これまでのあらすじ
第357.2話 4話でわかる!これまでのあらすじ(第一部編)
死んだ。異世界の街に転生した。冒険者になってみた。街周辺の敵がバリ強かった。レベル78のクソ弱ソロ冒険者コレットと出会った。ベヒーモスに見逃された。城下町に帰って冒険者を引退した。
「あらためて振り返ってみるとダサ過ぎるな……俺の転生初日」
温泉無双によるヒーラー国壊滅というファンタスティックな意味不明案件によって極限まで疲弊した俺の脳が最後に辿り着いた境地は、過去の思い出に浸るというただの現実逃避への回帰だった。
だけど、そんな状況下でも生前の事を思い出そうって気にはなれない。それがこの世界に順応した証拠なのか、単にロクな思い出がないだけなのか定かじゃ……いや定かだな。どう考えても後者じゃねーか。
32年。
前世で生きた年数はそれなりに長く、そして重い。少なくとも大学受験に合格したその日までは、まともな人生を送れてきた。
だけど、良い思い出かと言えばそれも微妙だ。当時はそれなりに学生生活を楽しんでいた筈なんだけどな。ま、10数年も経てば青春とかアオハルなんてこんなもんだ。
それ以降の14年に至っては虚無。他に表現しようのない、中身なんて一切ない日々を過ごしてたな。
警備員という職業自体を否定するつもりはない。例え非力でも、知識も経験も不足している未熟な人間でも、何かを守るという役割を背負うのは立派な事。ただ単に俺がつまらない人間だったって話だ。
転生してからの俺は、そんな自分を変えたくて必死だった。冒険者になったのは単なる気まぐれ……というか異世界のお約束を踏襲しただけに過ぎなかったけど、それを一日でスパッと辞めた事で、ようやくこの世界の住民になれた気がする。
俺が転生したのは、この世界の20歳男性。生前の俺よりも筋肉質で、運動神経も遥かに良い。まあ、レベルは18――――この魔王城最寄りの終盤の街『アインシュレイル城下町』の中では最低ランクの強さなんだけど、そこは仕方ない。いやそれで固定ってのは未だに納得できてないんだけど。どんだけ敵を倒しても一向にレベルアップしねぇのは呪いか何かですか?
そういう訳で、転生したは良いけど必ずしもハイスペックって訳じゃなかった俺だけど、異世界ライフは割と順調な滑り出しになった。
偶然知り合ったコレットと意気投合……というか依存されるようになり、生涯初の女友達をゲット。その決め手になったのが、(恐らく)転生特典の"調整スキル"だ。
人間、若しくは特定の物質に触れながらステータスの変更を口頭で告げると、その通りに変化する。例えば『生命力100、攻撃力100、敏捷100、器用さ100、知力100、抵抗力100、運100』というステータスの冒険者がいるとして、そいつに触れながら『攻撃力全振り』と口にすると、そいつのステータスは『生命力10、攻撃力640、敏捷10、器用さ10、知力10、抵抗力10、運10』くらいになる。あくまで『くらい』で確実じゃないけど、ほぼこれくらいの数字になる事は実証済みだ。
パラメータの総量は変動できないけど、どれかの能力に偏らせたり、逆に偏ったパラメータをバランス良く整える事も出来る。コレットは何故か運に偏りまくったパラメータだったから、レベル78でも強くなかった。俺の調整スキルでそれを改善し、そのレベルに相応しいステータスにしてやった事で、妙に懐かれてしまった訳だ。
このスキルを利用して大儲けし、巨万の富を得て異世界ライフを堪能する……そんな青写真を一瞬描きそうになったけど、見ず知らずの他人に自分のステータスを弄らせるような脇の甘い奴はそうそういない。まずはこの街で生計を立て、住民から信頼を得る必要がある。そうコレットに指摘され、俺は新たな職を得る為に動き始めた。
その職とは――――パン屋。
この世で最も多くの人間を幸せにしている、完璧で究極の職業。俺にとって天職以外の何物でもない。運命に導かれるように、俺はパン屋の仕事を始めようとした。
でもなれなかった。この世界のパン屋は俺という存在を拒んだ。
ショックだった……本当に。
まあそれでも食っていかないといけない訳で、どうしようかと悩んでいた所に……怪盗メアロが街で一番ヤバい武器屋に予告状を出したって話が舞い込んできたんだ。
その武器屋は、俺がこの街に転生した直後に世話になったベリアルザ武器商会。御主人とその娘さんのルウェリアさんの趣味で、暗黒武器しか扱わないという信念を持った武器屋だ。
城下町なのに、この街には何故か王城から兵士が派遣される事はないという。幸い、モンスターなど外部からの敵に対しては『聖噴水』という結界のような効力を持つ噴水によって絶対的な防衛が出来ているけど、街中でトラブルが発生したら自分達の街は自分達で守らなくちゃいけない。
街の治安維持を担っているのは、冒険者ギルド、ソーサラーギルド、商業ギルド、職人ギルド、そしてヒーラーギルドの五大ギルド。彼らがこの街の実質的な支配者だ。
とはいえ五大ギルドは簡単に動いちゃくれない。そこで俺はコレットと協力して、怪盗メアロからベリアルザ武器商会を守るべく護衛を買って出た。勿論、恩を返す為だ。
生前の俺は無駄にプライドが高く、借りを作るのが嫌で他人を頼る事が出来なかった。それが孤立を招いた一因でもある。そういう所も直したいと思っていたから丁度良かったんだ。
誰かを頼る。そして誰かと関わる。それが生きるって事だと、この世界で俺は学んだ。
で、色々あって――――怪盗メアロにはまんまと逃げられた。
警備は失敗。それでも武器屋の御主人は俺を高く評価してくれて、武器屋とルウェリアさんの護衛を依頼してくれた。要は仕事をくれた訳だ。
なんでもルウェリアさんには親衛隊がいて、隙あらば口説こうとする変態集団がいるとの事。そいつらから彼女を守る為、俺は雇われ警備員となった。
その直後、コレットにも人生の転機が訪れる。
冒険者ギルドの代表選挙に出て欲しいと、ギルドマスターから頼まれた。
ギルマスになる以上、冒険者としては一線を退く事になる。大きな決断だ。
レベル78とはいえ魔王討伐に消極的だった彼女は、現役冒険者でいる事にそこまで固執していなかった。とはいえ引退となると迷って当然。ましてウジウジな性格のコレットとなれば尚更だ。
コレットへの助言として自分語りをし尽くした俺は、その黒歴史……いやグロ歴史に暫く悶えつつも、コレットとの距離を少しだけ縮めた。
一方、俺の方も難しい問題を抱える事になった。
新しい職場に客が一人も来ないという異常事態。しかもそれが割とよくある事だと知り、俺は市場調査に打って出た。警備員の範疇を完全に逸脱していたけど、職場を存続させる為には仕方ない。
その市場調査中、酒場でトラブルが発生し……
そこでティシエラと初めて出会った。
ソーサラーギルドのギルマスで、銀髪ゴスロリ美人。立ち姿は凛々しく、何処までも気高い。
そんな彼女の第一印象は、正直『神々しい』とさえ思った。
あの場には他にもイリス、フレンデリア、そしてアイザックもいて、その後の俺の人生に大きく関わっている面々ばかりだったけど……一番印象に残ったのはティシエラだった。
こんな女性とは、到底お近づきになれないだろうなと思った――――その翌日。
ティシエラは何故かベリアルザ武器商会に来て、家族会議に出席していた。この武器屋の商品ラインナップが趣味にブッ刺さりで、常連客の一人だったらしい。
会話を重ねる内に、彼女の人となりもわかってきた。想像していたよりずっと気さくで、ちょっと口が悪くて、想像より遥かに親しみやすかった。
遥か遠く、遥か高みにいると思っていた女性は、手を伸ばせば届く場所にいた。
そういう訳で、なし崩しの内にティシエラを呼び捨てに出来る関係になったものの……またも問題が発生。暗黒武器ばかり売ってるベリアルザ武器商会に不信感を募らせていた商業ギルドのギルマスが、店を畳むよう勧告して来た。
今でこそ気の良いオッサンって印象のバングッフさんだけど、第一印象は微妙だったよな。
何にしてもイメージが悪く需要がないのは確かって事で、商品の見直し、そして新開発を試みる事になった。つくづく警備員の仕事じゃねぇな。
そんな最中、ギルドに貴族令嬢のフレンデリアが訪ねて来たんだったな。
当時から既にコレットに相当入れ込んでいた彼女は、コレットを選挙で勝たせる為に賄賂を持って来た。まあ、普通に断ったしダメ出しされてたけど。
そんな彼女が次に出した案は『魔王城侵攻レース』の開催。これで、コレットに活躍して貰って求心力を大幅アップさせる狙いだ。
彼女の熱に絆された訳じゃないだろうけど、コレットはギルマスになる事を決意。俺は選挙を手伝うと約束し、その代わりベリアルザ武器商会のイメチェンを手伝って貰う事をお願いした。
幸い、調整スキルは武器にも使用可能。それを利用し、新たな武器の開発を行う為、人気のない町外れの森林で実証実験を行っていた時に……ルウェリア親衛隊のユーフゥルと遭遇した。
こいつの正体は元ソーサラーのカイン。行方不明になっていた彼を、ティシエラはずっと探していたらしい。バチバチやり合った事を報告すると、複雑な顔をしていたっけ。
だけどそんな事よりも、ここで俺は驚愕の事実を知る事になる。
ティシエラはユーフゥル(カイン)を見つける為、『急に人が変わった人物』を調査していた。その捜査の過程で、突然この街に来た素性不明の俺を知り、ヤバい奴かもとマークしていたそうだ。
要するに、俺は最初から怪しまれていたって訳だ。
ま、そりゃそうだ。ここは大冒険の果てに辿り着く終盤の街。そんな街に突然レベル18のクソ雑魚が現れて、しかも宝石を売り飛ばしてた訳だから。ティシエラはそんな俺を人知れず抹殺するつもりだったと言う。冗談……にしては目がマジだったな。
なんにせよ、転生の事は話せないからどうなる事かと思ったけど、日頃の行いが良かったのが幸いして疑惑は晴れた。
それから……なんだっけ。ああそうだ。調整スキルで魔除けの蛇骨剣を開発したんだっけ。武器だけど魔法防御に特化した特殊な力を備えている剣。それを売り出したばかりの時にアイザックがやってきたんだ。面識はあったけど、まともに会話するのはその時が最初だったっけ。
奴とは別に意気投合した訳じゃない、。平凡な人生を経て大学に進学し、それからずっと虚無の時間を過ごしてきた俺と、幼少期にイジメられた屈辱を晴らす為にレベル60になるまで己を鍛え抜いたアイザック。どう考えても奴の方が立派な人間だ。
なのにあの男は常に自分を疑い、俺を羨んでいた。俺の何がそんなに眩しく映ったのかはわからないけど。
その後、シレクス家主宰の魔王城侵攻レースが本当に行われる事になり、俺達はそのレースを利用してベリアルザ武器商会の売上をアップさせるべく、新たな武器開発に着手。その名も――――粉砕骨折の鉄球だ。
なんでも魔王城の周辺には毒霧が漂っていて、全く近寄れないと言う。だから魔王城への侵攻は不可能。その代わりに『魔王城に向かって武器を投げて、一番魔王城に近かった奴が優勝』という投擲競技を開催する事になった。粉砕骨折の鉄球はその為の武器だった。
紆余曲折の末に無事完成し、いよいよ大会当日。投擲競技『魔王に届け』は予想以上の盛り上がりを見せた。
そんな最中に事件は起こる。
聖噴水が効力を失い、モンスターが街中に侵入してくるという最悪の事態が起こった。
終盤の街の周辺にいるモンスターは雑魚でも強大。普通なら街は潰される。だけどこの街の住民はどいつもこいつも猛者ばかりで、見事に返り討ちにしてみせた。
でも俺はと言うと、潰れた武器屋の娘さん――――ユマを助けようとして死にかけていた。
あの時の俺はカッコ良かった。いたいけな少女を庇って死ぬ……それは男のロマン。少なくともイノシシに体当たり食らって死ぬよりずっと良い。可能ならその勇姿を撮影して、動画サイトにアップして一生の宝物にしたかったくらいだ。
だから俺は、割とその状況を受け入れていた。あそこで死んだとしても、良い人生だったと思えただろう。
だけど結局死ななかった。
ヒーラーに助けられてしまったんだ。
普通、ヒーラーってのは回復魔法や蘇生魔法で人を助けて己の存在意義を誇示するような職業。心の優しい人間が、慈悲の御心で他者を救う。自分がしたいからそうする。そんなイメージだ。
だけどこの世界のヒーラーは違う。勝手に回復して回復料をせしめる。しかも法外な額で。やってる事は人生に疲れた奴を食い物にする詐欺集団と何ら変わらん。
そんなこんなで、俺はヒーラーに膨大な額の借金を背負う事になり、迷惑をかけないためベリアルザ武器商会も辞める事にした。
そんな俺を拾ってくれたのが――――アイザックだった。
斯くして俺は、アイザックのハーレムパーティの一員となった。
「……大丈夫かな。なんか誤解されないかな、この表現」
俺以外誰もいない部屋で、誰にともなく呟く。快適な睡眠の為に自分の過去を振り返ってみたけど、結局眠気が押し寄せるどころか目が冴えてしまった。何これ。自分の過去大好き人間なの? 俺。変なタイプのナルシストだなオイ。
ダメだ。こりゃ寝付けない。一旦外に出て夜風に当たろう。
元いた世界とは違って、この世界の夜は人の気配がない。まるで異世界に迷い込んだような気分になる。いや実際迷い込んだんだけどさ。異世界は異世界でも『異質な世界』って感じだ。
それでも、来たばかりの頃よりは随分と気楽に歩けるようになった。慣れもあるけど、一番の理由は街灯だ。
俺が独り立ちして最初に着手した仕事が、この街灯の設置。なんとなく、これはやらなきゃいけない――――そんな不思議な義務感があった。
どうしてだろうな。理由はわからないし、きっとないんだろう。例えあったとしても、俺がそれを思い出す事はないんだろうな。
「え……人?」
「ひぇっ!?」
不意に声が聞こえて来て、思わずビクッとなって奇声をあげてしまった。人の気配なんて……いや達人じゃないから察知できないんだけどさ。ただ足音も聞こえていなかったから不意打ちにも程がある。
「あれ? トモじゃん。なんでこんな時間に外にいるの?」
「そりゃこっちの台詞だっての。何してんだよ夜中に女一人で」
「私は結構よくいるよ? この時間なら人がいないから、気楽に稽古できるし」
……ああ、そうか。レベル79の猛者ともなると、稽古も常に注目される。どういう修行をしてるのか、どんな鍛え方をすれば強さを極められるのか――――そういう目を向けられる。
でもコレットは、戦闘技術は大した事ない。レベルが高いのは幼少期に偶然、経験値豊富なモンスターを踏み潰した結果。戦って戦って戦い尽くして得た強さじゃない。
だから、コレットは常に怯えている。本当の自分を知られてしまうんじゃないかと。これもその一環か。
「相変わらずだな。なんか安心する」
「ちょっとー。人を成長してないみたいにー」
「いや。コレットは間違いなく成長してるよ。少なくとも、山羊だった時代よりは」
「それ黒歴史だから! もう忘れて!」
「無理だね。なんなら今から当時の事を全部話してやろう。実はちょうど、自分の過去を振り返ってた所なんだ。その所為で眠れなくなって夜中に散歩してるんだけど」
「えー……何それ。変なの」
そう言いつつも、コレットはニコニコ笑いながら俺の隣に来た。
街灯が、そんな彼女の姿を仄かに照らす。
夜はまだまだ長そうだ――――
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