっと。こりゃ一本取られたね。一本あるのはボーヤの方だけどね! アハハハハ!」
しつこい……朝一の下ネタって下手な中傷やオヤジのダジャレよりしんどいな。胃がもたれる。
「さ、余興はこれくらいにしておくかね。悪かったよ、馬鹿なテンションの悪ノリに付き合わせて」
「自覚はあったんですね」
「ウチの子達だと、リアクションに新鮮味がなくてさあ。たまにはこういう地獄みたいな空気になるのも悪かないねえ」
こっちは普通に地獄なんですよ。やめて下さいよ壊せそうな結界があったからつい破ってみた、みたいなノリで民衆を地獄の底に叩き落とすの。
「んじゃ、そろそろやるとするかねえ」
「サキュッチさん頑張って下さい! 貴女に出来ない事なんて何もありません! 好きです!」
ディノーくーん……ダメだ自分を誤魔化し切れなくなってきた。でも強引に聞かなかった事にしよう。なんか女帝もそんな感じでスルーしてるし。
「スーーーーーーーーーーーーーーーーー……」
おおっ、凄い量の空気を吸い込んでる。どんな経験を積んでその肺活量を得たのかは気にしない事にして、とにかく凄い勢いだ。
これならきっと、プッフォルンを鳴らす事が出来る筈。一体どんな音色なのか――――
……………………………………フォ
「え……?」
まさかこれだけ? あんなチョロッと漏れ出たカウ……あーもー女帝やダゴンダンドさんの所為で俺まで下ネタ野郎になっちまうじゃん! 意地でも口にはしねーからなコンチクショウ!
とにかく、ほんの少しだけど音が鳴ったのは確かだ。モーショボーの持っている三点セットにちゃんと届いたのか……
――――ォ―――――ォォ
……ん?
―――――――ォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!
アイエエエ!?
何なになにヤベー鼓膜が死ぬ! いやその前に脳が死ぬ精神が死ぬ全部死ぬ! 右肩上がりでみるみる音がデカくなっ……これがプッフォルンの本当の音!?
「ぎゃーーーーーっうるせーーーーーーーーっ!!」
「……っ」
「やかましい! です! ね!」
ヤメが対抗するかのように叫び、シキさんがしかめっ面で耳を塞ぎ、オネットさんが正気を保つ為に(?)剣を振り回している。その他の面々も俺同様、今にも発狂しそうなほど悶え苦しんでいる。想像を絶する大きな音は、下手な魔法や斬撃より凶器だ。
そんな中――――
「……」
女帝ガチ勢のディノーだけは、彼女の勇姿を見届ける為なのか、腕組みしたまま微動だにしない。お前……何だその後方彼氏面。さすが俺の見込んだ女性、俺の目に狂いはなかった、じゃねーよ。背中でンなもん語るな!
「おい! 上を見ろ!」
こういう時、頼りになるのはマキシムさん。誰もが轟音の前に集中力を失っている中、彼だけはモーショボーの方に目を向けていた。
音は――――届いていた。
モーショボーの持っていた三つの物品が、明らかに発光している。どうやらプッフォルンの効果が現われているらしい。
後は、どういう形で所有者の居場所がわかるのか。
それを見届けようとした直後。
「わきゃー!」
……モーショボーが流星になった。
正確には、遠くの方へ放物線を描き、すっ飛んでいった。
え? どういう事?
今のは悲鳴だよな。だとしたらモーショボーの意思で飛んで行った訳じゃない……のか?
ともあれ、ようやく殺意の轟音は鳴り止んだ。
「怖かったです……頭が破裂するかと思いました」
「我が輩ッ、生まれて初めて己の首が飛ぶ瞬間を想像してしまったッ……」
サクアとシデッスが死の恐怖に怯え、その場に崩れ落ちる。それ以外のギルド員も、ある者は無事を喜び隣にいた奴と抱き合い、ある者は茫然自失と立ちすくみ、ある者は泡吹いて倒れていた。ダゴンダンドさん、入院してて良かったな。あの人いたら多分死んでた。
「どうだったんだい? アタイには成功か失敗かわからないんだよ」
「大成功です! お疲れ様でした! これで汗を拭いて結婚して下さい!」
「……ありがとよ。でも重婚は出来ないねえ」
「あっそうでしたね! 俺何言ってるんでしょう! はは! ははは!」
とうとう女帝もスルー出来なくなったか……ある意味ではディノー、お前の勝ちだよ。玉砕した割にまったくめげてなさそうなのが怖過ぎる。あいつ、もしかしてウチのギルドで二番目にヤバい奴なんじゃ……
「トモ。何が起こったのかわかったか?」
かと思えば急にまともになった。でもその変わり身が早過ぎて、いつものディノーなのにもう狂人にしか見えない。
「いや……モーショボーが悲鳴あげて飛んでいったのは見えたけど」
「恐らくプッフォルンの効果が作用して、冒険者達の所有物が持ち主の所へ戻ろうとしたんじゃないか? お前の精霊はその強制転移に巻き込まれたのかもしれない」
あ、成程。状況的にも理に適った推察だ。女帝が絡まないと普通に頼りになる好青年なんだよなあ……
「モーショボーが飛んで行った方向に奴等が隠れている訳か。誰か軌道を追えてた人いるー?」
かなり高速で移動していたから、正直厳しいだろうと半分諦めながら聞いてみたけど――――
「はい、見えました。ナットニア地方の方だったと思います」
サクア、お手柄! ナットニア地方っつーと確か……
「違う違う。ヴェシーナ地方」
「鉱山のある! 方向でした!」
「はうっ」
シキさんとオネットさんに即刻訂正されて、サクアは顔を紅潮させ恥ずかしそうに目をグルグルさせていた。そういや筋金入りの方向音痴だったな。忘れてた。
にしても……鉱山か。ヴェシーナ地方の鉱山って事は、俺達にとってはすっかり忌まわしきダンジョンとなったヴァルキルムル鉱山で間違いない。
まさか、あそこにメキト達が隠れてやがるのか?
「うきゃー……酷い目に遭った……」
あ、モーショボーが戻って来た。途中で手放したのか、すっ飛ぶ前まで持っていた冒険者達の所有物三点は全部なくなっている。
「もーなんなん……これイジメ? クソやかましー音で弱らせて吹き飛ばすとか外道すぎるって……」
「いや違う違う。この楽器、さっき持って貰った物品を持ち主の所に強制転移させるアイテムでさ。何処に飛んでったかわかる?」
「あー……三つとも岩山の方に向かってったけど」
間違いない。ヴァルキルムル鉱山だ。
あそこは今、立入禁止区域になっている。見つからない為の隠れ家としては最適かもしれない。
でも二、三日ならまだしも中長期的に隠れるつもりなら、明らかに向いていない。食料の調達が難しいし、何より安全性の問題がある。鉱山みたいな酸素が薄くなりがちな場所に長期間留まるのは自殺行為だ。
「隊長。鉱山に行くの?」
まだ音酔いしてるのか、シキさんが青ざめた顔で問いかけてくる。ギルマスとしての判断を下さなくちゃならない。
勿論、行く。奴等に会って話を聞く為に。最悪、戦闘になるのを覚悟して。
でもその前に――――
「まずフレンデリアとティシエラには話を通しておこう。シキさんはシレクス家に向かって。俺はソーサラーギルドに……」
「なんで?」
うわ、急に顔色が戻った。
「いやだって、あの二人には事前に知らせておいた方が良いでしょ。二手に分かれるのは時間短縮の為ってだけ」
「じゃなくて。私がシレクス家なのはなんで、って聞いてるんだけど」
えぇぇ……今そこに拘る? シレクス家嫌いなの?
あーでもフレンデリアが転生する前は蛇蝎の如く嫌われてたんだったな、シレクス家。シキさんも今尚その頃のイメージを持ってるのか。
だったら、この機会に払拭して貰おう。
「今ちょっとフレンデリアとは会い辛いんだよ俺。コレットの事で色々詰められそうだし。だからお願い」
「……」
別に嘘をついた訳じゃないんだけど、シキさんの鋭い目が更に鋭利さを増したような……何故。
「情けな」
そんな呪詛を残し、シキさんはスッと消えた。ああは言っても、ちゃんとシレクス家に向かってくれてるんだろう。そこは心配してない。別の心配はあるけど……
「ぷぷっ。あれあれー? もしかしてギルマタ、シキちゃんに嫌われたー? すっげー機嫌悪そうだったよねー?」
……高性能シキさんレーダー搭載のヤメが言うんだから間違いない。俺もそう感じてたし。
さっきの不機嫌、今後も引きずらなきゃいいけど……ギスギスは嫌だ。ガガンボメンタルの俺には耐えられない。
「それじゃアタイは帰るよ」
っと、沈んでる場合じゃない。女帝にお礼言わないと。
「助かりました。貴重な時間を……」
「そういう堅苦しいのは要らないよ。大した事しちゃいないしねえ。若いイケメンまで使って機嫌取るのはやり過ぎさね」
「?」
「?」
……ああ、ディノーの発言を接待って受け取ってたのか。
「いや、あれガチのやつなんですよ」
「はァ? 何がさ」
「だから、好意とか告白とか全部。芯があって凛々しいところがモロに好みだそうで」
「……」
うーん、戸惑いや照れじゃなく明らかに困惑した表情。でもま、そりゃそうだよな。
「アタイもまだまだ捨てたもんじゃないねえ」
「もっと嬉しい顔で言ってあげて下さい」
「現実的じゃないからさ。もう夢見る時代はとっくに過ぎてるよ」
結局、ディノーの好意を受け入れる様子は全く見せず、切ない言葉を残して女帝は帰って行った。あの後ろ姿の向こうで実は顔を真っ赤にしてるとか……はないか。ファッキウへの愛着から察するに、完全に母親って感じだもんな。
この世界の倫理観は未だによく知らないけど、俺としても不倫は推奨できない。ディノーには報われない恋として諦めて貰おう。
さ、俺も早速ソーサラーギルドへ向かうか。
「……三人ともヴァルキルムル鉱山にいるって事?」
事情を一通り話したところで、ディシエラは露骨に怪訝な顔をしていた。
にしても、すっかり応接室じゃなく自室に通されるようになったな。顔見知りにはみんなそうしてるんだろうか。ちょっとだけ気になるけど……今はそんな事を聞く空気じゃない。
「ああ、間違いない」
「そう。だったら一刻も早く身柄を拘束すべきね」
ティシエラの言葉に迷いはない。まるで奴等が容疑者確定と言わんばかりだ。俺達をそれだけ信頼してくれているのは素直に嬉しいけど、多分それだけが理由じゃないんだろう。
「ただしトモ、貴方は行くべきじゃないわ。相手は全員高レベルの冒険者なんでしょう? 戦闘力の高いギルド員だけで行かせた方が確実よ」
「んー……」
確かにそうだ。俺が行っても足を引っ張るだけかもしれない。ヒーラー達やシャルフとの戦いでは割と善戦できたけど、毎回そう上手くはいかないとティシエラも思っているんだろう。
でも、そういう訳には――――
「今、ここで約束して。貴方は鉱山に行かないって」
反論しようとした俺を、ティシエラの過剰なほど真剣な眼差しが揺さぶってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます