第270話 回復魔法を何度もキメたら廃人になるとか

「う~……気持ち悪ぃ……頭痛ぇ……」


 生前、二日酔いになるほど呑んだ経験は一度しかない。初体験に失敗した日の夜、自宅でそれはもう浴びるようにビールを飲んだ。勿論、飲み仲間なんて一人もいない。それはそれは寂しい自棄酒だった。


 決して酒に強い訳じゃなく、酒自体美味いと思った事もないから、記憶を失うほど飲んだのはあれが最初で最後だ。急性アルコール中毒にならなかったのが不思議なくらいの量だった。


 昨夜はあの時ほど自暴自棄になっちゃいなかったけど、最近色々と上手くいかない事が多い所為でストレスが溜まっていたのか、俺にしては珍しく飲み過ぎた。まだ余裕でアルコールが残っている。しんどい。目の奥がグワ~ってなる。


「そんな体調で良くここまで来たもんだな」


「あんまり時間がないんで……」


 全身からアルコールを抜く為にひたすら歩き続け、気付いたら王城のすぐ近く。折角だからプッフォルンを吹ける人間の心当たりがないか、御主人や始祖に聞こうと城に入ったは良いけど……ダメだ。目が回る。まともに会話できそうにない。


 情けねぇ……同じくらいの量飲んでたシキさんとヤメはケロッとしてるのに。アルコール分解能力が低いんだよな、俺。だから生前は滅多に飲まなかったし、警備員になってからはほぼ口にしていない。職場の先輩に誘われるような環境でもなかったしな。


「金管楽器なあ。そういや、一人心当たりがあるぞ。親しい訳じゃねーから紹介は出来んが」


「名前と所在を……教えて貰えるだけで十分……です」


「今にも死にそうなツラで言われてもな。なんか、余計に体調悪くさせそうで言い辛いんだが」


「?」


「心当たりってのはな、メデオなんだ」


 ……うげぇ。


「あいつ、蘇生魔法が成功した時の効果音にラッパ使ってるって聞いた事あるんだよ。多分吹けるんじゃないか」


「効果音って何……?」


 そう問いつつも、頭は全然働いてねぇ。メデオって名前聞いた時点でもう吐きそうだ。この体調で聞いて良い名前じゃないんだよ……


「奴はどうしようもねぇ回復狂、蘇生狂だが、その情熱だけはガチっつーか、蘇生をエンタメ化しようとしていたらしい。そうすればより蘇生の素晴らしさが伝わるとかなんとか。効果音もその一環なんだろうよ」


「それで成程、とはならないんですけど……ちなみに、今あの肉ダルマ何処にいるんでしたっけ」


「マッチョトレインに轢かれて入院してたんじゃなかったか? 退院次第、収監されるだろうけどな」


 王城を占領していたヒーラーの中には、したたかにも逃げ果せた奴等がいる。でもそれ以外の連中は国家反逆罪……があるかどうかは知らんけど、それと同等の罪で収容所送りとなった。


 でも例外として、深傷を負ったヒーラーは敢えて回復魔法を使わせず、病院送りにしていた。よくわからない理屈だけど、回復魔法を使わず治療する事で回復魔法への依存と絶対的な信仰心を少しでも削り取る狙いらしい。ハッキリ言って愚策としか思えないんだけど。そんな程度の事で奴等がまともになるなら苦労しねーよ。


 何にしても、メデオは病院。もし体調に問題がないのなら、一時退院してプッフォルンを吹いて貰う事を検討……しないとダメなんだろうな。個人的感情を持ち出す余裕はもうない。


「有益な情報、ありがとうございます……」


「おーよ。つーかお前、暫く休んでけ。いよいよ顔色がヤバいぞ」


 まあ、この体調で暗黒武器に囲まれたら、そりゃガリガリ削られるよね。SAN値が。


 ……ん?


「御主人、あの……」


「トモさん、お薬持ってきました。この粉末をお水と一緒に飲むと二日酔いには良いんですよ」


 あ、ルウェリアさんが階段上がって来た。わざわざ一階の厨房から水を汲んで来てくれたのか。なんて優しい……それに助かる。この世界にもウコンみたいなのがあるんだな。


「はい、お水です――――」

 

 そう思った矢先、ルウェリアさんは盛大にコケて、水全部こぼしてた上に粉末は煙と化した。


 何この懐かしい光景。なんか泣きそうになってきた。尚、コケた拍子にパンツが見えるとかは特になし。ラッキースケベってもう死語だよね。つーかもう死語が死語か。


「あああっ! す、すいません……私またやっちゃいました……」


「はは。思い出しますね、初めて会った時の事」


 あの時は確か、ブラッドスピアコク深めに躓いてコケたんだっけ。あんな禍々しい武器を置いてあるなんて、ヤベー家に拾われちまったって一瞬思ったりもしたけど――――


 そう、それだ。さっき引っかかったのは。


「なんか、展示してる武器が減ってませんか?」


 前に来た時は、この玉座の間一面に暗黒武器が飾られていた。一応売り物だけど、実質的には二人が眺めて楽しむ為のディスプレイとばかり思っていた。


 でも、それなら減らす理由はない。


 って事は……


「フッ、気付いちまったか。やっぱ気付いちまうわな。そりゃわかっちまうか。こんなに減ってたら」


「お父さん、クールぶってますけど笑顔が隠しきれてません」


 そう言うルウェリアさんもドヤ顔で笑っている。一体何が……?


「実は! ここ数日の間、私達の武器が飛ぶように売れているんです!」


 ……二日酔いって幻聴まで聞こえたっけ? 自分で思っている以上に重症なのかも……


「真実の声だっつーの。ま、信じられないのも無理ないか。お前がウチで働いている間、魔除けの蛇骨剣と天翔黒閃の鉄球以外は殆ど動いてなかったからな」


 俺がプロデュースした武器はそれなりに売れていた。でも、それだって大ヒットって訳でもない。あくまでレア物を買うような感覚でポツポツ売れた程度だ。それ以外の暗黒武器については推して知るべし。


 なのに、どうしでそんな事に……? いや、武器屋で武器が売れた事を驚くのもアレだけどさ。


「良くわかりませんが、巷で暗黒ブームが到来しているそうなんです。その影響で、暗黒武器の需要が高まっているそうで」


「暗黒ブーム? そんなのが……」


 そう言えば、街中で黒い服来てる人がやたら増えてたな。あれ暗黒ブーム到来の所為だったのか。


「なんか数日前に漆黒の全身鎧で街を歩いてる奴もいたみてーでな。プレートアーマーマンって名乗ってたそうだが、やたら話題になっててよ。そいつの出現が決定打になったらしい」


「それ俺じゃん!!」


 あれだけエグかった二日酔いも一瞬で吹き飛ぶ衝撃……嘘だろ?


「マジか? あの鎧の問い合わせも凄かったぞ。鎧は置いてねぇって答えたら、なら武器でも良いかって購入してくれる客も沢山いてよ。スゲェ販売促進効果だったぞ」


「まさかブームを牽引なさっていたとは……トモさん、もしかして私達の守り神ですか? それとも、昔話に出てくるちょっとした事のお礼に凄いお返しをしてくれる化身系の方?」


「そんな概念上の存在じゃないです」


 っていうか俺自身、全くそんな自覚なかったし、何なら今も一切ない。いつ何処で話題になったんだよプレートアーマーマン。この世界にSNSがあればなあ……一度で良いから盛大にバズってみたかった。


 にしても、あれだけ恋愛ブームを巻き起こそうと必死に考えてたのに、現実に起こしたのは暗黒ブームって。何なの、このままならなさ。寧ろ真逆に突っ走ってるやんけ。


 いや、でも物は考えようか。暗黒ブームを上手く利用できれば、交易祭の恋愛イベントを盛り上げる事が出来るかもしれない。


 例えば悲恋の物語を流行らせるとか、フラれた男の情けない心情を歌にするとか、NTRやBSS……はちょっと違うか。いずれにしても、恋愛ってのはキラキラしたものってイメージだったけど、実際にはそればかりじゃない。ドロドロしたものや殺伐とした恋愛も当然ある。そして、それ系の逸話も需要がある。ネット上では寧ろそっちの方が受けていた気さえする。


 ……見えて来た。方向性が見えて来たぞ!


「何かわからんが、ありがとうございますっ!」


「お、おう。こっちこそ、なんかよくわからねーがありがとよ」


「何がなんだかわかりませんけど、とってもありがとうございます!」


 かつてないほどフワっとしたお礼の言い合いで、この場は盛り上がった。あと二日酔いが治った。





 ――――ものの。


「はぁ……」


 病室でボーッとしているメデオを眺めつつ、さっきまでとは違う種類の頭痛に悩まされるハメになった。


 病院の特定はEASYだったけど、俺の姿を確認しても全く反応しないのはどういう事だ?


「入院してからずっとこんな調子で……一言も発しないんです。身体的にはそれほどダメージはありませんし、頭を強く打った痕跡もないんですけど」


 女性看護師の方にそう説明を受けてはいたものの、塞ぎ込んでいるという感じでもない。何つーか……生き甲斐を失って途方に暮れているようにしか見えない。


 でもおかしい。この男にとってのアイデンティティは蘇生魔法だ。あの筋肉集団による蹂躙に散ったとはいえ、自我が崩壊するようなショックを受けるとは思えないんだけど……


「えっと、メデオ……さん。貴方がこの街にした事を許す気はないし、正直傍迷惑な存在だと思ってるんだけど、今の俺達には貴方の力が必要だ。もし良ければ、協力して欲しい」


「……」


「嫌なら拒絶してくれても良いんだけど」


「……」


 ダメだ。こっちすら見ない。窓のない病室で虚空をじっと眺めたままだ。いや、眺めてもいない。なんかもう意識が宇宙に飛んでる。


 ……ん? この光景、何処かで見覚えあるな。


 そうだ。マギヴィートを探してラヴィヴィオ以外のヒーラーギルドを訪ねていた時、こんな感じの人がいたな。確かこの街で二番目の規模のヒーラーギルド……名前は覚えてないけど、そこの受付の人がこんな感じで、こっちが何言っても無反応だった。どんだけ大声で叫んでも微動だしないから怖かったよな、あれ。


 今のメデオも全く同じ状態。これが偶然の一致とは思えない。


「あの、回復魔法や蘇生魔法を使い過ぎるとこんな末路になったりします? 若しくは回復魔法を何度もキメたら廃人になるとか」


「そういった話は聞いた事ないですね」


 だよね。ンな重大な副作用あったら使用禁止待ったなしだ。


 でも――――前例がほぼないからと言って、絶対にないとも言い切れない。少なくともヒーラーが二人、感情を完全に失っているんだ。何か共通点がある筈。ヒーラー特有の装備品とかアイテムに呪いが掛かってるとか。


「彼の所持品って病院が管理してます?」


「はい。でも、これといった物は特に」


 まあ、所持品が呪われていたら院内も今頃パニックだろうし、その線もないと考えて良さそうだ。


 現時点では、メデオの身に何が起こったのかはわからない。わかっているのは、またプッフォルン演奏の候補者を失ったって事だけだ。ここまで思惑通りにいかないと、呪われてるのは俺なんじゃないかって気になってくるな……


 これ以上ここにいても仕方ない。出よう。


「失礼します」


「……」


 結局、最後までメデオは一瞥もしてこなかった。


 奴との接点はごく僅かで、別に親しかった訳でもない。寧ろ鬱陶しい記憶しかない。でも、無駄に元気だったあの男が完全に壊れてしまっている姿は、正直見たくなかった。


 まるで、虚無の中にいた昔の自分を見ているような気分だ。


 はぁ……やめやめ。辛気臭い事考えても気が滅入るだけだ。気持ちを切り替えよう。確かこの病院にはダゴンダンドさんも入院してたし、お見舞いに行くか。手ぶらだけど。

 




「なんだ小僧。わざわざ拙者を見舞いに来たのか? 大袈裟な奴だ。そんなに拙者が恋しかったか? ん?」


 さっきのメデオとは対照的に、ダゴンダンドさんはメッチャ笑顔で迎えてくれた。なんかもう、孫が遊びに来た時の爺ちゃんの顔になってる。実際、それくらいの年齢だもんな。


「しかし拙者も年には勝てんな。この半年で随分と病院の世話になっちまって……」


「本当ですよ。もう三度目の入院ですよ? もっと自分を大切にしないと」


 そんな優しい言葉を掛ける看護師に、ダゴンダンドさんはデレデレになっている。おいジジイ、まさか彼女に会う為に毎度無理してわざと入院してるんじゃないだろな。


「ヘッ……最後の最後でそんな言葉を掛けられちまうたぁ、拙者の人生も捨てたものじゃないようだな」


「なんか余命宣告受けたみたいな空気出してますけど、酸欠で倒れただけですからね。とっとと復帰して下さいよマジ人いないんでウチ」


「やれやれ、この年になっても頼りにされちまうたぁな。参った参った」


 看護師をチラチラ何度も見ながら妙な自慢すんな。そりゃアンタの知識と経験はウチのギルドの大切な財産だけれども。


 知識……か。この人ならもしかして……


「ダゴンダンドさん、あのクソデカい金管楽器を吹ける人に心当たりないですか? ヒーラー以外で。協力をお願いしてた人がダメになっちゃって」


「ん? そうだな……昔シャンドレーゼ交響楽団に所属していた奴なら知っている。この街は拙者の庭みたいなものだからな」


 だからチラチラ見るな看護師を! 年寄りって無駄に看護師にカッコ付けたがるよな。油断したらすぐドヤるし。


「で、誰なんですか?」


「小僧も良く知ってる奴だ。娼館を経営してる娘だよ」


「え……」


 娘って言葉と相容れなさすぎて一瞬わからなかったけど、女帝の事か! つーかあの人元音楽家なの!? あの肉体で!?


「得意楽器とかわかります?」


「そりゃお前……なあ? 娼館を作ろうって女が得意っつったら……なあ?」


「……」


 看護師相手にニヤニヤしながらそうボカすダゴンダンドさんは、絵に描いたような老害だった。


「これ以上ギルドの品格下げる発言したらクビです」


「それはやめてくれ! 人生最後の生き甲斐を奪わないでくれぃ!」


 クソみたいな下ネタには心底イラついたけど、その本音は密かに嬉しかった。





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